SFマガジン12月号:カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集号を読んだ

SFマガジン 2022年 12 月号 [雑誌]

カート・ヴォネガット生誕100周年記念特集 監修:大森望  

世界中で愛される作家、カート・ヴォネガット。1922年11月11日にインディアナ州インディアナポリスで生まれ、2007年に没したヴォネガットは『猫のゆりかご』『タイタンの妖女』『スローターハウス5』など多くの傑作を残した。その足跡を生誕100周年のいま振り返る。

カート・ヴォネガットといえばオレの青春時代に最も熱中して読んだ作家のひとりで、その作品の幾つかは終生忘れ得ぬものとして心に刻みつけられている。とはいえ、そんなカート・ヴォネガットの事を知らない方もいらっしゃるかと思うので、ここにWikipediaの記事を抜粋しておこう。

カート・ヴォネガットKurt Vonnegut、1922年11月11日 - 2007年4月11日)は、アメリカの小説家、エッセイスト、劇作家。(中略)人類に対する絶望と皮肉と愛情を、シニカルかつユーモラスな筆致で描き人気を博した。現代アメリカ文学を代表する作家の一人とみなされている。代表作には『タイタンの妖女』、『猫のゆりかご』(1963年)、『スローターハウス5』(1969年)、『チャンピオンたちの朝食』(1973年)などがある。ヒューマニストとして知られており、American Humanist Association の名誉会長も務めたことがある。20世紀アメリカ人作家の中で最も広く影響を与えた人物とされている。

10代の頃のオレはSF小説ばかり読んでいた子供だったが、彼の小説を初めて読んだとき、そこにSFを超えた別個のものが存在していることに気付かされた。実のところカート・ヴォネガットはSFの手法を借りた文学小説を書いていた人で、そういった形式の文学を「スリップストリーム文学」と呼ぶらしいのだが、とにかく、荒唐無稽なSF冒険活劇を読んでいるつもりだったのに、人間とその人生への限りなく深い洞察が飛び出してきて驚愕してしまったのだ。だからある意味、初めての海外文学体験がカート・ヴォネガットだったと言えるかもしれない。

こうしてカート・ヴォネガットに傾倒したオレは彼の作品を片端から読みまくったが、彼の人類社会に対する悲観的な態度と真正さを訴える口調の強さが気になってしまい、いつしかあまり熱中して作品を追う事が無くなってしまった。とは言いつつ、日本で読むことができるカート・ヴォネガット作品のほぼ9割は読破していると思う。このブログでも以前こういった記事を書いたことがある。2008年というから相当昔の記事だが。

また、ヴォネガットの亡くなった時にはオレなりに追悼文を書いた。そうか、あれは2007年の事だったのか。

そんなヴォネガットが生誕100周年だというからびっくりである。ヴォネガットは84歳の時に亡くなられたが、今生きていれば100歳という事である(当たり前だ)。そして同時に思ったのは、そんなオレが今年生誕60周年であるという事だ。あまり意識していなかったが、オレとヴォネガットは丁度40年歳が離れていたんだな。

というわけでSFマガジンの特集号なわけだが、大変面白く読ませてもらった。なにより特筆すべきは【新訳短篇】である『 ロボットヴィルとキャスロウ先生』と【新訳エッセイ】である『 最後のタスマニア人』が読めることだ。実はこの両作は未完成原稿で、だからこれまで単行本収録がなかったのだが、こうして読めるのはたいへん貴重な事だろう。ありがとうSFマガジン。あんた意外と凄い奴だな。

あとは【エッセイ・評論・再録】として円城塔×大森望×小川哲による対談、84年のインタヴューの再録や、さまざまな執筆者による「わたしの好きなヴォネガット」が掲載されている(この「わたしの好きなヴォネガット」、なぜ大ファンであるこのオレに執筆依頼をよこさなかったSFマガジン?)。また、【全邦訳解題】【全邦訳作品リスト】ではヴォネガット作品を丁寧に紹介していた。

