第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作『ヴィンダウス・エンジン』を読んだ。

ヴィンダウス・エンジン/十三不塔

ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)

ヴィンダウス症――動かないもの一切が見えなくなる未知の疾患。韓国の青年、キム・テフンはこの難病から苦心の末に寛解状態へと持ち直したことで、中国・成都の四川生化学総合研究所から協力を要請される。それはヴィンダウス症の寛解者と都市機能AIを接続する未曾有の実験だった。様々な思惑が交錯する近未来の中国で、都市と人間をめぐる巨大な計画が動き出していく――第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。

 「ハヤカワSFコンテスト」には特に関心は無いし、十三不塔という作者の方もまるで知らなかったのだが、「第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作」と銘打たれたこの『ヴィンダウス・エンジン』はつい手に取ってしまう何かがあった。『ディファレンス・エンジン』を思わすタイトルもそうだが、「韓国人主人公、中国が舞台、主題となるのは謎の疾患と都市機能AI」という部分にたいそう興味を引かれたのだ。今日的で新しいテーマをきちんと把握されている。これはどんな物語なのだろう。

物語の発端となるのは「ヴィンダウス症」という謎の疾患だ。これは「動かないものが一切見えなくなる」ものなのらしい。主人公はこの難病に罹患していたがある方法により寛解する。ヴィンダウス症の稀有な寛解者として、主人公は中国の研究所から都市機能AIとの接続を要請される。しかしその背後には謎の集団が暗躍し、主人公に接触を図るのだ。

興味の尽きせぬSFテーマと豊富なSFガジェット、親しみやすく心憎いSF造語、エキセントリックな登場人物(ないしAI)、中盤からのサービス満点のアクション、壮大な規模へと収斂してゆくクライマックスなど、SFをよく知り読者を楽しませるポイントをきちんと押さえた作品であった。なによりよかったのは主人公の、こだわりの無い飄々としたクールさだ。これは昨今の若者の心象に限りなくフィットするキャラなのではないか。文章も非常にこなれており、時折本当に新人の方なのだろうか、と思えた程だ。

しかしこれはオレの読解力と想像力の低さのせいなのだが、幾つかよく分からない部分があった。まず「ヴィンダウス症」の症状が視覚的にイメージし難いということ、「ヴィンダウス症」の原因となるものがどういったメカニズムで発症させるのかということ、その寛解者がなぜ特殊な能力を持ちさらには都市AIと接続できるほどのものなのかということ、都市AIと接続した寛解者が容易く都市機能を操作できることになんら対策が無かったのかということ、これらには都市AI「八仙」の目論見も関わるのだが、それにしては随分効率が悪く運任せにすぎないかということ、などである。ただしこれらは作品できちんと説明されているのにオレが見落としていた部分も多いかと思う。

全体として若々しく疾走感あるよい作品であろう。逆に、巻末の選考者総評などを読むと商業作家となり作品を書くという事の難しさが端々から伝わってきて、幾つかの指摘はあれどそれを潜り抜けてきた作者氏にはやはり最大限のエールを送りたいと思えるのだ。この受賞を足掛かりにより優れた作品を生み出し続けて欲しい。

ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)

ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)

 

 

『2000年代海外SF傑作選』を読んだ。

2000年代海外SF傑作選 /橋本輝幸・編

2000年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫SF)

独特の青を追求する謎めいた芸術家へのインタビューを描きNetflixでも映像化させたレナルズ「ジーマ・ブルー」、東西冷戦をSFパロディ化したストロス「コールダー・ウォー」、炭鉱業界の革命のすえ起こったできごとを活写する劉慈欣「地火」、破滅SFにインターネットへの希望と祈りを込めたドクトロウ「シスアドが世界を支配するとき」…2000年代に発表された名作SF短篇9作品を精選したオリジナル・アンソロジー

ハヤカワが久しぶりに「XX年代SF傑作選」を出すらしい。ハヤカワはこれまでも『80年代SF傑作選』や『90年代SF傑作選』を出版していたが、「00年代」の出版が無いまま早18年。おーい今までなにやってたんだハヤカワ!?

