筋肉男タイガー・シュロフが魔人の如く暴れ回るインド・アクション『シャウト・アウト』!

シャウト・アウト (監督:アフメド・カーン 2020年インド映画)

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剛腕!俊足!不死身の肉体!

シックスパックのニクイ奴!

怒髪天を衝く激情、魔人の如き戦闘!

もう奴を止められる者は誰もいない!

奴の名はタイガー・シュロフ!

久しぶりにインド映画を観たッ!!

いや~思いっきり久しぶりにインド映画を観てきました。タイトルは『シャウト・アウト』、 シネマート新宿/心斎橋で開催されている映画祭「のむらコレクション」の1作なんですね。そして!この『シャウト・アウト』、なんと今ボリウッドでナンバーワンのアクション・スター、映画『WAR ウォー!!』でお馴染みのタイガー・シュロフが主演する超絶アクション・ムービーなんですよ!しかも2020年ボリウッド興行成績第2位の大ヒット作!これは見逃せません!

主人公の名はロニー(タイガー・シュロフ)、滅法腕っぷしの強い彼は常に兄ヴィクラム(リテーシュ・デーシュムク)のピンチを救ってきました。警察官であるヴィクラムの陰となり悪漢どもを捻り潰す毎日でしたが、それがシリアで暗躍するテロリスト集団の怒りを買い、ヴィクラムはテロリストに誘拐されてしまいます!「大事なお兄ちゃんに手出しはさせない!」こうしてロニーは恋人シヤ(シュラッダー・カプール)と共にシリアに殴り込みをかけるのです!たった一人の軍隊の壮絶な戦いが今、始まる……ッ!!

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配役はタイガー君の他、インド映画界の大人気俳優リテーシュ・デーシュムク、『サーホー』『きっと、またあえる』のシュラッダー・カプール、さらにタイガー君の実のお父さんジャッキー・シュロフが、なんとお父さん役で主演しているんですね。監督はタイガー君主演映画『タイガー・バレット』のアフメド・カーンが務めます。

ちなみにこの『タイガー・バレット』の原題は『Baaghi2』、そして『シャウト・アウト』の原題は『Baaghi3』、つまり『Baaghi』シリーズの第3作がこの『シャウト・アウト』ということなんですね。とはいえタイガー君主演の大アクション作であるという以外物語的繋がりはありません。これまでの『Baaghi』シリーズは拙ブログの以下の記事を参考にされてください。

お兄ちゃん大好きっ子の超絶大戦闘!

物語は2部構成になっています。これ、たいがいのインド映画では途中でインターミッションが入るせいでもあるんですが、前半と後半でトーンを変えることによって異なった風味を楽しめるというわけなんですね(日本公開版はインターミッションがありません)。前半はタイガー君ことロニーと兄貴のヴィクラムとの兄弟愛、さらにロニーとヴィクラムの恋愛模様が描かれます。この前半は割とコミカルに緩く描かれるため、最初っから緊張感たっぷりのアクションを期待して観ちゃうと肩透かしを食らいますが、「インド映画はこういうもの」と割り切って観ると十分楽しめますよ!

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ロニーは殉職した警官である父の教えを守り、優しく気弱な兄ヴィクラムを常に身を盾にして守ります。まあロニーには朝飯前なんですが!ここでの物語は、警察官になったもののへっぴり腰の兄の職務を陰で助け、次から次へと悪漢を叩きのめし、その褒章を兄のものとするロニーの姿が描かれます。ロニーが警官になって悪党を倒したほうが早いじゃん?と思われるでしょうが、剛力警官が悪党をブチのめす映画はさんざん製作されているため、こういった変化球があったほうが新鮮なんですね。逆に、役割分担しながらあたかも二人羽織りのように敵を倒すシチュエーションが面白さを呼ぶんですよ。そしてそれが本作のテーマである「兄弟愛」を強調することとなるんですね。

ここで面白いと思ったのは、単純な暴力アクション作品と思わせながら、細かな行き違いや勘違いから笑いを生むシナリオの妙味でしょう。特に兄ヴィクラムの結婚騒ぎにまつわるヒロイン姉妹とのやり取りにそれがうかがえます。笑いの質は結構古臭いとはいえ、このベタさが安心感を生むんですね。こういったシナリオの在り方はインド映画では割と多く、インド映画のある種のインテリジェントすら感じさせます。そして!やっぱり歌と踊りですね!今作ではエンドロールも含め3つしか歌と踊りはありませんが、それでもとても心を浮きたててくれます!

