大いに笑わせ大いに泣かせる佳作コメディ映画『がんばれ!チョルス』

■がんばれ!チョルス (監督:イ・ゲビョク 2019年韓国映画

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筋肉ムキムキだが頭の中身がすっかりお留守な男と難病の少女とが出会い、可笑しな珍道中を繰り広げるという2019年公開の韓国製コメディ映画です。しかし実は二人の間には、とても悲しい過去が隠されていたのです。監督は良作コメディ『LUCK-KEY ラッキー』を撮ったイ・ゲビョク、主人公チョルスを『毒戦 BELIEVER』『ハイヒールの男』のチャ・スンウォンが演じております。

韓国料理屋に勤める主人公チョルスは剛健な体と精悍なマスクで町の人気者でしたが、頭がちょいとよろしくないという欠点を持っていました。ある日彼は謎の中年女性に拉致られ、病院で一人の少女と引き合わされます。白血病で闘病中のその少女セッピョル(オム・チェヨン)は、なんとチョルスの娘だというのです。身に覚えのないチョルスは何が何やら訳が分かりません。しかし、病院を脱走し何処かへと向かうセッピョルを目撃したチョルスは、ひょんなことからその旅に付き合うことになってしまいます。果たして二人の運命やいかに!?

知的障碍の父親とその娘というと映画『アイ・アム・サム』や、そのリメイク作であるインド映画『神さまがくれた娘』を思い出します。これらの作品は知的障碍者の親権と強い愛情とを描いた作品ですが、この『がんばれ!チョルス』はそれと全く違うアプローチで物語を描いていきます。まず、チョルスとセッピョルは二人ともお互いが親子であることを知らなかったんです。それは今まで隠されていたのですが、いったい何故だったのでしょう。そして二人の過去に何があったのか?が後半で明かされ、怒涛の展開を迎える事になるんですよ。それと併せ難病モノのテーマが加味されることになるんです。

おバカな言動と行動を繰り返すチョルスと、小さいけれどしっかり者のセッピルのキャラクターは対称的で、まさに凸凹コンビ。こんな二人が目的地の町で巻き起こすドタバタが可笑しくてたまりません。いつも頓珍漢なチョルスに呆れ果てながら付き合うセッピルというシチュエーションは微笑ましくありつつ、時に大爆笑させられます。しかし、地元のヤクザが二人を餌食にしようと迫って来るわ、警察が二人を怪しんで投獄するわ、二人の肉親が必死になって探し回るわで、あちらこちらに危機が待ち構えているんですよ。この辺りのハラハラ感やテンポの良さにすっかり引き込まれてしまいます。

ところが物語は後半、この親子の秘密が明かされた途端に、180度異なる悲痛なものと化してゆくんです。それはあまりに重く悲しい過去の事件が関わっていました。衝撃的なこの展開は「まさか」としか言いようがなく、本当に驚かされました。だからなおさらこの親子に深く感情移入してしまうし、応援したくなるんです。チョルスはおっちょこちょいだけれど一途な男だし、セッピョルは難病を乗り越えようと健気に笑顔を振りまきます。こんな二人の未来に希望がなければおかしいでしょうよ!?

こうして物語は単なる知的障碍+難病モノという枠を超えた、ウェルメイドな作品として展開してゆきます。それにしても韓国映画は例えコメディであってもこのような胸をざっくりえぐるエピソードを持ち込み、強烈なコントラストを見せるのが実に巧みですよね。そういった部分で大いに笑わせながらも、卑怯なぐらい泣かせる映画でもありました。娘さんのいる父親が観たら大号泣必至なので要注意!コメディとメロドラマのブレンドが絶妙に上手く、結果的に豊かなヒューマンドラマとして結実しています。陰影に富み緩急の自在なシナリオにきっと唸らせることでしょう。

それにしてもこんな物語にすらヤクザの皆さんが結構顔を出してちょいちょいお話に絡んでおり、韓国映画ホントにヤクザ好きだな!?とつい思ってしまいましたが、これはオレが単に韓国ヤクザ映画ばかり観ているせいかもしれない……。