出版の経緯や作品などについては編者である橋本輝幸氏のコメントも含めこちらにあるのでご参考に。

しかし18年振り……以前出た「80年代」や「90年代」は多分読んでいるような気がするがまるで記憶の外である。印象に残らなかった、というのではなく、18年というのはその位の年数なのである。

とはいえその間、ハヤカワは『SFマガジン700』や 『SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー』といったSFアンソロジーを出していたので、これらとの重複を避けるといった意味で「00年代」の刊行をペンディングにしていたとも思われる。「なにやってたんだ」と書いてしまったが、ちゃんと「なんかやってた」のである。

とまあそういう訳でやっと『2000年代SF傑作選』に触れるわけだが、全体的な感想を最初に書くと「00年代もとっくに過ぎてから他のアンソロジーに収録されていない鮮度の高い作品をセレクトするのは難しかったのかなー」という印象だった。このアンソロジーの中でどれが既訳でどれが初訳なのかは把握していないが(まあだいたいSFマガジンで訳されているような気がするが)、「この作家でこの作品?」などというのが幾つかはあったからだ。

作品はそれぞれに面白く読めたのだが、しかし「XX年代SF傑作選」というタイトルであるなら、それなりに楽しめる作品ではなく「ベスト・オブ・ベスト」な作品を期待してしまうではないか。決して悪いアンソロジーではないのだが、先鋭さに乏しく、「小粒でピリリと辛い作品」は多いのだが「臓腑を抉られる傑作」が今一つ足りない。その点で食い足りなさが残ってしまった。

比べるのは申し訳ないのだが、ハヤカワから2010年に刊行されたアンソロジー『スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)』や今年出版された『シオンズ・フイクション イスラエルSF傑作選』のほうが遥かにワクワクさせられる作品が並んでいたと思う。

 いや、だから決して悪いアンソロジーじゃないんで、SF好きなら読んで間違いがないんだけどね。なので、12月に刊行される『2010年代SF傑作選』に期待と言った所かなあ。

では作品毎にザックリ感想などを。 

「ミセス・ゼノンのパラドックス/エレン・クレイジャズ」は短いながらラファティ的な可笑しみのこもった掌編。「懐かしき主人の声/ハンヌ・ライアニエミ」の知性化動物SFは動物好きなら大いに盛り上がる事だろう!ポストサイバーパンクな味わいも大変よい。これは好きだった。「第二人称現在形/ダリル・グレゴリイ」はちょっと理屈っぽ過ぎる様な気がする。「地火/劉慈欣」はあの『三体』の作者によるいわゆる工学SFといったところだが、SF的醍醐味は薄い。

「シスアドが世界を支配するとき/コリイ・ドクトロウは世界終焉のその日、データセンターに立て篭もったシスアドたちが世界再建のために奮戦する話で、ナードな雰囲気がGOODであった。これもオレ的に好きな作品。「コールダー・ウォー/チャールズ・ストロスクトゥルー+スパイSF!これも非常に楽しめたのだが、ストロスはこの路線の『残虐行為記録保管所』があり、また読めて嬉しかったのと別の路線のを読みたかったのと半々の感想。「可能性はゼロじゃない/N・K・ジェミシン」、これも掌編ながら小気味いい作品。ただ、悪くはないんだが〈破壊された地球3部作〉連続ヒューゴー賞受賞作家の作品だから入れてあるような気もするんだよなあ。

そして「暗黒整数/グレッグ・イーガン!短編「ルミナス」の続編だが、「コンピューターの計算だけで別の宇宙を滅ぼしてしまう」という展開やその「別の宇宙」というのが「この宇宙と違う数学体形で成り立っている宇宙」というSF的アイディアがなにしろ凄い。「整数のルールに従わない整数=暗黒整数」という奇抜さにも唸らされる。物語はサイバーSF+終末SFといったものだが、前作よりもはるかにダイナミック。短編集『プランク・ダイヴ』収録作で、既に読んでいたはずだが、その時はオレはあまり意味が分かっていなかったらしい(自ブログの感想読んだ)。今回読んでその面白さをやっと理解できた。これこそが「2000年代傑作SF」だろう。

ラストジーマ・ブルー/アレステア・レナルズは「記憶」と「芸術」を結び合わせた静かで味わい深いSF作品。ただやはりちょっと地味なような……。 

 

2000年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫SF)

2000年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫SF)

  • 発売日: 2020/11/19
  • メディア: 新書
 

 

ブルース・リー生誕80周年記念ッ!『燃えよドラゴン ディレクターズ・カット』を観てきたアチョォオォオォ~~~ッ!!!

