ダークファンタジー小説『ラヴクラフト・カントリー』を読んだ

ラヴクラフト・カントリー /マット・ラフ (著), 茂木 健 (翻訳)

ラヴクラフト・カントリー (創元推理文庫)

朝鮮戦争から帰還した黒人兵士アティカス・ターナーは、SFやホラーを愛読する変わり者だ。折り合いの悪い父親から、母の祖先について新発見があったという連絡を受けて実家に戻ったところ、父は謎の白人と共に出て行ったと知らされる。アティカスは出版社を営む伯父と霊媒師と賭博師の間に生まれた幼馴染を伴い、父の行方を追って外界から隔絶された町アーダムを目指す。そこで待ち受けていたのは、魔術師タイタス・ブレイスホワイトが創設した秘密結社だった。

ラヴクラフト・カントリー』は1950年代のアメリカを舞台にしたダーク・ファンタジー小説となる。タイトルに「ラヴクラフト」とあるところから、いわゆるクトゥルー神話大系の傍流作品かと思われるかもしれないが、確かにラヴクラフトクトゥルー神話に言及する部分はあるにせよ、そのテーマとするのは決してクトゥルー神話にあるわけではない。

物語は8章の連作短篇風の作品とエピローグでもって構成される。メインの主人公となるのは黒人帰還兵アティカス・ターナー。彼はある理由により超自然的な術法を操る秘密結社の首領、ケイレブ・ブレイスホワイトの陰謀に関わることになってしまうのだ。章を追うごとに主人公アティカスの家族や友人たちがそれに巻き込まれることになり、様々な不気味な怪異が彼らを襲うのだ。

この『ラヴクラフト・カントリー』が独特なのは、主人公アティカスとその家族や友人が全て黒人であり、物語では超自然的な怪異そのものよりも、1950年代アメリカの熾烈な黒人差別と憎悪と虐待とが延々と描かれるといった部分にある。公民権法成立以前のアメリカ黒人には人権など存在せず、町では汚物のように扱われ、命は虫けらのように奪わる。この「恐怖」は、絵空事の超自然現象の比ではない。

タイトル『ラヴクラフト・カントリー』には皮肉な意味合いが込められている。ホラー小説作家として有名なH・P・ラヴクラフトは実は非常な人種差別主義者でもあった。彼は売れない作家としてニューヨークに在住していた際に、その不遇を安穏と街に住まう有色人種たちに憎しみをぶつけることで購おうとしたのだ。そしてその憎しみとニューヨークでの孤独が、その後ロードアイランドへと帰ったラヴクラフトに、あの輝かしくもまたおぞましいクトゥルー神話を書かせたのである。つまりタイトル『ラヴクラフト・カントリー』とは、ホラー小説作家ラブクラフトと人種差別主義者ラブクラフトダブルミーニングなのだ。

この作品のもう一つの特徴となるのは、常に暴力にさらされる黒人主人公たちが、決してやられてばかりはいない、といった点だ。彼らは皆黒人ならではのタフでファンキーな性質を持ち、相手がどんな魔術や亡霊や異形の存在であっても果敢に立ち向かおうとするのである。そして家族や友人との強い絆とチームワークがさらに大きな力となって彼らを励ますのだ。コズミックホラーと人種差別の恐怖を同時に描きながら、それと戦う黒人たちの姿を描くこの物語は、独特の味わいを持つホラー作品として完成している。

なおこの物語はTVドラマ『ラヴクラフト・カントリー 恐怖の旅路』として映像化もされている。

 

今頃だがゲーム『カリスト プロトコル』をクリアした。

The Callisto Protocol カリスト プロトコル (PS4、PS5、Xbox OneXbox Series X|S、PC)

