中華ファンタジー・アニメーション映画『羅小黒戦記〜ぼくが選ぶ未来〜 』を観た

■羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)〜ぼくが選ぶ未来〜 (監督:MTJJ木頭 2019年中語映画)

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最近劇場で観たいと思うような映画がまるで公開されなくて、映画館通いも暫くお留守だったが、そんなある日オレの相方がこう言ったのである。「中華アニメ観ようぜ」。タイトルは『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)〜ぼくが選ぶ未来〜 』。なんでも一部で話題沸騰中なのだという。アニメを観る事は殆ど無いオレだったが、相方の誘いなら乗ろうじゃないか。という訳で例の国産アニメでごった返す劇場へと足を運んだのだ。

『羅小黒戦記』はファンタジー作品となる。妖精と人間が共生する世界を描くものだが、ビルが建ち車が走る現代の社会を舞台にしている所が面白い。主人公は開発により森を追われた猫の妖精・ロシャオヘイ(羅小黒)。人間社会を放浪するロシャオヘイは妖精であるフーシー(風息)ら一行に救われ、隠れ里でやっと安息を得るが、そこに「最強の執行人」と呼ばれるムゲン(無限)という人間が現れ、フーシーらと魔術対決を繰り広げた後、ロシャオヘイを連れ去ってしまう。ムゲンの目的は何なのか。「執行人」とは何なのか。フーシー一行はロシャオヘイを救う事が出来るのか。

面白い作品だった。まず、当然ではあるが日本のアニメとは物語や作画の「約束事の在り方」、別の言い方をするなら「フォーマット」が違うという部分が新鮮だった。まるでアニメを見ないのに知ったようなことを書くなら、物語の流れ方、エピソード時間の切り方、キャラクターの活かし方が違うなと思えたし、作画においてもキャラ彩色がフラットで影を付けて無理に立体感を出そうとしていない部分が物珍しく感じた。この彩色の在り方は日本初の長編カラー・アニメーション『白蛇伝』を連想した。さてこの作品の”売り”の一つとなっているバトルシーンはどうだろう。これが凄い、スピードが速い、スペクタクルでスリリングだ(上手く表現できないから横文字で誤魔化す)、相方は「速すぎて目が追いつかなかった」と言っていたがFPSゲームマイケル・ベイ映画で鍛えられたオレは割と追いつけた。それは地を駆け宙を舞い魔術パワーがぶつかり合う変幻自在なものだが、そこは中国だけにサイキックパワーや魔術ではなく「仙術」と言ったほうがいいのだろう。これらにはツイ・ハーク監督作品に通じる中国武侠映画の流れを感じた。ただ、和製アニメでも割と多そうなこういったバトルシーンとどれだけ違うのか、アニメ的語彙の少ないオレには表現のしようが無くて、だから文章で書こうとすると、どうにももどかしく感じる。

物語の構成の在り方からは「大きな物語の中の一つのエピソード」であるように思えた。後で調べるとやはりそういった立ち位置にある物語らしく、もともとはWebアニメとして公開されていた作品の、4年前の事件を描いた物語なのらしい。ただしこの作品だけ観ても十分楽しめるものとして作られている。また、だからこそ作品の持つ世界観の広大さが透けて見え、キャラクターにしても厚みのあるものが感じさせられ、物語により大きな興味を掻き立てられるのだ。

物語それ自体はどうだろう。安寧として過ごしていた豊かな自然を追われた妖精・精霊たちと人間との対立といったテーマはそれほど珍しいものではなく、ジブリアニメ辺りでも何作かあったが、それが後半『AKIRA』と化してしまう部分が現代的と言えるか。むしろこの作品では「自然を脅かす人間ダメ絶対」といった「環境問題映画」にはならずに、主人公ロシャオヘイが「人間側(共生)」と「反人間側(抵抗)」のどちらに与するべきか板挟みになる部分に独特さがある。

