最近ダラ観した韓国映画あれこれ

声 姿なき犯罪者 (監督:キム・ソン/キム・ゴク 2021年韓国映画

妻と仲間を不幸のどん底に堕とした振り込み詐欺組織を叩き潰すため一人の男が立ち上がる!韓国映画『声/姿なき犯罪者』は韓国でも社会問題となっている振り込み詐欺の大規模で狡猾極まりない実態を浮き彫りにしつつ、「怒らせた奴は元敏腕捜査官」という無双カードをぶち込んで緊張感溢れる巨悪殲滅作戦を描いた興奮作だ。映画の振り込み詐欺手口がなにしろ凄い。ターゲット近親者の周辺にジャマーかけ、連絡が取れないようにしてからターゲットに詐欺電話を掛けたり、詐欺電話班がチームを組み別々の嘘の役割を演じた電話を掛けたりと何しろ手が込んでいる。それが1室に150人も集められた詐欺電話班によって複数ターゲットに同時多発的に行われているのだ。そこで騙し取った金は数十億、もはや一つの産業みたいなものになっている。物語的には正体を隠し詐欺グループ本拠地に潜り込んだ主人公の諜報と活劇が描かれ、映画的な強引さはあるものの、題材の今日性が面白さを醸しだす作品だった。

奈落のマイホーム (監督:キム・ジフン 2021年韓国映画

マンションが住民ごと陥没孔(シンクホール)に飲み込まれ500m下の地底に落下?!という韓国パニック・コメディ映画『奈落のマイホーム』がメッチャ面白かった!庶民的過ぎる登場人物のドタバタと脱出不可能の絶望感と次々に起こる予想外のアクシデントと感動のラスト、綿密で天才過ぎるシナリオの妙に舌を巻いたよ!マンション1戸だけ、その場にいた住民10人未満の「小規模なカタストロフ」というサイズ感が絶妙過ぎて、でも例え小規模でも当事者にとっては世界の終わりと等しく、いわば地味派手な設定が人間ドラマを濃くしているんだ。最初はどうにも食えない男が最後に大活躍するという展開もニヤリとさせられた。いやホント物語展開が軽快でシナリオがとんでもなく練り込まれてて、やっぱり韓国映画は死角がないな!としみじみ思わされた快作だったよ!『悪いやつら』のキム・ソンギュン、『ハイヒールの男』のチャ・スンウォンが主演、『ザ・タワー 超高層ビル大火災』『第7工区』のキム・ジフンによる監督作。

人質 韓国トップスター誘拐事件 (監督:ピル・カムソン 2021年韓国映画

韓国トップ俳優が誘拐され、警察/犯人/被害者による熾烈な逃亡/追跡/攻防戦が展開する!というクライム・サスペンス。なにより『ただ悪より救いたまえ』『新しき世界』で知られる実際の韓国トップ俳優ファン・ジョンミンが本人役で登場し、拉致被害者を演じちゃう!という部分が生々しくて興味を引かれてしまう。ドラマの主軸となるのは警察の捜査や被害者の安否よりも、犯人側のサイコパスであったりキレ気味であったりするキャラや、その醜い仲たがいの様子で、この辺りのグダグダな人間関係が逆にリアルで面白かった。

荊棘の秘密 (監督:イ・ギョンミ 2015年韓国映画

夫の選挙中に娘が失踪し、その安否を確かめる為に死に物狂いで奔走する母の姿を描くサスペンス・スリラー。物語が進むにつれ思いも寄らぬ展開が続き、国会議員選挙中という状況、次第に明らかになる娘の隠された顔、次々と浮かび上がってくる娘の関係者がさらに事態を錯綜させてゆく。新たな証拠がまた別の謎を呼び、事実は絡み合い、そしてクライマックスに近づくにつれ最高に胸糞悪い真相が顔を覗かせるのだ。設定に多少の無理はあるにせよ、優れた(胸糞)ミステリー小説を読んでいるような秀逸な物語性を持っているので、こりゃ何か原作でもあるのかな?と思って調べたら脚本に『オールド・ボーイ』『お嬢さん』のパク・チャヌクが参加していることが分かり、なるほど!と頷いてしまった。そしてこの映画で何が一番不気味だったかって、ハンマーで生きている人間の肋骨を一本一本折ってゆくシーンですよ。頭おかしいですよ……。

