幻想小説短編集『言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選)』を読んだ

■言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) / ジェフリー・フォード

言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) (海外文学セレクション)

かつて、野良仕事に駆り出される子どもたちのために用意された架空の友人、言葉人形。それはある恐ろしい出来事から廃れ、今ではこの小さな博物館にのみ名残を留めている―表題作ほか、大学都市の展望台で孤独に光の研究に励む科学者の実験台として連れてこられた少女の運命を綴る「理性の夢」、世界から見捨てられた者たちが身を寄せる幻影の王国が、王妃の死から儚く崩壊してゆく「レバラータ宮殿にて」など、世界幻想文学大賞、シャーリイ・ジャクスン賞、ネビュラ賞アメリカ探偵作家クラブ賞など数々の賞の受賞歴を誇る、現代幻想小説の巨匠の真骨頂ともいうべき十三篇を収録。

ひょっとしてオレは幻想小説好きだったんじゃないか、とふと思ったのである。この間読んだニール・ゲイマンエリック・マコーマックは実に楽しかった。耽溺した。最近SFやミステリを読んでもあんまりノレないんだが、幻想小説だとうっとりしながら読める。現実から遠く遠く離れてくれる。そういえば10代の頃、SF小説とは別に『幻想と怪奇』みたいなアンソロジー集をよく読んでいたことも思い出した。そうだ、幻想小説しよう。そう思い選んだのが今回紹介するジェフリー・フォードの短編集『言葉人形』である。

ジェフリー・フォードは1955年生まれのアメリカ人作家で、SF、ホラー、ファンタジーとその作風は多彩であり、さらに世界文学大賞、シャーリ・ジャクソン賞、ネヴュラ賞、MWA賞など数々の受賞歴を持つ才人である。とはいえオレはその名前をこれまで全く知らなかったし、今回読んだ短編集も初ジェフリー・フォードということになる。そして読んだ感想はというと、……おおお、これはこってり濃厚な幻想文学ですね……。

この『言葉人形』に収められた作品はこれまで発表されていた作者の短編集5冊の中からさらに選りすぐりの13編を日本独自編集として書籍化したものだ。それらの作品は編者の弁によると「現実的なものから幻想なものへとグラデーションをなす配列」で並べられているという。それを意識しながら読んでいると、確かに読めば読むほどにどんどんと現実感覚が遠くなり、幻想世界にどっぷり首を突っ込んでいる自分に気付かされる。

ざっくり作品を紹介しよう。冒頭「創造」は人形の友達を作った少年がその人形に命が吹き込まれたと妄想する話。これは楳図かずおの漫画に似通った作品があったがこちらはより幻想味が強い。「ファンタジー作家の助手」はタイトル通りの作品だが、この作品、独りぼっちが好きだったり本好きだったり創作好きだったりする人なら感涙にむせんでしまうような傑作短編。ここでガツンと来た。「〈熱帯〉の一夜」はかつての悪友と再会した男が聞かされる怪奇譚だが、S・キング的な展開なのにも関わらずもやもや……っと現実から遊離する感覚がいい。

「光の巨匠」からよりハードに幻想小説化してゆく。この作品では光を自在に扱う芸術家による奇妙な精神世界体験が語られる。「湖底の下で」は10代のカップルの日常的な描写が突如幽玄な幻想世界へと変転するというカタルシス。「私の分身の分身は私の分身ではありません」はドッペルゲンガーにまつわる奇妙な物語。そして表題作「言葉人形」。ここで語られる「言葉人形」というある種の呪術行為がこれまた異様で、そして起こる事件も得体の知れない悪夢のよう。