ゲーム『カリストプロトコル』は2022年の12月に発売されたTPSタイプのサバイバル・ホラーゲームである。

ゲームの舞台は西暦2320年の未来。主人公は貨物輸送船パイロットのジェイコブ・リー。彼は木星周縁を航行中に謎の組織の襲撃を受け、木星の衛星カリストに不時着するが、カリストにある凶悪犯罪者専用施設「ブラックアイアン刑務所」に収監されてしまう。インプラントを埋め込まれ気絶したジェイコブが目覚めると、刑務所は破壊され死体があちこちに転がる地獄絵図となっていた。騒乱の中脱出を試みるジェイコブだったが、彼の前にウイルスによって変異した異形のクリーチャーどもが立ちはだかるのだ。

とまあ内容的には『バイオハザード』の宇宙版、さらに言うなら『DEAD SPACE』のクローンゲームといったものとなっている。それもそのはず、このゲームは『DEAD SPACE』や『Call of Duty』のフランチャイズ経験を持つグレン・スコフィールド氏が率いるStriking Distance Studiosが開発しており、『DEAD SPACE』そっくりの内容なのだ。

そしてこのゲーム、あまりに残酷描写が激しいために、日本では発売中止となった経緯を持つ。

news.denfaminicogamer.jp

とはいえ、海外版で購入可能な上に、この海外版には日本語吹き替え・日本語字幕・日本語化された表示画面が実装されており(発売中止直前まで日本で発売予定だった)、オレは海外版で購入し(1万2千円もしたけど)プレイしていた。

その『カリストプロトコル』を今頃クリアした。「今頃」というのは途中の中ボスが攻略できず、スネて1年ほど放り投げていたのである。結構諦めの早い人間なのだ。しかしつい最近なぜだか「クリアせねば」と発起し、挫折していた部分をこっそり攻略動画を眺めて学習し何とか突破、その後2日ぐらいでクリアすることができた。クリア時間は12時間ほどだったが、相当やり直していたので実質20時間ぐらいという所か。という訳でなにしろ1年をまたいでのクリアという事になった。

感想としては、グラフィックは相当綺麗でよくできていたし、グロ描写もハンパなく描かれており、その点においてサバイバルホラー作品として実にいい雰囲気を出していた。精緻なグラフィックは十分に没入感を高めていて、決して退屈なゲームではなかった。一方、ゲームシステムが古臭く挙動ももっさりしていて操作性が悪く、難易度も理不尽に感じる部分があった。そういった部分で、点数をつけるならグラ99点、ゲーム内容60点というところか。悪くはないんだが練り込み不足で、グラに気を取られ過ぎたことがアダになったように思う。

というわけで『カリストプロトコル』のグロ画像を一挙公開!よい子は見ちゃいけないよ!


www.youtube.com

 

監督マシュー・ボーンの手癖とAppleTV+の映画製作姿勢が上手く噛み合った娯楽作/映画『ARGYLLE/アーガイル』

ARGYLLE/アーガイル (監督:マシュー・ボーン 2024年アメリカ・イギリス映画)

スパイ小説作家の小説があまりに現実化し過ぎるので本物のスパイに目を付けられてしまう!?というアクション・コメディ映画『ARGYLLE/アーガイル』です。監督は「キングスマン」シリーズのマシュー・ボーンですからスパイものはお手の物でしょう。主人公となる作家エリーをブライス・ダラス・ハワード、彼女に近づくスパイ・エイダンをサム・ロックウェルが演じます。他にヘンリー・カビル、ジョン・シナサミュエル・L・ジャクソン、デュア・リパ、ソフィア・ブテラが共演を務めています。

《物語》謎のスパイ組織の正体に迫る凄腕エージェント・アーガイルの活躍を描いたベストセラー小説「アーガイル」の作者エリー・コンウェイは、愛猫アルフィーと一緒にのんびり過ごす時間を愛する平和主義者。新作の準備を進めている彼女は、アルフィーを連れて列車で移動中に謎の男たちに命を狙われ、エイダンと名乗るスパイに助けられる。やがて、エリーの小説が偶然にも現実のスパイ組織の行動を言い当てていたことが判明。エリーの空想のはずだった世界と、命を狙われる現実との境界線が曖昧になっていくなか、敵の一歩先を行くべく世界中を駆け巡るエリーだったが……。