そんな中、水上文によるヴォネガット評論『分裂を生きる文学――戦後文学としてのカート・ヴォネガット』が非常に鋭利な視点から書かれた読み応えのある評論となっており、今回の特集をピリッと引き締めてくれていた。

それはそれとして、60歳になってもSFマガジンを購入し、あまつさえ公共交通機関で読むことになるとは思いもしなかったな。初めてSFマガジンを買ったのは小学校4年の時だぜ?福島正実が「未踏の時代」とか連載している時だったんだぜ?連載がクラークの『宇宙のランデヴー』だったんだぜ?

最近観たホラー映画とかソレ的なナニカとか

昔はオレも割とホラー映画を観ていたものだが、ある程度いい年齢になってからまるで観なくなってしまった。それは単純に、「怖くて観ていられない」からである。「キモチ悪い映像に本当にキモチ悪くなってしまう」からである。年を取ってヤワくなってしまったのである。

そんなオレではあるが、SNS等ネットでの評判がいいホラー映画はなんとなく気になってしまい、こうしてこっそり観てはいるのだ。また、ホラーとは言っても、比重がサスペンスや超自然現象にあって、必ずしも恐怖や肉体破壊ではない作品なら観ることはできるのだ。

そんな具合にして最近観たホラー映画作品をなんとなく羅列してみる。

ブラック・フォン(監督:スコット・デリクソン 2021年アメリカ映画)

ジェイソン・ブラム製作、『ドクター・ストレンジ』のスコット・デリクソン監督によるサイコスリラー。マジシャンだという男に拉致され、地下室に閉じ込められた少年・フィニー。すると突然、黒電話のベルが鳴り、死者からのメッセージが聞こえてくる。

S・キングの息子ジョー・ヒル原作のホラーだがオレ実はジョー・ヒルが好きじゃなくてね。アイディアが幼稚だし構成もイビツで素人臭いんだよ。けれどこの映画はジョー・ヒルのそんなイビツな構成力を、逆に目新しい視点として物語に持ち込むことで成功していると思えたな。子供専門の誘拐殺人鬼の話ではあるんだけど、軸足はそこになくて奇妙な超自然現象の話になってゆくんだよ。この「なんか変な流れ」がいいんだ。

TITANE/チタン (監督:ジュリア・デュクルノー 2021年フランス映画)

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  • ヴァンサン・ランドン
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幼い頃に交通事故で頭部を負傷し、頭蓋骨にチタンプレートを埋め込まれたアレクシア。以来、“車”に対して異常な執着を抱くようになっていた。ある日、追われる身となり逃亡を図る彼女は、少年の姿となって孤独な消防士ヴァンサンの前に現れる。ヴァンサンはアレクシアを10年前に失踪した息子と思い込み、2人は奇妙な共同生活を始めるのだったが…。

カンヌ映画祭パルムドール受賞ですがその内容はグログロ変態映画。とはいえ単なるキワモノかと思っていたらそれだけの物語じゃなく、先の読めない展開に最後までグイグイ引き込まれて観てしまい、変態映画だというのにラストは荘厳ですらあった。意味はよく分かんなかったがなんか凄いもん見せられた感じ。ホラーってわけではないんだが、まあホラーでもいいかな。

炎の少女チャーリー (監督:キース・トーマス 2022年アメリカ映画)

『透明人間』のブラムハウスがスティーブン・キングの傑作を再映画化したサイキックススリラー。不思議な能力を持つ少女・チャーリーは、その力を軍事利用しようとする秘密組織から追われる身に。父・アンディはチャーリーを連れて逃げ出すが…。

S・キングの原作はオレの最高に好きなキング作品の1つだけれど、1984年にドリュー・バリモア主演で映画化された作品は相当ガッカリだったよ。特撮がチャチかったのと、ドリュー・バリモアが健康的過ぎてホラー作品の陰鬱さが伝わってこなかったからだな。今作は再映画化という事になるけど、1984年版での不満点が刷新されている分結構面白く観られたよ。

