プリンス最高傑作アルバム『サイン・オブ・ザ・タイムズ』のスーパー・デラックス・エディションが発売されたのだ!

SIGN "O" THE TIMES: Super Deluxe Edition / Prince

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プリンスといえばその最高傑作は紛れも無く『サイン・オブ・ザ・タイムズ』であると心に強く思うオレである。最高傑作どころかポピュラー音楽史に燦然と輝き永代にその名を残す超弩級のアルバムであることは間違いない。1曲目「サイン・オブ・ザ・タイムズ」 から既に異次元の響きを持つ凄まじい曲ではないか。そこから始まりアルバム2枚組16曲に渡り不世出の天才音楽アーチスト・プリンスの、プリンス以外誰も作ることの出来ない、綺羅星のように輝くサウンド・ワールドが展開してゆくのだ。

その『サイン・オブ・ザ・タイムズ』が、プリンス没後4年を経てようやくリマスター&スーパー・デラックス・エディションとして発売されると知りファンのオレはもう狂喜乱舞状態である。プリンス逝去後様々な未発表音源アルバムが世に出され、また『1999』や『パープル・レイン』などの名作アルバムがリマスター&デラックス・エディションとして発売されたが、最高傑作であるこの『サイン・オブ・ザ・タイムズ』に関しては何の音沙汰も無く、いったいどうなっているんだと首を長くして待っていたのだ。

そして発表されたその仕様というのは、CD8枚+DVD1枚、120ページハードカヴァー豪華ブックレット、12インチサイズジャケット収納という、名作『サイン・オブ・ザ・タイムズ』にふさわしいスペシャル&ゴージャス&デラックスなものとなっているというではないか!

CDの内訳はオリジナル・アルバムの2020年リマスター版が2枚、シングル/ミックス/エディット集が1枚、未発表音源集が3枚、未発表ライブ音源が2枚となり、ライブを除く92曲のうち63曲が未発表トラックという金銀財宝の詰まった宝物箱の如きエディションなのである。そしてDVD収録のライブ映像は2時間を優に超え、マイルス・デイヴィスの出演までもが成されているのだ。長きに渡り待たされた甲斐のある、選りに選った内容の素晴らしい『サイン・オブ・ザ・タイムズ 完全版』であり、ファンとしてはもう感無量と言わざるを得ない。

ちょっとだけ残念なのはライブ映像ディスクがDVDであるため、それなりの画質でしかなく、画面サイズも4:3のスタンダードで、なぜBlu-rayで出してくれなかったのだろうという遺恨が残る。ただこれも、『サイン・オブ・ザ・タイムズ』にはBlu-ray発売もある映画版作品が存在するため、完璧なライブ映像はそれに譲って、こちらは貴重な映像フィルムの収録ということで納得することにしよう。

最初に注目するのはなんといっても63曲にのぼる貴重な未発表トラック集だろう。そもそもプリンスというアーチストは常日頃ワーカホリックの如く曲を作って作って作りまくり、その中からアルバムとしてトータリティの持たせられるものだけをセレクトしてアルバム発表しており、「未発表トラック=クオリティの低い没トラック」ということでは決して無いのだ。つまり、未発表トラックであってもどれもハイクオリティなのである。

プリンスはこれまでもこういった形でそれまでの未発表トラックを1枚の(あるいは3枚組の!)アルバムにまとめて発売したことが多々あり、そしてそれらはトータリティの無さを除けばどれも素晴らしいアルバムとなっていた。だから今回の「サイン・オブ・ザ・タイムズ未発表曲集」に関しても、これだけ取り出して1枚づつなり3枚組のアルバムとして発売してもまるで遜色のないものとなっている。当たり前だ、プリンスの曲はいつだってどれだってグレートなんだよ!

しかしだ。この『サイン・オブ・ザ・タイムズ:スーパー・デラックス・エディション 』の本当の聴き所はそこではないのだ(あるいは、そこだけではないのだ)。オリジナル・アルバムである『サイン・オブ・ザ・タイムズ』の、そのリマスターの妙味こそがこのデラックス・エディションの真の聴き所となっているのだ!