「理性の夢」は光を捕獲するという実験を繰り返す科学者によるボルヘス的な短編。「夢見る風」は「風により町の住民が夢見られる=夢になってしまう」というアクロバット的な発想のファンタジー。「珊瑚の心臓」はいよいよ欧州中世を思わす世界が舞台となり重々しいゴシック的幻想譚が展開。「マンティコアの魔法」はこれも中世を思わす世界で空想生物マンティコアと人間との確執を描く作品。そして「巨人国」。おおおおう、これって作者の妄想を自動書記的に書きまくったような、なんだか夢の中にいるかのような不条理と不思議に満ちた作品じゃないか。いいねえ。ラスト「レバターラ宮殿にて」は御伽噺的な王国を襲う魔術的な崩壊感覚たっぷりに描いてゆく。

 ジェフリー・フォードの作品を見渡してみると、ありふれた現実に突然亀裂が生じそこから雪崩れ込んできた異界の情景になにもかもが変容させられてしまう、という作風と、時間も空間も曖昧になり夢幻の如き世界で不可思議な物語の住人になってしまう、という作風が相半ばするだろうか。だから読む側も物語の行く先がまるで予想付かないまま物語世界で彷徨ってしまう。というわけで歯応えたっぷり、実に堪能させてもらった短編集だった。

 

祝:DVD・Blu-ray発売!インドのスーパーヒーロー『フライング・ジャット』の活躍をみんなも観よう!

■フライング・ジャット (監督:レモ・デスーザ 2016年インド映画)

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(この記事は2016年9月2日更新の『弾よりも速く、力は機関車よりも強く!インドのスーパーヒーロー、フライング・ジャット登場!?〜映画 『A Flying Jatt』』を作品のソフト化に合わせ一部内容を変更してお送りしています)

■インドのスーパーヒーローなんだ!?

バットマン、スーパーマンを擁するDCコミック。アイアンマン、キャプテン・アメリカを擁するマーベルコミック。その他その他、アメリカン・コミックのスーパーヒーローは枚挙にいとまがないが、わが愛するインド映画の世界にもスーパーヒーローは存在する。それは……

シャー・ルク・カーンの『ラ・ワン』!

リティク・ローシャンの『クリッシュ』!

ムケーシュ・カンナの『シャクティマーン』!

アニル・カプールの『ミスター・インディア』!

そんなボリウッド・スーパーヒーロー界に新たな名前が追加された。
その名は『フライング・ジャット』だッ!?(やんややんや!)

■鳥だ!?ヒコーキだ!?いやフライング・ジャットだ!?

というわけでインドのスーパーヒーロー映画『フライング・ジャット』です。物語はなにしろスーパーなヒーローが悪を倒す!というもの。分かり易いですね。もうちょっと書くと、シク教徒たちの神木として崇められている木を切り倒そうとする悪徳企業に、神木のパワーを授かった青年が立ち向かうという訳です。インドだからでしょうか、ちょっと神懸かりなんですね。そしてこの物語の特徴的なところは、スーパーヒーローものなんですが、相当笑える要素が持ち込まれている、という部分です。

では出演者を紹介。主人公の青年アマン、そしてフライング・ジャットに『Baaghi』(2016)、『Heropanti』(2014)のタイガーシュルロフ。ヒロイン・キルティに『Housefull 3』(2016)、『Brothers』(2015)のジャクリーン・フェルナンデス。アマンの母にアムリター・シン。悪徳化学企業社長マルホトラにケイ・ケイ・メノン。そしてフライング・ジャットの刺客として送られた凶悪なヴィラン・ラカを、なんと『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)のネイサン・ジョーンズが演じております!こりゃあ『MMFR』のファンも観なきゃだね!監督はコレオグラファーとして知られ『ABCD: Any Body Can Dance』(2013)、『ABCD 2』(2015)も監督しているレモ・デスーザ。

さてその配役たちのビジュアルを申しますと、マコーレ・カルキンをさらにヒネさせたようなスーパーヒーロー平野レミ似のカノジョを守るため、
 
ちょっと色黒の近藤正臣率いる悪の軍団の最終兵器、ストロング金剛さんと一騎打ちをする、ということになっているんですね。
 
……すいませんちょっと違います。(でもなんかみんな似てたんだよなあ)