キャメラを止めるな! (監督:ミシェル・アザナビシウス 2022年フランス映画)

日本で大ヒットした映画「ONE CUT OF THE DEAD」がフランスでリメイクされることになり、30分間生放送のワンカット撮影を依頼された監督。監督志望だが空気の読めない彼の娘と、熱中すると現実とフィクションの区別がつかなくなってしまう妻も加わり、撮影現場は大混乱に陥っていく。 

日本で大ヒットしたゾンビ映画カメラを止めるな!』のフランスリメイクだけど、映画のシチュエーション自体が「日本で大ヒットしたゾンビ映画カメラを止めるな!』のフランスリメイクの現場」ってのがまず可笑しくて、そしてオリジナルと違う展開の部分に感心して観ることができたな。これ、映画愛のお話なんだね。

ウォーハント 魔界戦線 (監督:マウロ・ボレッリ 2022年アメリカ映画)

『レスラー』のミッキー・ローク主演による戦争アクションホラー。1945年、墜落した輸送機を捜索する米軍のブリューワー軍曹たちは、墜落機の残骸を発見する。しかしそれ以降、幻覚を見るようになった兵士たちは狂気に捕らわれ…。

「第2次大戦の戦場に超常現象が!?」というお話なんだが、舞台や設定が古臭くアイディアにも別段目新しさはないんだけれども、だからこそ逆にB級ホラーとして安心して観ることができたな。あとミッキー・ロークが出ていたのもポイント高いけど、主役ではなくてチョイ役なので注意。

サイコ・ゴアマン (監督:スティーヴン・コスタンスキ 2020年カナダ映画

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  • ニタ=ジョゼ・ハンナ
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庭で遊んでいた少女ミミと兄のルークは、ひょんなことから宇宙屈指の残虐モンスターの封印を解いてしまう。地球どころか宇宙全体が危機に陥るほどのモンスターだったが、ミミが偶然手にした宝石の持ち主にだけは絶対服従だった。

SNSでやたら評判が良かったのでなんやねん?と思っていた作品で、やっとレンタルで視聴できたんだがこれがもう最高!言ってしまえば「アラジンと魔法のランプ」のゴア・バージョンをひたすらローテクで日本の戦隊ヒーロー的に展開した、という作品なんだが、ギャグと馬鹿馬鹿しさとグロのバランスが絶妙で、あー80年代辺りってこういうホラー多かったよね!てな気にさせられ、これがまた郷愁を誘うんだよな。なにより主人公少女の暴力的なまでの野蛮さがとてつもなくて、宇宙の悪魔すら霞んでしまう部分がイカシていた!

スターフィッシュ (監督:A.T.ホワイト 2018年イギリス・アメリカ映画)

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  • ヴァージニア・ガードナー
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親友が亡くなったことによる深い喪失感を抱えるヒロインが、人々が忽然と街から消え、不気味な怪物が徘徊するSF的設定の中で繰り広げる心の再生を、幻想的な映像表現とともに描き出した異色の青春映画。主演は「ハロウィン」のヴァージニア・ガードナー。監督は本作が長編デビューとなるA・T・ホワイト。

なんつーかそのーいわゆるセカイ系のお話でありまして、やたらめったらエモくてナイーブでうんざりさせられました。「かせっとてーぷをあつめてせかいをすくうの」とか言ってるんですが意味不明で、だいたい生きる気力の無い奴に世界を救うとか言われてもなあ。監督にはMMFRを100回観て出直せと言いたい。

ポゼッサー (監督:ブランドン・クローネンバーグ 2020年カナダ/イギリス映画)

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鬼才、デヴィッド・クローネンバーグの息子、ブランドン・クローネンバーグ監督によるSFノワール。第三者の人格を乗っ取り、殺人を行う遠隔殺人システムで任務を完遂する女暗殺者・タシャ。しかし、ある任務をきっかけに彼女の中の何かが狂い始める。

