【ブルース・リー 4Kリマスター復活祭2020】で『ドラゴン危機一発』と『ドラゴン怒りの鉄拳』を観たッ!

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■オレとブルース・リー

ブルース・リー生誕80周年記念!ということで今回『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴンへの道』『死亡遊戯』の4作が4Kリマスター公開される!『燃えよドラゴン』はどうしたんだ?とは思うがとりあえずこれは観に行かねばならない。というわけでとりあえず今現在公開中の『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』の2作をハシゴして観たオレなのである。

とか言いつつ、オレが熱心なブルース・リー・ファンなのか?というと実はそうでもない。そもそもカンフー映画自体、それほど熱心なファンではない。ではなぜ今回こんなに大盛り上がりして観にいったか、というと、ブルース・リー映画がなんだか懐かしかったからである。

ブルース・リーの名を一躍世界に知らしめた作品は『燃えよドラゴン』ということでいいのだろうか。1973年に公開された『燃えよドラゴン』は日本でも大ブームを巻き起こし、まだ小学生だったオレも興奮しまくって劇場に足を運んだ覚えがある。クラスでも何人かの連中が観に行き、ブルース・リーの話題で盛り上がり、みんなでオモチャのヌンチャクを買い、アチョー!トリャー!と怪鳥音を真似しながら遊んでいた。

その後も『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴンへの道』が公開され、さらにブルース・リー以外のカンフー映画も大量に上映され、オレは観られる限りのそれらカンフー映画を観に行った(特に記憶に残っているのは『片腕ドラゴン』『荒野のドラゴン』『ドラゴンVS.7人の吸血鬼』あたりだろうか)。

当事のブルース・リー人気をうかがわせるものとしては、『映画燃えよドラゴン・音声完全収録レコード』があるだろうか。当時映画ソフトの一般家庭用販売など存在しておらず(高額でマニア向けのフィルム・ビデオ販売はあったのかもしれない)、「映画で観た『燃えよドラゴン』の興奮を自分の家で体験したい!」というファンのために、90分あまりの映画音声を2枚組だかのLPレコードに全て収録して販売していたのである。これを当事大のブルース・リー・ファンだった友人が買って持っていた。この友人の部屋には壁一面の大きさのブルース・リー壁画まで描かれていた(彼の父親の友人に絵心のある人がいたらしく、その人に頼んで描いてもらったのらしい。実際巧かった)。

とはいえ、実はオレ自身は、結局ブルース・リーカンフー映画にそれほど大きくハマることはなかった。正直に言うなら『燃えよドラゴン』以外のブルース・リー映画、さらにカンフー映画は、お話としてそれほど面白くなかったし、なんだか作りがチャチに見えたからである(小学生だった頃の感想なのでファンの方はお許しいただきたい)。どうも当時の香港映画全般に見受けられる画質の悪さが好きではなかったようなのだ。だからその後訪れるジャッキー・チェン・ブームはやり過ごしたし、ミスター・ブーやキョンシー映画等当事流行った香港映画全般も全く観ることがなかった。

しかしそれから数十年が経ち、オレはいたいけな少年から小汚いおっさんに成り果てることになるのだが、こうしていいおっさんになってから観る古くカルトなカンフー映画というのが、これがやたら面白かったのである。のみならず、現在進行形で製作されるカンフー映画が、やはりどれも滅法面白く感じるのだ。つまりこの年になってやっとカンフー映画を観る「ツボ」を知ったということらしいのだ。そんな訳で今回、カンフー映画の原点であるブルース・リー映画を、もう一度きちんと体験してみたくて、こうして【4Kリマスター復活祭】に挑んだというわけなのである。

ではごくざっくりと、『ドラゴン危機一発』『ドラゴン怒りの鉄拳』の感想を書いておこう。ネタバレもあるので観ていない方は注意。

ドラゴン危機一発 (監督:ロー・ウェイ 1971年香港映画)

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ブルース・リー主演第1作目『ドラゴン危機一発』、1974年の日本公開当事、小中学生だったオレは劇場で観ていたはずだったのだが、今回【4Kリマスター復活祭】で観て驚いた。なんとストーリーを全く覚えていなかったのである。『燃えよドラゴン』であれほど盛り上がったブルース・リー人気の中で観たのに覚えていないというのは、退屈だったからなのか、子供にはよく理解できなかったからなのか。

確かに今こうしてみると『危機一発』は暗く陰鬱であり、残酷さの漂う物語である。主人公の仲間全てが虐殺される上、主人公は酒を飲まされて娼婦とウッフンしてしまうし、そういった部分でも大人っぽいお話である。ロケ先がタイだったということを今回観る前に知ってそれも驚いたが、そのタイの雰囲気、貧しさや劣悪な労働や因業な資産家といったものも物語の重苦しさを加速させているように感じた。

そして虐げられ虐げられ尽くした後の復讐が主人公の強力なカンフーに求められることになるのだ。ここ数年になってようやくカンフー映画を楽しみはじめた者としては、それらの原点であるリーのアクションがどれだけ画期的であり際立っていたのかを論じる語彙は無い。現代的な作品と比べるなら、『危機一発』はまだ荒っぽく単純だ、という印象だけはある。