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「ありえねー!?」アクション満載の怒涛の後半!

緩くコミカルな前半から一転、後半はヴィクラムが極悪テロリスト集団に拉致され、ここからロニーの怒涛の救出劇が始まるんです!いよー待ってました!ヤンヤヤンヤ!ここで登場するテロリストは例の「ISIL」を思わせる残虐極悪集団として登場します。舞台がシリアに移るというのはそういうことで、もう相当にキナ臭いんですね。しかーし!その相手がタイガー君ともなれば、もはや赤子の手を捻る様なものでしょう!

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そしてここからタイガー君の超絶なる異次元殺法が大爆発する!敵は極悪テロリスト軍団一個大隊!アサルトガンを連射する敵兵士の群れ!襲い掛かる軍用ヘリ編隊!迫りくる戦車軍団!銃弾と砲弾が飛び交い、爆裂と爆炎が全てを覆い、死と血と暴力が地獄の釜を開ける!それに対するタイガー君にあるのは鍛え上げられた肉体一つ!しかーし!軍用ヘリだろうが戦車だろうがタイガー君は次々となぎ倒してゆくんです!いやもう本当に粉砕してゆくんですから唖然呆然ですよ!

そこに重力は無くタイガー君の支配する物理法則があるだけ!その肉体は鋼鉄の硬さ、その拳は弾丸、そのパワーは人間発電所、その立ち姿はインドの鬼神!狼のように地を駆け!鷹のように宙を舞い!虎のように牙を剥く!そんなタイガー君に向かう所敵なし!人間の肉体の限界を遥かに超えたタイガー君のその戦いを目にする者は「ありえねー!!」と絶叫すること必至!もはや人智を超えたその戦いに、観る者は神々の姿を垣間見る事でしょう!これぞインド映画、これぞ至宝のインド映画展開!

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いやもう最高でしたね(馬鹿馬鹿しさも含めて)。こういったムリクリな展開を力技で押し通すのが本作の魅力であり醍醐味です。あまりにもやり過ぎなので、突っ込む気力を奪われ、逆に「これでアリなんじゃないか」と納得させられちゃうんですよ。その凄まじさとキメポーズのカッコよさはかの『バーフバリ』をも思い出させました。また、テロリストの戦いといった部分ではサルマーン・カーン主演作『Tiger Zinda Hai』に通じるものを感じましたが、『Tiger Zinda Hai』が銃撃戦メインであった部分をこの『シャウト・アウト』は肉弾戦で押し通しちゃう部分で驚かされるんですね。「四の五の言わずになんかスゴイ映画を観たい」という方には是非お勧めです!

あれこれ小ネタ

インド映画小ネタを幾つか見つけたので並べてみましょう。警官のお兄ちゃんが上司に賞賛されるシーンでは「映画スターのようだ!」と字幕が入りますが、実際のセリフは「君はダバングやスィンガムみたいだ!」と言っていたのが聴こえました。言うまでもなく『ダバング』や『スィンガム』はスーパー警官が主人公の大人気インド映画ですね。

タイガー君がチンピラと喧嘩するシーンでは「お前はヒーロー気取りか!」と警官にたしなめられます。実際のセリフでも「Heropanti(ヒーロー気取り)」と言っていますが、この「Heropanti(ヒーロー気取り)」とは実はタイガー君の初主演作のタイトルなんですね。

それと冒頭の映画館シーンで、映画を観た弟君が売店にポップコーンを買いに行くシーンがありますが、あれは映画が終わった後に買いに行ったのではなく、この記事の最初でも書きましたが「映画のインターミッション中」の時間に売店に行ったんですね。まだ後半があるわけなんです。だから「後半を観れば」というセリフがここで入るわけなんですよ。とはいえ、観ていた映画は若い頃のサルマーン・カーン主演作のようですが、何の映画かは分からなかったなあ。

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マヌルネコ切手シートを買った!