ただただひたすら暗くグロくどんよりしているだけのお話で、観ていて相当うんざりさせられた。描かれる「遠隔殺人システム」というのも随分回りくどい上にこういうテクノロジーがあるならもっとどうにかなる使い道が沢山あるだろうにわざわざ委託殺人というニッチなジャンルかよ、視野狭いよなあとしみじみ思った。

バーバリアン (監督:ザック・クレッガー 2022年アメリカ映画)

面接のためデトロイトに来た若い女性が深夜に予約した宿泊先に到着すると、手違いなのか既に見知らぬ男が泊まっていた。不本意ながらもそこで夜を過ごすことにするが、予期せぬ客より恐ろしいものが待ち受けていた。

Disney+の配信で視聴。これね、最初にホラー映画『IT/イット』のペニーワイズ役、ビル・スカルスガルドが出てきた段階で「おおっ!」と思わされるんですが、その最初の「おおっ!」を無視して思わぬ方向に突き進んじゃう、という部分において面白い作品なんですね。その「思わぬ方向」の設定だけだとこれは特に新味はないんですが、こういった二段構えの驚きを持ってきたことで成功した作品じゃないですかね。

最近聴いたエレクトロニック・ミュージックその他

Jeff Mills

Wonderland / Jeff Mills and The Zanza 22

Jeff Mills、以前はハードミニマルのトップアーチストとしてテクノミュージック界に君臨していたけど、いつの頃からか冨田勲みたいに《宇宙幻想》の彼方へと飛んで行って帰ってこれなくなった人で、オレもある時期から見切ってはいたが、しかしこのニューアルバムは久々に傑作と言っていいんじゃないのか。しかもその音はハードミニマルではなくエレクトロニック・ジャズ。生っぽいパーカッションやギターの音が既にJeff Millsぽくなくて新鮮で、しかしてそれがJeff Millsらしいミニマル展開をしてゆくという面白さ。これは新境地ってやつじゃないか。でもJeff Millsのことだからまた新しい音を探してどこか遠くへ飛んで行ってしまうんだろうけど。

Planets / Jeff Mills

前述のアルバム『Wonderland』が面白かったのでついでにもう一枚とJeff Millsのアルバムを買ってみた。この『Planet』はホルストによる有名なクラシック作品とは別物で、Jeff Mills自身がこの現代において「惑星」を音楽化したらどうなるか、を追求した作品となる。2枚組でCD1がフルオーケストラ、CD2がその原型となるテクノ作品。ただコンセプトとしては面白いのだが、音的にはやはり「宇宙の彼方に飛んで行ったJeff Mills」のままなんだよなあ。

77 Million / Brian Eno

以前京都で開催されていたBrian Eno展を記念して再発売されたレアアルバム。2006年に原宿の展覧会で1000枚限定発売されていた作品リイシューなのだとか。アンビエント作品ではなく、Enoらしい実験的エレクトロニックミュージック集。

What I Breathe / Mall Grab

What I Breathe [Explicit]

What I Breathe [Explicit]

  • Looking For Trouble, distributed by LG105
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オーストラリア出身、UKを中心に活躍するMall Grabのニューアルバム。ローファイ・ハウスと呼ばれるジャンルとなるのだが、おそらく古いレア機材を使ってハウス・サウンドを構築していると思われ。奇妙に懐かしい感じがするのはそのせいか。

Cry Sugar / Hudson Mohawke 

マシュマロマンと半裸の女性の後ろ姿を描いた変なジャケットに惹かれて聴いてみたが、音自体は奇妙な明るさと性急な高揚感に溢れたエレクトロニック・ミュージックで、こういった曲調を「アンセミック・サウンド」というのらしい。祝歌や讃美歌という意味だが、パンデミックで打撃を受けたクラブ・シーンのモチベーションを高めたいという作者の意図があるのらしい。

