最近聴いたエレクトロニック・ミュージックだのジャズだのソウルだの

■Fabric 94 / Steffi/Various

STEFFI

DJMIXの老舗シリーズ「Fabric」は常にその時々の最新の人気DJを起用し、オレもちょくちょく購入して聴いているが、今回のDJ、Stiffiによる『Fabric94』はこれまでのシリーズの最高傑作なのではないかと思っちゃうほど素晴らしい。

基本はテクノ・エレクトロニカなのだが、アルバム全体の統一感が段違いなのだ。アゲ過ぎずサゲ過ぎず、一定のテンションとムードをラストまで淀みなくキープし続け、全15曲のMIXながらあたかもトータル1曲の組曲のように完成している。DJMIXの醍醐味はまさにそこにあるのだが、ここまで高いクオリティを維持しつつMIXしている作品も珍しい。

今作は全作新作のエクスクルーシブトラックで構成されているが、調べたところStiffiがあらかじめアルバム全体のイメージを各プロデューサーに伝え、それによりこのトータル感が生まれたのらしい。そしてその「全体のイメージ」となるものがWarpのクラシックCDシリーズ『Artificial Intelligence』だったのだという。

おお、『Artificial Intelligence』!フロア向けハードコアテクノのカウンターとして生み出されたIDMの草分けとなったシリーズであり、美しく繊細で静謐で、強力に内省的な作品が数多く並ぶ画期的なシリーズだった。特にオレはカーク・ディジョージオの各名義の作品の多くに心奪われていた忘れられないシリーズである。

この『Fabric94』はその正統な血筋を持ったアルバムであり、『Artificial Intelligence』のハート&ソウルを現代に蘇らそうとした傑作なのだ。個人的には今年リリースされたエレクトロニック・ミュージック・アルバムの中でもベスト中のベストと言っても過言ではない名盤の誕生だと思う。 《試聴》

STEFFI

STEFFI

 

■ De-Lite Dance Delights / DJ Spinna/Various

DE-LITE DANCE DELIGHTS (日本独自企画)

DE-LITE DANCE DELIGHTS (日本独自企画)

 

クール&ギャングを見出したことでも知られる70~80年代の名門ファンク/ディスコ・レーベルDe-Liteの珠玉作をNYで活躍するDJ SpinnaがMix!いやなにしろディスコなんだけれども、これがもう一周回って素晴らしい!伸びやかなヴォーカル、カリッとクリスプなギター、エモーショナルなストリングス&ホーン、キャッチ―なメロディ、ファンキーなリズムはひたすら歯切れよく、そしてどことなくお茶目。どれもこれも音のクオリティが非常に高い。この心地よさはまさに極上。いやあ、ディスコ、侮りがたし!今回の強力お勧め盤。《試聴》

■Late Night Tales / Badbadnotgood/Various

Late Night Tales - BADBADNOTGOOD - [帯解説 / アンミックス音源DLコード / 国内仕様輸入盤CD] (BRALN46)

Late Night Tales - BADBADNOTGOOD - [帯解説 / アンミックス音源DLコード / 国内仕様輸入盤CD] (BRALN46)

  • アーティスト: BADBADNOTGOOD,バッドバッドノットグッド
  • 出版社/メーカー: Beat Records / Late Night Tales
  • 発売日: 2017/07/28
  • メディア: CD
  • この商品を含むブログを見る
 

様々なアーティストがダウンテンポ曲中心のMIXをアルバムにまとめた人気シリーズ「Late Night Tales」の最新作キュレーターはヒップホップ・ジャズ・ファンク・カルテットBadbadnotgood。というかこの「Late Night Tales」ってシリーズもBadbadnotgood自体も全く知らなかったんだけど、いいわ、これ。サイコーに和むわ。よくもまあここまで和みまくる曲ばかり集めたものだなあ。これも今回の大プッシュお勧め盤。 《試聴》

■Late Night Tales / Bonobo/Various 

Late Night Tales - Bonobo - [帯解説 / 収録各曲DLコード付 / 国内仕様輸入盤] (BRALN34)

