スーパースター・ラジニカーント最新主演作『Darbar』を観た!

■Darbar (監督:AR.ムルガダース 2020年インド映画)

f:id:globalhead:20200823161509j:plain

スーパースター・ラジニカーント主演による今年1月に公開されたばかりのタミル語アクション映画『Darbar』がDVD化されたというので早速購入して視聴してみた。内容は復讐に燃える警察長官が巨大麻薬組織のドンと全面対決する!というもの。監督であるAR.ムルガダースはタミル・ヒンディー語両方で活躍し人気を博す監督で、オレも幾つかの作品を楽しんで観た記憶がある。 

【物語】悪党ばかりが連続して殺害される事件が勃発する。事件を起こしたのはムンバイ警察長官のアディティーヤ(ラジニカーント)。いったい何が彼をこのように暴走させたのか。過去、彼は人身売買組織を相手に熾烈な捜査を展開していた。その狡知に長けた作戦で組織を撲滅させたアディティーヤだったが、それと繋がりのある巨大麻薬組織の恨みを買い、一人娘ヴァッリ(ニウェーダー・トーマス)を殺害されてしまったのだ。燃え上がる憎悪に鬼神と化したアディティーヤは超法規的な手段により麻薬組織のドン、ハリ・チョープラー(スニール・シェッティ)に肉薄してゆくが、ハリもまた、恐るべき計画を用意してアディティーヤを叩き潰しにかかるのだった。

大枠ではこうした非常に血生臭い警察アクション作品ではあるが、映画では時系列を前後させながら、アディティーヤと娘ヴァッリとの楽しく幸福な日々、アディティーヤが恋した娘リリー(ナヤンタラ)との嬉し恥ずかしロマンス・シーンを交え、もちろん歌と踊りもありなバラエティー豊かなマサラ映画として完成している。コメディ・リリーフとしてインド映画の人気者ヨーギ・バーブが登場しているのも見逃せない。それにしたってラジニカーントの描かれ方が若い若い!もはや70に手が届かんとする彼だが、特殊メイクで肌はツヤツヤ頭フサフサの精気漲る中高年男を演じている。アクションなども代役を立てているのだろうが、本人が演じるシーンでも矍鑠とした動きを見せていた。

映画の規模としては中程度のスケールで、ラジニカーント主演作としては大人し目に見えるかもしれない。しかし逆にオレにはこの程度のスケールのほうが安心して観る事が出来た。というのは最近のラジニカーント作品は彼を神格化し過ぎているような空気があり、それは彼のカリスマ性を十分映画の中で発揮させることができてはいるが、あまりに神懸りなので時々シラケてしまうことが多かったのだ。この『Darbar』においてもラジニカーントはダーティーハリー顔負けの唯我独尊振りと切れ味のいい機転、そして快刀乱麻なアクションで悪党どもを次々と叩き潰してゆくが、それでも娘を失くして悲しみに暮れる人間的要素もしっかり兼ね備えている。シナリオはラジニカーントのカリスマをきっちり生かすが、そのカリスマ頼みの物語に堕していない。なんとなれば主演がラジニカーントでなくても物語が成立するような性質を持っている。

そういった部分で、ナンバーワン俳優主演による「お祭り映画」としての派手さには欠けるのだが、作りが非常に手堅く、アクション映画として及第点ではないかと思う。AR.ムルガダース監督による演出はスピード感たっぷりで緩急自在、時として奇想天外な物語展開を見せ、スニール・シェッティ演じるマフィアのドンの凶悪さも物語を大いに盛り上げていたと思う。ヒジュラたちの楽しげな歌と踊りと同時進行して緊迫のアクションが炸裂するシーンなどは大いに魅せられた。ただしリリーとのロマンスのその後がうやむやになってしまうのがちょっと惜しく感じた。

