罪深き誘惑のマンボ / ジョー・R・ランズデール

罪深き誘惑のマンボ (角川文庫)

罪深き誘惑のマンボ (角川文庫)

プア・ホワイト、レッド・ネックと呼ばれる連中のことはオレなんかだと《悪魔のいけにえ》みたいなホラー映画で馴染み深い。アメリカのど田舎で文化も文明も無く、冷蔵庫の隅で萎びて腐ったプラム程度の脳ミソと教養しか持ち合わせず、自らが腐臭を立てていてもそれはお前のパンツの中身の臭いだと言い張り、あまつさえそれが許せないと棍棒を持って襲い掛かってくるような連中。救いようのない無知と蒙昧。物語は、そんな連中が石の裏のザザ虫のように巣食っている人種偏見の町へ、かつての恋人だった黒人女性を探しに行く草臥れた中年男とその友人である黒人ゲイの、地獄巡りの物語である。
なにしろ登場人物が誰一人として真っ当ではない。肥溜めの町でカスと下衆と糞がダンスを踊る。だが自分の周りを見回しても時たまそんなもんかもしれないと思うことがある。ここにあるのは甘やかなる絶望とこれ以上堕ちる事がないという平安だ。死よりも悪くは無いが生と呼ぶには随分と冗談がきつい。ああ、まあ、人生なんて冗談みたいなもんだからな。冗談だから、この物語の登場人物達は機能不全のようにどこか弛緩していて、そして狂犬のように常軌を逸している。犬の糞を素足で踏んだままヘラヘラと笑っているようなこいつらは、その糞を投げつける相手を探しながらまたヘラヘラと笑う。暗く深いドツボで生まれた者は、そこから這い上がれないと知った時に、あとは笑うしかないということを叩き込まれるが、同時に他人を自分と同じドツボに落とすことも抜け目無く狙っている。要するに、そんな物語だ。
かといって物語のトーンは重苦しくない。本筋とは関係のない最低で下劣なエピソードが逆流した下水管のように合間合間でゴボゴボと湧いては消えてゆくが、それらは何処か素っ頓狂で馬鹿げており、呆れかえって生温い笑いが洩れてしまう。脱腸帯がどうとか、オーブンで焼かれたチワワがこうとか、そういう話であるが。そして主人公たちのハードボイルド小説のいかれたコピーみたいなタフぶった台詞の数々が、この救いの無い世界を便所紙程度のものだとして笑い飛ばす。シモネタ中心のその戯けた饒舌さは陰惨な現実に風穴を開け、いたちの最後っ屁みたいな痛烈な逆襲を読者に期待させる。なにしろ性器とセックスにまつわる低劣ジョークの大博覧会なのだ。しかし少なくともオレは嫌いじゃない。いやむしろ大好きだ。この主人公たちの絶妙な掛け合いが物語の醍醐味だ。ときにエライ目に合わされるが、口先だけかと思ったらこいつらがまた滅法腕っ節が強い。この辺の活劇も実に楽しい。
冒頭から陰鬱な雨が降り続きそれは後半に行くにつれ次第に嵐へと変わって行く。そして物語りもそれに呼応して波乱に満ちた展開を迎えてゆく。消えた恋人の行方は。人種差別の町で待つ主人公達の運命は。非常にパワフルで胸のすくアクションも含んだ傑作です。お下劣な台詞が苦にならない方には是非お薦めします。