Late Night Tales - Bonobo - [帯解説 / 収録各曲DLコード付 / 国内仕様輸入盤] (BRALN34)

 

で、「Late Night Tales」が相当によかったので、オレのお気にいりのアーティストBonoboによる「Late Night Tales」も聴いてみた。そしてこっちも和んだ! 《試聴》 

■Balance Presents: Natura Sonoris / Henry Saiz 

SAIZ, HENRY

SAIZ, HENRY

 

人気DJMIXシリーズBalanceの今回のDJはスペインのHenry Saiz。ドラマチックなプログレッシヴ&テックハウスが並ぶ2枚組。 《試聴》 

■Heavenly Revisited / Kevin aka E DANCER Saunderson

Heavenly Revisited

Heavenly Revisited

 

デトロイト・テクノ創始者の一人ケヴィン・サンダースが、1998年にリリースしたアルバム『Heavenly』をリマスターしさらに新曲を追加したバック・トゥ・オリジンともいえる2枚組。ゴツゴツにハードでミニマルなデトロイト・サウンドが展開。さらに彼のレーベルKMS RECORDSの30周年記念版でもあるのらしい。 《試聴》

■Ariwo / Ariwo 

Ariwo

Ariwo

 

これはテクノ?それともジャズ? ロンドンのキューバ/イラン人によるグループARIWOのデビュー作はアフロなエレクトロニック・リズムにトランペットが絶叫するおもしろアルバム。 《試聴》

■Figure / Tears Of Change

イタリアのテクノデュオTears Of Changeの2ndアルバム。ズブズブとダブテクノ。

《試聴》 

■Superlongevity Six / Various

ベルリンのレーベルPerlonからリリースされたコンピレーション。 Ricardo VillalobosFumiya Tanaka、Margaret Dygas、Binh、Melchior Productions Ltd、Spacetravel、Maayan Nidam参加で、メンツからも分かるように徹底的にミニマル。 《試聴》

■Isotach / Matthew Bourne

Isotach

Isotach

 

ジャズ・ピアニスト、マシュー・ボーンのソロ・ワークはピアノとチェロの伴奏というシンプルなものだが、その音はニュー・クラシック/コンテンポラリー・ミュージック/アンビエント・ミュージックの境界を行き来する静謐な緊張に満ち溢れた作品であり、ボリュームの大きさによって流し聴くことも聴き込むこともできるという非常に優れた演奏を楽しむことができる。良作。

■A Rift In Decorum: Live At The Village Vanguard / Ambrose Akinmusire

A Rift in Decorum: Live at the

A Rift in Decorum: Live at the

 

ジャズの事はなんも知らずに試聴だけして気持ちよかったら買っているオレだから、このアルバムのアーティスト、アンブローズ・アキンムシーレという人の事も彼がトランペット奏者であることもなーんも知らずに聴いているのである。2CDのライブでインプロビゼーションがややこしくて面白いぞ。 《試聴》

■Portrait In Jazz / Bill Evans Trio ビル・エヴァンス・トリオのアルバム『ポートレイト・イン・ジャズ』はジャズ・ファンにはお馴染みの作品なのだろうが、ちょっと待ってくれ、これは実はリイシュー版で、現行リリースされている11曲収録のアルバムにさらに3曲追加され14曲になっての新盤なんだ。それにしてもいきなりマイルスの「ブルー・イン・グリーン」が流れてきたからオレはマジ腰ぬかしたよ。 《試聴》

■Wind / Eric Roberson

Wind

Wind

 

ベテランR&Bシンガー、エリック・ロバーソンのミニアルバム。これは「Earth+Wind+Fire」という3部作の内の1作なのらしい。甘くソウルフル、エモーショナルかつ解放感に溢れた良作。《試聴》

■Earth / Eric Roberson

Earth

Earth

 

そのエリック・ロバーソンのミニアルバムシリーズ第1弾。《試聴》 

映画『Spyder』は『ダークナイト』へのテルグ映画界からの返答か?