映画『がんばれ!チョルス』予告編

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スティーヴン・キングの最新短編集『マイル81』『夏の雷鳴』を読んだ

■マイル81 (わるい夢たちのバザールI) 、夏の雷鳴 (わるい夢たちのバザールII) / スティーヴン・キング

マイル81 わるい夢たちのバザールI (文春文庫) 夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII (文春文庫)

廃墟となったパーキングエリアに駐まる1台の車。不審に思って近づいた者たちは――キング流の奇想炸裂の表題作。この世に存在しない作品が読める謎の電子書籍リーダーをめぐる「UR」。忌まわしい恐怖の物語「悪ガキ」。アメリカ文学の巨匠に捧げる「プレミアム・ハーモニー」他、ホラー、SFから文芸色の強い作品まで10編を収録。(「マイル81 わるい夢たちのバザールⅠ」作品紹介)

滅びゆく世界を静かに見つめる二人の男と一匹の犬――悲しみに満ちた風景を美しく描く表題作。湖の向こうの一家との花火合戦が行きつくとんでもない事態を描く「酔いどれ花火」。架空の死亡記事を書くと書かれた人が死ぬ怪現象に悩まされる記者の物語「死亡記事」他、黒い笑い、透明な悲しみ、不安にみちたイヤミス、奇想が炸裂するホラ話、そしてもちろん化け物も! バラエティあふれる10編を収録。(「夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールⅡ」作品紹介)

S・キングの最新短編集2冊が刊行されると聞き「どっこいしょ」と腰を上げて読み始めたのだが、これがまた予想を遥かに上回る良作短編集だったのだ。最新短編集2冊とは『マイル81 悪い夢たちのバザール1』と『夏の雷鳴 悪い夢たちのバザール2』。キングの第六短編集『The Bazaar of Bad Dreams』(2015)を日本で二分冊として刊行したもののことである。 

思えば最近のキング長編作品にはどうも良い印象が無く、「ビル・ホッジス3部作」にしろ『心霊電流』にしろ、どれも半ば退屈しながら読んでいた。『ドクター・スリープ』あたりも、まあ、なんだかなあ、ってな感想だった。キングももう結構なお歳だし、その辺ユルクなってきているのかなあ、と思っていた。ファンだからこれからも読むだろうが、あまり期待はしないでおこうな、と思っていた。

これが短編集となるとさらに印象が悪く、初期の頃の短編集(『深夜勤務』や『骸骨乗組員』あたり)はどうにも粗雑に感じていたし、中期の短編集は読んだのか読んでないのかすら忘れている。というか初期の短編集の印象が悪かったので多分あまり読んでいないはずだ(少なくとも『第四解剖室』と『幸福の25セント硬貨』は積読状態)。ちなみに中編集は割とどれも悪くない。

とまあそんなネガティブ感情を抱えつつ、『マイル81 悪い夢たちのバザール1』から読み始める。巻頭のタイトル作『マイル81』は「いかにもキングらしい」、けたたましくゴアゴアなホラー短編で、「相変わらずだなオイ」と思わせつつ、なんだか悪くない。どこかわざとセルフパロディを見せているような気がしたのだ。問題はその後の作品群である。「あれ?キングってこんなに文章巧かったっけ?」と思わず漏らしてしまうほどに、スムースな語り口から始まり後にじわじわと物語にのめり込ませてゆく作品ばかりなのだ。

そもそも「超」が付くほどの大ベストセラー作家に「こんなに文章巧かったっけ」などと上から目線のデカイ態度を取るのもナニではあるが、オレにとってキングの文章やら物語世界というのは、アメリカのどちらかというと田舎や地方都市の、ガサツで教養に乏しいある意味ありふれた一般ピーポーが、バカで下らない事件なり超自然現象に巻き込まれ、うんざりするような陰惨な結末へと至る、そのイヤッたらしさを体現したものだと感じていた。大勢の一般ピーポーにより形作られた社会は大概がガサツで教養に乏しく(それは読んでいるオレもそうなんだが)、その「格調の無さ」と「即物性」がキング小説の一つの特徴であると適当に類推していたのである。