実のところ、現行販売されているリマスターされていない『サイン・オブ・ザ・タイムズ』CDは、音圧が低く(音が小さい)全体的にフラットなミックスにしか聴こえない残念な音質なのだが、このリマスター版は違う!タイトル曲「サイン・オブ・ザ・タイムズ」こそそのシンプルなサウンド構成のために違いがよく聴き取れないが、その後に続く各曲の、しっかりと響くドラム音と全体における音の広がりとめりはり、細かい音があちこちでさんざめく芳醇な構成を聴き取ることができ、「これこそが『サイン・オブ・ザ・タイムズ』の真のサウンドであったのか」と驚愕させられること必至である。

こういった素晴らしい音は、やはり良いステレオセットとスピーカーで聴いてもらいたい……ということを安物のステレオコンポしか持っていないオレが言うのもなんなのではあるが、それでもそんな安物のステレオコンポでさえ音の違いは充分に聴こえてきたのだ。

そんな、 なにからなにまで素晴らしすぎるプリンス『サイン・オブ・ザ・タイムズ:スーパー・デラックス・エディション 』、お値段は2万円弱と結構お財布には痛い金額ではあるが、ファンなら必携であり、家の家宝として末代まで伝えることの出来る優れた作品集であることをここに断言してしまおう。まだ迷ってるって?もう買っちゃえよ!凄いんだから!

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【仕様】

・DISC 1/2:(CD)オリジナル・アルバム:2020リマスター(初リマスター)
・DISC 3:(CD)シングル、ミックス、エディット集(新リマスター)
・DISC 4/5/6:(CD)秘蔵音源集
・DISC 7/8:(CD)未発表ライヴ(ライヴ・イン・ユトレヒト、1987年6月20日
・DISC 9:(DVD)未発表ライヴ映像(ライヴ・イン・ペイズリー・パーク、1987年12月31日)23曲収録、マイルス・デイヴィス出演

★マスタリング・エンジニア:バーニー・グランドマン
★92曲のうち、63曲が未発表トラック!!オリジナル・アルバムは2020リマスター!!
★23曲、2時間以上の未発表ライヴ映像をDVDに収録!!
★日本盤のみ、英文ライナーノーツ、楽曲解説の日本語訳付

<オリジナル・アートワークには以下を収録>
・12インチBOX仕様 ・120ページ ハードカヴァー・ブックレット付
・英文ライナーノーツ/デイヴ・シャペル(俳優・コメディアン、写真家のマチュー・ビトンとの対話)、レニー・クラヴィッツ、スーザン・ロジャース(レコーディング・エンジニア)、ダフネ・ブルックス(イェール大学教授)、アンドレア・スウェンソン(ミネアポリスの音楽評論家)、デュエイン・チューダール(プリンス研究者)
・ジェフ・カッツによる、貴重な未公開写真
・プリンスの手書きの歌詞

Prince / プリンス「SIGN "O" THE TIMES: Super Deluxe Edition / サイン・オブ・ザ・タイムズ:スーパー・デラックス・エディション」 | Warner Music Japan 

大病院でシコタマ検査を受けておった。

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体調不良が数ヶ月続いてなんかちょっとヤヴァいんじゃないかオレ!?と戦々恐々となり大病院でゴッツイ検査してもらったのだが結局なんでもなかったという話である。

以前から何度かブログで書いていたのだが、今年は6月辺りからなにしろすこぶる調子が悪かった。不眠症から始まり夏恒例の胃痛が長引き、そのうち37度前後の微熱が一ヶ月以上続き、さらには食欲が落ちてきて数週間メシがあまり食えなかったのだ。小さい病院に行っても胃の薬を渡されるだけだし、やはり大きな病院に行ってもっと精密な検査を受けた方がいいのではないかと思ったのだ。

なにしろ微熱というのが厄介だ。通常37度前後の熱は「発熱」とは呼ばないのらしいのだが、いつもより体温が高めだから頭が若干ボーッとするし、いつも常に居心地が悪い。新型コロナも最初疑ったが、まず呼吸器に疾患症状がなかったのと新コロの諸症状と呼ばれるダルさ息苦しさ味覚障害のようなものはなかったのと、実はパルスオキシメーターを持っているのだが血中酸素数値が正常値だったのと、そもそもいくら新コロでも一ヶ月微熱は続きはしまいと思えて、別の病気を心配したのである。

