太田記念美術館に『闇と光―清親・安治・柳村』展を観に行った

先週の勤労感謝の日は雨の中、原宿にある浮世絵専門美術館・太田記念美術館に『闇と光―清親・安治・柳村』展を観に行きました。太田記念美術館は9月に行った『浮世絵動物園』以来今年2回目になります。原宿というのもまるで足を踏み入れることのない街ですが、こうして見てみると子供たちが子供たちなりのお洒落をしてふわふわと楽しんでいて、それはそれで悪くない街だな、という気がしてきました。

さて今回の展覧会、浮世絵は浮世絵でも「光線画」と呼ばれる技法の作品に着目して展示が成されているんですね。

《展覧会概要》今から約150年前の明治9年(1876)、小林清親(1847~1915)は、西洋からもたらされた油彩画や石版画、写真などの表現を、木版画である浮世絵に取り込むことによって、これまでにはない東京の風景を描きました。(中略)光線画の流行はわずか5年ほどという短い期間で去りますが、木版画の新しい可能性を切り開くものでした。(中略)本展覧会では、小林清親を中心に、これまで紹介される機会の少なかった井上安治と小倉柳村が描いた光線画、約200点(前期と後期で全点展示替え)を展示します。木版画だからこそ味わい深い、闇の色、光の色をお楽しみください。

闇と光 ―清親・安治・柳村 | 太田記念美術館 Ota Memorial Museum of Art

「光線画」は明治時代、海外から豊富にもたらされることになった西洋美術作品の写実的で合理的な様式を浮世絵に取り込んだものでした。それは「光線」の在り方をつぶさに観察し、光線が物体に与える色彩の移ろいを作品に生かしたものなんですね。これにより、「光線画」はこれまでの様式的な浮世絵とは全く違う情景を描き出すことに成功したんです。

さてここまでの説明で「あっ」と気付いた方はいらっしゃるでしょうか。実は「光線の在り方に着目して色彩の移ろいを作品に生かしてゆく」、というのは、これは西洋美術史で言う所の「印象派」のことなんですね。19世紀後半、ヨーロッパでは携帯可能なチューブ絵の具が発明され、これまでアトリエでのみ描かれていた絵画を屋外で描くことが可能になりました。これにより「自然光の与える物体の色彩の変化」に注目して描かれることになった絵画がモネやルノワールらによる「印象派」の絵画だったんですね。

翻って、明治時代に小林清親らが興した「光線画」は、これまでの様式的だった浮世絵の技法から離れ、枠線を描かなかったり、色彩を重ねることで立体的な効果を加味するなど、より西洋絵画に近づいた浮世絵の在り方を可能にしたんですね。すなわち「光線画」とは浮世絵における「印象派」であったといえるかもしれません。

小林清親東京新大橋雨中図

小林清親「一月中院午前九時写薩た之富士」

小林清親「川口善光寺雨晴」

小倉柳村「湯嶋之景」

井上安治「銀座商店夜景」

 

最近聴いたエレクトロニック・ミュージックなどなど

John Digweed

John Digweed Presents Quattro Artists / John Digweed

世界で最も人気のあるDJの一人、John Digweedが手掛けた4枚組コンピレーションは、4人の注目すべき中堅DJのミックスを集めたものとなっている。その4人とはQuivver、Captain Mustache、Satoshi Fumi、Lopezhouse。それぞれに違うDJたちのテイストを楽しめる好ミックス。

FOREVERANDEVERNOMORE / Brian Eno

FOREVERANDEVERNOMORE

FOREVERANDEVERNOMORE

Amazon

ブライアン・イーノの新作はイーノ自身による歌モノなのだが、これがいったいどうした?というぐらい暗く涅槃めいたヴォーカルで、聴いてると少々気が滅入ってくるかもしれない。

Body Double / Clark 

Clarkが2006年にリリースしたアルバム『Body Riddle』にリマスターをほどこし、さらに未発表音源/レア音源を加え2枚組アルバムとして製作された作品。

fabric presents Mind Against / Mind Against

fabricのMixシリーズ新作はベルリンを拠点に活躍するイタリア人プロデューサーMind Against。

Bella Mar 08 / Einmusik 

テックハウスプロデューサーEinmusik主催によるレーベルEinmusika Recordingsの2021年リリースのコンピレーション。

Common Grounds / The Hardy Tree 

Common Grounds

Common Grounds

  • Clay Pipe Music
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Clay Pipe Musicレーベルの創始者、Frances CastleによるユニットThe Hardy Treeの1stアルバム。クリスタルなハープシコードと爽やかなメロトロンによるバロック調でアナログなメロディーが牧歌的な情景を描き出す。