ところが、だ。今回のキング短編集、そのほとんどの作品の導入部に於いて、まるで文学作品であるかのようなほのかな格調高さと人間性なるものへの真摯な眼差しを感じさせるのである。 「あれ、オレ、キングの作品読んでるんだよな?」と最初戸惑ったほどである。そしてそれが、悪くない。悪くないどころか、ワンステップグレードアップしたキング作品の妙味を存分に楽しませてくれる結果となったのである。

この「それまでと違う文体の謎」は『夏の雷鳴 悪い夢たちのバザール2』巻末における訳者・風間賢二氏によるあとがきにより理由が判明した。これはWeb上でも読めるので宜しければご参考願いたい。

これまでのキングの短編集と異なる点は、収録作のかなりの数がスーパーナチュラルな脅威を扱ったホラーではなく、平凡な日常を題材にした普通小説であることです。実際、それらリアリズム小説は文芸誌や高級総合誌からの依頼に応えて創作された作品です。

ノンホラーの普通小説⁈ と言っても、そこはキングのこと、不条理な悲劇に見舞われて悪戦苦闘する普通の人々の体験を描き、死と苦痛、絶望と後悔、そして脅威に満ちたダークな日常が語られています。 

恐怖小説から抱腹絶倒のホラ話まで――物語の珠玉の詰まった福袋 『マイル81 わるい夢たちのバザールI』『夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII』(スティーヴン・キング) | インタビューほか - 文藝春秋BOOKS

この、「スーパーナチュラル」に頼らない展開を持つ作品であると同時に、ホラー作品にありがちな「単に胸糞悪くさせてお終い」な作品がほとんど存在しない(あることはある)部分に、従来的なキング作品とは違う(短編そんなに読んでないが)、「文芸誌や高級総合誌からの依頼に応えて創作」ならではの余韻を残す作品が並ぶ結果となったのだろう。当然、それらを書き分けられるキングの作家としての力量に対し、「こんなに文章巧かったっけ」などという物言いは失礼千万極まりないものとして深く反省せざるを得ない。

そしてもう一つ、多くの作品に顕著なのは、「結末が容易に予想できない」という点だ。まあ娯楽作品として当たり前な事ではあるが、そうではなくて、「文学的に始まったこの物語は文学的に終わるのか」はたまた「とんでもないホラー展開を持ち込んで大波乱を生み出すのか」という、「作者が物語をどっちに転がそうとしているのか予想できない」ということなのだ。そして「どっちにでも転がせる」物語の含みの在り方にすら、キングの力量を感じてしまうのだ。

さっきも書いたが、ホラー作品って「単に胸糞悪くさせてお終い」な安易さも内包していて、そういった部分で「どんな胸糞悪さか」程度の予想は付くものだが、今回のキング短編集、それができない。陰鬱な展開から予想付かないまさかのハッピーエンド作品があり、バッドエンドですら安易な残酷さに頼らない。巧い、巧いよキングは。もう70にもなるっていうのに、バケモンかよ(ホラー作家だけに)。

最後に気に入った作品を幾つかピックアップ。

まず『マイル81 悪い夢たちのバザール1』。やはり「マイル81」のロケンロールなノリは捨て難い!「プレミアム・ハーモニー」「バットマンとロビン、激論を交わす」の文学とショッカーの折衷は流石。「砂丘」のラストいいね!「悪ガキ」もキングらしいホラー。「死」はラテンアメリカ文学の匂い。「骨の教会」は幻想文学じゃんか!そしてなんと言っても「UR」!Kindleを題材にしたSF作だがスリリングかつまさに先の読めない物語で、SFとしてもクオリティ高いぞ。