それはまた、クリーンに管理された近代化社会と自由でアナーキーな前近代社会のどちらを選択するのか、という物語でもある。そして歴史の不可逆性は望むと望まないとにかかわらず否応なく未来へと邁進してゆく。そこで後ろを振り返ることなく「共生」を選択してゆく主人公たちの姿には、矛盾を孕みながらも発展してゆく現代中国の姿が重ね合わされているのかもしれない。……と適当に思いついたことを書いてここは結んでおこう。 

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過ぎ去りし懐かしの未来『真鍋博の世界』

真鍋博の世界 (愛媛県美術館 監修)

真鍋博の世界

この『真鍋博の世界』は愛媛県美術館で2020年10月1日~11月29日まで開催される「真鍋博2020」公式図録兼書籍となる。オレは真鍋氏の物凄いファン、というわけでは全然ないのだが、その表紙絵のどうにも懐かしい感触が気になってついついこの図録を購入してしまった。

イラストレーター、真鍋博の作品は多くはSF絡みで目にしていた。最もお馴染みなのは星新一の文庫本表紙かな?他にも筒井康隆E・E・スミスレンズマンシリーズの文庫本表紙を手掛けており、そんなわけだから浅はかにもすっかりSF界隈御用達だとばかり思っていたが、この『真鍋博の世界』を読んだらまだまだ驚くほど幅広い活躍をされていた。

表紙絵でいうと早川から出ているアガサ・クリスティー作品の文庫本表紙は殆ど真鍋氏の作品なのらしい。図録では80冊にのぼるアガサ・クリスティー作品表紙が並べられているが、同様のモチーフながら全て差異がありクオリティはどれも高い、というのには驚かされた。真鍋氏のイラストレーターとしての高い技量とイマジネーションがこの80冊の表紙からグイグイ迫ってくる。

他に、サリンジャーライ麦畑でつかまえて白水社版とかカポーティ―『カメレオンのための音楽』早川書房版とか、どこかで見たことのある表紙絵が真鍋氏の作だと知ってやはり驚いた。クラークの『幼年期の終り』創元版(地球を巨大な鳥が爪で掴んでいる絵)も真鍋氏だったんだなあ。

もちろん図録では表紙絵だけではなく、真鍋氏の多岐に渡る作品が収録されている。やはり最も目を惹いたのは1970年に大阪で開催された日本万国博覧会の様々なポスターだろうか。

1970年と言えばオレが小学校に上がりたての頃で、当時ガキンチョだったオレはこの万博に大いに興味を掻き立てられていた。しかし日本の最北端の片田舎に住むオレの貧乏一家が大阪くんだりまで旅行になんぞ行ける筈もない。そんなだったから、いつも雑誌の大阪万博特集を穴が開くほど眺め渡し、奇妙な形状をした各国パビリオンの数々に大いに夢を膨らませていた。だから今回真鍋氏による万博ポスターを見た時も、大いに懐かしみつつ、描かれたそれぞれのパビリオンがどこの国のものか殆ど覚えていた自分にちょっと驚いたりした。

真鍋氏のイラストのイメージはこの万博ポスターに代表される明るく軽やかで色彩感に満ちた未来像だった。もちろん真鍋氏の作品はそれだけにとどまるものではないが、軽妙極まりない筆致という部分では一致しているのではないか。今はもうとっくに過ぎ去ってしまったレトロフューチャーの未来。そんな懐かしい世界を『真鍋博の世界』で堪能したオレだった。f:id:globalhead:20201017190642j:plain

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真鍋博の世界

真鍋博の世界

  • 発売日: 2020/09/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

Global Communicationのリマスター・ボックスセット『Transmissions』

■Transmissions / Global Communication

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Global Communication(以下GC)と言えば94年にリリースされた伝説のアルバムであり唯一のオリジナル・アルバムでもある『76:14』だろう。静謐に満たされたその音響は一聴よくあるアンビエント作と思わせながら、聴き込むほどにそれが一音一音に細心の注意を払って設計され構築された電子的シンフォニーであることが伝わってくる。ユニットの一員であるトム・ミドルトンはクラシック音楽を学んでおり、そういった素養が影響している部分もあるだろう。アルバム『76:14』は時代を超えたネオ・クラシカルであり、アンビエント・ミュージック、エレクトロニック・ミュージックの一つの金字塔としてこれからも評価され続ける名盤であることに間違いはない。

