このあいだの4月1日はエレクトロ・ポップ・デュオ、ペット・ショップ・ボーイズ(PSB)の武道館公演を観に行った。会社帰りに行くのもかったるかったので、この日は有給を取り、余裕を持って臨むことにした。
実はオレはPSBデビュー時からのファンである。最初のアルバム『Please』が1985年発表という事だから、かれこれ30年以上ファンをやっていることになる。やはり大ヒットしたシングル『West End Girls』にやられた口だ。もともとシンセ・ポップやシンセ・ロックは好きだったので、この曲にもすぐはまった。
ただ、同工のバンドとPSBが微妙に違っていたのは、PSBの奏でるメロディが、非常に美しく、同時にメランコリックな翳りに満ちていたこと、そしてそのビートが、刹那的で、官能に溢れていたことだ。ああ、これはゲイの人の演奏する音楽なんだな、となんとなくピンときた。
PSBは、エレクトロ・ポップと呼ばれることが多いけれども、音と歌詞とイメージコントロールにおけるその批評性は、まぎれもなくロックの態度だった。軽くて甘く、明るくカラフルなだけのポップ・ミュージックでは全く無かった。そしてこれはPSBのファンになった決定的要素だけれども、実はPSBは、表面的なイメージとは裏腹に、暗くシリアスなものを抱えた音を出していた。そう、PSBは、オレにとって、【鬱音楽】だったのである。
当時20代そこそこだったオレは、その年代にありがちな、常に鬱々とした気分を抱えた人間だった。失望感やら孤独感やら空虚感やら、まあそんなことだ。あの時心療科に行ってたら、普通に鬱病診断してくれただろう。あの頃のそんなオレの気分に、ぴったりと寄り添うようにフィットしたのがPSBの音楽だった。あの頃、PSBの音楽を携帯音楽プレーヤーに入れていつも聴きながら街を歩いていた。ジグジグと痛む憂鬱な気分に彼らのメロディはよく沁みて、そのビートは痛みを忘れさせてくれた。そんな毎日を10年以上続けていた。まあ、やっぱり、いろいろ病んでいたんだと思う。
PSBが真に先鋭的なクリエティビティを発揮していたのはアルバム『Introspective』(1988)前後の頃までだろうと思う。デビュー・シングル『West End Girls』において「ウェストエンドはこの世の果て」と呪詛にも似た歌詞を吐いたPSBはアルバム『Introspective』ラスト曲において「It's Alright」と祈るように歌い上げる。ここでPSBはミュージック・アーチストとしての役割を一巡し、その才能を見事に昇華してみせたのだ。続く『Behaviour』(1990)はその余韻で作られた穏やかなアルバムで、次の『Very』(1993)はそれまで情念の底に溜まっていた毒を全て吐き出すためのアルバムだった。その後もPSBはアルバムを出し続けヒットシングルも連発したが、かつての自分たちの鋳型で量産品を作っているかのように鮮烈さと精度には欠けていた。だからオレも、ニューアルバムが出たらとりあえず購入してはいたものの、以前の様な求心力は感じられず、いわば「ファンの惰性」として消費していただけだった。
そんな惰性のファンとして、今回のPSB来日は、実の所とりたてて盛り上がる、といったものでもなかった。音楽的興味は別ジャンルに移っていたし、PSBのアルバムや曲を日頃聴くことも無くなっていた。ただ、あれだよ、懐かしかったんだよ。昔付き合っていた女の子が今どうしているのかな、とふと思い出しちゃうようなものだ。それとさ。オレはかつての病んでいた日々に、PSBと今再び対峙することで、引導を渡したかったんだよ。
というわけでやっとコンサートの話だ。4月1日、日本武道館、18時開場、19時開演。「The Super Tour」と名付けられたこのコンサートは、2016年から25か国90ステージを廻ってきたツアーの大団円となるものなのらしい。オレは開場と同時に入場し、武道館1階の硬くて狭い席で持っていた本を読みながら開演を待っていた。会場は満席。いつもPSBのファンってどういう人たちなんだろうなあ?と思っていたのだけれど、会場に訪れたのは、どれもごく普通な感じの人ばかりだった。変に尖がったりファッショナブルだったりした人はいないということだ。年齢は高めの人が多かったが、若い人も来ていた。会社帰りらしいスーツ姿の男性サラリーマンが一人で来ている姿を結構見かけた。
19時にきちんと開演。細かい内容は書かないけれど、ヒット曲をきっちり網羅しコンサートのツボをきちんとついたそつのない内容だった。セットリストなんかはこちらで参照して欲しい。プロジェクターやレーザーを使ったシンプルな演出ながら、幻想的な映像の美しさで魅了させるコンサートだった。曲はほとんどダンス仕様で、武道館がクラブと化していたよ。『West End Girls』や『Domino Dancing』では会場のみんなで合唱した。『Home & Dry』で来場者みんながスマホライトをペンライト代わりにして振っていた時なんかは、武道館がまるで星の海になったようにすら見えた。これは本当に凄い光景だったよ。楽しかったし、踊れたし、オレも一緒に歌ったよ。56歳になったって外タレのコンサートで歌って踊るんだよ。「イェーイ!」なんて叫んじゃうんだよ。なんかざまあみろって感じだよ。何にざまあみろだか分かんないけど。
アンコールは3曲、1回やってきっちり終わり。こういう所はクールでドライな連中なんだよPSBは。充実したコンサートだったが、同時に破綻の無い、職人の伝統工芸を見せられているようなコンサートでもあった。ロック・コンサートみたいに熱狂したりはっちゃけたりしないんだ。やつらも年だし、枯れてるんだよ。遅くまで働くと疲れるんだよ。
病んでいた日々に引導を渡すつもりで来たこのコンサートでオレは何を見たのだろう。それは、ああ、あれはみんな昔の話だったんだな、っていうことだった。もうみんな終わったことだ。あの時のオレはもういなくて、今のまったり草臥れたオレがいるだけだ。PSBの連中と同じようにオレも年を取ったんだ。そろそろ体もキツイし頭も鈍ってきたが、でも昔みたいに気持ちが辛くなることはない。そしてまだ歌うことも踊ることもできる。だから、それでいいじゃないか。
コンサートが終わって武道館を出ると外は雨。でも心配していたほど寒くない。だってもう世間は4月だ。それにたっぷり音楽を聴いた熱量がまだ身体に残っている。しばらくコンサートなんてものには行ってなかったが、久しぶりのこの体験はなかなか換え難いものだった。ただやはり、混雑と移動は疲れるけどな!そんなPSBコンサートであった。
(コンサート会場はスマホ撮影OKだったので撮った写真)
(武道館に行く道すがら撮った皇居のお堀に咲く桜)
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