ところで今回購入したDVD、タミル語による輸入盤なのだが、これがなんと日本語字幕が入っていて、視聴が実に楽だった。部分的におかしな翻訳があったがそれも些末なもので物語理解には支障は無かった。調べるとタミル語映画DVDにはこのような日本語字幕付きのものがちらほら見られ、理由はわからないが(日本人ファンの尽力もあるのらしい)今後も増えてくれればありがたい。いや最近インド映画DVDとか全く観なくなったのは、英語字幕を解読するのが相当かったるくなってしまったのもあったもんだから。こちら(↓)などで購入できる。

インド映画DVD・CD販売 Ratna - Bollywood Style Shop ラトナ ボリウッドスタイルショップ


www.youtube.com

最近ダラ観した韓国映画あれこれ

f:id:globalhead:20200808191246j:plain
■毒戦 BELIEVER (監督:イ・ヘヨン 2018年韓国映画

毒戦 BELIEVER [Blu-ray]

毒戦 BELIEVER [Blu-ray]

  • 発売日: 2020/03/03
  • メディア: Blu-ray
 

謎の麻薬王を追う刑事と組織に見捨てられた青年とが協力し、 闇の世界へと分け入るという映画『毒戦 BELIEVER』、もうなにしろ冒頭から圧倒されっぱなしの大傑作だった!非情なる描写が得意の韓国ノワールの中でも群を抜いて非情な世界が横たわっており、延々と続く苛烈かつ冷徹な描写を通じて「善悪の彼岸」に肉薄してゆく様は、これは韓国映画版の『ダークナイト』ではないかとすら思わせた。映像的にもリドリー・スコットの影響を感じさせ、禍々しくもまた甘美なシーンがあちこちで炸裂し、非常に芸術性の高い映像と撮影からは製作者の並々ならぬ才気を感じさせた。この禍々しさと甘美さとの拮抗は物語にも反映され、ドロドロと狂ってゆく世界とそこで鮮烈に迸る登場人物たちの生きざまとに大いに魅せられてしまった。これはもう一筋縄ではいかない完成度を誇っていると思う。ちなみにジョニー・トー監督による香港・中国合作映画『ドラッグ・ウォー 毒戦』のリメイク作品だとか。

■悪のクロニクル (監督:ペク・ウナク 2015年韓国映画

悪のクロニクル [DVD]

悪のクロニクル [DVD]

  • 発売日: 2015/11/04
  • メディア: DVD
 

昇進間近の刑事が襲ってきた暴漢を殺してしまい隠蔽するも、その後次々と不可解な出来事が起こり、何かの陰謀が動いていることを知る、というサスペンス。正当防衛を隠蔽するというのが今一つ説得力がないのだが、その「何かの陰謀」の真相が次第に明らかになってゆく過程が非常に面白く、その思いもよらない展開に興奮させられ、さらに心掻きむしり、よくもまあこんなシナリオを考え付くな、と思わせた。これも傑作でいいのではないかと。

■スゥインダラーズ (監督:チャン・チャンウォン 2017年韓国映画

スウィンダラーズ [Blu-ray]

スウィンダラーズ [Blu-ray]

  • 発売日: 2019/03/06
  • メディア: Blu-ray
 

 謎の大物詐欺師を追う検事と、逮捕作戦に協力させられる羽目となった詐欺師チームとの息詰まる捜査を描くクライム・ドラマ。検事も詐欺師チームも一筋縄ではいかない連中で、騙し騙されの虚々実々の駆け引きが展開し、誰が仲間で誰が敵なのかが錯綜し、その先行きの見え無さが面白いドラマを形作っていた。 

■PMC:ザ・バンカー (監督:キム・ビョンウ 2018年韓国映画

PMC:ザ・バンカー [Blu-ray]

PMC:ザ・バンカー [Blu-ray]

  • 発売日: 2020/07/03
  • メディア: Blu-ray
 

近未来を舞台に朝鮮軍事境界線地下施設で北朝鮮要人誘拐作戦に駆り出された傭兵達が出遭う地獄の戦闘を描いた韓国ミリタリー映画『PMC ザ・バンカー』がとんでもなく凄まじかった!米・中・北鮮・韓国の4つ巴の思惑が交差する冷徹な戦場で仲間を守り抜こうとする主人公の戦いはまるでMGSを彷彿させた!