Arrival / Derek Carr 

Arrival

Arrival

  • FireScope Records
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アイルランド出身のアンダーグラウンドハウス/エレクトロ・プロデューサー、Derek Carrによる、強力にデトロイト・テクノ/シカゴ・ハウスの影響を感じさせるアルバム。


SCURO CHIARO / Alessandro Cortini 

Nine Inch  Nailsのキーボード、ギター、ベーシストとして知られるイタリアのミュージシャンAlessandro Cortiniによる美しくもまたヘビィーなドローン・ミュージック・アルバム。

X-Mix: The Electronic Storm / MR C

90年代に良質のDJ Mixアルバムとその映像作品を送り出していたStudio !K7のX-MIXシリーズ。特にLaurent Garnierによる『X-Mix-2 - Destination Planet Dream』は名作中の名作としてテクノ史に残る作品だろう。さてこちら『X-Mix: The Electronic Storm』は1996年リリースの作品で、ブリティッシュテクノポップ・ユニットThe Shamanのヴォーカル、Mr.CがMixを務めている。こちらもシリーズ中群を抜いてクオリティの高いMixを聴くことができる。

Vladislav Delay Meets Sly & Robbie / 500 Push Up

フィンランドのエレクトリックミュージック・プロデューサーVladislav Delayがジャマイカに飛び、強力リズム隊Sly & Robbieの音源を自らミックスした生音ダブテクノアルバム。

Black Ark Showcase 1977 / Native

Lee Perryがブラック・アーク・スタジオ後期にプロデュースしたレゲエバンドNativeのダブ作品。当然壊れてます。

Green Graves / Rainforest Spiritual Enslavement 

Green Graves

Green Graves

  • Hospital Productions
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NYの実験的レーベル、Hospital Productions主宰Dominick FernowとLow JackによるデュオRainforest Spiritual Enslavementによる密林をテーマにしたアンビエント・ダブテクノ。2016年リリース。



「ゾンビ化する理由とは何か?」に肉薄したゾンビパニック小説『ゾンビ3.0』

ゾンビ3.0 / 石川智健 

ゾンビ3.0

 香月百合は新宿区戸山の予防感染研究所に休日出勤する。席に着いてWHOのサイトに接続すると、気になる報告があった。アフガニスタンやシリアなどの紛争地域で人が突然気絶し、1分前後経つと狂暴になって人を襲い始めるという。しばらくすると研究所内の大型テレビに、現実とは思えないニュース映像が映った。人が人を襲う暴動が日本各地で起こっているというのだ。いや、世界中で。

ゾンビパニック小説『ゾンビ3.0』はこれまで映画や小説で山ほど描かれてきた「ゾンビ化現象」の理由を解明しようと試みた画期的な物語である。ちなみに「3.0」という数字の含意は、まず魔法や超自然現象でゾンビ化する現象を「1.0」、ウィルスや細菌でゾンビ化する現象を「2.0」ととらえ、この「3.0」では「そのどれにも該当しないゾンビ化現象」を描き出そうとしているのだ。

この物語の痛快な部分は、「これまで無批判に当然のこととして描かれてきたゾンビ像」に、合理的な理由と解釈を見出そうとしている部分だ。そもそもどのような原因で人はゾンビ化するのか?から始まり、歩くゾンビと走るゾンビの違い、食われるだけの人間と齧られてゾンビ化する人間の違い、ゾンビの行動原理となっているものの理由、などなど、そう言われてみるとそれはなぜなのだろう?という事実に光を当てているのである。

それだけではなく、この物語ならではのゾンビ像が描かれ、それがまた「ゾンビ現象の真相」の在り方を面白くしている。この物語では突如全世界で同時多発的にゾンビ禍が巻き起こり、さらにゾンビ化するまでの時間は1分前後、おまけに「ゾンビに噛まれてもいないのにゾンビ化する人間」までが登場し、それによりまず「ウィルス細菌説」を真っ先に否定してしまう。ここで「ゾンビ現象の真相」を敷居の高いものにし、ではなんなのか?を描こうとする。非常に挑戦的であり、にもかかわらずそこから鮮やかな解法を導き出すクライマックスはさすがとしか言いようのない構成だ。

