チェルノブイリ原発事故で故郷を失った人々〜映画『故郷よ』

■故郷よ (監督:ミハル・ボガニム 2011年フランス/ウクライナ/ポーランド映画


1986年4月26日、雨のプリピャチ。消防士のピョートルとアーニャは結婚式を挙げていた。しかし式が真っ盛りの最中、突然の連絡により、ピョートルは火災現場に急行しなければならなくなる。そしてアーニャにとって、それがピョートルを見る最後となった。ピョートルは、まさにこの日、チェルノブイリ原子力発電所の事故現場に赴き、大量の放射線を浴びて帰らぬ人となったのだ…。それから10年。プリピャチを追われたさまざまな人々が、帰ることの出来ない自らの故郷に思いを馳せる。
ウクライナ北部にあるプリピャチは、チェルノブイリ原子力発電所従業員用の居住地として創建された、当時約5万人近くの住民が住んでいた街だ。発電所から4キロ南にあったこの街は、事故により全ての住民が避難し、現在ゴーストタウンと化しており、一般人立ち入り制限区域指定となっている。ただし見学ツアーは行われており、映画の主人公であるアーニャもこのツアーのガイドという役柄で物語に登場する。
映画ではこのアーニャも含め、原発技師アレクセイ、その息子ヴァレリーの3つの視点で物語が進行する。事故被害の甚大さに茫然自失となり、家族のもとから失踪して放浪の旅を続けるアレクセイ、その父がきっと生きていると信じてプリピャチへの侵入を試みる息子ヴァレリー。3人に共通するのはプリピャチという目の前にありながら失われてしまった故郷だ。そしてその故郷での失われた生活と思い出だ。今は新しい生活が各々にあったとしても、彼らは故郷を決して忘れる事が出来ない。そして忘れられないからこそ、故郷の呪縛にはまったまま、そこから一歩も抜け出せなかったりもする。
映画では事故前のプリピャチが再現され、さらに事故後のプリピャチは実際に現地で撮影されているという。プリピャチというと、自分はゲーム『S.T.A.L.K.E.R.』や、ここを舞台にしたホラー作品『チェルノブイリ・ダイアリーズ』などでその街並みには覚えがあったりするのだが、あのモニュメンタルな観覧車は、実は原発事故直前に完成し、一度も稼働することなく破棄されることになったものであったのだという。
監督はこれが処女作となるイスラエル人女性監督ミハル・ボガニム。自らもレバノン戦争により移住を余儀なくされ故郷喪失者の悲しみをこの映画に二重映しにしているのかもしれない。撮影はテオ・アンゲロプロス監督作品で多く活躍するヨルゴス・アルバニティス。無人となったプリピャチ、そしてロシアの自然を美しい映像で切り出し、「帰ることの出来ない土地」への切なさを盛り上げる。そして主演は『007 慰めの報酬』『オブリビオン』のオルガ・キュリレンコ。ハリウッド大作とは違う等身大の女性を演じる彼女だが、等身大であるからこそ逆に艶めかしいまでの美しさが際立っている。
しかし映画としてみると、これが申し訳ないのだが退屈なのだ。チェルノブイリ原発事故、そして故郷喪失者という非常に大きく、重いテーマではあるのだが、初監督作品としてその技量を持て余してしまったのか、ドラマ性が薄く、演出もこじんまりと小さくまとまってしまっており、登場人物たちのそれぞれの物語がまるで生きていないのだ。またチェルノブイリ事故から避難までの時間配分が長いばかりに、後半のドラマがどうにも短く駆け足で描かれてしまっており、彼らに感情移入している暇が無かったりするのである。
登場人物たちの身の上は、どれも同情できるものであるし、悲劇的な背景を背負っていることを理解できるものではあるけれども、ドキュメンタリーではなくフィクションとして描くのであれば、同情や理解だけでは無い、観るものをねじ伏せる様な感情への訴えかけを生み出すドラマや、その演出が必要だったのではないか。テーマがテーマだけに、同じ災厄を抱える日本の一個人としても見所を探したかったのではあるが、少々残念だった。

故郷よ [DVD]

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