そしてその『76:14』がリマスターされ、豊かな音質へと蘇って再発されることとなった。さらにこのアルバムに加えて、Chapterhouseのリミックス作『Chapterhouse Retranslated by Global Communication - Blood Music: Pentamerous Metamorphosis』、これまでのシングル&リミックスを集めた『Curated Singles & Remixes』を加えた3枚組CDボックスセット『Transmissions』としての発売である。エレクトロニック・ミュージック・ファンにとってこれはもう必携のボックスセットだろう。なお音楽評論家ベン・カーデューによる詳細なライナーノーツの貴重な邦訳が読める国内仕様輸入盤を特にお勧めしたい。 

という訳で以下にボックスセット3枚のアルバムをざっくり紹介。

●76:14 [REMASTERED EDITION]

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ガーディアン紙が「底知れぬほど美しい時代を超えた傑作」と評したアンビエントテクノの名作『76:14』。その幽玄な音の響きはスピリチュアルなリラクゼーション・ミュージックとしても音の構成の妙味を楽しむコンテンポラリー・ミュージックとしても優れている。全10曲”76分14秒”のサウンドスケープを完走してそこから現実世界に還った時、心身が浄化されたかのような清々しさと穏やかな感情に満たされていることに気付くはずだ。 

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●Chapterhouse Retranslated by Global Communication - Blood Music: Pentamerous Metamorphosis [REMASTERED EDITION]

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長々しいタイトルのアルバムだが、90年代に活躍したシューゲイザー・バンド「Chapterhouse」のアルバム『Blood Music』をGCが全面的にリミックスし「Retranslated=再翻訳」した作品が本作となる。ギター・ロックであるオリジナル作品の全てのパーツを解体し取り払い、GCの音としてほしいままに再構築した作品であり、そしてアンビエント作として完成した本作は『76:14』と比しても遜色ない高いクオリティの作品だという事が出来るだろう。 

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●Curated Singles & Remixes

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名作『76:14』で知られるGCはこのアルバムの他にも様々なシングルや他アーチストのリミックス作をリリースしており、それらの幾つかとさらに未発表曲を集めたのがこの『Curated Singles & Remixes』となる。アンビエント調なだけではなくビートの刻まれたハウス調の曲も存在するが、それでも全体のトータリティーは整っており、GCの音のぶれなさが伺える。欲を言えばGCの全てのシングル&リミックス曲を聴いてみたかった。

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大いに笑わせ大いに泣かせる佳作コメディ映画『がんばれ!チョルス』

■がんばれ!チョルス (監督:イ・ゲビョク 2019年韓国映画

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筋肉ムキムキだが頭の中身がすっかりお留守な男と難病の少女とが出会い、可笑しな珍道中を繰り広げるという2019年公開の韓国製コメディ映画です。しかし実は二人の間には、とても悲しい過去が隠されていたのです。監督は良作コメディ『LUCK-KEY ラッキー』を撮ったイ・ゲビョク、主人公チョルスを『毒戦 BELIEVER』『ハイヒールの男』のチャ・スンウォンが演じております。

韓国料理屋に勤める主人公チョルスは剛健な体と精悍なマスクで町の人気者でしたが、頭がちょいとよろしくないという欠点を持っていました。ある日彼は謎の中年女性に拉致られ、病院で一人の少女と引き合わされます。白血病で闘病中のその少女セッピョル(オム・チェヨン)は、なんとチョルスの娘だというのです。身に覚えのないチョルスは何が何やら訳が分かりません。しかし、病院を脱走し何処かへと向かうセッピョルを目撃したチョルスは、ひょんなことからその旅に付き合うことになってしまいます。果たして二人の運命やいかに!?