燃えよドラゴン ディレクターズ・カット (監督:ロバート・クローズ 1973年香港・アメリカ映画)

f:id:globalhead:20201128160416j:plain

観て来たぜ『燃えよドラゴン ディレクターズ・カット』!!今年は「ブルース・リー生誕80周年記念」の年であり、この7月にはブルース・リー作品『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴンへの道』『死亡遊戯』の4作が【ブルース・リー4Kリマスター復活祭2020】として甦り賑々しく劇場公開されたわけだが、遂に!ブルース・リー作品の真打とも言える『燃えよドラゴン』がリバイバル公開されたのだ!公開日は11月27日、そう、これはブルース・リーの誕生日であり、それに合わせた公開というのが憎い!憎いぞ配給元! 

ブルース・リー4Kリマスター復活祭2020】で公開された4作は当然劇場で観たが、こうして総括という意味で『燃えよドラゴン』を観るのはやはり感慨深い。……とここまで盛り上げておいてナニだが、オレはもともと、それほどブルース・リー映画に深い思い入れがあるわけではなかった。しかし、映画史に残る強大なスターとして、カンフー映画ブームの偉大なる立役者として、さらには様々な方面に多大なる影響を与えたカルチャー・イコンとして、その作品をきっちりとおさらいしておくべきだと思えたのだ。それと併せ、ブルース・リー登場時の熱狂を、もう一度改めて体験してみたかったというのもあった。当然盛り上がったけどね!

オレはこの『燃えよドラゴン』を、日本初公開時の1973年、まだガキンチョの頃に劇場で観た。それ以来47年振りの劇場鑑賞となるのだ。その間、何度かディスクで観た事もあったが、こうして久々に劇場で観る『燃えよドラゴン』は、やはり別物だった。なんと言っても、劇場の大スクリーンで見る、リーの肉体が惚れ惚れするほどいい!皮膚の下から透けて見える、鋼鉄の如き筋肉の、その筋の1本1本を子細に鑑賞できることの官能!もはやリーの肉体を超える俳優は誰一人として現れないのではないかと思えるほどに、どこまでも鍛錬された、完璧とも言える美しさを持った肉体なのだ。リーの他の作品と比べても、『燃えよドラゴン』におけるリーの肉体は「完成されつくしていた」と言えるだろう。

アクションにおいても、これまでの3作の集大成的なものであり、ある意味完成形に近い出来だろう。なにより、リーの動きが目で追いつけない!チカチカしたVXFで目の追いつかないマイケル・ベイ映画とは訳が違い、これは生身の肉体でやっていることなのだ!というかオレが歳を取ったから昔より動体視力が衰えているとも言えるが!美しくそして強靭、この時のリーは既に「完璧」の領域に達している。しかしあまりに強すぎて、物語には「コワモテ」な敵があれこれ出ては来るが、どれもまるでリーの相手にならない!さらには最後の敵ですらリーの頭の上を飛ぶ蠅みたいなものである。この辺りのパワーバランスの補正を、『ドラゴンへの道』の如きエキスパート同士のタイマンを延々描いてゆくという形で『死亡遊戯』が構想されていたのかもしれない。

燃えよドラゴン』の、その内容については今更語ることもあるまい。ただし今こうして観ると物語は相当に荒唐無稽すぎ、あちこちでプロットが破綻しているのも確かだ。実はガキンチョの頃に観た時も「お話の作りが変!」と思っていたが、やはり今回も同じ部分でつまずいた。こと物語的整合性に関しては過去3作のほうがまともだろう。とはいえこの作品は細かいことをグチグチ言いながら観る作品ではない。そう、冒頭でリーが「考えるな!感じろ!」とあの名言を発していたではないか!なにしろこの映画は「俺は強く美しい」というリーの「俺様ぶり」をとことん堪能する作品であり、リーが主演だからこそ成立し、そして傑作となった映画だからだ。そしてそのリーの強さと美しさを永遠の中に焼き付けた作品、それが『燃えよドラゴン』なのだ。では最後に、アチョォオォオォ~~~ッ!!!