またもやワイヤレスイヤホン購入

またもやワイヤレスイヤホン(以下Wイヤホン)を購入したわけだがそれは今まで使っていたWイヤホンの調子がおかしくなったからである。今まで使っていたWイヤホンとはJBLの「JBL Club Pro+ TWS」、購入が1年ほど前だった。

どう調子が悪くなったのかと言うと右側のWイヤホンが時々若干音が籠るようになってきたのだ。特に音量を上げると顕著となる。この不調はオレの使い方の悪さもあるような気がする。オレはWイヤホンを使用しながら寝てしまう癖があるのだが、その時たいてい右側が下になるので、あくまで憶測ではあるが、その度重なる圧迫が不調に繋がったのかもしれない。それで保証期間内ではあるが、元々音質に少々不満があり、もっと新しいWイヤホンを試したかったこともあったので買い替えることにした。

しかし、考えてしまったのだ。オレの使い方もあるのだろうが、2万円弱のWイヤホンが1年程度で不調になるとはなあ、と。それ以前に使用していたゼンハイザーモデルは2年程度で故障した。実はこれもオレの使い方が乱暴だったせいでの故障だった。

調べるとWイヤホンの寿命は2~3年だという。これは内臓バッテリーの劣化が理由とされている。有線イヤホンでもケーブルの断線でこのぐらいの寿命、もしくはもっと短かったりするからWイヤホンの寿命が短いということにはならないが、有線だとモノによってリケーブルという手があり、これだともっと寿命が長い。Wイヤホンを購入する以前に使用していた有線イヤホンはリケーブルを繰り返しながら結局8年使用した(その分コストも掛かったが)。

何が言いたいのかと言うと、結局Wイヤホンのコスパというのはどうなのだろう、ということだ。同じ価格なら有線イヤホンのほうが音質が良い製品が多いとは思うが、Wイヤホンの使い勝手の良さを考えると今更有線イヤホンに戻れない。しかしいくら高音質の製品でも寿命が3年足らずと言うなら、高音質に比例した高価格のWイヤホンを購入するのに二の足を踏んでしまう。まあ有償で保証期間を延ばし修理を繰り返しながら使うという手もあるのだが(SONY製品で有償で5年保証に延長というのを見たことがある)、どうもオレそういうの苦手なんだよな(そういう細かいことをしないからお金が貯まらない)。

例えば高音質のハイエンドWイヤホンというと、これは超高級品の存在を無視すればだいたい2万5千円~3万円前後ぐらいの価格からある。狙い目はSONYのWF-1000XM4、Apple AirPods(第3世代)、テクニクスEAH-AZ60-Kあたりか(でもオレAppleのオタマジャクシみたいなデザイン嫌いなんだよな)。

とはいえ、先ほど書いたコスパの面から考えると、オレのお財布事情からすると「2万5千円~3万円前後」というのは若干お高いんだよなー。そういった点から、今回もハイエンド機は止めてやはりミドルレンジ機にすることにしたのだ。いろいろ苦渋の選択なのである。という訳で今回購入したのはゼンハイザーのCX Plus True Wireless SE。以前もゼンハイザー機は使用していたので音質には不安はない。ただし前回はハイエンド寄りだったものを今回はミドルレンジにしたので、使用してみるとやはり音質の差は感じたが、ある程度妥協は必要なのである。

ただ、このゼンハイザー機を購入するときにSONYのLinkBuds S WF-LS900Nとどちらにするか散々悩んだので、今でもこのSONY機が気になってしょうがないんだよなー。う~んボーナス出たらこっちも購入して……いやだったらむしろ同じSONYのWF-1000XM4をエイヤッ!と買ってしまったほうが……と斯様に煩悩は果てしないのである。いやーWイヤホン、奥が深いというかキリが無い……。

 

最近聴いたエレクトロニック・ミュージック

Vegyn

Don't Follow Me Because I'm Lost Too!! / Vegyn

ロンドンを拠点に活動するDJ/プロデューサーvegyn。彼のニューアルバムは2015年から2021年までの間に製作された75曲ものローファイ・ヒップホップ・ビートを収めたものとなる。その音は力まず緩みすぎず、毎日のなにげない生活にさりげなくフィットして心地よい落ち着きをもたらしてくれる。いわゆる普段使いの音。こういったニュートラルな音って安心できていいよね。今回のオススメ。

 

Text While Driving If You Want To Meet God! / Vegyn

そのVegynが2019年にリリースした3rdアルバム。なんと1分程度の実験的なローファイ・ヒップホップ・ビートが71曲も収録されているが、どれも実に力が抜けていて心地いい。