■王の男 (監督:イ・ジュンイク 2005年韓国映画

王の男 デジタルリマスター版 [Blu-ray]

王の男 デジタルリマスター版 [Blu-ray]

  • 発売日: 2019/11/08
  • メディア: Blu-ray
 

王を風刺した寸劇が切っ掛けで宮廷に招かれた大道芸人たちと気まぐれな王との愛憎を描く韓国の歴史映画『王の男』を観た。幼少時のトラウマに苦しむ残酷な王と命懸けで風刺劇を演じる芸人たちの間には常に複雑な感情が渦巻き、先が読めず重厚で文学性の高い素晴らしいドラマに仕上がっていた。傑作。

■新しき世界 (監督:パク・フンジョン 2013年韓国映画

新しき世界 [Blu-ray]

新しき世界 [Blu-ray]

  • 発売日: 2014/08/02
  • メディア: Blu-ray
 

犯罪組織に潜入捜査中の刑事の葛藤を描くドラマ。犯罪組織もクソだが警察組織もクソで、板挟みどころか「もうなにもかもうんざりだ」といった風情の潜入捜査官の絶望感が何より重く、さらに潜入捜査官の炙り出しにかかった犯罪組織の追及にキリキリと胃が痛む思い。こうして訪れる驚嘆のラストはまさに「新しき世界」だった。 

■無垢なる証人 (監督:イ・ハン 2019年韓国映画

無垢なる証人 [DVD]

無垢なる証人 [DVD]

  • 発売日: 2020/05/08
  • メディア: DVD
 

殺人事件の目撃者は自閉症の少女だった、という韓国映画『無垢なる証人』を観た!少女役キム・ヒャンギの演技力に魅せられ正義と良心というテーマに感銘しクライマックスの裁判シーンに鳥肌が立った!でも主人公弁護士の最後のアレは掟破り過ぎて物語の立脚点壊してないかなあと思った。

■反則王 (監督:キム・ジウン 2000年韓国映画

反則王 [DVD]

反則王 [DVD]

  • 発売日: 2013/07/12
  • メディア: DVD
 

ダメダメサラリーマンが一念発起しプロレスジムに入門するが館長に悪役レスラーで試合に出ろと言われ?!韓国映画『反則王』はクソみたいな現実を打破する為もがき苦しむ一人の男の生き様を描く熱くそしてちょっと可笑しい異色のプロレス映画だ!壮絶なラストファイトに誰もが驚き涙するはず!

マイルス・デイヴィスの『死刑台のエレベーター』を聴いていた

死刑台のエレベーター(完全版)

以前村上春樹原作の韓国映画『バーニング 劇場版』を観てたいそう感銘を受け、まだ読んでいなかった原作短編を読んだだけではなく、劇中で使われていたマイルス・デイヴィスの曲『死刑台のエレベーター』が収録されたアルバムまで買って聴いていた。映画ではこの『死刑台のエレベーター』が非常に不穏かつ美しいシーンで使われていて、とても印象に残っていたのだ。

改めて書くと、マイルスの『死刑台のエレベーター』はルイ・マル監督による1958年のフランス映画『死刑台のエレベーター』のサウンドトラックとなる。曲はマイルスが映像を観ながら即興で演奏したものなのだという。映画自体は子供の頃TVで観たことがあるが、モノクロ映像の非常に暗い映画で子供のオレには意味がよく分からなかった思い出がある。しかしテーマ曲である『Generique』は非常にポピュラーな曲として受け入れられ、聴いたことがある方も多いんじゃないかと思う。


miles davis "generique"