ARGYLLE アーガイル : 作品情報 - 映画.com

『ダーク・ハーフ』、『シークレット・ウィンドウ』、『ルビー・スパークス』、『変態小説家』など、作家や脚本家が主人公となり、その生み出された作品が現実を侵食してしまう、という映画は結構製作されており、これだけで一つのジャンルだと言ってもいいぐらいです。こういった作品のシナリオなり原作なりを書いた作家自体が、「自分の書いた物語が現実になったらどうなってしまうのだろう?」と妄想することが多々あるからなのでしょう。

映画『ARGYLLE/アーガイル』では、主人公作家の生み出した作品のストーリーが、現実の諜報活動とあまりに酷似していることから、諜報組織に目を付けられてしまうという所から物語が始まります。これなどはスパイ映画『コンドル』の物語運びと非常によく似ていますね。しかし『コンドル』がおそろしくシリアスな作品だったのと比べ、『ARGYLLE/アーガイル』はあくまでコメディタッチに進行してゆきます。主人公作家エリーの類稀な想像力を巡って、二つの敵対する諜報組織がエリーと接触を試みます。

ここで展開するスパイ・アクションは、マシュー・ボーン監督お得意の、荒唐無稽でどことなくブラックで、少々「やり過ぎ」感があるのも否めない非常に派手なものなんですね。マシュー・ボーン監督の大ヒット作「キングスマン」シリーズにおけるブラックコメディ展開は賛否両論を呼びましたが、それと同等に「そこまでやるか!?」と思わせるアクションが畳み掛けてくるんですよ。「キングスマン」のグロテスクさは無いにせよ、観る人によっては「お口ポカーン」な状態になってしまうかもしれなせん。オレは「いやー、馬鹿だなあ!」と思いながら十分楽しみましたが。

「作家の作品が現実とシンクロする」というシナリオは、先に挙げたようにそれほど斬新なものではないし、その後のどんでん返しも十分想像がついてしまうのですが、監督の力技でそれを乗り切ってしまうんですね。こういった「ありふれたシナリオをきっちり映画化することで十分視聴に耐えるものにする」といった製作の在り方は、この作品がAppleTV+が劇場配給したものである部分に負う部分が大きいと思うんですよ。

AppleTV+のオリジナル配信映画を幾つか視聴したことがありますが、例えば『ゴーステッド Ghosted』にせよ『ファミリープラン』にせよ、シナリオ自体はありふれたもので特に斬新な要素は存在しないんですね。しかし非常にしっかりとした作りとなっているせいで楽しめる作品に仕上がっているんです。

この「AppleTV+らしさ」が『ARGYLLE/アーガイル』からも感じることができて、それは十分に素晴らしい成果を上げているように感じました。映画『ARGYLLE/アーガイル』は、AppleTV+の映画製作姿勢が、マシュー・ボーン監督の癖のある作風を上手くコントロールしながら、いい具合に中庸に仕上がった娯楽作だという事ができるでしょう。

 

ニュー・オーダー:ライブ・アルバム & ベスト・アルバム・コンプリートガイド

New Order

《目次》

ニュー・オーダーのライブ・アルバムとベスト・アルバムをなんとなく・だいたい・コンプリート

ニュー・オーダーのライブ・アルバムとベスト・アルバムを(だいたい)コンプリートした。実の所「だいたい」ではコンプリートと呼ばないのだが、既に入手不可能になっている作品があり、さらにMP3でのみの発売作品はあえて入手しないことにしたので、なんとなく・だいたい・コンプリート、ということでお茶を濁させて欲しい。濁させてよ!