Workshop 32 / Kassem Mosse

Workshop 32

ドイツのディープハウスプロデューサー、Kassem Mosseのニューアルバムは、ひたすらモコモコしたローファイハウス。あたかも10年間土に埋められていたマシンで作ったような、夜の鉄塔のてっぺんから微かに響く異音のような、ひどく古びて聞こえる電子音の響きが奇妙に心落ち着かさせる。



Syn-Ket Studien / Hainbach

Syn-Ket Studien

Syn-Ket Studien

  • Hainbach Editions
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ベルリンを拠点に活動する実験的電子音楽作曲家兼ビデオ・クリエーター、Hainbach。その彼がMoog登場以前の1963年にポーランドで開発された電子楽器Syn-Ketを使用して製作されたのがこのアルバムだ。このSyn-Ket、かつてはジョン・イートンやエンニオ・ モリコーネサウンドトラックで使用されたという経緯を持つが、現存するもので演奏可能な機器はこのアルバム使用のものただ1台という世界的なヴィンテージ・マシンなのだ。こうして製作されたアルバムは、電子音楽の本質をうかがい知ることの出来る非常にシンプルかつプリミティヴな電子音に満ち、エレクトリック・ミュージックを愛するものなら陶然として聴き入ってしまうであろう愉しさに満ちている。言うなれば「詫び錆び」なエレクトリック・ミュージック。



Animist /  Vril

ベルリンの老舗テクノレーベルDelsin RecordsからリリースされたVrilの3rdアルバム。これだよこういうのが聴きたかったんだよと思わせる安定のテクノトランス。

 

EVEN MORE D4TA / Moderat

EVEN MORE D4TA

EVEN MORE D4TA

  • Monkeytown Records
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ModeselektorとApparatによるユニットModeratが2022年にリリースしたアルバム「More D4TA」のリミックスアルバム。よりダークになったD4TA。

 

Royal Wavetable Mellodies & Old TDKs / Brainwaltzera

匿名アーチストBrainwaltzeraによるシングル。不穏かつ神秘的なメロディ、金属的で緩やかなビート、内面に静かに沈んでゆくような音の数々。

 

インド映画ファンタジ―アクション巨編『ブラフマーストラ』を観た

ブラフマーストラ (監督:アーヤン・ムケルジー 2022年インド映画)

インド・ムンバイに暮らす平凡な青年が、世界を破滅に導く神々の力を巡る戦いに巻き込まれてしまうというファンタジー・アクション映画です。原題は『Brahmastra Part One: Shiva』、「アストラバース」と呼ばれるサイキック・アクション・シリーズ3部作の1作目として製作されていますが、この1作だけでも一応完結しているので観るのに支障はないでしょう。

主演は『バルフィ!人生に唄えば』『SANJU/サンジュ』のランビール・カプール、『RRR』『ガリ―ボーイ』のアーリヤー・パット、「ボリウッド映画界の帝王」と呼ばれる大ベテラン俳優アミターブ・バッチャン。共演にヒンディーTV界で活躍するモウ二―・ロイ、テルグ映画界からアニーシュ・シェッティ。また、カメオ出演として「ボリウッド映画界のキング」ことシャー・ルク・カーン、『パドマーワト/女神の誕生』『トリプルX:再起動』のディーピカー・パードゥコーン(でも顔出ししていないので本当に出ているかどうかが謎)。監督・脚本は『若さは向こう見ず』のアヤーン・ムカルジー

【物語】ムンバイで暮らす天涯孤独の青年シヴァは、見知らぬ科学者が何者かに襲われる場面を幻視する。その理由を調べはじめた彼は、古代ヴェーダの時代から秘密裏に受け継がれてきた神々の武器「アストラ」と、その中でも最強といわれる「ブラフマーストラ」の存在を知る。ブラフマーストラが目覚めれば、世界は地獄と化すという。そしてシヴァは、それらの武器を守護する役割を務めてきた人物の息子であり、偉大なる火の力を宿す救世主だった。

ブラフマーストラ : 作品情報 - 映画.com

インドのファンタジー/SF作品というのはありそうであまりなく、純然たるファンタジーであれば『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター』、『バーフバリ』シリーズや『マガディーラ 勇者転生』あたりも歴史ファンタジーと言えなくもありません。SFと言えば『ロボット』シリーズ、『ラ・ワン』、『クリッシュ』シリーズなどがあり、テルグ・タミル映画にも多少SF作品が確認できますが、全体的な作品比率はやはり少ないのではないでしょうか。にもかかわらずインド国内ではハリウッドヒーロー映画などはヒットを飛ばしており、インド観客が決してSF/ファンタジー映画嫌いという訳でもなさそうなんですよ。オレがインド映画をよく観ていた頃はそれがちょっと不思議に感じていたんですが、この辺りインド自体が悠久の歴史というファンタジーの中に生きているからなのかなあ、なんてちょっと思ったりしていました。