(【ブルース・リー4Kリマスター復活祭2020】の感想はこちらで) 

www.youtube.com

燃えよドラゴン [Blu-ray]

燃えよドラゴン [Blu-ray]

  • 発売日: 2010/12/07
  • メディア: Blu-ray
 

キング親子の放つ超ド級のパニック+ダークファンタジー巨編『眠れる美女たち』

眠れる美女たち(上)(下) / スティーヴン&オーウェン・キング

眠れる美女たち 上 (文春e-book)  眠れる美女たち 下 (文春e-book)

女子刑務所のある小さな町、ドゥーリング。平穏な田舎町で凶悪事件が発生した。 山間部の麻薬密売所を謎の女が襲撃、殺人を犯したのちに火を放ったのだ。 女はほどなくして逮捕され、拘置のために刑務所に移送される。彼女の名はイーヴィ。世界を奇妙な疫病が襲いはじめたのはこの頃だった。

それは女たちだけに災いする「病」――ひとたび眠りにつくと、女たちは奇妙な繭状の物質に覆われ、 目を覚まさなくなったのだ。繭を破って目覚めさせられた女たちは何かに憑かれたかのように 暴力的な反応をみせることも判明する。世界中の女たちが睡魔に敗れるなか、 謎の女イーヴィだけが眠りから逃れられているようだった。

静かな町にパニックの空気が満たされはじめる。睡魔にうち勝とうとする女たち。 取り残され不安に蝕まれる男たち。やがて町にふりかかるカタストロフィは、 まだ水平線の向こうにある!

女だけが罹る謎の病

女たちだけが罹る謎の病、「オーロラ病」。「眠れる森の美女」の主人公から名付けられたその病は、一度眠りにつくと決して目覚める事がないというものだった。世界を覆い尽くそうとするその疾病により、パニックに至る人々。女たちは眠るまいと必死となり、男たちはただ右往左往するばかり。さらに、オーロラ病患者を忌むべきものとして殺戮して回る集団まで現れたのだ。女たちが目覚めぬ世界は、今、滅びようとしていた。

先頃日本で翻訳出版されたスティーヴン・キングの新作長編『眠れる美女たち』は、あたかも今現実に巷を不安に陥れている新型コロナウィルスの如きパンデミックに見舞われた世界を描くホラー作品である。さらにこの作品、キングだけではなく息子であるオーウェン・キングとの合作であるという点でも話題となっている作品である。キングの息子で作家と言えばホラー作家ジョー・ヒルがいるが、このオーウェンも作家なのらしく、さらにキングの妻タビサも小説を上梓しているので、まさに作家一家という事が出来るだろう。

物語の舞台となるのはアメリカの小さな町ドゥーリング。世界的な災禍を小さな町という微視的な視点で描くわけだが、それだけではなく、この災禍の鍵を握るある”存在”がこの町に現れ、様々な謎と驚異を振りまいてゆくことになるのだ。その”存在”とは謎の女イーヴィー。人外の能力を持つこの女は、人類にとって凶兆なのかはたまた救いなのか。こうして物語はドゥーリングにある女子刑務所を中心としながら、数多くの登場人物たちの思惑が交差し、愛と憎悪、生と死、希望と絶望のタペストリーを織り込みながら爆走してゆく。

男と女の深い溝

いやあ、傑作だった。正直な所、個人的には最近のキング作品に不満を抱いていたので、今作の会心の一撃ともいえる面白さにはいちファンとして拍手喝采だった。キングには「超自然的な災禍による住民パニック」を描く作品として『アンダー・ザ・ドーム』、「パンデミックによる人類の滅亡」には『ザ・スタンド』という作品が過去にあったが、似ているようでそのどちらとも違う切り口があった。『アンダー・ザ・ドーム』はSF的切り口があり、『ザ・スタンド』は病原体によるパンデミックを扱ったが、この作品はむしろダークファンタジー的切り口にある作品なのだ。

なにより、「女たちだけが罹る病」を描くことにより、「男と女の深い溝」がどこまでもあからさまにされてゆくのがこの作品の最大の特徴だ。ここにはミソジニー、セクシャル・ハラスメント、ドメスティック・バイオレンスジェンダー・ギャップのモデルケースがこれでもかと描き込まれ、「男の、女へのあらゆる暴力」が可視化される。同時に、愛する妻や母や娘や恋人を謎の病によって次々と”失くして”ゆく男たちの悲しみと絶望も同時に描かれる。こうして物語は「男と女の深い溝」が永遠に溝のままなのか、それが修復される希望があるのか、を作品のもう一つのテーマとして描いてゆくのだ。