■痛快無比かつインドテイスト溢れるヒーロー映画

脱線ばかりでお許しを。いや、あんまり面白かったもんですから、ついつい悪乗りしてしまいました。こんな愉快適悦!痛快無比!爽快至極!なインド映画もなかなか無いんじゃないでしょうか。それは、大人も子供も楽しめるシンプルなスーパーヒーローものだという部分にあります。それも、ハリウッドのスーパーヒーロー映画とはまた違う、インド映画ならではの要素と楽しさを兼ね備えているんですよ。

この作品の大きな魅力はまずそのコメディ・センスにあります。それも言葉のギャグや泥臭いドタバタやお下劣さによるものではなく、「スーパーヒーローとかいうみょうちきりんなもの」それ自体の可笑しさです。そもそもスーパーヒーローなんてよく考えたら妙な存在です。人智を超えたパワーを持ってるけれど神でも悪魔でも無く人間なんです。だからフライング・ジャットは正義を行ったりもしますがとっても人間臭くで、ドジ踏んだり、忙しくでゲンナリしたり、「なんかオレ、けったいやわぁ」と神妙な顔をしたりもします。最初なんて空を飛べても地上1.5mぐらいを時速3、40キロでしか進まなかったりするスーパーヒーローですよ?家族が不死身なのを面白がってナイフでブスブス刺してくるんですよ?おまけにその家族がコスチュームにああでもないこうでもないとうるさく注文つけまくるんですよ?

そうそう、このフライング・ジャット、家族にスーパーヒーローだって顔バレしてるのもユニークなところですね。アメコミのヒーローは孤高だったり孤独だったりしますが、フライング・ジャットは母親から「あんた頑張んなさい!」とドヤされたり、弟から「コスチュームかっこいいから貸してよ!」とねだられたりとか、和気あいあいです。この辺インドの家族主義とかいうヤツなんでしょうが、逆に欧米の個人主義が介入していないからということもできます。アメリカのスーパーヒーローというのは西部開拓時代の根底に存在した自警団思想の変形であり、新訳聖書的な神の鉄槌の代弁者であるとも言えますが、インドはそんなの関係ありませんからスーパーヒーローの解釈も自ずと違ってくるわけです。そしてこの映画ではそれが、シク教徒の歴史性とそこに存在するアイデンティティであることが後に明らかにされ、ここで物語は一挙にただのお子様向け映画ではない凄みを増してくるのです。

■主演タイガー・シュロフの魅力

そしてなんといってもこの作品を素晴らしいものにしているのは主演であるタイガー・シュロフの魅力でしょう。いや、ルックスはなにしろマコーレ・カルキンに筋肉増強剤を20リットルぐらい投与したらこんなになりましたあ、ってな風情なんですけどね、身体能力がハンパないんですよ。タイガー君の前作『Baaghi』(2016)でもまるで香港アクションやタイ・アクションを見せられているような凄まじくキレのいいアクションを見せてくれて惚れ惚れしましたが、今作ではなんとブルース・リーのマーシャル・アーツで勝負するんですよ!まあ実際どこまでモノホンのマーシャル・アーツなのかオレは分からんのですが、主人公アマンは学校で武術教えてるし部屋にはデカデカとブルース・リーのペインティングしているし、すっかり成り切っているのは確かですね。ものその動きの素早さ体のしなやかさ、今インドでこれだけのアクションを繰り出せるのはひょっとしたらタイガー君が一番かもしれません。

そしてその身体能力の高さに裏打ちされたキレッキレ踊りですね。踊りの上手さ、というよりも格闘家ならではの筋肉の俊敏さが踊りを際立たせているんですね。しかも今回はコレオグラファーでもあるレモ・デスーザが監督しているわけですから、画面に登場する踊りが楽しくない訳がないではありませんか。踊ってよしアクションよし、さらに今作ではコメディまでキッチリこなし、これはもうインド映画界の新たなスターの誕生と言わざるを得ません。ウィークポイントだったマコーレ・カルキン似のルックスも、出演作を重ねるごとにどんどん男臭くなり、そんな男臭さの中から時折見せる笑顔がまた可愛いんですよ!ただまあ甘いマスクってわけではありませんのでロマンスものには向かないとは思いますが、そんなのは他のインド男優に任せて、ここは徹底的にアクション・スター(とたまにコメディ)としてインド映画界で頑張って欲しいですね!