■Spyder (監督:A.R.ムルガードース 2017年インド映画)

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「インド映画上映会レポート」、最後になるのはテルグ語映画『Spyder』。 監督は『Ghajini』(2008)『Holiday: A Soldier Is Never Off Duty』(2014)『Akira』(2016)のA.R.ムルガードース。……というかそれ以外の人、全く知りません。南インド映画殆ど知らないんです。そもそもA.R.ムルガードース監督自身タミル出身で、フィルモグラフィの多くはタミル・テルグ語映画を手掛けており、3作あるヒンディー語作品にしても自身の作品も含むタミル語映画のリメイク作だったりするんですね。

さて映画『Spyder』、「蜘蛛の話なのか?スパイダーマン的な何かなのか?主人公がヒーローに変身してあれやこれやする痛快特撮インド映画なのか?」と最初勝手に思ってたんですが、よく見りゃタイトル『Spider』じゃなくて『Spyder』なんですね、こりゃ迂闊でした。じゃあ蜘蛛じゃなくてなんだ、というとそれは「スパイだー!」ということらしいんですね!(←特に何も考えていない発言)

物語の主人公の名はシヴァ(マヘーシュ・バーブ)、秘密情報局に勤める彼は昼夜電話通信を監視し、その中で危機的状況にある者を見つけ出して極秘に手を差し伸べていたんですね。しかしそんな中、折角助けたはずの女の子が殺されていることを知ってしまう。シヴァは捜査の中で、「肉親が死んだことを悲しむ者を見るのが快楽」という異常者、バイラヴドゥ(S・J・スーリヤ)の存在を発見するんです。おぞましい犯行を繰り返すバイラヴドゥを追うシヴァでしたが、神出鬼没のバイラヴドゥはなかなか捕まりせん。そしてバイラヴドゥはさらに強大な破壊工作へと乗り出すのです。

主人公シヴァがどんな具合に「スパイだー!」なのかというと、要するに犯罪防止の為に市民生活をスパイしていたということなんですね。いわゆるNSAアメリカ国家安全保障局)の通信傍受システム・エシュロンみたいなことを一人でやってるわけです。言ってみりゃあ非合法の盗聴活動ということになってしまいますが、シヴァはあくまで市民生活を守るために「神の見えざる手」として働いているということになってるんですね。

とはいえ、お気に入りの女の子を見つけたシヴァが情報解析して彼女の行動を逐一追跡しそれを利用して口説きに入るとかって相当公私混同してませんか!?公私混同以前にやってることストーカーだし!?インド映画の口説き手法がストーカーしまくって相手に根負けさせるとかもうそろそろ止めましょうよ!?まあ、テクノロジーは諸刃の剣、使い方によって善にも悪にもなると言っているのでしょうか(違)。

物語はこのシヴァとサイコパス犯罪者バイラヴドゥとのコンピューター・インターフェース上での大追跡劇、さらには拳と拳のぶつかり合う大活劇へと発展してゆきます。登場するGUIは実にSFチックで、どんなプログラム走ってるんだか分かんないけど高度な情報戦が展開されるハイテク・スリラーとしての面白さも兼ね備えているという訳なんですよ。全体的に荒っぽい脚本ながら次から次へと煽情的なスペクタクルを繰り出し、そこに生々しいバイオレンスを炸裂させる手腕は流石『Ghajini』『Holiday』のA.R.ムルガドース監督作品だと思わされました。

ところでこの作品、ハリウッド映画『ダークナイト』ないしはノーラン版バットマンのモチーフが散見するように思えたんですよ。何の利益にもならないのに人の不幸を嘲笑うためだけに残忍な犯行を繰り返す狂人バイラヴドゥは当然ジョーカーでしょう。彼はジョーカーと同じく、同情の余地の全くない「絶対悪」として登場するんですよ。彼が人々を焚きつけてその悪意を引き出そうとするシーンなどは、『ダークナイト』の「爆薬フェリー」のエピソードに対比しているんじゃないでしょうか。