なお、ニュー・オーダーのスタジオアルバムを全コンプリートした記事は以下に。

globalhead.hatenadiary.com

ベスト・アルバム

なぜスタジオ・アルバムが10枚しか出てないのにベスト・アルバムが6枚も出ているのか?などとは聞いてはいけないのである。ベスト・アルバム自体2枚組とか4枚組とかで出ているので、実質スタジオ・アルバムの枚数を超えているのである。実際の所、ニュー・オーダーはアルバム以外にも大量のシングル、さらにそのシングルの大量の別バージョンがリリースされているのでこういうことになっちゃうんだろうな。

Substance (1987/2023)

SUBSTANCE 1987 (4CD DELUXE EDITION)

SUBSTANCE 1987 (4CD DELUXE EDITION)

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ニュー・オーダー初のベストは1987年に2CDとして発売された。この時まだレコード盤で音楽を聴いていたオレは、「デジタルビートにはデジタル再生機だろ」とベスト盤発売を機にCDプレイヤーを購入、このベスト盤が初のCD購入だったのが記憶にある。内容としてはCD1にベスト盤発売の1987年までにリリースされた12インチシングル曲12曲、CD2にそのB面12曲で構成されている。ニュー・オーダーは基本的に12インチシングルばかり聴いていたオレにとってこれは最高のベストで、そして後々までニュー・オーダーの最高傑作アルバムはこのベスト盤だった。

そして2023年、1987年盤ベストのリマスター盤が発売される。リマスター盤は1987盤と一部曲目の差し替えがあり、さらに2CD盤とは別に4CD盤が発売されている。こちらはCD3に「ALTERNATIVES & B-SIDES」、CD4に「LIVE FROM IRVINE MEADOWS AMPHITHEATRE, CALIFORNIA 1987」と銘打たれたライヴ音源が収録されている。リマスターが施されているので当然音質は向上、新たな1987年ベストとして楽しむことができる。

(the best of) New Order (1994)

The Best of New Order

The Best of New Order

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ニュー・オーダーが古巣のファクトリー・レーベルからロンドン・レーベルに移籍してからの初ベスト、16曲入り。初期の曲は収録されず、1985年にリリースされた3枚目のオリジナルアルバム『ロウ・ライフ』や1984年のシングル『シーヴス・ライク・アス』以降の楽曲から選曲されている。要するに1984年から1994年までのニュー・オーダー・ベストといった体裁。

(the rest of) New Order (1995)

The Rest of New Order

The Rest of New Order

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上記『(the best of) New Order』のリミックス・バージョンを集めたベスト盤。なお『(the best of) New Order』の全てのリミックスを収録しているわけではなく、そもそもリミックスはロングバージョンが多いのでこちらの収録曲は10曲と少ない(でも長い)。ニュー・オーダーのリミックス・バージョンは面白いものが多いのでこちらも必聴。

International (2002)

2001年にリリースされたオリジナルアルバム『ゲット・レディー』の翌年にリリースされたベストアルバム。全14曲。こちらは前回の『(the best of) New Order』と違い初期アルバムから満遍なく有名曲を収録しているが、1981年から2001年まででで併せて14曲となると取りこぼしも多く、当然「ザックリした」ベストであると言わざるを得ない。

Retro (2002)

Retro

Retro

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4枚組ボックスセットとなるベストアルバム。バンドの友人である4人によって選曲された楽曲がそれぞれ1枚のCDに収められた4枚組になっている。4枚の内訳はシングルヒット曲中心の「POP」、オリジナルアルバムから選曲された「FAN」、リミックス集「CLUB」、ライヴヴァージョンばかりを集めた「LIVE」となっていて、ライブ含め全57曲というボリューム満点のベスト盤であり、2002年時点での最高のニュー・オーダー・ベストアルバムという事ができるだろう。これは相当愛聴したな。

Singles (2005)

2005年までに発表された全てのシングル曲を収録した2枚組ベストアルバム。2005年リリース時には輸入盤(全22曲)と日本国内盤(全23曲)とでは曲目と曲数が違っていたらしいが、オレの持っている日本国内盤「2015 Remastered Version」では全22曲収録の形で落ち着いている。ややこしいので購入の際には要注意。

Total from Joy Division to New Order (2011)

まだまだ進撃するニュー・オーダー・ベスト、今作はジョイ・ディビジョンとニュー・オーダーカップリング・ベストとなる。だからアルバムタイトルが『Total』なわけだ。商売とはいえいろいろ考えるよな!全18曲収録、ジョイ・ディビジョンからは6曲、ニュー・オーダーから12曲という構成。「ジョイ・ディビジョンとニュー・オーダーをざっくり安価に聴きたい」という人にはイイかもしれないが、せめてそれぞれ別のベストで聴いてほしいとは思う。ところが実はなんとこのアルバム、ニュー・オーダーの未発表曲「Hellbent」が収録されており、オレのようなニュー・オーダー・ベストに食傷している者も買わざるを得ないという意地悪な内容となっている。