そもそもジャズという音楽ジャンルで初めて「これは凄い」と思いアルバムを買ったのがマイルスの『カインド・オブ・ブルー』だった。20代の頃仕事中聴いていたラジオのFEN番組で(調べたら今はAFNって呼ばれてるんだね?)恐ろしくクールな音楽が流れてきて「一体何だこれは?」と仕事の手を止めて聴き入ってしまった曲があった。曲が終わりDJが紹介したタイトルがマイルスの『カインド・オブ・ブルー』だったのだ。

早速CDを購入しその得も言われぬ演奏を堪能した。なんだか「静寂を音にしたような音楽」だと思えた。語義矛盾してるけど、本当にそんな具合に聴こえたのだ。しかし、それからマイルスのアルバムを何枚か聴いてみたけど、どれも「所謂ジャズ音楽」でしかなくて、『カインド・オブ・ブルー』みたいな突き抜けた音を聴かせるアルバムは無かったんだよな。もともとジャズ自体にそれほど興味が無かったのもあって、オレにとってマイルスというのは『カインド・オブ・ブルー』であってそれ以外ではなかったのだ。

しかし今回、アルバムでこの『死刑台のエレベーター』を聴いてみたら『カインド・オブ・ブルー』に通じる「静寂を音にしたような音楽」が流れてきて驚いた。ジャズ・ファンにとってこのアルバムがどういう捉えられ方をしているのかオレは知らないが、ジャズ・ファンではないオレにとっては『カインド・オブ・ブルー』に次いで好きなアルバムとなった。それはひとえに、これがサウンドトラック・アルバムであり、サントラによく見られる「アルバム1枚に同一モチーフが繰り返し繰り返し使われる」部分で気に入ったのだと思う。

要するにアルバム全篇が似たような曲で占められているので、全26曲がたったひとつのムードで聴き通せるのである。これ、クラブ・ミュージックを聴く時のセンスに通じるものがあって、延々同じリズムとフィーリングで繋いだMIXは聴いていて邪魔にならず、聴き流せると同時にいつ音楽に集中しても金太郎飴的に楽しさが持続している、という部分で似ているのだ。それとなにしろ今作は「完全版」ということで収録時間が75分と長いので、いつまでも流しっぱなしにしていられる、というのがいい。

そんなわけで最近はリラックスしたいときは朝晩関係なくこの『死刑台のエレベーター』を聴いている。

死刑台のエレベーター(完全版)

死刑台のエレベーター(完全版)

 
死刑台のエレベーター HDリマスター版 [DVD]

死刑台のエレベーター HDリマスター版 [DVD]

  • 発売日: 2017/06/21
  • メディア: DVD
 
バーニング 劇場版 [Blu-ray]

バーニング 劇場版 [Blu-ray]

  • 発売日: 2019/08/07
  • メディア: Blu-ray
 

久しぶりに村上春樹を読んでオレはモニョッてしまった

■蛍・納屋を焼く・その他の短編 / 村上春樹

螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)

先日、韓国映画『バーニング』を観てその冷え冷えとした不気味さに感銘を受け、原作である村上春樹の短編『納屋を焼く』を読んでみることにした。『納屋を焼く』は短編集『蛍・納屋を焼く・その他の短編』に収録されている作品だ。

オレはかつて結構な村上春樹ファンだった。最初に読んだのは当時刊行されたばかりの『羊をめぐる冒険』(1982)だった。読み終わって、胸のザワザワが止まらなかった。映画『バニシング・ポイント』のような、消失点へ消失点へと疾走してゆく物語に慄然とさせられた。その後処女作『風の歌を聴け』(1979)で魅せられた。映画化作品のDVDも購入した。こうしてオレは村上ファンとなったわけだ。