監視機構vs犯罪者の戦いといった構図は『ダークナイト』でゴッサム・シティ監視装置を使ってジョーカーを炙り出そうとするバットマンを思わせます。また、クライマックスのシーンもバットマンジョーカーが対峙するあるシーンと似ているように見えた。後半の大破壊行為は『ダークナイト・ライジング』のベインもちょっと混じってるかな。それと、頭陀袋に目と口の穴を開けたマスクが登場しますが、これは『バットマン・ビギンズ』のスケアクロウがモチーフで間違いないでしょう。

それに対してシヴァはバットマンということになりますが、「市民生活の非合法的な盗聴・監視」というグレイゾーンの職務を遂行する彼にはダークヒーローの匂いがします。ちょっとこじつけです。シヴァは『ダークナイト』におけるバットマンのように善悪の彼岸で葛藤したりしないし悪党でも迷わず殺しますが、「正義」それ自体に強烈な憤怒を帯びているようにも見えます。バットマンジョーカーが実はコインの裏表の存在同士だったように、シヴァとバイラヴドゥもやはりコインの裏表の存在だったんじゃないでしょうか。


SPYDER Telugu Trailer | Mahesh Babu | A R Murugadoss | SJ Suriya | Rakul Preet | Harris Jayaraj 

 

お化けが出てきて大わらわ!~映画『Golmaal Again』

■Golmaal Again (監督:ローヒト・シェッティ 2017年インド映画)

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「インド映画上映会」2回目、ヴィジャイの次はアジャイの登場です。そう、『Singham』(2011)、『Singham Returns』(2014)の暴れ者俳優アジャイ・デーヴガンの主演作です。監督は先の『Singham』『Singham Returns』の他『チェンナイ・エクスプレス~愛と勇気のヒーロー参上~』(2013)『勇者は再び巡り会う』(2015)を撮ったローヒト・シェッティー。いやーこの監督意外と好きなんですよ。共演は『Haider』 (2014) 『Jai Ho』(2014)『Drishyam』 (2015) のタッブー、そして最近IFFJで公開された『僕の可愛いビンドゥ』(2017)のパリニーティ・チョープラー。

さてこの『Golmaal Again』、『Golmaal: Fun Unlimited』(2006) 『Golmaal Returns』(2008) 『Golmaal 3』(2010)と続いた「Golmaalシリーズ」の4作目となります。でもシリーズの他の作品って観てないんですよ。観てない、というか1作目『Golmaal』にはチャレンジしてみたんですが、あまりにつまんなくて観るの止めちゃったんですけどね!作品の出来不出来ではなくオレの字幕読解能力が低くて面白さが伝わらなかったんだと思います。シリーズとはいえ連続性が無くこの作品だけ観ても問題ないでしょう。

映画はあたかもカーニバルを思わせるような派手派手しく実の所無意味すぎるオープニングで幕を開けます。しかしこの無意味な派手派手しさがひたすら素晴らしい!そして南インド映画もかくやと思わせるアクション・シーン!いやあ『ダバング』を思い出すわ(感涙)!この「Golmaalシリーズ」、実は「お馬鹿コメディ」なんですが、「これからとてつもなくお馬鹿なお話が始まるよー!」と宣言しているみたいな楽しさで一杯なんですね。いいよねお馬鹿コメディ!インドのお馬鹿コメディというと『Housefull』シリーズや『Masti』シリーズなんてェのがありますが、もうホント馬鹿で下らなくておまけにお下劣で、オレの品性にぴったりフィットした良作だらけですね!

