ちょっと不思議な老人音楽映画『グランドフィナーレ』

■グランドフィナーレ (監督:パオロ・ソレンティーノ 2015年イタリア/フランス/スイス/イギリス映画)

■老人音楽映画

「老人映画」とオレが勝手に名付けているジャンルがある。その名の通り老人が主人公であり、老い先短い自らの人生を振り返ったり振り返らなかったり、どうせもう死ぬんだからと無茶しちゃったりしなかったり、若い者になにかを残したり残さなかったり、とまあそんな映画である。クリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』あたりが一番有名かな?あと自分の観た中では『人生に乾杯!』、『ホルテンさんのはじめての冒険』、『百歳の華麗なる冒険』、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』なんてェのもあった。
さらにそれに「音楽」を加えた「老人音楽映画」というのもある。『カルテット! 人生のオペラハウス』、『アンコール!!』あたりがそれに当たるだろうか。人生の掉尾を音楽でもって高らかに飾ってゆく、というものだ。やはり人生のラストはクラシック交響曲で美しく勇壮に盛り上げたい、というのはわからないでもない。演歌はしみったれてるしシャンソンは情緒過多だ。SF映画『ソイレント・グリーン』で登場人物の老人が死ぬときみたいにヴィヴァルディの『四季』あたりが流れる最期の時なんてなかなかに素敵じゃないか。まあオレの人生の場合オッフェンバックの『天国と地獄』序曲第3部が流れそうな気がするが。
こんな風に並べているのは、自分が「老人映画」というものが結構好きだからである。なぜならオレ自身が老人に限りなく近い年齢だからである。50過ぎだとまだ老人とは呼ばないだろうが、若者では決してないし中年もとっくに過ぎている気がする。壮年や熟年という言葉もあるが自分をそう呼ぶのはなんだかおこがましい。だったらもう自分は老人でいいや、と思うのである。それにもう若ぶりたくもないし若くも思われたくない。自分を老人と呼ぶことで、真の老人になるための心構えをしたいのである。その為の「老人映画」鑑賞なのである。

■全体を覆う奇妙なシュールさ

そんなオレが今回観た映画が『グランドフィナーレ』だ。「アルプスの高級ホテルを舞台に、老境のイギリス人作曲家の再生を描いたドラマ」なのらしい。おお、見事に「老人音楽映画」じゃないか。きっとクライマックスは名作『オーケストラ!』みたいな泣かせまくりの音楽人情話として大いに盛り上げてくれるんじゃないのか。オレはそんなことを期待しながら劇場に足を運んだのである。
物語の舞台はスイス・アルプスを見上げる風光明媚な高級ホテルである。そこには世界に数パーセントしかいないリッチなセレブがゴンズイ玉のようにひしめきあってるのである。主人公は引退した作曲家で指揮者のフレッド(マイケル・ケイン)。彼は娘のレナ(レイチェル・ワイズ)、友人で映画監督のミック(ハーヴェイ・カイテル)と共にここに滞在していた。そんなある日、イギリス女王から出演依頼が舞い込むのだけれども、フレッドは頑なに拒み続けた。そこには、フレッドと妻に関わるある秘密が隠されていた・・・というもの。
こうして物語のあらましだけ書いてみると、最初期待していたような「老人音楽人情話」みたいなんだが、しかし観ていると、どうもその手の類のものではないことが分かってくる。この映画、ちょっと一筋縄ではないのだ。確かに自分の人生にこだわり続ける老人は出てくるし、結構な頻度で様々な音楽が流れて楽しませてくれる。しかし人情や哀歓というよりはどことなく醒めてるし、所々シニカルだし、ゴージャスなはずのホテルやその宿泊客はなんだか無機的に描かれる。一番の特徴は全体を覆う奇妙なシュールさで、時折はっとさせるような超現実的なシークエンスが挟まれる。監督のパオロ・ソレンティーノは「フェリーニに継ぐ21世紀の映像魔術師」なんて言われ方をされているらしいが、オレ的にはオモチャっぽくないウェス・アンダーソンみたいだな、と感じた。

■老人の矜持

そしてやはり、ヨーロッパ映画のせいなのか、ニヒリスティックな物語でもある。「老人だって頑張れる!」とか「老人だからこそ輝ける!」とか「人生の最後を華々しく飾る!」という、「人生賛歌」みたいな話ではないのだ。人はだれしも老人になるけれども、やはりそれは疎ましく、物悲しく、そしてどうしようもない虚無と向き合うというものなのだ、というのがこの物語なのだろうと思う。年老いることなんか決して美しくない、単に醜くなるだけのことなんだ、というのはクライマックスに登場する老獪と化したかつての美人女優ブレンダ・モレル(ジェーン・フォンダ)の姿に集約される。しかし、この汚いババア役の汚いババアのジェーン・フォンダがなにしろ、堂々としていて、物凄くプライドに溢れているんだ。
それでオレが思ったのはさ、老人になっても別に頑張らなくとも若ぶらなくてもいいからさ、小汚かろうが加齢臭ぶんまいて臭かろうが、自分の人生と今の自分にプライド持つってことなのかな、ってことなんだよ。体も気力も見てくれもどんどん衰えて、自分の人生に待ってるのは自分の葬式だけって歳になってさ、でもここまで生きてきたプライドだけは持っていようぜ、とまあ、そんな映画だったんじゃないのかな、なんてオレなりに思ったんだよ。