知的障碍の父親とその娘というと映画『アイ・アム・サム』や、そのリメイク作であるインド映画『神さまがくれた娘』を思い出します。これらの作品は知的障碍者の親権と強い愛情とを描いた作品ですが、この『がんばれ!チョルス』はそれと全く違うアプローチで物語を描いていきます。まず、チョルスとセッピョルは二人ともお互いが親子であることを知らなかったんです。それは今まで隠されていたのですが、いったい何故だったのでしょう。そして二人の過去に何があったのか?が後半で明かされ、怒涛の展開を迎える事になるんですよ。それと併せ難病モノのテーマが加味されることになるんです。

おバカな言動と行動を繰り返すチョルスと、小さいけれどしっかり者のセッピルのキャラクターは対称的で、まさに凸凹コンビ。こんな二人が目的地の町で巻き起こすドタバタが可笑しくてたまりません。いつも頓珍漢なチョルスに呆れ果てながら付き合うセッピルというシチュエーションは微笑ましくありつつ、時に大爆笑させられます。しかし、地元のヤクザが二人を餌食にしようと迫って来るわ、警察が二人を怪しんで投獄するわ、二人の肉親が必死になって探し回るわで、あちらこちらに危機が待ち構えているんですよ。この辺りのハラハラ感やテンポの良さにすっかり引き込まれてしまいます。

ところが物語は後半、この親子の秘密が明かされた途端に、180度異なる悲痛なものと化してゆくんです。それはあまりに重く悲しい過去の事件が関わっていました。衝撃的なこの展開は「まさか」としか言いようがなく、本当に驚かされました。だからなおさらこの親子に深く感情移入してしまうし、応援したくなるんです。チョルスはおっちょこちょいだけれど一途な男だし、セッピョルは難病を乗り越えようと健気に笑顔を振りまきます。こんな二人の未来に希望がなければおかしいでしょうよ!?

こうして物語は単なる知的障碍+難病モノという枠を超えた、ウェルメイドな作品として展開してゆきます。それにしても韓国映画は例えコメディであってもこのような胸をざっくりえぐるエピソードを持ち込み、強烈なコントラストを見せるのが実に巧みですよね。そういった部分で大いに笑わせながらも、卑怯なぐらい泣かせる映画でもありました。娘さんのいる父親が観たら大号泣必至なので要注意!コメディとメロドラマのブレンドが絶妙に上手く、結果的に豊かなヒューマンドラマとして結実しています。陰影に富み緩急の自在なシナリオにきっと唸らせることでしょう。

それにしてもこんな物語にすらヤクザの皆さんが結構顔を出してちょいちょいお話に絡んでおり、韓国映画ホントにヤクザ好きだな!?とつい思ってしまいましたが、これはオレが単に韓国ヤクザ映画ばかり観ているせいかもしれない……。


映画『がんばれ!チョルス』予告編

がんばれ! チョルス [DVD]

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スティーヴン・キングの最新短編集『マイル81』『夏の雷鳴』を読んだ

■マイル81 (わるい夢たちのバザールI) 、夏の雷鳴 (わるい夢たちのバザールII) / スティーヴン・キング

マイル81 わるい夢たちのバザールI (文春文庫) 夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII (文春文庫)

廃墟となったパーキングエリアに駐まる1台の車。不審に思って近づいた者たちは――キング流の奇想炸裂の表題作。この世に存在しない作品が読める謎の電子書籍リーダーをめぐる「UR」。忌まわしい恐怖の物語「悪ガキ」。アメリカ文学の巨匠に捧げる「プレミアム・ハーモニー」他、ホラー、SFから文芸色の強い作品まで10編を収録。(「マイル81 わるい夢たちのバザールⅠ」作品紹介)