で、「一ヶ月 微熱」で検索すると百鬼夜行の如く出るわ出るわ恐ろし気な病名の数々が。 ありとあらゆる悪性腫瘍から始まり白血病脳腫瘍肝炎肺結核慢性副鼻腔炎虫垂炎慢性扁桃腺炎胆嚢炎慢性膀胱炎慢性腎盂腎炎さらには日本紅斑熱ライム病回帰熱つつが虫病などなどおぞましい名前の伝染病まで「ちーっす」などと顔を覗かしているではないか。こうしてオレは「ひいいい」と泣き叫びながら頭から布団を被り眠れない夜を過ごしていたのである。しかし泣き叫んでばかりいてもしょうがない。「宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない」からだ。

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そんなわけでオレは区内にある大病院に行くことを心に決めた。紹介状がないと初診料の高いあの大病院である。しかし「大病院は待たされる」とは聞いていたが、行った当日は土曜日だったのもあってかなんと診察まで5時間待たされた。まあしかしオレは基本ポジティヴシンキングな糞野郎なので「たっぷり伸び伸び読書できたー」と喜んでいたが。

それにしてもだな。「食欲不振」と「長期微熱」で診察を受けに行ったのに、当日はあんまり待たされるもんだから腹が減ってきた。この段階で診察の意味が無くなっているのである。「微熱」も待合室でボケッとしてたら落ち着いたのか、検温しても平熱でしかなかった。看護婦さんが体温計見ながら「えっと、熱で外来来られた方ですよね?」と首をひねっていたぐらいである。すなわち、病院に入った段階で既に症状が軽くなっていたのである。うーむ、やはり心因性だったのか……?

とりあえず血液検査と尿検査もしたのだが、お医者さんは検査数値眺めながら「綺麗なもんですねー」とのたまうばかりではないか。所見がなにも認められないのだ。まあちょっと血糖値は高かったらしいが、それは検査前にこっそり抜け出してコンビニで買い食いしたパンのせいだろう。なにしろよくわからないので、次にCT検査をすることになる。あの、映画『スターゲイト』みたいな輪っかをくぐらされて人体輪切り映像を撮るヤツだ。

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CTの結果は後日として、さらに胃部内視鏡検査、いわゆる胃カメラの予約もして翌週に持ち越すことにした。胃カメラ検査前日は9時までに晩飯食っとけと言われてたのだが、いろいろ忙しくてなかなか晩飯にありつけず、それでもなんとか急いでかっこみ9時ジャストに食い終えたオレってエライ。

というわけで当日、胃カメラ検査が行われ、CTと併せて所見を聞くことになったのだが、これがまたなんにも疾病症状が見られなかったらしく、「はーいこれが患者さんの胃の中ですよー」と結構綺麗な胃壁写真を見せられ、「この辺り、逆流性食道炎のケがありますが、これでお腹の調子が悪かったんじゃないでしょうかね、まあでも心配する様なものではないです」と言われた。さらにCT画像ではホントに見るべきものがないらしく、「ほーらこれが患者さんの体の中ですよーほーらほーら」と呑気に輪切り画像をスクロールされただけで終わってしまった。

まあ要するに、なんにもなかったのである。なんにもなかったとはいえ、不調はあったのだが、ここまで検査されてなんにもなかったのなら、あとはどうしようもない。どうしようもないというか、どうもこうもないのである。じゃあなんだったんだ?となると、これはもう「トシだから」「夏が暑かったから」などとカミュの『異邦人』みたいな結論に達するしかないのである。

異邦人 (新潮文庫)