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毎度書いているがマヌルネコ好きのオレである。マヌルネコとは……という解説はもう省こう。簡単に説明すると「最古な猫だぜマヌルネコ」という事である。

マヌルネコ好きのオレは様々なグッズを購入してきた。これまで日記に書いたマヌルネコグッズをここで紹介しよう。

そんなマヌルネコ・コレクションに新たなアイテムが追加されたのである。その名は「マヌルネコ・フレーム切手」。なんとマヌルネコの切手が発売されたのである。「フレーム切手」というのは自分の好きな写真を郵便局に委託し切手を作ってもらえるサービスなのだ。そのサービスを那須どうぶつ王国が利用し製作されたのがこの「マヌルネコ・フレーム切手」というわけなのである。詳しいことは郵便局HPのこちらをご参考に。

というわけでオレは早速発売日に注文、そして届いたのがこちら!ドン!

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おお……これは間違えようのないマヌルネコ切手じゃないか。切手はシールになっており、一枚一枚剥がせるようになっている。もちろん使わないけどね!

少しアップにしてみよう。まずこれはタイトル部分で切手ではない。「まぬう…」とか「にゃんだって!?」とかいうセリフが可愛いじゃないか。当然だがマヌルネコは「まぬう」と鳴くわけではないがな!

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切手のアップその1。さまざまな表情のマヌが並んでいるぞ。どれも可愛い……そして小憎らしい……。

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切手のアップその2。こちらもマヌたちの神々しいお姿で一杯だ。愛嬌たっぷりであり、そしてふてぶてしいのだ。

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この切手シートには切手の他、カードと封筒が付いてくる。まあ封筒は普通のものだが、カードがまた可愛らしい。もうこれは永久保存版だよな……。

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ご購入はこちらで。

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フランスにイスラーム政権が誕生した近未来/ミシェル・ウエルベックの『服従』を読んだ

服従ミシェル・ウエルベック

服従 (河出文庫 ウ 6-3)

二〇二二年仏大統領選。極右・国民戦線マリーヌ・ル・ペンと、穏健イスラーム政党党首が決選に挑む。しかし各地の投票所でテロが発生。国全体に報道管制が敷かれ、パリ第三大学教員のぼくは、若く美しい恋人と別れてパリを後にする。テロと移民にあえぐ国家を舞台に個人と自由の果てを描き、世界の激動を予言する傑作長篇。

フランスにイスラーム政権が誕生した近未来

2015年に発表された『服従』はミシェル・ウエルベックの6番目の長編作品となる。そしてその物語は「フランスにイスラーム政権が誕生した近未来」を描くある種SF的なものだ。さらに刊行当日シャルリー・エブド襲撃事件が起き、かねてからイスラーム教に批判的だったウエルベックは警察の保護下に入ったといういわく付きの物語でもある。また、同年11月13日に発生したパリ同時多発テロ事件の背景を理解する上で貴重な視点を提供する作品と称されることとなった(以上Wikipedia記事から切り貼り)。

幾つかの点で非常に面白い作品だった。まずこの作品が素直に近未来SFとして読めること。ウエルベックはこれまで『素粒子』や『ある島の可能性』といった作品の中で「遠未来」「新人類」といったSFモチーフを持ち込んでおり、それ自体は珍しくはないのだが、厳密に見るなら「SFモチーフを持ち込むことで発生する寓話としての機能」を利用しているだけに思えたのだ。やはり基本は文学なのである。