■(余談)ところでムケーシュ・カンナの『シャクティマーン』ってナニ?

ところで冒頭にインド映画界のスーパーヒーローを並べましたが、その中の"ムケーシュ・カンナの『シャクティマーン』"に「これナニ?」と思われた方もいらっしゃったんじゃないでしょうか。この『シャクティマーン』、実は1997年から2005年にかけてインドの全国ネットTVで放送された、インドでは知らない者がいないという超人気スーパーヒーロー番組なんですね。どうですか?興味が湧きませんか?この『シャクティマーン』、そしてインドのスター・ウォーズと呼ばれる『アーリャマーン』についてオレが解説しまくった同人誌が発売されています!いや実は暗黒皇帝は同人誌でインド(TV)映画の文章を発表していた!?
掲載されているのは「映画評同人誌 Bootleg」の「あなたの知らない映画カタログ」号、その中で「インドTVのスーパーヒーロー」というタイトルでオレが書いています。その他2本のインド映画コラムも書いてるよ!興味の湧いた方、読んでみたいと思われた方は新宿ビデオマーケットで絶賛発売中ですので是非ご購入の程を!


 〇『A Flying Jatt』トレイラー

〇このプロモビデオも可愛いです。

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稀代の武術家の生涯を描く『イップ・マン』シリーズ、堂々の完結編/映画『イップ・マン 完結』

■イップ・マン 完結 (監督:ウィルソン・イップ 中国・香港映画)

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■『イップ・マン』シリーズ完結編

あの『イップ・マン』が遂に完結である。最強の中国拳法・詠春拳の使い手であり、ブルース・リーの師匠としても知られ、19世紀末に生まれ激動の時代を生き、1972年に惜しまれながら没した実在の人物、それが葉問/イップ・マンである。これまで様々な映画でイップ・マンが描かれたが、やはり真打はドニー・イェン主演による『イップ・マン』シリーズだろう。日本においては『イップ・マン 序章』『イップ・マン 葉問』『イップ・マン 継承』のタイトルで3作が公開され、4作目となるこの『イップ・マン 完結』で遂にシリーズは終章を迎えるのだ。

シリーズは1930年代、日中事変の混乱の最中から始まり、家族と共に香港へ移り住み詠春拳の師範として生計を立てつつ、彼の前に立ちはだかる様々な敵を倒してゆくイップ・マンの鋼の肉体と精神をこれまで描いてきた。しかし『継承』において愛する妻を亡くし、男手一つで息子を育てながら、いつしか自らの死を予感することになるのがこの『完結』の物語となる。

■憂愁の中に佇む賢人イップ・マン

この『完結』において主に舞台となるのは1964年のアメリカ合衆国である。なにもイップ・マンが「俺より強い奴に会いに行く」為にアメリカに渡ったのではない。それは反抗期の息子の留学先を探す、といういじましい理由によるものであった。アメリカではイップ・マンの弟子ブルース・リーが華々しく活躍しており、顔をほころばす彼だったが、武術家で構成された中華総会の役員たちはブルースの派手な露出を快く思わず、イップ・マンの息子への紹介状も反古となってしまう。そんな折、在米中国人への差別意識が吹きあがり、空手使いである海兵隊軍曹バートンはその先鋒となって中華総会の武術家を狩り始める。その理不尽な差別と暴力に、遂にイップ・マンの詠春拳が炸裂する時が来たのだ。