しかしまあ考えようによっちゃ、この検査結果と言うのは、齢58歳という年齢にしては「結構健康な身体」だという事なのではないかとも思う。オレは腰痛や四十肩はやってないし、持病も特にないので、初老の割に今の所割とまともなコンディションを保っているのではないか。そう考えるとちょっとは安心を得られたが。あ、精神は病んでるかも……(それか)。とはいえ、不調は不調で確かにあったので、ここのところ暫く、酒を減らし消化のいいものを食べ早く寝てはいた。何度も書くがやっぱりトシだしな。もう無理の効かない身体になってるってことなんだよな。それと、新コロ流行りのご時世でもあるし、ちょっと病気ノイローゼになってたのかもしれん。

さて余談となるが、実はこの日、もうひとつ病院を予約していた。歯医者である。一日に病院二つハシゴするなんてオレとして前代未聞なんだが、ここがやはり年寄の面目躍如たる所存である。歯科医院は大病院のすぐ近くではあったが、なにしろギリで予約時間に滑り込んだ。この日の歯医者は、実は新しく作った部分入れ歯の装着なのであった。いつだか抜歯したのだが、その部分に入れ歯を作ったのだ。このオレももう入れ歯である。なんせジジイだし。思い起こせば幾年月、とうとうこんな日が来てしまったのだな……。こうして人工パーツを装着したサイボーグ兵士となったオレは、今日もまた仁義なき戦場へと送り出されるのである。オレの明日はどっちだッ!?

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バンドデシネ作品『レベティコ―雑草の歌』を読んだ

■レベティコ―雑草の歌 / ダヴィッド・プリュドム(作)原正人(訳)

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『レベティコ―雑草の歌』は第2次世界大戦前夜のギリシャアテネを舞台に、その日暮らしの音楽家たちのダルくユルい一日を描いたバンドデシネ・コミックである。タイトルである「レベティコ」とはそんな彼らの奏でる音楽ジャンルの名称であり、ギリシャのブルースとも呼ばれているのだという。

主人公となる音楽家たちは誰もが皆その日暮らしのチンピラであり、同時にクールな伊達者だ。コミック『レベティコ』はそんな音楽家たちの根無し草のような飄々とした生き方と、刹那主義的なニヒリズムと、仲間を愛する温かさを、地中海の明るく乾いた空気を思わせる筆致で描いてゆく。

当時の彼らの音楽は政府によって堕落した音楽と見なされ、官憲による陰湿な検挙が執拗に繰り返されるが、それでも彼らは音楽を奏でることを止めない。それは彼らの自由な生き方を愛する気概がそうさせているのだ。そして自由を愛するがゆえに彼らはアナーキストであり、そんなチンピラなりの矜持が、ひたすらカッコよく、粋なのである。

圧巻なのはやはり演奏シーンだろう。酒場で、ハシシ窟で彼らが演奏を始める時、紙の本を読んでいるのにまごう事なき音楽が聴こえてくる。そして聴こえない筈のその音楽に(そしてハシシの香りに)、酔わされてしまうのだ。

たった一日の出来事を描いているにも関わらずそこに登場する男たちの物語は非常に濃厚であり、あたかも上質のヨーロッパ映画を観せられているかのようだ。どこまでも艶っぽい男たちの怪し気な魅力と音楽コミックとしての魅力、双方の魅力を兼ね備えたこの作品は音楽好きにも是非お勧めしたい。 

なおこの作品はバンドデシネ翻訳者・原正人氏によるクラウドファンディング立ち上げにより出版可能となった作品であり、実はこのオレもこのクラウドファンディングに微力ながら参加させていただいた。こうして出版に漕ぎ着け、自分がほんの僅かなりとも関わった書籍の現物を手にした時の感慨はひとしおであった。今後も原正人氏主催によるサウザンブックスの動向に注目してゆきたいと思う。

 

アシモフの『ファウンデーション』シリーズを読んだ

ファウンデーション 銀河帝国興亡史ファウンデーション対帝国 銀河帝国興亡史第二ファウンデーション 銀河帝国興亡史

 銀河帝国興亡史1〕第一銀河帝国は崩壊しつつあった。だが、その事実を完全に理解している人間は、帝国の生んだ最後の天才科学者のハリ・セルダンただ一人であった! 彼は来たるべき暗黒時代にそなえ、第二帝国樹立のためのファウンデーションを設立したのだが……巨匠が壮大なスケールで描く宇宙叙事詩