ところがこの『服従』は歴史に「IF」を導入しそこで思考実験する実にSF作品らしい体裁を持っている。それは例えば第2次世界大戦において枢軸国が連合国を破った世界を描くP・K・ディックの『高い城の男』や、「宗教団体を母体に持つとある政党」が政権を握った近未来日本を描く筒井康隆の『堕地獄仏法』の問題提起の在り方とよく似ている。というか、『服従』はまさにフランスの『堕地獄仏法』ではないか。

フランスにおける「世俗性」という概念

そういったSF的思考実験が根本にあるにせよ、ではなぜフランスにイスラーム政権なのか、という部分を考えるとこれがまた面白い。ヨーロッパ各国におけるイスラーム教徒問題は大なり小なりあるのだろうが、ことフランスにおいてはさきのシャルリー・エブド襲撃事件に見られるように深刻化している。それはフランス憲章にも書かれる「ライシテ」、即ち「世俗性」が、フランス国家の強烈なアイデンティティーとなっているからだ。「世俗性」とは「いかなる宗教からも独立的であるとする概念」だが、それは現在のフランスの民主主義の在り方と深く関わっているのだ。

フランスは絶対王政の間、カトリックが強い権力を持っていて、民衆が革命を通じて国民主権とともに信教の自由も勝ち取ってきた。それだけにいかなる宗教からも独立的であること、つまりライシテが重視されているのだ。

フランスでぶつかり続ける2つの価値観 「表現の自由」と「イスラム教」 フランスではなぜ過激な表現が擁護されるのか

フランス国家の理念は「宗教からの独立」であり、そのためにはあらゆる闘争も辞さない。それゆえにイスラームによる分離主義(フランスに居住しながらフランスの政府や法律ではなく外部の考え方に従おうとする立場*1)と真っ向から対立する。そういった政治的背景がある中で「フランスにイスラーム政権が誕生した近未来」というのはあまりにあり得ないことであり、同時に途方もないことなのだ。この物語では、その「途方もない事」が大統領選における「(急進的な)ファシスト政権」と「(穏健な)イスラーム政権」の2択という究極の選択によって成立してしまうのである。このあたりのアクロバティックな「現実の捻じ伏せ方」はまさにSF話法に相応しい。

ヨーロッパの凋落

ではこの物語は「あり得ない、途方もない」ことのみを描くことが目的だったのか。そうではなく、このような国是とそれを生み出した歴史性を持ちながらも、それでもイスラーム政権誕生を可能にしてしまう、フランスという国家の弱体化、ひいては「ヨーロッパ世界の零落」そのものを描こうとしたのがこの物語ではないのか。

物語の主人公はユイスマンス研究に没頭する大学教授だが、知的ではあるが付和雷同型のノンポリであり、イスラーム政権誕生による大学のイスラーム化も多少厄介に感じながら一歩引いた眼で眺めている。ここでは例えばナチスドイツ誕生を許したヨーロッパ知識階級の弱体化を揶揄したものとも取れるし、またユイスマンスという19世紀末のデカダンキリスト教作家について言及することにより、ヨーロッパにおけるキリスト教宗教の弱体化・陳腐化をも臭わすのだ。こういった重層的な構成により、ウエルベックはまたしても「ヨーロッパの凋落」を描き出すのである。

ミシェル・ウエルベックの『セロトニン』を読んだ

セロトニンミシェル・ウエルベック

セロトニン

巨大化企業モンサントを退社し、農業関係の仕事に携わる46歳のフロランは、恋人の日本人女性ユズの秘密をきっかけに“蒸発者”となる。ヒッチコックのヒロインのような女優クレール、図抜けて敏捷な知性の持ち主ケイト、パリ日本文化会館でアートの仕事をするユズ、褐色の目で優しくぼくを見つめたカミーユ…過去に愛した女性の記憶と呪詛を交えて描かれる、現代社会の矛盾と絶望。