お話はというとアジャイ扮するゴーパルを始めとする5人のチンピラが主役となります(ちなみにタイトル『Golmaal』はこの5人の頭文字「Go(ゴーパル)」「L(ラッキー)」「Ma(マーダヴ)」「L(ラクシュマン1、2)」を繋げたものなのだとか)。で、彼らはそれぞれ孤児で、かつて生活していた孤児院に再び戻ってくるんですね。しかしその孤児院には幽霊が出現し、お化け嫌いのゴパールは大パニック!それと同時に孤児院には地上げ話が持ち上がっており、実は幽霊はそれに関わっているらしいのです。

「幽霊+お馬鹿コメディ」というと『Great Grand Masti』(2016)というとてつもなくお下劣なお馬鹿映画がありましたが、あちらが下ネタ中心ならこちらの『Golmaal Again』はもっとドリフ的なシンプルで分かり易いドタバタが展開しており、老若男女楽しめるセンスを持っていました。滅法喧嘩に強い強面男アジャイ・デーヴガンが「お化けコワイ!」と身も世もなく大騒ぎする様がとても可笑しくて、もうこの設定だけで成功したようなもの。というかアジャイさん、あんたの三白眼も十分怖いよ!

物語はこんなドタバタだけではなく、地上げにまつわる悪い奴らが背後に蠢いおり、単なるコメディで終わっていない部分が作品に膨らみを持たせているんですね。そしてこの「悪い奴」のナンバーワンを演じるのがなんとプラカーシュ・ラージ!そりゃまあ沢山の作品でワルモノ演じる彼ですけど、オレにとっては『ダバング』の大悪党でキマリです!オレこの人が悪党で出て来るだけで嬉しくなるもんなあ。実はそんなプラカーシュさんのダンスシーンもあってこれがまた見もの!その他作品には書き切れないぐらいのインド映画名脇役が登場するのでお得感満載ですね!

そしてタッブーとパリニーティ・チョープラーの出演もまた嬉しかったですね。タッブーは役割柄、堅い表情ばかりでしたが、それでもその存在感は与太者総出演の作品をピリッと引き締めていたように思います。そしてパリニーティ・チョープラー、この間『ビンドゥ』観たばかりなのにこんなに早く彼女に会えるなんて嬉しさもひとしおです。彼女の気の置けないキュートさもまた作品を大いに和やかにしていました。あーこの子もっとブレイクしてほしいなあ。

さてそんなお馬鹿コメディ『Golmaal Again』ですが、どうせお馬鹿映画なんだしと思って相当ダラーーンとしながら観ていた(あまりにもダラーーンとしすぎて字幕もろくに読んでいなかった)んですが、意外や意外!後半からの畳み掛けるような怒涛のストーリー展開がハートを鷲掴みです!併せてVFXにも結構力が入っており「お馬鹿」ではあっても決して安っぽい出来ではないのですよ。この作品は「今年のインド・コメディの試金石になる」みたいなことをポポッポーさんもおっしゃってましたが、大ヒットしてこれからのボリウッド大コメディ時代へと繋がればいいなあ、と一人のお馬鹿映画ファンとして思いましたよ。


GOLMAAL Again 2017 | Official Trailer 4 | Ajay Devgn | Arshad Warsi | Rohit Shetty Bollywood HD

南インドの祝祭空間~映画『Mersal』

Mersal (監督 : アトリー 2017年インド映画) 

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最近行った「インド映画上映会」で観た映画の感想を今日から3回に渡って更新します。これはSpacebox Japanさんのところでシネコン等を借り切って企画上映している最新インド映画上映会の事で、ほぼ在日インド人向け、英語字幕のみの上映会になります。

まず一作目はタミル語映画『Mersal』。"タミル語映画"というのは大雑把に非ボリウッド南インド映画だと思ってください。

まずこの『Mersal』、南インドではカリスマ的な人気を誇るヴィジャイという俳優が主役です。南インド映画は全く不案内なオレですが、「もんの凄いカリスマ人気俳優」ということはビンビンに伝わってきます。なにしろTwitterで「『Mersal』観に行く」とツイートしただけで、どうやって知ったのか南インド系らしき方々から膨大なファボを貰ったぐらいだからです。このとんでもないファボ数からだけでも現地におけるヴィジャイの熱狂的な人気を伺い知れるというものです。

