月面ナチスがUFOに乗って襲ってくる!?〜映画『アイアン・スカイ』

アイアン・スカイ (監督:ティモ・ブオレンソラ 2012年フィンランド・ドイツ・オーストラリア映画)

  • 「月からナチスが攻めて来る!」。一発ネタとしか思えない題材を映画化した『アイアン・スカイ』ですが、これがキワモノB級SF映画と思いきや、それを逆手に取った実にユニークな風刺映画に仕上がっていて、観てビックリしました。
  • 第2次世界大戦で月の裏側に逃げ込んだナチス・ドイツ軍が軍事力を蓄え、世界を征服するため再び地球に襲い掛かる。まあそれだけのお話でもそれなりに自分は楽しんだでしょうが、この『アイアン・スカイ』はもう一捻りしてあって、ナチス全体主義を描くふりをしながらそれを迎え撃つアメリカの、民主主義に名を借りた全体主義ぶりを皮肉っているんですね。この辺、この間観たサシャ・バロン・コーエンの『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』を思い出しました。
  • 実の所、世界をもう一度掌中に収めんと画策する月面ナチスの連中など、仮面ライダーのショッカー軍団程度の子供じみた脅威でしかありません。月面ナチスの連中はなにやら物々しい兵器で武装して地球を襲いますが、物々しいだけでアナクロな臭いすらします。一応凄まじい最終兵器も持っていますが、やっぱりどこかアナクロなんですね。一方それに対抗するアメリカをはじめとする国連軍団は、もっと遥かに進んだ、そして遥かに驚異的な科学力と兵器で月面ナチス軍団を追い撃ちます。
  • 結局、月面ナチスよりも真に恐ろしいのは、月面ナチスの連中が第2次世界大戦以来守り抜いてきた旧態依然としたプロパガンダ思想を、「これは使える」とばかりアメリカ大統領の選挙キャンペーンに流用する無節操で恥知らずな大統領選広報官と当のアメリカ大統領だったりします。そして月面ナチスとの戦闘すら選挙を有利にもっていこうとする材料として使おうとするのです。確かにナチス・ドイツは大戦中世界に恐ろしい戦禍をばらまきましたが、この今、この現代でもっと恐ろしいのは覇権国家アメリカじゃないか、というのがこの映画のテーマになっているんですね。
  • そして映画は、今も生き残るナチス・ドイツの時代錯誤的なアナクロニズムを嘲笑うのと同時に、抜け目無く覇権国家の権力を維持し、利権を独占しようとするアメリカの悪辣さを黒い笑いでもって描ききるのです。そしてB級SFというジャンルは、こういった風刺、諧謔、皮肉を描くのにとても適したジャンルだったんですね。
  • SF作品としてみると、科学考証などはメチャクチャではあるのですが(あれだけの建築物とエネルギーと人間を生活させるための資源を月でいったいどうやって調達できるんだ?とか月重力の問題とか)、なにしろ「月面から攻めて来るナチス」というテーマが非常に楽しいので"こまけえことはいいんだよ!"ということにしておきましょう!そして月面ナチス軍団のどこかスチーム・パンク的な建造物・兵器のデザインもSF作品として十二分に楽しめるビジュアルで、さらにクライマックスに用意されたスター・ウォーズ並みの宇宙戦闘シーンも馬鹿馬鹿しいながら迫力あるものとして仕上がっています。低予算だそうですがビジュアル的に全然遜色なかったですね。また、先のスター・ウォーズスター・トレック、そして『博士の異常な愛情』あたりからのパロディ・シーンなども探しながら観ると楽しいものとなるでしょう。
  • 作品としてみるなら編集がいまひとつドタドタしていたのが難かもしれません。不必要なシーンやもう少しシェイプ・アップしたほうがいいシークエンスも散見しました。しかしフィンランドというハリウッドから遠く離れた場所で、ハリウッド的な映画製作方法とは別の製作方法を模索しながら作られた(インターネットによる資金やアイデアの調達など)この作品には、野心的で斬新なものを作ろうという気構えを感じました。内容は全然違いますが、SF作品としてはニール・ブロムカンプの『第9地区』に通じるものがあるように思えましたね。
  • 今後の展開として口裂け女が月から攻めて来る「口裂けスカイ」、人面犬の群れが月から攻めて来る「ワンワン・スカイ」、死んだはずのエルビスが月から攻めて来る「ブルー・スェード・スカイ」などの映画化が望まれます。


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