銀河帝国興亡史2〕天才科学者セルダンによって辺境の惑星ターミナスにファウンデーションが設置されてから二百年が経過した。はじめは百科辞典編纂者の小さな共同社会として発足したファウンデーションも、やがて諸惑星を併合し、着々とその版図を拡大していった。だが、ついにかれらの前に怖るべき敵が……

銀河帝国興亡史3〕その超能力を駆使して第一ファウンデーションを撃破したミュールは、次に第二ファウンデーションの探索を開始した。自らの銀河帝国を樹立するためには、なんとしても謎に包まれた第二ファウンデーションを発見、撃破せねばならなかったからである! SF史上に燦然と輝く不朽の宇宙叙事詩

SF小説史に燦然とその名を残すSF小説の古典、アイザック・アシモフの大河長編『ファウンデーション』シリーズ3部作を読んだ。厳密に書くとアシモフの『ファウンデーション』シリーズは7部まで書かれ、アシモフの死後も別の作家で3作書かれてているが、1850年代に単行本化された第1部から第3部までを「3部作」と呼ぶのは特に問題ないらしい。

この3部作、大昔に創元推理文庫から出ていた『銀河帝国の興亡』の印象が強くて、SF好きだった10代の頃「有名作だし読んどかなきゃなー」と思いつつ全3巻というボリュームに腰が引けて結局読む事が無かった。そもそもアシモフ自体にあまり興味が無かったのもあるが。その後その3部作は早川書房から『銀河帝国興亡史』という形で再刊され、さらにそのKindle版がいつだかバーゲンになっていたのでついつい購入してしまい、それを最近やっと読み終わったというのが経緯である。

物語の舞台は人類が銀河系を遍く支配し銀河帝国を築き上げていた遠未来。しかし歴史心理学者のハリ・セルダンはその衰退と崩壊を予見し、数万年続くと言われる暗黒時代を短縮するため、人類の英知を収めた「ファウンデーション」を設立することを提案する。やがて予見通り銀河帝国は衰退へと向かい、銀河は混迷の時を迎える事になる。設立されたファウンデーションは様々な危機を迎えるが、それを巧みに乗り越えてゆく様が描かれてゆくことになる。この3部作はもともと連作中編として発表されていた作品をまとめたもので、3部作の時間内では数百年の時が経ち、登場人物もころころ入れ替わってゆく。

とまあそんなお話なのだが、正直なところ、つまらなかった。まず、単純に古臭く感じた。何も今これを読まなくてもいいんじゃないかとすら思った。それと、銀河帝国がなぜ衰退し数万年の暗黒期を迎えるのか理由が分からない。まあこれは3部作以降で説明されているのかもしれない。さらに、銀河人類の壮大な歴史を描くものであるにもかかわらず、妙にスケールが小さく感じた。ファウンデーションが迎える危機やそれからの回避の描写は、ほぼ会話とその結果のリアクションが中心で、状況は描かれるが情景が描かれないがために、まるで少数の登場人物だけで占められた密室劇を見せられているような気分になってしまうのだ。ファウンデーション・シリーズの特徴のひとつにアシモフお得意のミステリ要素が挙げられるが、どうもそのミステリ要素がスケールを狭めているのではないかと感じた。あと、申し訳ないのだが、訳がイマイチ過ぎる。

それにしてもこの『ファウンデーション』シリーズはなぜこれだけ支持を得たのだろう。アシモフはギボンの『ローマ帝国興亡史』から作品の発想を得たのらしく、悠久の時の中で移ろう帝国の運命を銀河規模で描こうとしたということなのだろう。とはいえ、あとがきでも触れられていたが、この作品はむしろ執筆当時の1940年から50年代のアメリカと世界の状況が重ね合わされているような気がする。それはまず当時第二次世界大戦が勃発していたということだ。ここで、例えば古くから存在し衰退の影が差す銀河帝国をヨーロッパ、歴史心理学という科学合理主義を打ち出すファウンデーション新興国アメリカと見るなら分かり易い。そして完璧だった筈のセルダン・プランを脅かすミュータント種族ミュールはナチス・ドイツヒトラーだったのではないか。長き歴史の中で疲弊してゆくヨーロッパと資本主義大国として世界を牽引してゆくことになるアメリカ、その対比が『ファウンデーション』の物語にこめられているような気がした。