この『Mersal』はそのヴィジャイが一人3役を演じるという、もう映画のどこをどう切ってもビジェイビジェイビジェイとビジェイしか出ていない金太郎飴の塊みたいな作品なんですね!もうみんなカリスマスター・ヴィジャイ見た過ぎてたまんないんだと思います!ヴィジャイが演じるのはマジシャンと医者と村のレスラーですが、何故同じ顔なのかはインド映画なんで察してください。いわゆるダブルロールものの変形です。映画は時間軸を行き来しながらある「謎の男」とその男の「復讐の物語」を語ってゆきます。

で、なにしろ映画全体の熱量がモノ凄い。極彩色に彩られた歌と踊りのシーンの艶やかさ、ARラフマーンの伸びやかな音楽はもとより、登場人物たち誰もが激しい熱情を画面に叩き付け、全篇がどこまでもビビッドな表現で埋め尽くされているんです。これはもう映画を飛び越え一つの【祝祭】です。それはヴィジャイという一人のカリスマをひたすら崇拝する【祝祭】であり、南インド人であることの【誇り】を高らかに歌い上げる【祝祭】なのでしょう。

物語それ自体は南インド映画の王道的なモチーフで埋め尽くされています。それは「無敵のカリスマヒーロー!」「極悪非道の敵!」「スーパーバイオレンス!」「エグい残酷シーン!」「祝祭!」「復讐!」「無償の愛!」そして「社会正義!」といったものです。南インド映画に全く不案内なのにもかかわらず「王道的」と思えてしまうのは、かのラジニカーント映画やこれまで観た数少ない南インド映画もそんなモチーフで構成されているものが多かったからです。その程度の少ないサンプルから同じモチーフを特定できるのもやはりパターン化しているからなのかなと思うんです。

もちろんこれは「王道的」なのであってそうじゃない南インド映画も沢山あるのでしょう。どちらにしろ、一見様々な工夫を凝らしているように見えながら物語の流れそれ自体は既視感が強いんです。しかしだからこそ安心して観られるのでしょう。なぜならこれは【祝祭】であることが主たる映画であり、そして【祝祭】は誰もが知るように執り行われなければならないからです。同時にその【祝祭】は天にも届くほど高らかに執り行わなければなりません。映画を観ている間中終始、心と体を貫くように感じた高揚感は、この作品が非常に優れた祝祭空間を構築した作品であることの証なのだと思えました。南インド映画はやっぱスゲエなあ。


Mersal - Official Tamil Teaser | Vijay | A R Rahman | Atlee

『ミスター・メルセデス』続編となるキングのミステリー長編『ファインダーズ・キーパーズ』

■ファインダーズ・キーパーズ(上)(下)/スティーヴン・キング

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少年ピートが川岸で掘り出したのは札束と革張りのノートが詰まったトランクだった。父が暴走車によって障害を負ったピートの家では、毎晩のように両親がお金をめぐって喧嘩をしていた。このお金があれば、両親も、そして妹も幸せになれるに違いない。ピートはお金を小分けにして、匿名で自宅に郵送しはじめた……  そのカネは強盗モリスが奪ったものだった。アメリカ文学の傑作とされる小説を発表後、筆を断って隠棲する作家ロススティーン。その家を襲い、カネとノートを奪ったのだ。モリスにとって大事なのはカネだけではない。膨大な数のノート。そこには巨匠の未発表の文章が記されている。ロススティーンの小説に執着するモリスにとって、そのノートこそが何ものにも代えられない価値を持っているのだ……  強盗と少年、徐々に近づいてゆく二人の軌跡が交差するとき何が起こるのか? スティーヴン・キングがミステリーに挑んだ傑作『ミスター・メルセデス』続編登場。幻の小説に執着する犯罪者の魔手から、退職刑事ホッジズと仲間たちは家族思いの少年ピートを守ることができるのか?