そして『ノルウェイの森』(1987)。頭を鈍器のようなものでぶん殴られたような衝撃だった。これもまた消失点へと疾走する物語だったが、物語の研ぎ澄まされ方が半端なかった。村上小説のエッセンスを、まるで蒸留中のスピリッツの様に純度を高め濃縮したのがこの作品だったと思う(これ、映画化作品も本当に素晴らしい)。

しかし『ダンス・ダンス・ダンス』(1988)あたりから「なんか違うなあ」と思うようになった。そういや『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985)辺りにもちょっと違和感を感じた。そして『国境の南、太陽の西』(1992)を最後にオレは村上作品を読むのを止めてしまった。

今挙げた村上作品の後ろにいちいち発表年代を入れたのは、それらの作品が「結構昔の作品」だった、ということを言いたかったからだ。最初に読んだ『羊をめぐる冒険』はもう40年近く前の作品だし、最後に読んだ『国境の西~』ですら30年近く前のものだ。要するに、もう30年近く村上作品は読んでいない、ということなのだ。

村上の、いわゆる「激しい隠喩」とされる表現の在り方は、即物的なオレに取ってみると、単に「下手な隠喩」だなあ、と思えてしまうのだ。その難解さを、オレはあえて読み解こうとする気が起きないのだ。それと、村上作品の多くは「生(性)と死」を取り扱うが、クローズアップされる「性」の部分が、生々しすぎて(その生々しさが”文学”なのだろうが)苦手だったというのもある。

『蛍・納屋を焼く・その他の短編』は1984年刊行の短編集だ。長編『羊』と『世界の終り』の中間ぐらいに出されたものとなる。この短編集には5つの短編が収められている。このうち『蛍』は『ノルウェイの森』の元となった作品だ。この作品では主人公の出会った女性が「消失」するまでが描かれることになる。『納屋を焼く』でも出会った女性は「消失」し、不安で不気味な読後感を残す(相変わらずたっぷり缶ビールを飲んでいた)。『踊る小人』は童話風のモチーフを使った作品だが、やはり不安感に満ちた作品だ。『めくらやなぎと眠る女』は村上風「激しい隠喩」の張り巡らされた難解な作品だが、基本は「生の不確かさ」なのだと思う。多分。『三つのドイツ幻想』は「僕はセックスから冬の博物館を想像する」といった冒頭から難易度が高い。そうなんだ、と思ったけど。

とまあ久々に村上作品を短編集という形ではあるが読んだわけだが、やっぱり、なんだかモニョッてしまった。村上春樹の短編は昔からつまらなかったが、これも同じだなあ、と思ってしまった。実のところ、村上短編は実験的手法を試すような部分が多いように感じられ、長編作品とはどうしても趣が違う。だいたい、「長編『羊』と『世界の終り』の中間ぐらい」に刊行されていたなら当時ファンだったオレは読んでいたような気がするが、まるで記憶にない。

村上作品の特徴である「平易な文章」は時として雑炊を啜っているかのように歯応えが無い。なにかぬるぬると手元をすり抜けてしまう。直喩を用いないからなのだろうが、じれったく感じるし、めんどくせえなあ、と思えてしまう。面倒臭がっては文学など読めないのだろうが、オレはラテンアメリカ文学ならガシガシ噛みしだいて読むことはできるから、単に村上手法が肌に合わないだけなのだろう。という訳で久々に村上作品を読んだらモニョッてしまった、というお話だった。

螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)

螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)

 
バーニング 劇場版 [Blu-ray]

バーニング 劇場版 [Blu-ray]

  • 発売日: 2019/08/07
  • メディア: Blu-ray
 

奴は武闘派エクソシスト!?/映画『ディヴァイン・フューリー/使者』

■ディヴァイン・フューリー/使者 (監督:キム・ジュファン 2019年韓国映画

f:id:globalhead:20200815100617j:plain

韓国はキリスト教信仰が強い国なのだという。2010年においてキリスト教徒の割合は29パーセント、それに対し仏教徒は23パーセントなのだそうだ。(iRONNA/なぜ韓国でキリスト教が爆発的に浸透したのか韓国映画を観るときに、このキリスト教信仰を足場にして考えると意外と見えてくるものがあったりする(もうひとつは儒教の影響だ)。韓国映画の持つ「苛烈さ」は、キリスト教(特にカトリック)が背景にあるからなのではないか、と思うことがあるのだ。まあ、知ったようなことを書いたけれども、韓国への知識以前にオレのキリスト教についての知識も大雑把なものなので、誤解している部分も多大にあるような気もしているのだが。

