オレのベッドタイム・ストーリー

今ではすっかり小汚いひねたジジイに成り下がってしまったオレではあるが、こんなオレにも実は美童の名をほしいままにした麗しき子供時代というのが存在し、そして寝る前にはあったかいふかふかの高級羽毛布団で、オレにかしずく爺やや婆やに冒険と不思議に満ちためくるめく御伽噺を聞かされながら天使のように眠りについていたりしていたのである。…まあ正直に書くと子供の頃から小汚いひねたガキだったオレが、時々入れ歯を飛ばす癖のある婆さんに、湿った煎餅布団で辛気臭いホラ話を聞かされていただけ、というのが現実ではあるが。

いろんな話を聞いたとは思うが、中でもその時婆さんから聞かされた「天邪鬼と瓜子姫」の話はとても怖く、そして怖かったにも拘らず何度もねだって聞かせてもらったことは覚えている。物語の詳細は省くが、なにしろラスト、天邪鬼に乱暴された瓜子姫は両手両足を切断され達磨状態になった挙句流しの下に捨てられ、そこで死んだか半死半生のまま陰々滅々と恨み節を唱えるという、今考えると強姦殺人肉体損壊死体遺棄切株怨霊ホラーといった、これが学校上がる前のガキに聞かせる話かよいったいどんな因業婆だったんだよと思えるような陰惨なお話だったのである。

しかしそんなお話のどこが面白かったのかと言うと、流しの下に捨てられた瓜子姫の「手もねぇ、足もねぇ、流しの下がらつまぐってこい*1」という恨み節が独特の節回しで唱えられ、何かそれが薄気味悪いと同時に可笑しくて、怖いもの観たさというか聞きたさというか、何度も婆さんにリフレインしてもらった挙句、このフレーズを3人兄弟みんなで覚え一緒に歌っては「うししし…」と顔を合わせて暗く笑っていたりしたのであった。

この「天邪鬼と瓜子姫」の話は様々なバリエーションがあり、調べるとオレが婆さんから聞いた話と違う結末を迎えるものがあったりもする。瓜子姫が生き残ってて、天邪鬼が懲らしめられたりとか、瓜子姫に月からお迎えが来たり天邪鬼が巨大化して火を吐き村を瓦礫の山にしたり、地方によって言い伝えが違うのらしい(後半嘘八百)。この伝承物語は民俗学的にも非常に奥深い暗喩と隠喩に満ちており、また様々な解釈が存在しているので、興味が湧いた方はあれこれ調べてみるといい。

さらにオレの親父や母親は寝る前の話というと幽霊だの人魂だの金縛りだのの話ばかり好んで聞かせたがる連中で、いったい子供を寝かせたいのか眠れなくさせたいのか訳が分からない親だった。オレの母親に至っては「眠っていたら息苦しくて目が覚めると布団の上に不気味な女が乗っていてね…」と始まる、よくあるような怪談話を、「で、鬱陶しいから蹴り飛ばしてやったらもう出なくなったよ!あはははははははは!!」などと笑って〆るという、怪談なんだか漫才なんだか理解に苦しむオチを付け、おしっこをチンコの先っちょまで漏らしそうになっていたオレを二重の意味で凍りつかせていたのである。

このようにオレのガキ時代は親族に聞かされたホラー噺で恐怖一色に染められていたのである。そんなホラーな日々だったから、今も映画を観る時はホラーばっかり好んで選んでしまうのかもしれない。しかしそんなトラウマだらけの幼少時代を持つこのオレが、「ハロウィン」みたいなシリアル・キラーに育つことなく、このように健全で善良な成人として何の問題も無く社会生活を営んでいることは、ひとえにこのオレ自身の精進の賜物という事が出来よう。ウケケ!ウケケケケケケケケ!!