滅びゆく世界を静かに見つめる二人の男と一匹の犬――悲しみに満ちた風景を美しく描く表題作。湖の向こうの一家との花火合戦が行きつくとんでもない事態を描く「酔いどれ花火」。架空の死亡記事を書くと書かれた人が死ぬ怪現象に悩まされる記者の物語「死亡記事」他、黒い笑い、透明な悲しみ、不安にみちたイヤミス、奇想が炸裂するホラ話、そしてもちろん化け物も! バラエティあふれる10編を収録。(「夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールⅡ」作品紹介)

S・キングの最新短編集2冊が刊行されると聞き「どっこいしょ」と腰を上げて読み始めたのだが、これがまた予想を遥かに上回る良作短編集だったのだ。最新短編集2冊とは『マイル81 悪い夢たちのバザール1』と『夏の雷鳴 悪い夢たちのバザール2』。キングの第六短編集『The Bazaar of Bad Dreams』(2015)を日本で二分冊として刊行したもののことである。 

思えば最近のキング長編作品にはどうも良い印象が無く、「ビル・ホッジス3部作」にしろ『心霊電流』にしろ、どれも半ば退屈しながら読んでいた。『ドクター・スリープ』あたりも、まあ、なんだかなあ、ってな感想だった。キングももう結構なお歳だし、その辺ユルクなってきているのかなあ、と思っていた。ファンだからこれからも読むだろうが、あまり期待はしないでおこうな、と思っていた。

これが短編集となるとさらに印象が悪く、初期の頃の短編集(『深夜勤務』や『骸骨乗組員』あたり)はどうにも粗雑に感じていたし、中期の短編集は読んだのか読んでないのかすら忘れている。というか初期の短編集の印象が悪かったので多分あまり読んでいないはずだ(少なくとも『第四解剖室』と『幸福の25セント硬貨』は積読状態)。ちなみに中編集は割とどれも悪くない。

とまあそんなネガティブ感情を抱えつつ、『マイル81 悪い夢たちのバザール1』から読み始める。巻頭のタイトル作『マイル81』は「いかにもキングらしい」、けたたましくゴアゴアなホラー短編で、「相変わらずだなオイ」と思わせつつ、なんだか悪くない。どこかわざとセルフパロディを見せているような気がしたのだ。問題はその後の作品群である。「あれ?キングってこんなに文章巧かったっけ?」と思わず漏らしてしまうほどに、スムースな語り口から始まり後にじわじわと物語にのめり込ませてゆく作品ばかりなのだ。

そもそも「超」が付くほどの大ベストセラー作家に「こんなに文章巧かったっけ」などと上から目線のデカイ態度を取るのもナニではあるが、オレにとってキングの文章やら物語世界というのは、アメリカのどちらかというと田舎や地方都市の、ガサツで教養に乏しいある意味ありふれた一般ピーポーが、バカで下らない事件なり超自然現象に巻き込まれ、うんざりするような陰惨な結末へと至る、そのイヤッたらしさを体現したものだと感じていた。大勢の一般ピーポーにより形作られた社会は大概がガサツで教養に乏しく(それは読んでいるオレもそうなんだが)、その「格調の無さ」と「即物性」がキング小説の一つの特徴であると適当に類推していたのである。

ところが、だ。今回のキング短編集、そのほとんどの作品の導入部に於いて、まるで文学作品であるかのようなほのかな格調高さと人間性なるものへの真摯な眼差しを感じさせるのである。 「あれ、オレ、キングの作品読んでるんだよな?」と最初戸惑ったほどである。そしてそれが、悪くない。悪くないどころか、ワンステップグレードアップしたキング作品の妙味を存分に楽しませてくれる結果となったのである。

この「それまでと違う文体の謎」は『夏の雷鳴 悪い夢たちのバザール2』巻末における訳者・風間賢二氏によるあとがきにより理由が判明した。これはWeb上でも読めるので宜しければご参考願いたい。