そんな中この『ブラフマーストラ』はインド神話に基づいたファンタジー作であると同時に、サイキックパワーを操る者同士が火花を散らすMCU映画的なヒーローSF作品として完成しています。そういった部分で実はインド映画的に結構画期的な作品で、これはインド映画界におけるCGIVFX技術が相当に発達し、なおかつこなれてきたこと、同時にこういった技術が以前よりも安価で簡便に使用できるようになってきたということの表れなのかもしれません。特に後半の、これでもか!とばかりにド派手に炸裂する特撮バトル映像は、ハリウッド作品に引けをとらないどころか、まさしく同等と言っていい迫力に満ち溢れおり、今作の見所となっています。

とはいえドラマそれ自体は、特にロマンスパートがキラキラなお花畑展開でちょっとたじろいでしまいました。しかし考えてみれば監督の前作『若さは向こう見ず』もキラキラ青春ムービーだった事を考えると、ちょっと油断していたかもしれません。物語はこのキラキラロマンスパートを軸に「至高の愛」をテーマとして進行してゆくので、アクションファンタジー作だと思って観ているとちょっと面食らわされますが、キラキラのロマンス描写とビガビガのサイキックパワーが相乗効果を生みながら画面に踊る様子はそれはそれで観ていて賑やかで楽しいです。

インド神話を基にしたファンタジー展開は、パワーストーン!サイキックアイテム!古代の伝説!勇者の覚醒!といった定番的な構成で、ある種コミック的ではありますが、それ自体はそれほど悪くはありません。言ってしまえばMCU映画『シャン・チー』だって全く同じ構成で仕上がっている作品だったりするんです。話は逸れますが、『アベンジャーズ』『X-MEN』と比べられる本作ですが、個人的にはどちらかと言えば『エターナルズ』に近い感触を持ちましたね。ただどうも、監督アヤーン・ムカルジーの「ぼくのかんがえたさいきょうのファンタジーヒーロー」の域を出ていない設定は、今一つ詰めが甘く、見劣りして感じる部分が無きにしも非ずで、ラストバトルは迫力満点ではありますが、年寄りのオレはちょっと胃もたれを起こしました。

もう一つ決定的にノレなかった部分は、主人公を演じるランビール・カプールに魅力が乏しかったことです。正直、あのルックスはヒーロームービー向けじゃないよなあ。ロマンスムービーならいいのかというとそうでもないんだけどな。ただし主演陣という事であればアミターブ・バッチャンは言うまでもなく、カメオ出演のシャー・ルク・カーンは文句なしの存在感だったし、アーリヤー・パットはアーリヤー・パット史上最高のキュートさでした。アニーシュ・シェッティはテルグ映画ならではのゴツさが魅力的だったし、最凶の敵を演じたモウ二―・ロイも十分に迫力ある演技を見せていました。

 

スタ二スワフ・レム初期作品集『火星からの来訪者』を読んだ

火星からの来訪者:知られざるレム初期作品集 (スタニスワフ・レム・コレクション) /スタニスワフ・レム (著)、沼野充義 (訳)、芝田文乃 (訳)、木原槙子 (訳)

火星からの来訪者: 知られざるレム初期作品集 (スタニスワフ・レム・コレクション)

第二次世界大戦でドイツが降伏した頃、アメリカのノースダコタ州サウスダコタ州の境に隕石らしきものが落下する。しかしそれはただの隕石ではなく、火星から飛来したロケットであった。その中に乗り込んでいた奇妙な「火星からの人」がニューヨーク郊外の研究所に運び込まれ、科学者や技師などからなるチームが極秘のうちに、この火星人とのコミュニケーションを試みるが……『金星応答なし』に5年ほど先立つ、レムの本当のデビュー作とも言うべき本格的SF中篇『火星からの来訪者』など、レムがまだ20歳代だった1940年代から1950年にかけて書かれた、いずれも本邦初訳となる初期作品を収録。