ライブ・アルバム

なぜスタジオ・アルバムが10枚しか出てないのにライブ・アルバムが6、7枚も出ているのか?などとは聞いては(以下略)。

The John Peel Sessions (1990)

Complete Peel Sessions

Complete Peel Sessions

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1981年と1982年にジョン・ピール・セッションで録音したセッション・アルバム。曲の多くは1stアルバム『Movement』から、2曲は2ndアルバム『Power, Corruption & Lies』の曲「5-8-6」「We All Stand」が演奏されている。他にキース・ハドソンのレゲエ曲「Turn The Heater On」を演奏しているのが実に珍しいし(イアン・カーティスの好きな曲だったのらしい)、「Too Late」はニュー・オーダーの全てのアルバム/コンピレーション/ライヴの中でもこのセッションでしか聴けない大変貴重な未発表曲である。なおこのアルバムは幾つかのバージョンでリリースされているが、オレの入手したのは上記アルバム・ジャケットのもの。他のも収録曲は同じのはず。

BBC Radio 1 Live In Concert (1992)

BBC Radio 1 Live in Concert

BBC Radio 1 Live in Concert

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1987年のグラストンベリーCNDフェスティバルでのヘッドライン・パフォーマンスを編集したもの。「Touched By The Hand Of God」「The Perfect Kiss」「Bizarre Love Triangle」「True Faith」といったシングルヒット曲が満載で意外と聴きやすい。ラストでベルベット・アンダーグラウンドの「Sister Ray」のカヴァーが聴けるのがなにより貴重。

Live at the London Troxy (2011)

2011年にロンドンのザ・トロクシーで録音されたライブだが、残念なことに現在入手不可能。なので持ってません。クライマックスで「Blue Monday」「Love Will Tear Us Apart」が演奏され大いに盛り上がっているのだそう。

Live at Bestival 2012 (2013)

2012年9月にイギリスのワイト島のロビン・ヒルで開催されたBestival 2012で録音されたライブ・アルバム。トラックリストには「Bizarre Love Triangle」や「True Faith」などのベストヒット曲がほとんど含まれており、「Isolation」、「Transmission」、「Love Will Tear Us Apart 」といったジョイ・ディヴィジョンの3曲も収録されている。前作ライブ『Live at the London Troxy』と同様に、ピーター・フックに代わってトム・チャップマンがベースギターを担当。

NOMC15 (2017)

2015年に行われた英ブリクストン・アカデミー公演のライヴ盤。この時点での最新アルバム『ミュージック・コンプリート』から5曲、さらに例によっていつもの如くなヒット曲満載、そしてジョイ・ディヴィジョンの「Love Will Tear Us Apart」等ジョイ・ディヴィジョンからニュー・オーダーまでのベストが演奏される。CDでは2枚組全19曲の圧倒的なボリューム。

∑(No,12k,Lg,17Mif) New Order + Liam Gillick: So it goes.. (2019)

2017年にマンチェスターのオールド・グラナダ・スタジオで開催された「Manchester International Festival」に出演した際に収録されたライブ。このオールド・グラナダ・スタジオはジョイ・ディヴィジョンが1978年にトニー・ウィルソン(ファクトリー・レコード創始者)のTV番組「So It Goes」に初出演を果たしたスタジオだった、といういわくつきの場所。収録曲は全キャリアにおける膨大な作品素材:お馴染みのものから超レアなもの、初期のものから最新作までを一旦解体し楽曲の構想を練り直し再構築して行ったとされ、王立ノーザン音楽大学の学生による12台ものシンセサイザー・アンサンブルが加えられている。CDでは2枚組全18曲。なおアルバムタイトルの読み方も意味も全く分からないのだが、調べたら下記のような記事があった。