これまでのキングの短編集と異なる点は、収録作のかなりの数がスーパーナチュラルな脅威を扱ったホラーではなく、平凡な日常を題材にした普通小説であることです。実際、それらリアリズム小説は文芸誌や高級総合誌からの依頼に応えて創作された作品です。

ノンホラーの普通小説⁈ と言っても、そこはキングのこと、不条理な悲劇に見舞われて悪戦苦闘する普通の人々の体験を描き、死と苦痛、絶望と後悔、そして脅威に満ちたダークな日常が語られています。 

恐怖小説から抱腹絶倒のホラ話まで――物語の珠玉の詰まった福袋 『マイル81 わるい夢たちのバザールI』『夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII』(スティーヴン・キング) | インタビューほか - 文藝春秋BOOKS

この、「スーパーナチュラル」に頼らない展開を持つ作品であると同時に、ホラー作品にありがちな「単に胸糞悪くさせてお終い」な作品がほとんど存在しない(あることはある)部分に、従来的なキング作品とは違う(短編そんなに読んでないが)、「文芸誌や高級総合誌からの依頼に応えて創作」ならではの余韻を残す作品が並ぶ結果となったのだろう。当然、それらを書き分けられるキングの作家としての力量に対し、「こんなに文章巧かったっけ」などという物言いは失礼千万極まりないものとして深く反省せざるを得ない。

そしてもう一つ、多くの作品に顕著なのは、「結末が容易に予想できない」という点だ。まあ娯楽作品として当たり前な事ではあるが、そうではなくて、「文学的に始まったこの物語は文学的に終わるのか」はたまた「とんでもないホラー展開を持ち込んで大波乱を生み出すのか」という、「作者が物語をどっちに転がそうとしているのか予想できない」ということなのだ。そして「どっちにでも転がせる」物語の含みの在り方にすら、キングの力量を感じてしまうのだ。

さっきも書いたが、ホラー作品って「単に胸糞悪くさせてお終い」な安易さも内包していて、そういった部分で「どんな胸糞悪さか」程度の予想は付くものだが、今回のキング短編集、それができない。陰鬱な展開から予想付かないまさかのハッピーエンド作品があり、バッドエンドですら安易な残酷さに頼らない。巧い、巧いよキングは。もう70にもなるっていうのに、バケモンかよ(ホラー作家だけに)。

最後に気に入った作品を幾つかピックアップ。

まず『マイル81 悪い夢たちのバザール1』。やはり「マイル81」のロケンロールなノリは捨て難い!「プレミアム・ハーモニー」「バットマンとロビン、激論を交わす」の文学とショッカーの折衷は流石。「砂丘」のラストいいね!「悪ガキ」もキングらしいホラー。「死」はラテンアメリカ文学の匂い。「骨の教会」は幻想文学じゃんか!そしてなんと言っても「UR」!Kindleを題材にしたSF作だがスリリングかつまさに先の読めない物語で、SFとしてもクオリティ高いぞ。

続いて『夏の雷鳴 悪い夢たちのバザール2』。「ハーマン・ウォークはいまだ健在」はホラーというよりアメリカの貧困と暴力を描いた佳作じゃないか。「鉄腕ビリー」、野球の話苦手なんだよな……と読んでいたらクライマックスが、あああ!「ミスター・ヤミー」は老境を迎えたキングらしい哀感を感じたな。「苦悶の小さな緑色の神」、これぞ極上B級テイスト!「死亡記事」は『デスノート』を思わせつつさらに踏み込んだ展開がGOOD。ハイライトは「酔いどれ花火」、まるでラファティを思わせるエスカレーション・コメディ作!!「夏の雷鳴」はちょっと古臭く感じたな。

さて余談となるが現在キングが息子オーウェンとタッグを組んだ長編(例によって相当長い)『眠れる美女たち』を読んでいる最中なのだが、これ、最近のキング長編の中でもかなーり面白い作品かも!?読み終わったらキングの読んでない短編集にも挑戦したい!オレのキング祭りはまだまだ終わらない!