この作品で描かれるのは、既に妻を失い、癌のために余命幾ばくもなく、口も訊かない息子に頭を悩ます晩年のイップ・マンの姿である。自らの運命の末を憂うその表情はいつもどこか悲しげで、これまでのシリーズ作で見られた溌溂とした力強さや清明な穏やかさには翳りが差し、どこか心を搔き乱すような寂寥感の横溢する作品となっている。シリーズの例に漏れずイップ・マンは理不尽を正す為の望まぬ戦いに駆り出され、電光石火の詠春拳でもって愚か者どもを完膚なきまでに叩きのめすのだけれども、どんな戦いに勝とうと彼の表情は沈んでいるように見え、その後ろ姿には憂愁が漂うのだ。この「憂愁」こそが今作の基調となり物語全てを覆うのだ。

■物語を盛り上げる武術家たち

とはいえ、実は決して暗いばかりの物語ではない。まずなによりブルース・リーの登場だろう。これまでのシリーズ作でもチラチラ顔を覗かせてはいたが、ここまで大幅にフィーチャーされるのが今作が初めてだろう。ブルース役チャン・クォックワンはブルースの形態模写を完璧に近い形で演じており、その精気漲る豪胆さと切れ味の鋭いアクションをこれでもかと画面に迸らせていた。そしてこのブルースの登場は、詠春拳の新たな継承者として、その世代交代を描いたものであり、終わることのないイップ・マン伝説を知らしめることとなるのだ。

さらに今作においては、イップ・マンと対立することになってしまう中華総会の会長ワン・ゾンホアの、度肝を抜くほどに強力な太極拳の技の応酬が見所の一つとなるだろう。不勉強なうつけ者でしかないオレは太極拳といえば中華人民の朝の体操程度に思っていたのだが、これほどまでに俊敏かつ流麗に技を繰り出してゆく武術であったとは。調べると演じるウー・イエ自身がそもそも武術の達人であり、その至宝の技をこの作品で見る事ができたという訳なのだ。

もちろん敵役である海兵隊軍曹バートン、並びに空手師範コリンの重量級で破壊的な強靭さも物語を大いに盛り上げる。最強の敵無くして最高の戦いは無いからだ。成す術もなく彼らに次々と叩き潰されてゆく中国人武術家たち、そして血に飢えた彼らの前に悠然と立つイップ・マンの悲壮に溢れた戦いの気概、憂愁を身にまとうドニー・イェンの凛とした立ち姿、イップ・マン映画の興奮が最高潮となる瞬間だ!空手V.S.詠春拳の戦いはコリン、バートンの二段構えで行われるが、その熾烈さは完結編に相応しいものであったと言えるだろう。

■差別への徹底的な抵抗

そして「中国人差別との闘い」というテーマである。イップ・マン映画は大なり小なり、中国人差別と闘ってきた作品でもあった。それは人としてのプライドであると同時に、同胞を守るための闘いでもあった。それまで舞台となっていた中国で様々な形で差別と闘ってきたイップ・マンは、この最終章でもっていよいよ差別の牙城としてのアメリカと対峙するのである。実は物語の時代設定である1964年とはアメリカで公民権法が制定された年であり、作品をよく見るならば画面のそこここにアフリカ系アメリカ人が伸び伸びと立ち動く姿を発見できる。

もちろん公民権法によって一切の差別が無くなったわけではないが、その新たな一歩となった年に、中国人差別との闘いをテーマとした物語を描くのは偶然だったろうか。物語ではアフリカ系アメリカ人が差別に憮然となるシーンも挟まれ、それはつまり中国人、アフリカ系アメリカ人、そして多くの非白人移民を含めた差別への拒否でもあるのだ。そしてその差別へ鉄槌を下すのがイップ・マンであったのだ。映画『イップ・マン 完結』は稀代の武術家の煌めく彗星の如き生を描くだけではなく、その背後に差別への抵抗といったテーマが秘められていることを思い知らされた作品でもあった。  


ドニー・イェン主演!映画『イップ・マン 完結』本予告

 

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地球侵略SF『三体』シリーズ第2弾『三体Ⅱ 黒暗森林』がモノスゲエ面白かったぞお!