国書刊行会スタニスワフ・レム・コレクションの第10回配本はレムがSF作家として本格デビューする以前に書かれた幻の未訳作品集となる。ここに収録された作品は、レム自身が「習作レベル」と判断したものや、自らが望まない状況で書かれた作品だとして、永らく封印されていたものが殆どなのだ。とはいえ、1951年にSF長編『金星応答なし』で実質的なSF作家デビューする以前のレムが、それ以前にどのようなパッションを抱えて創作に挑んでいたのかを知ることの出来る貴重な作品集でもあるのだ。即ちここには、「原石」としてのレムが存在しているのだ。

この作品集には150ページを超えるSF中編「火星からの訪問者」、SF短編「異質」、非SF短編3作、さらになんと、レムが若かりし頃に書いた詩までが収録されている。それではそれぞれの作品を紹介してみよう。

「火星からの訪問者」は『金星応答なし』の5年前、1964年に書かれたレムの真のSFデビュー作となるが、レムがその完成度を気に入らずしばらくお蔵入りしていた中編だ。物語は火星から飛来したある「存在」を秘密裏に研究する研究者たちが遭遇する不可知の出来事を描くものだ。研究者たちは生物とも非生物ともつかぬその「存在」と意思疎通を試みるがあらゆる方法が失敗し、遂には「存在」による攻撃的な行動が始まるのである。これなどは『ソラリス』を始めとするレムの「不可能なファーストコンタクト」を描いた名作作品群の胎芽ともいえる作品だろう。物語運びに粗削りな部分があるが、レムがSF作家としてどのようなテーマを己に課したのか、どのような問題意識を持ってSFと対峙しようとしたのかが伺われる作品である。

「ラインハルト作戦」ナチス・ドイツ占領時代のポーランドを舞台に、ユダヤ人と間違われれ拘束されたポーランド人医師の恐怖を描く非SF作。これなどは実際に第2次大戦中にポーランド在住だったユダヤ人レムの恐怖をそのまま描いた作品と言えるかもしれない。

「ドクトル・チシニェツキの当直」産婦人科医ステファンの徒労に満ちた一日を描いた非SF作品だが、高い文学的リアリズムを感じさせはするが読み終わった後いったい何の物語だったんだ?と思わされるだろう。実はこの作品、スタ二スワフ・レム・コレクション第1期配本『主の変容病院・挑発』収録中編「主の変容病院」の続編的作品から抜粋された短編で、さらにこの「ドクトル・チシニェツキの当直」と「ラインハルト作戦」は、「主の変容病院」と同じく医師ステファンを主人公にした作品なのだ。「異質」永久機関を発見してしまった少年の物語。SF作品だと言ってしまっていいのだが、むしろ舞台となる第2次大戦最中のイギリス田園地帯の穏やかさと、それとは裏腹の迫りくる戦争の惨禍との対比が奇妙に心に残る物語だ。どのような知の発見、知の成果があろうと戦争はそれを根絶やしにしようとする、そういった悲哀と苦痛を感じた。

「青春詩集」という表題でまとめられたレムの12篇の詩からは、鋭敏な知性と哲学的な視点を持つレムが、同時にたおやかなまでのリリカルな感性を併せ持っていたことを窺い知ることができるだろう。

そして非SF短編ヒロシマの男」、これには慄然とさせられた。第2時大戦終局時に英国諜報部員だった男が広島原爆投下の凄惨な事実と直面するという物語だが、終戦後2年目となる1947年に、ポーランドの作家が原爆の惨禍を描いたという点に於いて特筆すべき作品なのだ。先鋭的なSF作家であったレムは、SF作家デビュー以前からそもそもが先鋭的な視点を持った作家だったと言えるのだ。そしてこの作品が、世界で最も最初に書かれた原爆文学の一つである事も重要な点だろう。もう一つ着目すべきなのは、原爆投下時の映像をまだ一般に見る事ができなかったであろう時代に、レムは自身の科学知識と想像力だけで原爆爆発とその破壊の情景を描き切っている点だ*1。未だSF作家でなかったレムの非SF作品にもかかわらず、ここにその後の彼の卓越したイマジネーションの根幹を見出せるのだ。

【目 次】

火星からの来訪者

ラインハルト作戦

異質

ヒロシマの男

ドクトル・チシニェツキの当直

青春詩集

解説 レムは最初からレムだった――最初期レムのSF、非SF小説、そして詩(沼野充義

 

*1:ただしあとがきによるとアメリカのジャーナリスト、ジョン・ハーシーによる1946年刊行のルポルタージュヒロシマ』をレムは参考にしていたらしい