S・キングの新作長編『ファインダーズ・キーパーズ』は日本では去年発売された『ミスター・メルセデス』の続編になるのだという。『ミスター・メルセデス』は「キング初のミステリー」という触れ込みだったが、そんなわけでこの『ファインダーズ・キーパーズ』もミステリ作品となる。

前作との繋がりは前作と同じく私立探偵ビル・ホッジズとその仲間たちが登場し事件を解決する部分と、前作における"ミスター・メルセデス事件"がこの作品で起こる事件と微妙に関連性を持つという部分だ。また、物語構成においては前作では物語の中心的な存在であったビル・ホッジズが今回ではあくまで探偵という裏方に回り、その分今作の事件に関わる者同士の確執が中心として描かれることになる。

とまあ、そんな『ファインダーズ・キーパーズ』だが、はっきり言って、つまらなかった。ちょっと怒って表現すると、「愚作」だった。実のところ、前作『ミスター・メルセデス』も、相当につまらない作品で、オレは「これはダメなほうのキングだな」と思ったのだが、こうして見ると、「キングのミステリはそもそもつまらない」ということになってしまうかもしれない。そしてどうつまらなかったかというと、これが『ミスター・メルセデス』と全く同じ理由でつまらなかった。

 『ミスター・メルセデス』の感想と全く重複するが、なにしろ「登場人物にまるで魅力が無かった」。「ミステリとして稚拙でうんざりさせられた」。「物語の登場人物ってぇのが退職警官も殺人鬼も含め誰も彼もが愚鈍」。「ミステリなのにもかかわらず、「切れ味のいい所」が全く無い人物像ばかり」。私立探偵ビル・ホッジズとその仲間たちは前作ではまだそれぞれのドラマを背負っていたが、今作では誰も彼もが存在感が薄く探偵稼業に冴えた部分が皆無でそもそも事件に何か役に立ったのかさえ覚束ない。

殺人鬼に至っては前作が「不幸な人生へのルサンチマンに癇癪起こしているだけのマザコン野郎」だったのが、今作では「小説に入れ込み過ぎて作家をぶっ殺してしまう幼稚なこじらせ厨二野郎」というなんともうんざりさせられるキャラだった。要するに単なる薄馬鹿で、黒光りするようなデモーニッシュさや狂気や殺人鬼ならではのカリスマ性が鼻毛の太さ程も無いのである。これでは少しも盛り上がらない。 

 なんといっても解せないのは物語の大元となる天才作家ロススティーンが引退後なぜ書き溜めた小説を発表しなかったかだ。ロススティーンは著作『ランナー』シリーズ3部作でアメリカ文学界に巨大な足跡を残すことになったそうだが、引退後その続編を書きながら発表していなかったという。そして発表していなかったばかりに狂信的ファンであるモリスに強盗に入られ命まで落とすことになる。物語ではそこで奪われた"続編"は相当な完成度だったという。

そこまで完成した作品をなぜ死蔵していたのか。この辺の説明がまるでない。作家の習性などオレには分からないが、成功した作家が精魂掛けて書き上げ、さらに決して不出来ではなかった作品を発表しないなんてことがありえるのだろうか。さらに言ってしまえばそこまで素晴らしい文学作品を書きあげた男が物語の中では実につまらない、年老いた下卑た男でしかない。素晴らしい作品を書く文学作家が誰もが崇高であるとは思わないが、少なくとももう少し知的であってもいい筈ではないか。結局、このとっかかり部分がオレにとって説得力皆無だったせいで、『ランナー』シリーズにとりつかれた狂信的ファンの凶行という物語が最後までずっと白々しかった。

とまあ、徹頭徹尾罵詈雑言しか思いつかない感想なのだが、この「私立探偵ビル・ホッジズ・シリーズ」は3部作になっており、つまりもう1作完結編が残されているという訳なのだ。ここまで文句だらけのシリーズなら第3部など読む気もしないものだが、しかし、なぜかこれが、とても楽しみなのだ。だってさ!?この『ファインダーズ・キーパーズ』のラスト!?あれはキタネエよなあ!?あれじゃあ絶対キング・ファンは「うわあああ続き読みてええええ!!!」ってなっちゃうよな!?なんだよ結局またキングの掌の上で転がされているのかよ!?だから次作も絶対読みますから早く出してください文藝春秋白石朗様!!!!