■三体Ⅱ 黒暗森林 (上)(下) / 劉 慈欣

三体Ⅱ 黒暗森林(上) 三体Ⅱ 黒暗森林(下)

人類に絶望した天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)が宇宙に向けて発信したメッセージは、三つの太陽を持つ異星文明・三体世界に届いた。新天地を求める三体文明は、千隻を超える侵略艦隊を組織し、地球へと送り出す。太陽系到達は四百数十年後。人類よりはるかに進んだ技術力を持つ三体艦隊との対決という未曾有の危機に直面した人類は、国連惑星防衛理事会(PDC)を設立し、防衛計画の柱となる宇宙軍を創設する。だが、人類のあらゆる活動は三体文明から送り込まれた極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)に監視されていた! このままでは三体艦隊との“終末決戦”に敗北することは必定。絶望的な状況を打開するため、前代未聞の「面壁計画(ウォールフェイサー・プロジェクト)」が発動。人類の命運は、四人の面壁者に託される。そして、葉文潔から“宇宙社会学の公理”を託された羅輯(ルオ・ジー)の決断とは? 

今日本のSF界隈で話題沸騰中なのが中国人作家・劉慈欣(りゅう・じきん/リウ・ツーシン)による長編SF小説『三体Ⅱ 黒暗森林』だろう。『三体』は異星人とのファースト・コンタクト・テーマのSF作品であり、同時に侵略SF作品である。3部作として刊行され、この『黒暗森林』はその第2部となり、続く『死神永生』で完結となる。

『三体』の何がそんなに話題なのか?といえばまず中国で3部作合計2100万部、世界でも800万部を売り上げたという作品であり、中国人初のヒューゴー賞受賞作であり、オバマ前大統領、マーク・ザッカーバーグジェイムズ・キャメロンが絶賛したといういわく付きの作品なのだ。そしてその内容はスケールの大きなハードSF作品であり、地球に迫りくる恐るべき侵略異星人による危機を描くエンターティメント作品であるのだ。

とはいえ、実を言うとオレは前作『三体』にあまりノレず、結構批判的な感想を書いた。確かにそのSFアイディアには途方も無いものを感じたが、逆に大風呂敷が過ぎてやたらハッタリがましく、ドラマ展開や人間描写にも大味さを感じてしまったのだ。

そんな『三体』の第2部『黒暗森林』、あまり期待せずに読み始めたのだが、確かに上巻の辺りまでは第1部同様「なんだかなあ」と思いつつ読み進めていたものが、下巻に代わり次第に物語が佳境に入り始めてきた辺りで……

うわああ!うわああ!なんだこれ!?なんだこのとんでもないカタストロフ展開はぁ~~~ッ!?と驚愕の連続、そのあまりの凄まじさに呆然としてしまった。あまり内容には触れない事にはするが、『黒暗森林』は宇宙ミリタリーSFの側面も大きく、その辺りの、壮絶なナニかである、とだけ書いておこう。いやあれは度肝抜かれたわ……。もうオレは否定的意見を撤回し、速やかに作者・劉慈欣にひれ伏すこととなったのである。

別に小説としての『三体』がこの第2部で様変わりしたのではなく、作者の筆致にも変わりはない。違うとすれば第1部よりも格段にスケールアップし、時間的空間的にも広がりを見せたことで、そのアイディアの奔放さがより馴染む形になったということなのだ。結局、最初オレが『三体』に苦手意識を持ったのは、良くも悪くも黄金期SFの古臭い匂いがしたからなんだが、こうして『2』を読んでみるとその圧倒的な分かり易さが逆に心地いいのだ。