 

売れない漫画家は死んだ筈の特殊工作員だった!?/映画『ヒットマン エージェント・ジュン』

ヒットマン エージェント・ジュン (監督:チェ・ウォンソプ 2020年韓国映画

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「売れない漫画家は死んだ筈の特殊工作員だった!?」という2020年公開の韓国コメディ・アクション『ヒットマン エージェント・ジュン』でございます。むさっ苦しい漫画家がいざ特殊部隊突入!?ともなると魔人の如く立ち振る舞っちゃう!という予告編が楽しそうで劇場に足を運んでみました。それにしてもなぜ特殊工作員が漫画家になっちゃうんでしょう?

主人公の名はジュン(クォン・サンウ)。幼くして両親を亡くした彼は韓国国家情報院に拾われ、秘密裏に暗殺専門の特殊部隊員として育てられました。しかしジョンには漫画家になりたいという望みがあったんです。とあるミッションで死亡に見せかけ逃亡した彼はまんまと漫画家になり家族までもうけていました。とはいえ描いた漫画は不評の嵐、困り果てた彼は特殊工作員時代の実話をつい漫画にしてしまいます。するとそれが空前の大ヒット、ジュンを穀潰し扱いしていた妻や娘にまで喜ばれます。ところがその漫画が国家情報院とジュンの宿敵である国際テロリストの目に留まり、彼は双方から追われる身に!?

「記憶喪失の男は実は最強特殊工作員!」とか「一般人だと思われていた男は実は退役した特殊工作員!」とかいうお話はハリウッド映画でもよく見かけられ、地味なおっさんやお兄ちゃんが恐るべきスキルで無双しまくり敵を完膚なきまで叩き潰す!という爽快感で人気を呼んでいます。今作ではそれが「漫画家さんが元特殊工作員!」というお話なんですが、この物語のキモとなるのは漫画家としては相当ヘボく家族からも相手にされていない、という残念極まりない部分における落差で笑いを生み出しているコメディということなんですね。同時に冴えない漫画家が戦いの場に出ると疾風怒濤に敵を倒す!という落差がまた見所なんですね。

この作品でまず目を惹くのは、主人公の描く漫画がアニメーションで再現されているという事でしょう。まず冒頭からアニメーションではじまりびっくりさせられるんですよ。その後の主人公がかつて行ったミッションの漫画化作品もやはりアニメーションで描かれ、まあ至極単純なものなのではあるんですが、斬新さは感じる事は出来ましたね。また、実際に描かれた漫画はWebコミックの体裁をとっており、これがオールカラーで、読者はみんなスマホで閲覧して即座に好き嫌いのリアクションをとれるんですね。これ、韓国だと割とポピュラーな漫画の流通の仕方なのでしょうか。

お話はその後、かつての味方であった国家情報院と宿敵である国際テロリスト集団の双方に追われ、さらに妻と娘を人質に取られた主人公が、命を懸けてそれと対峙する!という展開に持ち込まれます。こう書くと物凄く面白くなりそうに思えるんですが、いかんせんシリアスとコメディのバランスが悪く、どっちつかずのままお話が転がってしまってるんですよ。シナリオがグズグズな上に演出のもたつきが目立ち、おまけにギャグがベタ過ぎるんですよね。敵味方含め登場人物たちのキャラ設定もギャグに持って行きたいばかりにその時その時で揺らいでしまい、行動に一貫性を感じなかったりもします。この辺りで不完全燃焼気味の残念な完成度に至っています。

しかし、家族愛やかつての同僚同士の絆でまとめようとしたクライマックスはそれはそれで心地よく、また温かい笑いももたらしており、あまり嫌いになれない作品なのも確かなんですよね。『ヒットマン エージェント・ジュン』は決して完璧な作品ではありませんが、そこそこに楽しめる、観て損はしない映画ではないかと思います。