アルバム名は総和の∑、ニュー・オーダーのNo、12人のシンセサイザー奏者で構成されたオーケストラから12k、そしてアーティストのLiam GillickのイニシャルLg、最後に2017年のManchester International Festivalの17Mifから構成されている。そして最後のSo it goes..は1978年にジョイ・ディヴィジョンが初めて出演したテレビ番組のタイトルを意味している。

https://rockinon.com/news/detail/186317

Education Entertainment Recreation (2021)

2018年ロンドンのアレクサンドラ・パレスでの公演を収録したライブアルバム。2CD、3LP、2CD+Blu-ray、バンドのオンライン・ショップでのみ購入可能なボックスセットといった4形態で発売された。2CDでは例によって今更書くまでもないいつものヒットシングル連発&懐かしのジョイ・ディビジョン大会であり、目新しさはないと言えばそれまでだが、一応現在最新のライブ音源だしアレンジも違うと言えば違うのでマニアはとりあえず買えばいいのだと思う。オレも2CD+Blu-rayバージョンを買った。このBlu-rayでは全22曲、2時間20分の演奏が収録されており、むしろこちらが目玉となるだろう。

その他

Complete Music (2016)

Complete Music

Complete Music

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2015年にリリースされた今の所最新であり最後となっているアルバム『Music Complete』のリミックス・バージョンを集めたもの。CDでは2枚組全11曲収録。オリジナルアルバムとジャケットもタイトルもよく似ているので決してお間違えの無いように。

Be A Rebel (remix) (2021)

2020年にリリースされた今の所最新のシングル「Be A Rebel」とその翌年にリリースされたリミックス音源を1枚にまとめたリミックス集。全13曲、全部「Be A Rebel」とそのリミックス。

まとめとして

じゃあ結局ニュー・オーダーベスト・アルバムとライブ・アルバムはどれを聴けばいいの!?という方の為に挙げてみるなら:

ベスト・アルバム……やはり最新ベストである『Singles』が一番網羅的でボリュームもそこそこあるからこちらがいいかも。2002年リリースなので網羅的ではないが、4枚組ボックスセット『Retro』ニュー・オーダーの全貌を掴むといった形では本当のベストだと思う。ただ『Retro』はちょいと高額なので、後期の曲を切り捨ててもいいのなら2023年発売のリマスター盤Substance 1987』が音もいいのでこちらもお勧め。できるなら4枚組を!(やっぱり高い!)ニュー・オーダーのリミックス作を楽しめるといった点で『(the rest of) New Orderも捨てがたい。

ライブ・アルバム……最新ライブ・アルバムとなる『Education Entertainment Recreation』ニュー・オーダー・ライブの最新形といった形で楽しめるが、ステージの熱気が存分に味わえるといった点では『NOMC15』のほうが上だと感じるので、こちらをお勧めしようかな。余裕のある方はニュー・オーダー結成時のヒリヒリとした緊張感を味わえる『The John Peel Sessions』も一聴の価値があると思う。



最近読んだコミック:『九井諒子ラクガキ本 デイドリーム・アワー』『アンダーニンジャ (12) 』『男おいどん (1-6)』

九井諒子ラクガキ本 デイドリーム・アワー / 九井諒子

九井諒子が『ダンジョン飯』執筆中に描き溜めた同作品のショートコミック、イラスト、スケッチ、さらにデビュー前に描いていた様々なイラストを収録した本。そしてこれが凄い。基本は漫画『ダンジョン飯』を描きながらその合間に『ダンジョン飯』のキャラを使って描いた「落書き」だ。しかしこの落書き、どれも高い作画力で描かれているばかりか(しかもカラー)、それぞれのキャラのポテンシャルを見極めるための試行錯誤が成されており、いかにユニーク化が図られていたのかが手に取るように伝わってくるのだ。だからこそ『ダンジョン飯』のキャラクターたちは誰もが皆生き生きとし、確固とした個性を持って物語内で息づいていたのだろう。