それは例えば「地球侵略に向かう1000隻の異星人宇宙艦隊!」とか「地球への到達は400年後!」とか「対するは地球連合艦隊2000隻!」とか、「地球の武器は350メガトンの恒星型水爆!」とか「地球防衛計画を打ち立てるため全人類から選ばれた4人vs彼らを打ち倒すため三体人から派遣された刺客!」とか、なにしろとりあえずスケールが大きくハッタリが効いている。まるで往年のスミスやヴォークトSF小説みたいじゃないか。こんな煽りの応酬がコミックぽくて至極分かり易い。しかし分かり易いだけではなく現代的で科学的なハードSF描写が詳細かつきっちり盛り込まれ、格段の説得力をもたらしている。ここが作者の面目躍如といった部分だ。

例えば最新SFがメスで削り上げたような緻密なSFアイディアを売りにしているのだとすれば、この『三体』はノミで巨木を彫り上げたような、荒っぽいが豪快なSFアイディアの面白さにあるといえるだろう。『1』『2』ともに通じる擬似理論による大風呂敷の広げ方も、相当に嘘っぽいながらこうして見ると確信犯的に見事であると言わざるを得ない。なによりタイトルにもなっている宇宙社会学理論「黒暗森林」の内容が相当にぶっ飛んでいる。世界観設定や人間描写のベタさもある意味分かり易さに通じる。要するに、ノレるととことんノレちゃう作品なんだな『三体』は。こういった部分にベストセラーとなった貫録があると感じた。

それにしてもここまで徹底的に絶望へ絶望へと追い込みながらラストをここに持ってくるとは……これでさらに第3部へと続かせるのか!?この破滅的状況の描写にはグレッグ・ベアの侵略SF長編『天空の劫火』を思い出させたが、『黒暗森林』はあの作品よりもさらに饒舌にアイディアを盛り込んでいたと思う。これはもう第3部が楽しみでたまらない。刊行は来年春!?それまで待てない!!

三体Ⅱ 黒暗森林(上)

三体Ⅱ 黒暗森林(上)

 
三体Ⅱ 黒暗森林(下)

三体Ⅱ 黒暗森林(下)

 
三体

三体

 

最近ダラ観した韓国映画などなど

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■パラサイト 半地下の家族 (監督:ポン・ジュノ 2019年韓国映画

パラサイト 半地下の家族 [Blu-ray]

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  • 発売日: 2020/07/22
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う〜ん『パラサイト半地下の家族』、前評判が高くて気にはしてたんだけど実際観てみたら期待外れだったなあ。貧乏一家が徐々に金持ち一家に潜りこんでゆく、というお話だけど、あれほど欺術が上手いんだったらなんで今まで貧乏人としてくすぶっていたんだ?と思っちゃうんだよな。おまけに金持ち一家はステレオタイプな薄っぺらいお馬鹿さんに描かれすぎでリアリティが感じない。実際の金持ちはもっと抜け目ないと思うんだがな。実は本当の見所はその後に発覚したある事実とそれが生み出す大波乱となるんだが、今度はここが偶然や迂闊さに頼りすぎのシナリオでうんざりさせられた。ここまで巧妙にやってきた貧乏一家がなぜかここからドタバタしてしまうんだ。結局シチュエーションありきで作られた作品で、登場人物が駒みたいに動かされているのが白々しく感じた。オレはポン・ジュノ監督作品とは昔っからどうも相性が悪く、 監督自身は韓国映画プロパーにこだわらない世界的な視野を持った作品を生み出す力のある監督だとは感じるのだが、オレの観たい映画を撮る人ではないんだよなあ。

■王になった男 (監督:チュ・チャンミン 2012年韓国映画

王になった男 DVD

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  • 発売日: 2016/03/16
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「王の替え玉になった男の物語」といえばイギリス小説『ゼンダ城の虜』(1894年刊行)の昔から数々あるが、この『王になった男』もその一つだ。こういったモチーフがなぜこうも好かれるかといえば、特権階級への憧れや平民の視点から政局を動かす、といった点があるのだろう。そういった点で言えばこの作品も同工の流れで物語が進んでゆくが、モチーフの特徴を生かした安心して観られる作品となっている。そもそも韓国映画はシナリオが優れているので、この作品でも様々なエピソードを用意し興味を尽きさせることなく描いてゆくのだ。とはいえやはり韓国映画だなと思ったのは替え玉になった男を取り巻く者たちの過酷な運命であったり、病床にあった本当の王が目覚めた時の替え玉男への処遇であったりする。そういったピリッとした辛さもこの物語にはある。