Infinite Window / Kuedo 

Infinite Window

Infinite Window

  • Brainfeeder
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ダブステップエレクトロニカを融合させたというKuedoのアルバム。美しいストリングス音の狭間に響き渡る重低音。

The Essential Matt Bianco: Re-Imagined, Re-Loved / Matt Bianco

マット・ビアンコは1980年代にファンカラティーナ・バンド、ブルー・ロンド・ア・ラ・タークとしてデビューし、その後マット・ビアンコと改名。現在はジャズ・テイストの音を送り出すユニットとして活躍するが、そのマット・ビアンコの過去のヒット曲をニューアレンジとミックスで製作したアルバムが本作。

Global Underground: Adapt #5 / Various Artists

UKの老舗ダンス・ミュージック・レーベルGlobal Undergroundの新作ミックスは定番のテックハウス/プログレッシヴハウス。D/L版はアンミックス曲も含めて4時間26分の大ボリューム。

Global Underground: Afterhours 9  /  Various Artists

またしてもGlobal Undergroundの新作ミックス。こちらもミックス/アンミックス含め7時間余りの大ボリューム。当然テックハウス/プログレッシヴハウス(実は両者の違いがよく分からない)。

Collapsed in Sunbeams / Arlo Parks

Collapsed in Sunbeams

Collapsed in Sunbeams

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そういえば一時Arlo Parksのこのデビューアルバムばかり聴いていた時期があった。Arlo Parks、サウス・ロンドン出身のシンガーソングライターで、まだ20代の若さにも関わらず、その高い才能から2022年第64回グラミー賞にノミネートされた経歴を持つ。音自体は90sオルタナティヴ・サウンドの匂いがするが、聴いていて、とても和むのだ。そのどこかあどけない歌声は、何か記憶に無いはずの懐かしさを想起させる。夢見がちな繊細さと同時に、揺るぎない確固たる自己も持ち合わせているように感じる。それとネグロイドの血を引く彼女だが、奇妙に人種を感じさせない歌声がいい。人種的偏見に聞こえるかもしれないが、つまり黒人女性シンガーというのは黒人女性シンガーの歌声を期待されてしまうと思うのだ。しかし彼女は奇跡的にそこから逸脱し、なおかつ彼女独自の才能を持っているのである。これはUK出身だから成し得たことで、アメリカのショービズでデビューしようとしたらこうはいかなかったかもしれない。

Super Sad Generation / Arlo Parks

Super Sad Generation

Super Sad Generation

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そのArlo Parksのシングル曲と未発表曲を集めたアルバム。そしてこれが暗い。暗くて悲しくて、とても切ない歌声だ。しかしデビューアルバムから振り返りながら聴いてみると、この暗さと悲しさと切なさが、デビューアルバムの持つ仄かな希望と安らぎへと結実したのかと思うと感慨深い。

 

アフロフューチャリズムとブラック・フェミニズムの物語/映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエヴァー』

ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエヴァー (監督:ライアン・クーグラー 2022年アメリカ映画)

国王ティ・チャラ/ブラックパンサー亡きあと

MCU映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエヴァー』は前作で主役を演じたチャドウィック・ボーズマンの突然の死去により、どのような形で製作され、どのような物語になるのか?が最大の関心事だった。代役を立てないことはあらかじめ知ってはいたが、それでは2代目ブラックパンサーは誰がなるのか(まあだいたい予想は付くけど)?それと併せ、物語はワカンダ王ティ・チャラの死から描かれるのは必至であり、そこからどのように物語に繋げてゆくのかに興味があった。今回は多少ネタバレありなのでご注意を。