続いて『夏の雷鳴 悪い夢たちのバザール2』。「ハーマン・ウォークはいまだ健在」はホラーというよりアメリカの貧困と暴力を描いた佳作じゃないか。「鉄腕ビリー」、野球の話苦手なんだよな……と読んでいたらクライマックスが、あああ!「ミスター・ヤミー」は老境を迎えたキングらしい哀感を感じたな。「苦悶の小さな緑色の神」、これぞ極上B級テイスト!「死亡記事」は『デスノート』を思わせつつさらに踏み込んだ展開がGOOD。ハイライトは「酔いどれ花火」、まるでラファティを思わせるエスカレーション・コメディ作!!「夏の雷鳴」はちょっと古臭く感じたな。

さて余談となるが現在キングが息子オーウェンとタッグを組んだ長編(例によって相当長い)『眠れる美女たち』を読んでいる最中なのだが、これ、最近のキング長編の中でもかなーり面白い作品かも!?読み終わったらキングの読んでない短編集にも挑戦したい!オレのキング祭りはまだまだ終わらない!

 

最近ダラ観した韓国映画

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■暗数殺人 (監督:キム・テギュン 2019年韓国映画

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収監中の殺人犯は更なる殺人を自白するがその供述は常に曖昧で不透明、犯人の目的は何なのか?という韓国映画『暗数殺人』観た!愚直に真実を追い求め続ける主人公刑事と彼を翻弄する狡猾なサイコパス殺人者との息詰まる頭脳戦!先行きの見えない展開に最後までハラハラしながら観たぞ!

■ムルゲ 王朝の怪物 (監督:ホ・ジョンホ 2018年韓国映画

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韓国モンスターパニック時代映画『ムルゲ 王朝の怪物』を観た!物語としては可もなく不可もなしといった所だが、グエムルを始め韓国人にとってモンスターとは何の象徴なんだろうなとちょっと考えてしまった。『ムルゲ』のモンスターは不気味だがどこか哀れな存在でもあった。

 ■公共の敵(監督:カン・ウソク 2002年韓国映画

公共の敵 【韓流Hit ! 】 [DVD]

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  • 発売日: 2010/03/26
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やさぐれ暴力刑事と冷酷尊属殺人犯との丁々発止の死闘!韓国映画『公共の敵』は陰惨な犯罪ドラマの骨子を持ちながら、主人公刑事の後先考えない破茶滅茶さと単細胞過ぎる暴走振りが可笑しさととぼけた雰囲気を醸し出し、韓国犯罪映画は重苦しいノワールばかりじゃないと思わせるテンポのいい快作だ!

■公共の敵2 あらたなる闘い(監督:カン・ウソク 2005年韓国映画

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  • 発売日: 2010/03/26
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『公共の敵』続編!今作の主人公は刑事ではなく検察官、とはいえ前作と同じ後先考えない破茶滅茶さと暴走ぶりは相変わらず!基本となるのは正義への熱い思い、その一途さと真っ当さがこのシリーズの基本なのだろう。ただし前作ほど羽目を外せなかったのは検察官という立場があるからかな?

■カン・チョルジュン 公共の敵1-1(監督:カン・ウソク 2008年韓国映画

シリーズ第3作は主人公が再びやさぐれ刑事として登場!ひたすらだらしないがひたすら正義の気概に満ちた主人公がひたすら暴走しまくる、というパターンは相変わらずで、むしろこんな主人公キャラをひたすら愛でるシリーズなのだ思う。3作目ともなるとそんなキャラも円熟味が増し、乗りに乗った演技は時として大いに笑わせ大いに応援したくなってくるのだ。 