韓国映画『ディヴァイン・フューリー/使者』は悪魔祓い師をテーマにしたお話である。それも神父とキリスト教的な悪魔が登場するエクソシストのお話である。じゃあホラージャンルなのかと言うと、ただ悪魔祓いをするのではなくそこに格闘要素が絡んでくるのである。なんじゃいな、とは思うが以前観た韓国映画鬼手』も囲碁+格闘というハイブリッドな作品だったので、そういった面白さを追求した作品なのだと思われる。物語は突然片手に「聖痕(磔にされたキリストのように手から血が流れてくる)」が現れた格闘家とバチカンから派遣された神父とがコンビを組み悪魔に立ち向かう、というものだ。

その聖痕には悪魔を撃退する力があり、それにより格闘家ヨンフ(パク・ソジュン)はエクソシストであるアン神父(アン・ソンギ)に不承不承協力することになる。面白いのは主人公ヨンフが幼い頃父親を喪った恨みから神を信じておらず、そんな彼に聖痕が現れてしまうということである。そのためこのテのお話によくある「信仰の正しさ」を強調し過ぎることを回避している。むしろ強調されるのは「親子の愛」だ。ヨンフは彼が手助けすることになるアン神父に次第に喪った父の面影を見出し、頑なだった自分の心を解きほぐしてゆく。また、ヨンフの強力なサイキックパワーの背後には、亡き父の愛が係わっていることも描かれてゆく。「神の愛」ではなく「親子の愛」を強調する構成の在り方がこの作品をシンプルなエンタメ作品として楽しむことを可能にしている。

一方、魔族の代理人であり悪の中枢に鎮座している男が若き実業家ジシンだ。「悪魔の手先の正体は得体の知れない若造の実業家」というのは意外と韓国人の市民感情をくすぐるものがあるのかもしれない。自身の経営するクラブの地下に魔族を奉る祭壇を設えおどろおどろしい祭儀を執り行うシーンなどはホラー風味たっぷりでなかなかの見せ場だ。このジシンを演じるウ・ドファンの酷薄なキャラクターがこの物語をさらに盛り上げてくれる。また、悪魔に取り憑かれた人々の異様な行動は映画『エクソシスト』そのもので、あの作品の不気味さと緊張感を巧く再現していた。

シナリオ面では幾つかの面で練りこみ不足を感じた。まず、ジシンの正体と所在は最初の悪魔祓いで判明したはずで、ここが取りこぼされている。ヨンフとアン神父を対立させる陰謀も中途半端であり、これに係わった魔族と思われるプロモーターもいつの間にかいなくなってしまっている。最大の瑕疵は格闘要素がクライマックスを除き殆ど無かったことだ。そもそもヨンフには聖痕という最大の武器があるので、さらに格闘までさせるのは余計にも思えるのだ。この辺、聖痕で倒せる敵と格闘で倒せる敵の属性を分けるべきだったんじゃないか。

とはいえ、主演3人の魅力や過激過ぎないマイルドなホラー描写、しっとりと語られる「親子の愛」の描写の良さなどから、充分に楽しめる作品であった。続編もありそうなので、次はさらにパワーアップしたヨンフとアン神父の戦いを観てみたい。 エクソシストというテーマを中心としながらそこに「親子の愛」を代入する物語の在り方にはキリスト教儒教とのせめぎ合う韓国らしさがあったような気がした。

www.youtube.com