セロトニン】とは脳内の神経伝達物質のひとつである。生体リズム・神経内分泌・睡眠・体温調節などの生理機能と、気分障害統合失調症・薬物依存などの病態に関与しているほか、ドーパミンノルアドレナリンなどの感情的な情報をコントロールし、精神を安定させる働きがある。

2019年に刊行されたミシェル・ウエルベックの『セロトニン』は彼の8番目の長編小説であり、今のところの最新作である。

中年男フロランは交際中の女が性的に奔放過ぎることにうんざりし、さらに生きる事にもうんざりしていたので蒸発することにした。資産を十分に持ち食うに困ることのない彼はホテルで隠遁生活を始める。そんな中彼の胸に去来するのは、過去に愛し合った幾人かの女たちだった。彼は試みにその女たちに会おうとするが、手にするのは幻滅と辛い記憶だけだった。

最新長編『セロトニン』において、ウエルベックはこれまでのような過剰な性描写、性への渇望を描いていない。むしろ描かれるのは、過去に関係を持った女たちへのいじましいほどの未練であり、多分存在したのであろう愛の記憶であり、その愛を失ったことの惨めさである。今の人生が空っぽな人間が、幸福だった過去の記憶にすがり、その記憶を反芻することによってしか、生きることの苦痛から逃れられない。まあなんというか、憐れというか情けないというか、「終わってんなコイツ」というおっさんが主人公の物語である。

しかしウエルベック小説は、こうした個人的と思える懊悩を描きながら、それを社会と世界に投影させ、それ自体が時代性を映し出した心情として扱うことが上手い。この場合も、その懊悩が投影されるのは、繁栄の過去を持ちながら今まさに凋落してゆくヨーロッパの姿であり、そこに生きる者の心情である。例えばこの物語には、主人公の友人として元貴族階級の男が登場するが、彼は農民として活路を見出そうとしながら、政府の農業政策の失敗により絶望の淵に立たされている。彼のこういった立場や心情もまた、斜陽化したヨーロッパの姿が如実に反映されていると言えないか。

もう一つ、この『セロトニン』は「不能」についての物語でもある。それは肉体的な意味でもあり精神的な意味でもある。主人公は鬱病治療薬の副作用としてインポテンツを余儀なくされている。さらに彼は現実社会に対するコミットを全て放棄した男であり、それは社会的に「不能」であるということだ。ではその「不能」を描くことで導き出そうとしているのはなにか。それは「老いる」ということではないか。

「性的対象を奪取するための戦いとその不均衡」を描いた処女長編『闘争領域の拡大』を刊行した時、ウエルベックは30代半ばだった。まだまだスタミナに溢れホルモン分泌の盛んな30代白人男が己の性的欲求や性的ファンタジーと苦闘し怨嗟を上げるのは十分理解できる。「性的欲求との死闘」はウエルベックの一つのテーマですらあった。ところがこの『セロトニン』を執筆した時、彼は既に60代である。それはまあ、枯れてくるし、衰えてもくるだろう。それは「不能」に近いほどの減退かもしれない。もはや狩りをするように性的対象を求め歩く体力も気力もない。ただあるのは、愛に似た何かの記憶だけであり、それが今この手に残されていないことの寂しさと孤独である。

愛した者はすべて過去にしかおらず、今ここにあるのはただ老いてゆくだけの自己であり、未来に待つのは今と変わらぬ孤独と確実な死だ。そして自分は「不能」であり、喜びを得るためにできることは何一つない。こうしてウエルベックは、またもや寂寥たる生の荒野を描き出すのだ。

 

 

トンチキ忍者映画『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』は日本が舞台だよ!