《物語》超硬度を持ち超エネルギーを生み出す貴重な鉱石ヴィブラニウムを産出し、アフリカに高度な科学文明社会を築いたワカンダ王国。その王ティ・チャラはブラックパンサーとして平和のための戦いを繰り広げてきたが病により命を落とす。空虚と悲しみに包まれたワカンダはようやく新たな一歩を踏み出そうとしていたが、そこに新たなる脅威が訪れる。謎の海底王国タロカンの王ネイモアが人類を倒すための共闘かあるいは死かの選択を迫った来たのだ。

アフロフューチャリズムとブラック・フェミニズム

チャドウィック・ボーズマン亡きあとに製作された『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエヴァー』は、様々な面において革新的であり驚くべきコンセプトを持ち出してきた作品だった。1作目では「黒人たちによる幻想の千年王国」という卓越したコンセプトを持ち込みこれを描き切ることにより大成功を収めたが、この2作目で描かれるのはそれをさらに推し進めたアフロフューチャリズムの世界なのだ。アフリカの架空の王国ワカンダは白人文明と何ら関わることなく、黒人たちが自らの手により繁栄させた世界最高の科学文明社会として描かれるのだ。

そしてもう一つが、これがブラック・フェミニズムの物語であるという事だ。国王亡き後新たにワカンダを統べるのは国王の母ラモンダだ。その警護は女性戦士オコエの率いる女性親衛隊ドーラ・ミラージュであり、ラモンダ女王が心の拠り所とするのは娘であるシュリとなる。新たな戦いにおいてシュリが頼るのは黒人天才少女リリでありワカンダの女性スパイ・ナキアである。全てにおいて黒人女性の登場人物で占められており、同時に強力なのだ。物語全体においても男性も、白人も、たいした役に立っていない。前作が「黒人が主役」の物語として画期的だったのが、今作では「黒人女性が主役」としてさらに画期的なものとなっているのだ。

古代アメリカ文明の末裔

さらにこの物語を独特なものにしているのはその敵役の背景である。海底王国タロカンとその王ネイモアはスペイン人の侵略により滅亡した古代アメリカ文明の末裔なのである。彼らは白人世界への復讐を誓いその滅亡を願うが、それは彼らの残酷な歴史があったからこそであり、決して邪悪極まりない存在だというわけではないのだ。そして彼らの立場は、白人世界の脅威にさらされる有色人種民族として、そうであったかもしれないワカンダだともいえるではないか。だからこそネイモアはワカンダに共闘を持ち掛けるのである。

しかし既に白人世界に対し優位であり、同時に平和を愛するワカンダに共闘の意思はない。そして白人世界側に付くワカンダはタロカンの最大の脅威となる。これによりワカンダ/タロカンの絶望的な戦争が勃発してしまうのである。この、白人世界の存続を巡り有色人種同士が戦闘行為に突入すること自体に悲哀を感じてしまうのだが、例によってその中心であるべき白人世界の登場人物たち殆どが事態を理解できない役立たずばかりで、この辺りにもこの作品における白人社会への皮肉を感じざるを得ない。

新たなるブラックパンサーの誕生

こうして描かれるこの作品は、驚くべきことに3時間余りの長丁場のその半分を過ぎても「主役となるスーパーヒーローが全く登場しないスーパーヒーロー映画」という、異例の展開を見せる。さらにその「長丁場のその半分」にずっと出ずっぱりとなるのは、なんとワカンダ女王ラモンダなのだ。この前半の主人公は彼女だと言ってもいいし、ひょっとして次代ブラックパンサーのコスチュームを着るのはまさかとは思うがこのラモンダ女王なのか!?と一瞬思ってしまったほどだ。しかしこれらは、主役男優亡き後の演出の難しさを、最大限誠意を持って描く事により克服しようとした結果なのだろう。

そしてこの望まれない戦争の中心となるのが、今は亡きティ・チャラ/ブラックパンサーの妹で、ワカンダ王国の王女でありヴィブラニウム工学の天才科学者・発明家でもあるシュリなのだ。彼女の双肩に掛かる責務は重い。あまりに重い。ただでさえ愛する兄を失ったばかりなのだ。ネタバレしちゃうが次代ブラックパンサーになるのも彼女だ。演じるレティーシャ・ライトは小さくて細身で華奢で、物語にしても役柄にしてもよくぞまあこれだけの重圧を耐えて最後までやり通したと思う。