面白いのは作中、登場人物の一人が山のようにゾンビ映画の例を出し「これがゾンビの定説」と語る部分だ。ゾンビ映画はフィクションだが、そのフィクションが血肉化したかのように現実でゾンビ化現象が起こってしまう。すなわち現実がフィクションを後追いしてしまった世界がこの作品世界であるのだが、その作品世界自体だって実のところフィクションなのだ。こういった入れ子構造に作者の遊び心を感じる。作中で解法される「ゾンビ現象の真相」も、実のところ説明できていない部分もあることはあるのだが、そういった瑕疵を無視できる楽しさと新鮮さがこの物語にはある。

下手に全世界的に舞台を拡げず、「新宿にある予防研究所」というミニマルな舞台から決して動かない設定も斬新だといえる。一応ネット配信動画という形で世界の状況が描かれ、決して狭苦しい印象は与えはしないのだが、この「世界の状況」の描写すらいらないほど「研究所におけるドラマ」は充実している。ゾンビ禍のみに止まらないちょっとした人間関係も描かれ、これすらもいらないとは思ったが、これは作者のサービス精神の為せる業なのだろう。また基本的に7日間で終わるコンパクトさも心憎い。この7日間で世界は破滅するのか、あるいは救済を得られるのか。興味の湧いた方は是非ご一読を。

 

英雄譚の「祖型」を成す優れたダークファンタジー映画『グリーン・ナイト』

グリーン・ナイト (監督:デビッド・ロウリー 2021年アメリカ・カナダ・アイルランド映画

映画『グリーン・ナイト』はJ・R・R・トールキンが現代英語訳したことでも知られる14世紀の叙事詩『サー・ガウェインと緑の騎士』を原作としたダークファンタジー作品です。そしてこの「サー・ガウェイン」とはアーサー王伝説で知られる円卓の騎士の一人なんですね。いわばアーサー王伝説のサブ・ストーリーとなるのがこの物語なんです。物語はサー・ガウェインに課せられた恐るべき試練の行方を描くことになります。主演は『スラムドッグ$ミリオネア』のデブ・パテル、『リリーの全て』のアリシア・ビカンダー、『華麗なるギャツビー』のジョエル・エドガートン。監督・脚本は『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』のデビッド・ロウリー。

【物語】アーサー王の甥であるサー・ガウェインは、正式な騎士になれぬまま怠惰な毎日を送っていた。クリスマスの日、円卓の騎士が集う王の宴に異様な風貌をした緑の騎士が現れ、恐ろしい首切りゲームを持ちかける。挑発に乗ったガウェインは緑の騎士の首を斬り落とすが、騎士は転がった首を自身の手で拾い上げ、ガウェインに1年後の再会を言い渡して去っていく。ガウェインはその約束を果たすべく、未知なる世界へと旅に出る。

グリーン・ナイト : 作品情報 - 映画.com

サー・ガウェインは”緑の騎士”から「我に一太刀浴びせた者に強力な戦斧を授ける。ただし1年後その者は我より同じ一太刀を浴びせられる」というゲームを持ち掛けられ、勇気を示すためその挑戦に応じて”緑の騎士”の首を切り落とします。しかしそれは1年後に自分も”緑の騎士”から自らの首を切り落とされるという事に他ありません。そして1年後、サー・ガウェインは”緑の騎士”が指定した聖堂を探しに旅に出るのですが、その道中様々な怪異や不可思議な出来事、追いはぎや亡霊、超自然の存在と出会うことになるのです。

サー・ガウェインが旅しその目の前に映し出される光景は寒々とした荒野と鬱蒼と茂る原生林、人が足を踏み入れる事を拒む原初の自然です。それらはよく知った自然のように見えながら既にして「異界」なのです。それは過酷であり恐怖に満ち、妖しくもまた美しく、観ていて心をかき乱されるような風景です。物語の舞台となるのであろう中世には、これら自然の風景は命すら奪いかねない危険に満ちた恐怖の対象であったでしょう。こういった畏敬すら覚えさせる自然の風景が次々と映し出されるのもまたこの作品の大きな魅力の一つです。