■悪いやつら(監督:ユン・ジョンビン 2012年韓国映画

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貧乏くじばかり引かされるしがない小役人がひょんなことからヤクザ社会と繋がりを持ち、次第に大物として君臨してゆく様を描く物語。一般市民が逆切れして闇社会にのめり込む様がどこか『ブレイキング・バッド』を思わせ、縁故を重んじる韓国社会のドロドロの癒着体質もまた浮き彫りにする。そしてヤクザよりもタチの悪い姑息な男として裏社会を渡ってゆく主人公の姿は、なあなあづくしの政治へのアイロニカルな暗喩なのかもしれない。あと、ドンソク兄貴がとても情け無い役で出演しているのも見どころ。

 密偵(監督:キム・ジウン 2016年韓国映画

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大日本帝国統治下の韓国でスパイとなってしまった男の運命を描く韓国映画。悲壮感と緊張感の漲る物語や鋭利で迫真的なアクションのみならず、重厚なセットや美しい衣装、瑞々しい映像を見せる撮影など実にしっかりと作られた非常にクオリティの高い作品だった!ただ、ちょっと長かったかな。 

名もなき野良犬の輪舞(監督:ピョン・ソンヒョン 2017年韓国映画

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潜入捜査官として地獄の体験を経た刑事が辿りつく虚無を描く物語。しっかり作ってはあるが同じ潜入捜査官を描く韓国映画『新しい世界』と比べると取り立てて秀逸さは感じなかったし、あとこういった何の救いもないノワール作品にウンザリしてきたのも確か。

■#生きている(監督:チョ・イルヒョン 2020年韓国映画

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ゾンビ禍発生の中、団地に閉じ込められた若者のサバイバルを描くNetflixオリジナルドラマ。限定された舞台の中その辺の一般人でしかない主人公がどうやって生き延びるのか?が焦点となるが、それだけで100分程度のTVドラマを作るのは限界があったのか、ご都合主義とどこかで観た展開がシラケさせる残念な完成度となっていた。

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、2004年一回こっきりの復活ライヴアクト。

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YouTubeを徘徊していたらフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドFGTH)の2004年ライヴ、という映像を見つけ思わず見入ってしまった。FGTH、「リラックス」のヒットで1980年代にセンセーショナルなデビューを果たしたイギリスのニューウェーヴ・バンドである。

当時ニューウェーヴサウンドにどっぷりハマっていたオレもこのFGTHにはすっかりヤラレてしまっていた。とはいえ過激な歌詞で放送禁止にもなった曲「リラックス」はあまり好きなシングルではなかった。リズムが単調に思えてな。ただし大ヒットしたこの曲はその後も映画やCMでも引っ張りだことなり、FGTHを知らなくともこの曲は聴いたことがある方は多いんじゃないかな。


Frankie Goes To Hollywood - Relax (Laser Version)

その後の「トゥー・トライブス」がヤバかった。その頃まだ冷戦状態にあった米ソ対立を茶化した曲なのだが、空襲警報や「原爆投下後のシェルター生活における注意」のアナウンスをサウンドコラージュしたミックスが実に禍々しくて大いに盛り上がったのである。


Frankie Goes To Hollywood - Two Tribes

FGTHはその後2枚組デビュー・アルバム『ウェルカム・トゥ・ザ・プレジャー・ドーム』をリリース、タイトル曲はなかなかイケていて、プログレッシヴ・ロック的なアプローチの面白い曲だった。この曲も好きだったね。↓のミックスなんて24分ヴァージョンだぜ!?この長さがプレグレなんだ(そうなのか?)!?

www.youtube.com

ただ、アルバム全体としてはあまりにとっちらかった印象で、既にこのアルバムから「やはり一発屋だったか?」という雰囲気が漂ってきていた。案の定その後シングルに恵まれずアルバム2作目『リヴァプール』をリリースした翌年に解散。それからオレも興味を失ったが、シングル曲のリミックスを集めたCDを見つけたら購入したりはしていた。

……とまあこれが前振りである。では本題の「フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド2004年ライヴ」を見てもらいましょう!