G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ (監督:ロベルト・シュベンケ 2021年アメリカ・カナダ映画

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「あのG.I.ジョーが帰ってきたッ!?」という映画『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』が公開されるらしい。「そういやそんな映画あったなあ……」と記憶の隅っこを探ってみたオレであるが、「とてもつまらなかった」という記憶しかない。しかもG.I.ジョー映画化作品は『G.I.ジョー』とその続編『G.I.ジョー バック2リベンジ』の2作があったのらしい。「どんなだったっけ?」と自分のブログを探してみたが、2作とも観てはいるのだが内容を殆ど覚えていない。多分記憶に残らないほど退屈な映画だったのだろう。

※映画『G.I.ジョー』シリーズの過去記事

そんなに退屈だったG.I.ジョー映画新作をなんでまた観ようと思ったのかというと、なんとこの『漆黒のスネークアイズ』、物語の殆どが日本を舞台にしているというではないか。おお、臭う、これは大いに臭うぞ「変な日本」が連発されるトンチキ映画の臭いが!もとより「変な日本が出てくる映画」が大好きなオレは思い切って観に行くことにしたのだ。

《物語》日本の闇の組織からある男の命を救ったスネークアイズは、秘密忍者組織「嵐影」への入門を許可される。600年にわたり日本の平和を守ってきた嵐影だったが、悪の抜け忍組織と国際テロ集団「コブラ」の連合軍による攻撃にさらされ、危機に瀕していた。スネークアイズは嵐影の3つの試練を乗り越え真の忍者となり、世界を守るため戦う。

G.I.ジョー 漆黒のスネークアイズ : 作品情報 - 映画.com

とまあそんなわけだが、いやあ、想像通りトンチキ極まりない映画でしたね!「映画の中の変な日本」というと『ウルヴァリン SAMURAI』を真っ先に思い出すが、それに限らず大量の「変な日本描写映画」は製作されており、1冊本が出ているぐらいだ。

そんな中でもこの『漆黒のスネークアイズ』は、「2020年にハリウッド映画史上最大規模の日本ロケ撮影が東京、大阪、兵庫、茨城などで行われ、 世界遺産の姫路城や岸和田城など日本各地のロケーションが、『G.I.ジョー』の世界観に登場(公式HPより)』しており、その濃さは凡百の「変な日本描写映画」など足元にも及ばないほどだ。しかしな、『漆黒のスネークアイズ』の一番の魅力は、この「変な日本描写」にある!なにより、秘密忍者組織「嵐影」の皆さんが街はずれのデッカイお城に住んでいる、という段階で何もかもおかしい!どこが秘密忍者組織だよ!目立ちすぎだろ!でも嫌いじゃないぞこのトンチキさは!

とはいえ物語自体はさらに輪をかけてトンチキで、これはかなりいただけない部類に入る。シナリオがスッカスカの上にどこまでも迷走しているのだ。登場人物たちが何をしたいのかがさっぱり分からず、さらに何しに出てきたのかさっぱり分からない登場人物までいる。

まず主人公が忍者でもないのになんで訓練された忍者並みに強いのかが分からない。秘密忍者組織「嵐影」の御曹司はコワモテな割にすぐに拘束されるわ戦いに負けるわでこいつ大丈夫かと思ってしまう。くノ一女子はなんであそこまで心が揺れるのかが分からない。敵役の抜け忍男は単なるヤクザでいったいどこが忍者だったんだと思わせる。それとG.I.ジョーのエージェント女と敵役コブラのスパイ女、お前ら何しに出てきて何の役に立ったの?

悪の秘密結社コブラは「嵐影」の城に隠されたある強力アイテムを奪取するために暗躍するが、このアイテム、今まで何のためにあって何の役に立ってたの?アクションはパッと見派手なんだが、なんだか雑駁な「うわーっ!とやってる感」しかなくて、それよりもアクション間の「特殊戦隊モノ」的なキメポーズばかりにこだわってたのは、「G.I.ジョーはキメポーズが命!」という掟でもあったからなのだろうか。それとこの映画で一番強いのはどう考えてもイコ・ウワイス演じる忍者なのだが、全くうまく使えてない。

そんな『漆黒のスネークアイズ』だが、一番のハイライトは忍者組織の首領セン役の石田えりが和服で宙を舞う所だったな!(あとエンドクレジットの爆裂する日本語フォントはデザイナーの人が見たら気が狂うこと必至!)