このサー・ガウェインの冒険の旅は試練の旅であり通過儀礼の旅でもあります。こういった物語構造は神話学者ジョーゼフ・キャンベルの著書『千の顔を持つ英雄』において「神話の元型である」と述べられています。英雄はごく日常の世界から自然を超越した不思議の領域に旅し、途方もない存在と出会い決定的な勝利を手にし、仲間に恵みをもたらす力を得て帰還するのです。これは古くはギルガメシュオデュッセウスの冒険、近年では映画『スターウォーズ』や『マッドマックス』シリーズにおいても繰り返し再話される「英雄による冒険譚」の【祖型】となるものなのです。

サー・ガウェインのその旅は「栄光を得るための旅」ではありません。それは”緑の騎士”に自らの命を差し出すための旅なのです。いわば「喪失のための旅」であり、「己の生死を超克するための旅」とも言えるのです。これはあの『指輪物語』も同様の構造を持ちます。主人公フロドは「栄光を得るための旅」に出るのではなく強大な力を持つ指輪を捨てるための旅、即ち「喪失のための旅」に出ることになります。その命と等価ともいえる「喪失」と引き換えに、旅人は「英雄」となります。「喪失」とは即ち強力なイニシエーションなんです。

映画『グリーン・ナイト』はこうした古代から繰り返し再話されてきた【英雄譚】の構造を持った物語です。こういった構造を成す物語がなぜ人の心を突き動かし連綿と語られ続けているのかは、例えばユングが「集合的無意識」といった術語を使用して説明していますが、実際のところはよく分かりません。それは「神」や「宗教」が生み出される人間心理、「人間の生の本質」と関わっている事なのかもしれません。ただ、これが強固で強大な物語の形であることは間違いなく、それは時代を超越したものである、ということだけは確かです。すなわち映画『グリーン・ナイト』は時流や時世を飛び越えた圧倒的なまでのド直球なダークファンタジーであり、このジャンルの新たなマイルストーンとして語られるべき強力な作品だと言えるのではないでしょうか。

 

デヴィッド・ボウイ自伝映画『ムーンエイジ・デイドリーム~月世界の白昼夢~』のサントラがとてもよかった

Moonage Daydream - A Brett Morgen Film (Soundtrack) / David Bowie

ムーンエイジ・デイドリーム~月世界の白昼夢~ サウンドトラック (特典なし)

来年公開予定のデヴィッド・ボウイ自伝映画『ムーンエイジ・デイドリーム~月世界の白昼夢~』。オレも公開をまだかまだかと首を伸ばして待っているのだが、先頃そのサウンドトラックアルバムが先行して発売され、早速購入して聴いてみた。で、これがなかなかに聴き応えのあるサントラアルバムだったのだ。

ボウイ自伝映画のサントラというとボウイのベストアルバム的なものになっちゃうのは必至だが、正直ボウイのアルバムはほとんど持っている上にベストアルバムすら3枚4枚と持っているオレや筋金入りのファンの方にとっては、「今度はサントラでのベストアルバムねえ……買うけど」と思っちゃいそうだが、このサントラはその予想を覆し、一味も二味も違うアルバムになっている。

確かにサントラ『ムーンエイジ・デイドリーム』は映画で使用されるのあろうボウイの綺羅星の如きベストソングが網羅されているのだが、「全曲まるまる」という曲はそれほど無く、聴いた事のないバージョンやライブ曲、サントラならではの自由なミックスやエディットが次々と展開し、年季の入ったファンのオレですら「こんな方法があったのか?!」と驚愕しまくる編集になっているのだ。そしてそれらの曲が有機的に繋がり、あたかもアルバム2枚に渡って鳴り渡る「デヴィッド・ボウイ組曲」として完成しているのである。

この、CD2枚2時間20分に渡り収録されるこれらの曲の流れは、そのまま映画の流れという事なのではないだろうか。CDの帯にある収録曲とそのバージョンの記載を撮影したので見てもらうと分かるだろうが、それぞれの曲がカットアップされ、メドレーのようなって連なっている。これらがあたかもボウイのアーチスト人生を走馬灯の如く再現する構成となっているのだ。いわばボウイ曲のメガミックスという事なのだが、今までありそうでなかった仕様だろうと思う。それにしても、もうサントラ聞いた段階でボウイ自伝映画は傑作認定だろ……。

映画『ムーンエイジ・デイドリーム~月世界の白昼夢~』予告編