ただし作品は決してフェミニズム的指向性が先行しているものではなく、あくまで「もしもこの世界から女性が消えてしまったら」という単純な奇想を展開したものであり、その帰結する所としてこうしたジェンダー・ギャップへの批評・批判を描く事になったのだろう。だから大枠においては死と暴力と超自然現象が暴れ狂うキング的娯楽作品であり、ホラー作品なのだ。しかしキングはこれまでにも『IT』や『ローズ・マダー』の中で真摯に女性問題に取り組んでおり、彼の作家的良心の在り処がそこはかとなく浮き上がってくるのだ。

究極の邪悪

面白いのは作品の中心となる謎の女、イーヴィーの描かれ方だろう。これまでのキング・ホラーなら「究極の邪悪」がその中心にあり、登場人物たちはその顎から逃れようともがき苦しみあるいは死んでゆく様が描かれた。しかし今作におけるイーヴィーの描かれ方は決して「究極の邪悪」ではない。この世のものではない美しさを持つ彼女は超自然の力を使い、人々を翻弄し、同時に人々を試そうとする。平たく言えば魔女的な存在ではあるが、少なくとも「邪悪」と呼ばれるような単純な存在ではない。むしろ善と悪、破壊と創造を同時に行うトリックスター的な描かれ方をしているのだ。そこがキング作品として目新しく、また、ミステリアスな面白さを醸し出すことに成功している。

むしろ「究極の邪悪」は男たちの側にあり、彼らは眠りの中にある女たちを殺戮し、それを守ろうとする男たちまでも屠ろうと暴虐を尽くす。そう、なんとなれば、「男と女の深い溝」のその原因の多くは男たちによって為されたものであり、その男たちの膿疱を露わにし、それをひねり潰すことがこの物語の本質となっているのだ。物語後半は凄まじい(ある意味ベタに過ぎる)戦闘が描かれることになるが、これも「(ややもすればすぐ戦争を始める)男の愚かさ」を皮肉ったものなのだろう。

キングと息子オーウェンとの合作作品であること

例によって大部の作品であるが、物語展開はおそろしくスピーディーだ。登場人物が多く、頻繁に章を変え、人物を変え、場面を変えてゆく。これは物語にスピード感を与えるベストセラー小説技法の一つではあるが、そもそもがベストラー作家であるキングの小説にはあまり見られない、というかむしろ必要のない技法ではないかと思う。そこで思ったのは息子との合作であるということだ。

キングは息子に伝授する意味でこういった常套的技法をあえて使った(使わせた)のではないか。息子オーウェンの片鱗はあちこちで垣間見える気がする。それはイーヴィーを始めとする人物造形もそうだが、「究極の邪悪」といった二元論に頼らない部分、強烈な幻想味といった部分はオーウェンのものではないか。文章の若々しい疾走感をオーウェンのもの、と言ってしまうのはちと強引か。逆にキングらしからぬプロットのもたつきが微妙に散見したが、その辺りもオーウェンの若書きだったのではないかと邪推している。

どちらにしろこの合作は大成功だったと結論付けていいだろう。オーウェンはキング小説に新しい血を持ち込んだと言っていい。それはこの作品の驚くべき面白さが証明している。今だ創作意欲盛んとは言えキングももうイイ歳だし、息子との合作で幾らかは負担が減るのではないか。今後もこういった形で合作を発表してくれたら諸手を挙げて歓迎するだろう。……いや待てよ、負担が軽くなった分さらに矢継ぎ早に分厚い長編を連発するようになったら?うーむ、嬉しいような、しんどいような……あああ、悩ましい!

最近ダラ観した韓国映画などなど

f:id:globalhead:20201103153447j:plain

シルミド SILMIDO(監督:カン・ウソク 2003年韓国映画

シルミド/SILMIDO [DVD]

シルミド/SILMIDO [DVD]

  • 発売日: 2006/06/23
  • メディア: DVD
 

歴史の闇に埋もれた金日成暗殺部隊の悲劇を描く韓国映画シルミド』観たッ!!熱く漢臭く暗い宿命に満ちた韓国版エクスペンダブルズ!国家の狂った作戦に翻弄される漢たちのどこまでも狂った物語!浪花節の唸りまくる漢泣きの軍人根性!今オレの韓国映画最高傑作が決定した!大傑作だ!みんな観れ!実話をベースにしているらしいが物語はほとんど脚色だと思っていいだろう。しかし実際の事件からここまでボルテージの高いドラマを生み出した事が凄い。泣かせる名台詞続出。そして何より、とことん狂った状況を描くとことん狂った物語である部分に魂を持っていかれた!