FRANKIE GOES TO HOLLYWOOD - Welcome To The Pleasuredome,Two Tribes & Relax (Wembley Arena, 2004 mast

「ウェルカム・トゥ・ザ・プレジャー・ドーム」!「トゥー・トライブス」!「リラックス」!FGTHの大ヒット3曲が19分に渡って演奏される実にエキサイティングなステージじゃないか!演奏もパワフル!奴らちゃんと演奏できたんだ!?おまけにオーケストラや多数の女声コーラスまで入り、ゴージャスこの上ないぞ!

このライブ映像は1987年の解散から17年後の2004年11月、ウェンブリーアリーナで開催されたプリンストラストコンサートを行うために1回限りの再編成が成された時のものだ。「ヴォーカル、なんか見慣れないけど?」と思ったらオリジナル・メンバーであるホリー・ジョンソンは参加しておらず、代わりにオーディションで選ばれたミュージカル・シンガー、ライアン・モロイという人が歌っているのだ。しかしこのライアン・モロイ、全く遜色なくFGTH曲を歌い上げてるじゃないか!イイネ!「リラックス」の曲から乳首を出して歌うのもイイネ!

また、「ウェルカム・トゥ・ザ・プレジャー・ドーム」ではプログレ・バンド、イエスのギタリストとして知られるスティーブ・ハウが客演しているので元プログレ小僧だったオレもびっくりである。FGTHトレヴァー・ホーンのプロデュースで人気を集めたが、同じトレヴァー・ホーン・プロデュース繋がりであるイエスからの客演ということなんだろう。それと「リラックス」演奏前にステージに招き入れられる男性はトレヴァー・ホーンなんじゃないかな。

というわけで2004年のライヴの話題!しかも数十年前に解散したバンド!という時流を全く無視した、でも「オレが楽しかったからそれでいいんだよ!」という記事なのであった!アディオス!

アントニイ・バージェスの『時計じかけのオレンジ』を読んだ

時計じかけのオレンジ / アントニイ・バージェス

時計じかけのオレンジ 完全版 (ハヤカワepi文庫 ハ 1-1)

近未来の高度管理社会。15歳の少年アレックスは、平凡で機械的な毎日にうんざりしていた。そこで彼が見つけた唯一の気晴らしは超暴力。仲間とともに夜の街をさまよい、盗み、破壊、暴行、殺人をけたたましく笑いながら繰りかえす。だがやがて、国家の手が少年に迫る―スタンリー・キューブリック監督映画原作にして、英国の二十世紀文学を代表するベスト・クラシック。幻の最終章を付加した完全版。

時計じかけのオレンジ』といえばスタンリー・キューブリックの映画作品がなにしろ有名だし、この映画のファンの方も多い事だろうと思う。ところがオレはこの映画がそれほど好きではない。 キューブリック・ブランドであることが邪魔しているのかもしれないが、アイロニーの在り方が単純すぎ、主人公であるチンピラ青年にも共感する部分が無く、彼と仲間たちの行う「超暴力」にもうんざりさせられるのだ。結局この作品は映画で観られる個々のキッチュなアイテムや主人公のファッション、ルドビゴ療法という言葉がアイコンとして独り歩きしてしまっている作品のような気がするのだ。

にもかかわらずこの今、『時計じかけのオレンジ』の原作であるアントニー・バージェスの作品を読もうと思ったのは、《タイム》誌による20世紀ベストノヴェルの一冊であり、『1984年』と並んで「読んだ気になっている小説の一つ」のように思えて、この辺で一回挑戦しとこうかあ、という気になったからである。あと、この小説も10代の頃文庫本を買っていて結局読まなかったという経緯があり、心理的積読を一個減らしたかったというのもあった。

物語の内容はあえて説明するまでもなく、近未来のイギリスで暴れまわる不良少年集団の野放図さと、その中心である主人公アレックスが逮捕され、サディスティックな思想矯正を受ける様を描いたものだ。骨抜きにされたアレックスはこれまで彼が行っていたような「超暴力」にさらされ、瀕死の状態で救われ、今度は非人間的思想矯正を行う政府に対する批判キャンペーンのコマとして使われるようになる。読んでみると映画化作品は原作の内容を非常にきちんとトレースしており、目立った改変も無い。しかしにもかかわらず、原作者バージェスはキューブリックの映画化作品を嫌っていたというから面白い。