彼女は筋肉があまりついておらず、アクションシーンの見応えは残念だけれども薄い。ぶっちゃけ、ブラックパンサーというよりキャットウーマンかと思っちゃったぐらいだ。これだけ見た目がひ弱なMCUヒーローはいないだろし、今後のユニバース展開においても他のヒーローと比べるなら見劣りするかもしれない。しかし、だ。だったらだったで、彼女のそんな特徴を生かして特色にしてしまえばいいじゃないか。マッチョばかりのMCUに知的で華奢なマスクドヒーローを加えればいいだけの話だ。少なくとも『ワカンダ・フォーエバー』の彼女は称賛に値する演技をやり通したし、オレはそんな彼女に存分にエールを送りたいのだ。

ロバート・W・チェンバースとアルジャーノン・ブラックウッドの怪奇小説を読んだ

黄衣の王 / ロバート・W・チェンバース (著)、BOOKS桜鈴堂 (翻訳)

ロバート・W・チェンバースの代表作にしてクトゥルー神話の原点、待望の新訳版!!自殺が合法化された世界で、狂気の野望に取り憑かれた男の顛末を描く「名誉修繕人」。大理石に変じた恋人を巡る芸術家たちの幻想譚「仮面」。不気味なオルガン奏者からの逃亡劇「ドラゴン小路にて」。不吉な夢に追い詰められてゆく恋人たちの悲劇を描く「黄の印」。呪われた戯曲『黄衣の王』を軸に、日常を侵食する邪悪なるものの恐怖を、不穏で緻密な筆致で描く4連作。著者チェンバースの代表作にして、怪奇文学に決定的な影響を与えた傑作ホラーサスペンス。

以前読んだ『彼方の呼ぶ声:英米古典怪奇談集Ⅱ』に収録されていたロバート・W・チェンバース作品「イスの令嬢」がとても面白かったので、この作家の作品をまとめて読んでみようと思い単行本を手に取ってみた。すると冒頭の1作目から異様極まりない作品が並び、これは大当たりだったかな、と思わされた。

この短編集『黄衣(きごろも)の王』に収められた4編は、読めば狂気へと誘われるという奇書「黄衣の王」を巡る物語となる。まず1作目「名誉修繕人」からして異様な狂気に包まれた作品だ。冒頭から描かれる20世紀初頭のアメリカの情景にまず違和感を覚える。そして読み進めてみるとこれは現実には存在しなかったもう一つのアメリカであることが分かってくる。そこで描かれるのは己がこの世の王になると信じ切っている男の歪み切った幻想と恐るべき殺戮計画ついての物語なのだ。

この狂気を生み出した書物「黄衣の王」の一節が本編で引用されるが、そこには「二つの太陽がハリ湖に沈む古の都カルコサ」なる記述があり、ここで物語の異様さは最高潮を迎える。調べるとこの「カルコサ」とは「別の宇宙に存在する呪われた都市の名」であり、A・ビアスの小説で初めて使用されその後チェンバースが流用した語句で、さらにその後クトゥルフ神話作家により神話体系に組み込まれたのだという。すなわちチェンバースの『黄衣の王』は実はクトゥルフ神話の祖型となる作品だったのだ。

続く「仮面」は生物を生きたまま石化させる薬品を生み出した男が描かれるが、これなどもクトゥルフ神話的味わいを持つ作品だと言えるだろう。「ドラゴン小路にて」は「黄衣の王」を読んだ男の強迫観念的な追跡妄想が延々描かれるやはり狂った物語。「黄の印」はやはり「黄衣の王」を読んでしまった男女が悪夢に憑りつかれ「黄衣の王」を思わせる死霊の幻影に怯えながら破滅してゆくというお話。

