奥深き原初の森で繰り広げられる暴虐と破壊の神話的叙事詩〜『Raavanan』

■Raavanan (監督:マニ・ラトナム 2010年インド映画)

I.

物語は冒頭から酸鼻を極める残虐な殺戮シーンから始まる。警官ばかりを狙った大量虐殺が描かれるのだ。ある者は撲殺され、ある者は足を切り落とされ、ある者は生きながら焼き殺される。そして別のシーンに移り、一人の女が謎の集団に誘拐されるシーンが挟まれる。女はある警官の妻だった。誘拐したのは警察官大量虐殺犯の集団だった。妻を誘拐された警官は特殊部隊を組織し、犯罪者たちが立て籠もっているとみられる奥深い山を目指す。一方、山奥の滝壺では、犯罪者集団の頭と思しき男が、狂気に燃える目を輝かしながら誘拐した女に銃口を向けていた。しかし女は、殺されるよりは自ら死を選ぼうと滝つぼに飛び込む。そして――。

2010年にインドで公開されたタミル語映画『Raavanan』である。本作は、古代インドの大長編叙事詩ラーマーヤナ』から一部を抜き出して脚色されており、その一部とはラーマ王子の妃、シーターが鬼神ラーヴァナにより誘拐され、それを奪還するまでの顛末を描いた部分であるという。とはいえ、自分は叙事詩ラーマーヤナ』を読んでいるわけではなく、その文脈からこの作品のテーマを語ることはできない。そもそもこの物語は、決して難解なものではなく、エンターティンメント作品としても十分優れたものであるにもかかわらず、些細な部分でどこか伝わり難いものがあるように感じる。それはこの物語の内包する寓意が、背景となる文化背景が違うために容易に想像できないという部分にあるのだろう。だから今回は『ラーマーヤナ』から離れ、あくまで個人的な解釈として感想を書きたいと思う。

II.

警察官たちを惨たらしく屠り、その警察官の妻を誘拐した集団の長の名はヴィーラム(ヴィクラム)。彼はまず狂人として登場する。そして狂人は時として神の別名である。神に理由はない。少なくとも"人でしかないもの"が容易に理解できる理から神は行動しない。ただ生み出したいときに生み出し破壊する時に破壊する。ましてやそれが狂った神ならなおさらのことだ。妻を奪った狂える神を追う警官の名はデーヴプラカーシュ(プリトヴィラージ)。彼もまた憤怒と復讐の情念により狂おうとしている。しかし幾ら狂おうと彼は神に近づけない。なぜなら人が人であるゆえの心が彼を狂わすからである。こうして、暴虐と破壊の神に"人でしかないもの"が叛逆を企てる、これがこの物語かもしれない。しかし"人でしかないもの"は、結局は神の掌の上で踊らされる存在にすぎない。

さらわれた女の名はラーギニ(アイシュワリヤ・ラーイ・バッチャン)。彼女は狂える神への供物であり贄である。神の手慰みの玩具である。そして同時に神へ"人でしかないもの"の言葉を伝える巫女であり依り代である。巫女の口伝えにより"人でしかないもの"の言葉を耳に入れた狂える神は、その狂気の世界から浮上し現世へと戻ってくる。そして人が人でしかないことを憐れむ。自らもまた、かつて悲惨を抱えた人であったことを憐れむ。これは中盤以降の、狂える神ヴィーラムが、なぜ狂える神と化したを解題したシーンと呼応する。そして神=ヴィーラムは、憐れむことにより己の暴虐と破壊に終止符を打つことになる。だが、それにより力を失った神は、憤怒と復讐に憑かれ、魑魅魍魎と化した"人でしかないもの"と再びあいまみえた時、どう行動をとるのか。その顛末が、この物語のクライマックスとなるのである。このような神話的な寓意を持ったのがこの物語なのではないのかと思う。

III.

さてこの『Raavanan』、南インドで撮影されたと思しき自然の情景が何しろ美しい。鬱蒼と茂る森の木々、それを濡らす激しい雨、轟々と落ちてゆく滝の飛沫、せせらぐ川、豊かに水をたたえた湖、涅槃仏の横たわる草原、ごつごつとした岩、立ちはだかる山、ひび割れた土くれの広がる荒野。全てが荒々しくむき出しで、同時に豊潤な自然の息吹に満ちている。この文明を拒んだ地で、人々はようやくその片隅で生きることが許される。そんな場所で繰り広げられるこのドラマは、現実を超越した寓話を物語る舞台としてふさわしい。そしてこの物語はどこか『地獄の黙示録』を思い起こさせる。川を遡り奥深き原初の森へと分け入り、"人でしかないもの"が神の如き暴虐と破壊をもたらす男と対峙する、というのがこの物語だからだ。

この映画でも歌と踊りはあるが、これがまた身体中に泥を塗りたくって雨のそぼ降る川面で踊り狂うという実に野蛮かつプリミティヴ極まりないものでちょっと気に入った。土人の踊りだ!というのは簡単で、実は非常に現代的かつ高度なダンスメソッドによりこれらの踊りが演出されていることは忘れてはならない。また、アイシュワリヤ・ラーイ・バッチャンの踊りも素晴らしい。ダンスではなくきちんと インド舞踊なのだ。