時計じかけのオレンジ』はいわば非常にアイロニカルな物語であり、同時に、「自由意志とは何か」について描かれた物語でもある。いかな非道なチンピラであろうと、政府がその思考を、その意思を強制的に改造するという行為はディストピアへの第一歩であるということだ。すなわち体制批判も込められてるのである。ここにはクリスチャンとしてのバージェスの思想もあるのだろう。例えば作中ではこんな一節がある。

「役人というのは、いつも欲張り過ぎるんだ」といった。「しかし、本質的な意味は、真の罪悪だ。選択のできない人間というものは、人間であることをやめた人だよ」(中略)「そういうのが当たり前だ、クリスチャンである以上はね」(p250)

この「選択のできない人間」こそが、「時計じかけのオレンジ=外見は自然物であるのに中身は非自然物のまがい物=非人間的存在」ということなのだ(ところで映画では描かれないが、アレックスが物語冒頭で襲撃を掛けた家屋に住む作家が書いていた本のタイトルが『時計しかけのオレンジ』だった)。

とはいえ、この物語の本当の面白さは、そういったテーマ性にあるのではない。『時計じかけのオレンジ』の本当の面白さ、それは、作中に頻繁に登場するチンピラスラング、「ナッドサット」の面白さだ。例えばこの文章。

そこで、おれ、オディン、ドヴァ、ツリーとかぞえると、ブリトバをヒュッヒュッヒュッとジョージーのリッツォやグラジーじゃなくて、やつがノズを持ってるルーカーねらって切りつけたら、兄弟よ、やつ落とした、落としたよ。(p83)

なんだかさっぱり意味が分からないが、原作ではこれらナッドサット語に実際の意味のルビがふられており、意味が分かるようになっている。これらナッドサット語は言語学者でもあったバージェスが「ロシア語を取り込んだ英語」として作成した人工言語であり、アレックスら10代のチンピラが使うスラングとして登場するのだ(ちなみに「ナッドサット」とは「10代」という意味で、いわば「俺らの言葉」といったところだろう)。そして弾丸のように奔出するこのナッドサットが、一種独特の世界観を物語に与え、異様なドライブ感をもたらしているのだ。

バージェスはこの作品を書く時、実際に存在する若者言葉を使ってしまうと時代を経れば古びてしまうと考え、それでこの人工言語を生み出したのらしい。そしてそれは功を奏し、この小説を時代を超えて楽しめる物語として書き上げることに成功したのだ(ただし映画では汎用し過ぎると意味が分からなくなると考えたようで、原作とは多少違う、すぐ意味が連想が出来るナッドサット語が使われている)。

こういったナッドサットの面白さに加え、時に読者に直接語りかけて来る、主人公アレックスの妙に懐こい一人称表記が、彼の心理に読者を強引に引き寄せる事になる。ナッドサットの在り方もそうだが、アレックスのこの話し言葉のリズムとテンポの良さが格別で、今作の訳者である乾信一郎氏の匠の技が感じ取れる素晴らしい訳文となっている。また、今回読んだのは「完全版」と銘打たれたものだが、これは諸事情によりこれまでの文庫版に収録されていなかった「幻の最終章」が収められているのだ。そういった部分で、映画化作品のファンの方もそうでない方も、一度手に取ってもらうといいのではないかと思うのだ。

ところでこの原作を読んでから改めて映画を観直したのだが、これまで「それほど好きでない」作品だったものが、とても面白く観る事が出来てしまったのだから不思議なものである。原作にはないキューブリックの美術に感心したのと、主演のマルコム・マクダウェルが、原作のアレックスそのもののように生き生きしていたのがよかったのだ。

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