殺人の追憶 (監督:ポン・ジュノ 2003年韓国映画

80年代韓国で起こった連続殺人事件を描く韓国映画『殺人の記憶』を観たが……いやこれは凄かったな。前半の弛緩した黒い笑いの連続に呆然とし、後半のとことん引き絞られた緊張感に固唾を呑まされる。この緩急自在な構成、物語の含みの大きさに練り込まれた作話術を感じた。地方都市の粗野で泥臭い空気感がさらに異様な相乗効果をあげている。注目すべきはこのシナリオが何処の映画製作国でも活かせる普遍的な面白さを持っている事だ。サイコスリラーとしても『羊たちの沈黙』や『ゾディアック』にひけを取らない高い完成度を持っている。ポン・ジュノ映画は今まで苦手だったが、これでやっと開眼したかもしれない。 

■ハイヒールの男 (監督:チャン・ジン 2014年韓国映画

ハイヒールの男 [DVD]

ハイヒールの男 [DVD]

  • 発売日: 2015/05/02
  • メディア: DVD
 

性同一性障害に悩む凄腕刑事が辿る過酷な運命を描いた韓国アクション『ハイヒールの男』を観た!痛々しい過去の記憶と他人に明かせぬ秘密を胸に秘めながら暴力団との血飛沫舞い散る凄惨な戦いに挑む主人公の虚無を宿した目付きが堪らない!そしてこの戦いは男同士の歪んだ愛の駆け引きでもあったのだ。

■監視者たち (監督:チョ・ウィソク キム・ビョンソ 2013年韓国映画

監視者たち[レンタル落ち][DVD]

監視者たち[レンタル落ち][DVD]

  • 発売日: 2015/02/04
  • メディア: DVD
 

監視・尾行を専門とする特殊犯罪課に配属された超記憶力を持つ新米女性刑事と残虐な武装強盗団との息詰まる頭脳戦を描く韓国映画『監視者たち』を観た!神出鬼没な強盗団に対しじわじわと包囲網を狭め一進一退の白熱の攻防戦が繰り広げられる中、突発する凄惨なアクションが目を離せなくさせる傑作だ!

■殺人の告白 (監督:チョン・ビョンギル 2012年韓国映画

殺人の告白 [Blu-ray]

殺人の告白 [Blu-ray]

  • 発売日: 2015/10/14
  • メディア: Blu-ray
 

時効成立した連続殺人犯が出版した告白本によって巻き起こる大波乱を描く韓国映画『殺人の告白』、犯人の真の目的を探るミステリー展開は興味をそそられたが意表を突くどんでん返しがあざとく非現実的で途中から白けてしまった。ちなみに日本映画『22年目の告白 -私が殺人犯です-』は本作品のリメイク。

■シークレット・ミッション (監督:チャン・チョルス 2013年韓国映画

スリーパーセルとして韓国に潜入した北鮮スパイの役割は周囲に溶け込む為「近所のバカ」を演じる事だった?!韓国映画『シークレット・ミッション』、前半のコメディ・テイストは軽妙で申し分無かったが、後半からの長すぎるアクションとくどい泣かせ演出にはなんだかウンザリさせれてしまったな。

JSA (監督:パク・チャヌク 2002年韓国映画

JSA [DVD]

JSA [DVD]

  • 発売日: 2006/06/23
  • メディア: DVD
 

北鮮と韓国の軍事境界線で起こった発砲殺傷事件の謎を追うミステリータッチの韓国映画JSA』を観た!両国の事件当事者たちの食い違う証言と徐々に浮かび上がる真実から描き出されるのは祖国分断の悲哀の只中にいる者たちの残酷過ぎるファンタジーだった。じっくりと見せる確かな作劇が胸に響く秀作。

■シュリ (監督:カン・ジェギュ 1999年韓国映画

シュリ [DVD]

シュリ [DVD]

  • 発売日: 2000/07/21
  • メディア: DVD
 

韓国に送り込まれた北鮮特殊部隊と韓国諜報部との息詰まる戦いを描く韓国映画『シュリ』を観た。うぬー、なんだか80年代ハリウッドの反共ミリタリーアクションと日本のトレンディドラマを野合させてさらに劣化コピーしたみたいな乱暴な映画だったな。ポスターから既にネタバレしてるってのもどうよ。