使者 / ロバート・W・チェンバース (著)、BOOKS桜鈴堂 (翻訳)

クトゥルー神話の祖、ロバート・W・チェンバース、本邦初訳の連作短編集! ラブクラフト、そしてクトゥルー神話世界に絶大な影響を与えた古典ホラーの名作、 『黄衣の王』の著者、ロバート・W・チェンバースによるミステリホラー。19世紀末、 フランスの異郷ブルターニュ地方を舞台に、アメリカ人画家ディック・ダレルの活躍を描く。 「紫の帝王」、「葬儀」、「使者」の3編を収録。

『黄衣の王』を読んだ余勢をかってチェンバースのもう一つの短編集『使者』も読んでみた。『黄衣の王』と違ってクトゥルフ神話的要素は存在せず、耽美かつ抒情的で幻想味の強い作品が並ぶ。収録の3作は連作となっており、超自然的要素のある作品は3作目「使者」のみ。「紫の帝王」は希少種の蝶コムラサキを巡る犯罪ミステリ、2作目「葬儀」は1作目のエピローグ的な小編。ラスト「使者」では映画『羊たちの沈黙』でもお馴染みの「髑髏蛾」をモチーフにしながら太古から蘇りし悪霊との対決を幻想的に描く。

木の葉を奏でる男: アルジャーノン・ブラックウッド幻想怪奇傑作選 / アルジャーノン・ブラックウッド (著)、BOOKS桜鈴堂 (編集, 翻訳)

イギリス古典怪奇小説の巨匠、アルジャーノン・ブラックウッド。 その知られざる一面に光を当てるオリジナル短編集、堂々の刊行!! ドナウ流域、アルプスの雪山、エジプトの砂漠、カナダの大森林―― 文明の力の及ばぬ大自然を舞台に、怪奇幻想談の名手ブラックウッドの筆が冴え渡る。 ホラー史に残る代表作「柳」、「ウェンディゴ」に本邦初訳となる作品をくわえ、 自然との交感をテーマに集められた九つの中短編を収録。

この『木の葉を奏でる男: アルジャーノン・ブラックウッド幻想怪奇傑作選』はやはり以前読んだ『夜のささやき、闇のざわめき:英米古典怪奇談集Ⅰ』収録の「死人の森」が印象的だったので作者の作品をまとめて読んでみようと思い手に取った。全体的に思えたのは前出「死人の森」でもそうだったように非常に自然描写が瑞々しく豊かであり、その自然への畏敬、恐怖がメインテーマとなっているということだった。同時に男女の情愛を宿命的に描くロマンチックな作品も目立った。

ホラー史に残るとされる冒頭作品「柳」はドナウ川を川下りする二人の男が荒天により中州でキャンプをすることになったが、そこに生い茂る柳の意思を持つかのごとき蠢く姿に異形の存在を垣間見てしまうというもの。確かに強風にたなびく柳の枝の動くさまは不気味ではあるが、そんなに怖いかなあというのと、荒天なら中州になんかキャンプしないで陸地に行けよというのと、とりあえず身の危険を感じたら四の五の言わず逃げるのが優先なんじゃないのか、などといろいろ考えてしまった。

 「転生の池」「オリーブの実」は栄光に満ちた前世の記憶が蘇った男女の姿を描く幻想譚。 「雪のきらめき」はいうなれば雪女物語。 「微睡みの街」は猫の町に取り込まれた男の物語。 「砂漠にて」は砂漠を彷徨う男女の呪われた宿命のお話。「死人の森」は割愛。 これも傑作と名高い 「ウェンディゴ」は森に住まう伝説の魔物と対峙してしまったハンターたちの運命を描く恐怖譚。暗く妖しい森林の描写が素晴らしかった。 「木の葉を奏でる男」は森に出没する浮浪者と知り合った男が目撃する自然の神秘を描きこれも瑞々しい描写が印象的だった。