■コンフィデンシャル 共助 (監督:キム・ソンフン 2017年韓国映画

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  • 発売日: 2018/08/08
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北朝鮮の刑事と韓国の刑事がタッグを組んで偽札原板の行方を追う!というバディムービー『コンフィデンシャル 共助』を観た!イケメンでタフな北朝鮮刑事、一方韓国刑事はイケてないオッサン?!水と油の二人がドタバタしながら次第に友情で結び合い、事件に迫る様は朝鮮半島版『レッドブル』だ! 

■ベテラン (監督 リュ・スンワン 2015年韓国映画

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  • 発売日: 2020/04/29
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金と権力にモノを言わせ弱い者を踏みにじり続ける財閥御曹司に正義の鉄槌を下さんと暴走気味な熱血刑事が立ち上がった!韓国映画『ベテラン』は小気味いテンポとクスリと笑わせるユーモアで徹底的に勧善懲悪を描く胸のすくアクション映画だ!定番な物語展開だから安心して観られる良作!面白いぞお!

■グッド・バッド・ウィアード (監督:キム・ジウン 2008年韓国映画

大日本帝国統治時代を舞台にした韓流ウェスタン作品で、当時破格の製作費が掛けられたといういわく付きの大作なんだが、展開が単調な上に物語も大味過ぎて楽しめなかったなあ。もっとハッタリやギミックがあってもよかったと思うし、魅力的な女優にもいて欲しかった。これが中国製作だったら一味違っただろうなあと思ったが、あ、そうか、銃撃戦だけじゃなくカンフーが欲しかったんだ! 

■ベルリンファイル (監督:リュ・スンワン 2013年韓国映画

ベルリンファイル Blu-ray

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  • 発売日: 2013/12/25
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ベルリンを舞台に、韓国と北朝鮮のスパイが熾烈な諜報戦と銃撃戦を繰り広げるという物語なんだが、確かに他国の諜報組織も絡んだりはするが、基本的にベルリンである必要がないというか韓国が舞台でも話がなんとかなっちゃうんじゃないか、と思っちゃった作品だなあ。結局韓国VS北朝鮮でこじんまりまとまっちゃったからそう感じたのかな。ただし銃撃戦シーンは韓国映画の高いレベルをキープしていてとことんいい。

■群盗 (監督:ユン・ジョンビン 2014年韓国映画

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  • 発売日: 2015/09/02
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韓国王朝末期を舞台にした義賊たちが主人公の時代劇作品だがこれは面白かった。義賊の面々のキャラ立ちがいい具合だったのと、カン・ドンウォン扮する敵役が腕が立つ上に徹底的に憎たらしく、おまけに色気まであって物語を大いに引き立てていた。時代劇としても衣装やセット、さらにロケーションが美しく、目を楽しませてくれたな。義賊の隠れ里とかまるで忍者みたいで面白いじゃないか。

操作された都市 (監督:パク・クァンヒョン 2017年韓国映画

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  • 発売日: 2018/07/04
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オンラインゲーマーの主人公が殺人事件の冤罪で投獄された。からくも脱獄を果たした彼はオンラインゲームのチームを集め殺人事件の真相に迫る!という物語。映画『逃亡者』にサイバースリラーのテイストを加え、そこにゲーマーたちの友情と結束を加味してアクションで〆る!という内容かな。スーパーコンピューターを駆使し冤罪を仕組む謎の組織の遣り口が実に巧妙で恐怖を感じさせる。スピーディーかつ二転三転するストーリーと主演チ・チャンウクのフレッシュさが牽引するなかなかの佳作だった。