口のきけない俳優と美声を持つ負け犬男との二人羽織〜映画『Shamitabh』

■Shamitabh (監督:R・バールキー 2015年インド映画)


俳優に憧れてるけど口のきけない青年が、秘密兵器を使ってこっそり声の代役を立てたところ、なんと大スターになっちゃった!?という少々奇想天外な物語です。しかし青年と声の代役の男には次第に軋轢が生じ、物語は思わぬ方向へと進んでゆくんですね。主演は『Raanjhanaa』でイケテナイ青年を演じたダヌシュ、そして声の代役をする男をインド映画界の帝王アミターブ・バッチャンが演じております。

《物語》子供の頃からボリウッド俳優に憧れていた青年ダニシュ(ダヌシュ)はムンバイの映画製作所を訪れるが、口のきけない彼を俳優に雇う者は誰もいなかった。そんな彼を不憫に思ったアシスタント・ディレクターのアクシャラー(アクシャラー・ハーサン)は、現在開発中の「音声転送装置」を彼に装着させることを思いつく。これはダヌシュの喉に埋められたチップを通し、別の誰かの喋り声をダヌシュの喉から発することができるようになるという画期的な装置だった。装置の施術後、ダヌシュの声を”アテレコ”する人間を探し、ホームレスの男アミターブ(アミターブ・バッチャン)に行き当たる。ダニシュの演技に深く魅力的なアミターブの声を当てたところ、これが大好評、二人の名を合わせた「シャミターブ」としてデビューしたダニシュは、とんとん拍子にトップ・スターの座に登りつめる。だがアミターブの存在は秘密にされているうえ、増長し始めたダニシュにアミターブの不満が爆発、遂に仲違いへと発展してしまう。

演技力はあるが喋れない青年と、声は魅力的だが人生の敗残者となってしまった男。この二人が二人羽織のようにひとつのキャラクターとして出発したら、ボリウッドのトップ・スターとなって押しも押されぬ存在になってしまう。こんな物語を可能にしたのは「音声転送装置」という架空の機械の存在です。この設定自体にオレなんかは非常にSF的なものを感じました。SFというのは別に宇宙船や異星人が登場するだけのものではなく、「科学の発展が人の生き方をどう変えてゆくのか?」ということを命題とした文学だと考えるなら、この『Shamitabh』は十分にSF的な作品だということが出来ると思うんですよ。『Shamitabh』はSFだ、と言い切りたいのではなく、少なくともそういった、ちょっと風変わりな部分にポイントのある作品だと思うんですね。

細かいことを言うなら装置の仕組みやその説明は割と適当だし、アテレコをするアミターブがアテレコされるダヌシュとしょっちゅう別の場所にいるのですが、これだと周囲の状況が分からないから何を喋ったらいいのか判断できないような気もします。しかし設定の「風変わりさ」が物語を面白くしていて観ていて飽きないんですね。まあ実際の所、若手俳優ダヌシュに帝王アミターブの声で喋らせたら面白いんじゃね?程度の発想から生まれた物語なんでしょうけどね!

そしてこんな物語を説得力あるものにしているのは、ひとえにアミターブの深みのある豊かな声でしょう。幾らダヌシュが演技力に優れているとはいえ、アミターブの声が聞こえてくると、もうダヌシュ自体がアミターブにしか見えないんですね。映画の二人が仲違いし、アミターブが別の俳優のアテレコをしてしまう、というシーンがあるのですが、その別の俳優にたいした魅力があるわけではないのにもかかわらず、アミターブの声が響いた瞬間にとんでもなく魅力がアップするんですよ。肉体の演技ではなく声の演技だけで観る者を魅了してしまう、その辺が既にアミターブ・バッチャンの俳優としての凄さなんでしょうね。これをアミターブ・バッチャンに愛着と馴染の深いインド人観客が観たら、ダヌシュの口からアミターブの声が聞こえてくるだけで大ウケだったのではないか、なんて想像してしまいました。

一方ダヌシュ君については、個人的には『Raanjhanaa』のイケテナイ非モテ青年(にもかかわらずストーカー並みにしつこい)の印象がどうも強過ぎて、「う〜ん彼がボリウッド・トップ・スター役なのかあ…」と若干モゾモゾしながら観てしまいました。アミターブとの対比を際立たせるアイロニカルな存在としてはよかったのかもしれません。それとこの作品がデビューとなるアクシャラー・ハーサン、演技や容姿以前に、ボブヘアー(でいいのかな?)の前髪がうるさすぎて、しょっちゅう髪の毛かき上げていたのがちょっとアレだったよなあ。また、こういった物語ですから、「最初は上手くいっていたものが最後に破綻する、声の代役を立てていたことが発覚してとんでもないことになる」と話の流れは最初から想像できてしまうのですが、そんな流れからどういったラストを組み立てるのか、といった部分ではもう少し推敲する必要があったのではないかと思います。ただし、全体的には十分楽しめる作品でした。
http://www.youtube.com/watch?v=CzJfGRrHlxY:movie:W620