そもそも九井諒子の作品の特色は、強固なまでの世界観を持って描かれていることだが、その強固な世界観は生命感あふれるキャラクターたちの存在によって後押しされているのだ。これ、どのキャラクターを使ってもいくらでも『ダンジョン飯』のサイドストーリーが作れそうだよな。落書きしている作者の楽しさがこちらにまで伝わってきそうな本だった。それと、結構な頻度で食べ物や物を食べるシチュエーションが描かれており、確かに『ダンジョン飯』ってタイトルだしなあ、と思ってたら、そもそも作者の人が食べるのが大好きなのらしい。なるほど。

アンダーニンジャ (12) / 花沢健吾

日本に未だに忍者が存在し、さらにNINとUNという組織に分かれて抗争を繰り広げていた、という架空戦記。忍者組織は高度に科学的な装備を有していて、いわば「攻殻機動隊」を現代を舞台に恐ろしくベタな日常感覚と人間関係で描いたコミックともいえる。オレはどうもこのコミックが面白いのか面白くないのかいまひとつピンと来ないのだが、それは忍者の日常描写のシュールさが笑えるような笑えないような醒めた視点で描かれている部分と、登場人物たちに一切感情移入できないような作りになっている部分にあるように思う。ところがいざ戦闘ともなると熾烈かつ冷徹な描写がここぞとばかりに繰り広げられ凄まじい迫力を生んでおり、これが実に読ませるのだ。

とまあそんなことを思いつつこの12巻目まで読み進んできたが、段々というかやっと作者の主眼としたいことが理解できたような気がした。物語に登場する忍者たちは誰もが皆基本的な人間性が欠落している。それはここで描かれるものが殺戮機械とその機構だからだ。『アンダーニンジャ』は、この無機的な存在に堕した人間の不気味さが特徴的なのだ。これは今作が、作者の前作『アイアムアヒーロー』におけるZQN(ゾンビ)が、ZQNではなく知性も技術も持つ人間に転化した物語なのではないかと思えたからだ。人間のようでいて人間とはとても思えないもの、しかし間違いなく人間であるものの不気味さ。それを描いたのが『アンダーニンジャ』なのではないだろうか。

男おいどん (1-6)/ 松本零士

松本零士の大四畳半青春ルサンチマンコミック『男おいどん』は十代前半だった頃のオレのバイブルだった。このコミックに感化されてシマシマでカパカパのサルマタを履くようになった。食堂に行くとラーメンライスばかり注文した。とりあえず無根拠でも威勢だけは良くして生きようと思った。感化された訳は決してないがその後風呂無し四畳半に数十年住んだ。そんな大昔にハマって今はすっかり忘れていたコミックをなぜ今全巻電書で大人買いしたかと言うと、最終巻にこれまで読んだことの無かったエピソード「元祖・男おいどん」「聖サルマタ伝」が収録されていたからである。それと全巻購入だと安かったのでついでで購入したわけだ。

未読だったエピソード2編はきちんと「男おいどん」していて十分に楽しめた。だが、残りの正編を再読してみたところ、十代の頃と感想が180度変わり、「こいつ普通にダメな奴じゃないか」と思えてしまい、逆にそれが衝撃だった。いや、そもそもダメ人間をペーソスでもって自虐的に面白おかしく描いた作品なので、「ダメな奴」が最初から描かれていることに間違いはないのだが、それに共感ではなく拒否感を感じてしまったことに驚いたのだ。

これはオレがいい年した大人になったからなのだろう。10代から40代ぐらいまで「ダメな奴」だった自分を否定して何とか今の「そんなにダメでもない奴」にまでは成長したオレにとって、このコミックの主人公は「既に乗り越えてしまったオレ自身」ということなのだろう。だから作品を否定したい訳では全くなく、「あの頃はこうとしかできなかったけど、でもずっとそのままじゃ駄目だったんだよ」と感じたという事なのだ。いわば青年期に書いた黒歴史的な日記帳を年を取ってから読み返してしまった時の居心地の悪さ、でもあの時のオレのリアルはあれしかなかった、と理解できてしまう事の仄かな悲しさ、それが今のオレにとっての『男おいどん』だった。