しかしだ。ブルース・リーという稀代のアクション俳優の、そのカリスマ性は、この主演第1作からビンビンと伝わってくるのだ。その精悍なマスク、はち切れんばかりに生命力の漲った肉体、引き絞られた弓の如き緊張感、その雄々しい立ち姿。これら全てを体現できる者は、ブルース・リーの後にも先にも存在しえないのではないか、そう思わすほどの稀有なカリスマがここにある。そしてここから始まったのだ。 

■ドラゴン怒りの鉄拳 (監督:ロー・ウェイ 1972年香港映画)

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開演一発、マイク・レメディオスの歌う勇壮なテーマ・ソングの響きにたちまちドラゴン映画の世界に没入してしまう。さあこれからブルース・リーの壮烈な戦いを見ることができるのだ、と期待で胸が躍る。しかしブルース・リー主演2作目、この『ドラゴン怒りの鉄拳』ですらも、『危機一発』と同様、暗く陰鬱な物語であり、さらに『危機一発』よりも救いが無いのだ。

物語は毒殺された恩師の葬儀に駆けつける主人公の悲痛に満ちた嗚咽と慟哭から始まる。この悲痛さが最後までひとつのトーンとして続いてゆくこととなるのだ。登場時、リーが身に着けた純白の中国服が既にして死の匂いに満ちている。その後道場を荒らされ、誇りを傷つけられ、仲間を殺され、恩師の仇の正体を知った主人公が、ひたすら破滅的に復讐を繰り広げてゆくのがこの物語なのだ。この作品には『危機一発』以上の怒りと悲しみがあり、それにより、なお一層苛烈となった戦いが用意されることとなる。

それは物語が進むほどに壮絶となり、敵の強力さも次第に増してゆき、興奮はいやが上にも高まってゆく。一対多数の乱闘、日本刀との戦い、重量級ロシア人ボクサーの登場、轟き渡る怪鳥音、そしてそして、唸りを上げるヌンチャク!その戦いは己の死に場所を探すかの如き悲壮さに満ち、敵となった者を一蓮托生となって地獄へ送り込む。このあまりにヴィヴィッドな凄惨さこそが『怒りの鉄拳』をマスターピースと呼ばせる所以なのだろう。

4Kリマスターされた映像はリーの鋼の肉体をよりシャープに見せ、剃刀の如きアクションをよりエッジを際立たせて映し出し、凛とした表情を鮮やかに蘇らせる。公開から50年近く経ち、こうした形でブルース・リー映画を新鮮な気持ちで観られることがなによりも僥倖だ。暗い暗いと書きすぎてしまったが、「ブルースさん七変化」とも呼んでしまいそうな変装の数々には茶目っ気を感じさせ、リーの演技の幅を垣間見せる。そしてやはり可憐なるヒロイン、ノラ・ミャオの登場が、重苦しいこの物語に爽やかな涼風をもたらしている。


映画『ブルース・リー 4K リマスター復活祭2020』予告編

ドラゴン危機一発 [Blu-ray]

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ドラゴン怒りの鉄拳 [Blu-ray]

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天下の奇書と評される夢野久作の『ドグラ・マグラ』を読んだ

ドグラ・マグラ夢野久作

ドグラ・マグラ(上) (角川文庫) ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)

精神医学の未開の領域に挑んで、久作一流のドグマをほしいままに駆使しながら、遺伝と夢中遊行病、唯物化学と精神科学の対峙、ライバル学者の闘争、千年前の伝承など、あまりにもりだくさんの趣向で、かえって読者を五里霧中に導いてしまう。それがこの大作の奇妙な魅力であって、千人が読めば千人ほどの感興が湧くにちがいない。探偵小説の枠を無視した空前絶後の奇想小説

「読む者は一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書」として名高い夢野久作の『ドグラ・マグラ』、今頃やっと読んだ。ちなみに読んで特に精神に異常はきたさなかったけど、これはもともとオレの頭がおかしいせいだからだと思う。

実はこの『ドグラ・マグラ』、10代の頃にその評判は知っていて、文庫本は買っていたんだけど結局読む事が無かった。しかしつい最近、この『ドグラ・マグラ』 が青空文庫で無料で読めると知って「いやもういよいよ読んどかなきゃダメだな」と思い、遂に読了したという訳だ。いやあ、これもまた30年来の積読本の読了ということになるな。

ドグラ・マグラ』は一応「探偵小説」という事になっている。精神病院の病室で目覚めた青年。彼は全ての記憶を失っていた。そこに不気味な医学博士が現れ、青年が3つの殺人事件に関わっていると伝え、さらに青年の記憶を呼び覚ます為に精神医学に関するアヤシイ文献をあれこれと読ます。殺人者は誰なのか?青年なのか他の誰かなのか?錯綜する物語はやがて1000年前に中国で描かれた異様な絵巻物に言及され、事実と虚実が判別しないままにこれは夢なのか現実なのかという認識の破綻にまで及んでゆく。

物語前半に登場するアレコレの”精神医学に関するアヤシイ文献”がなにしろ面白く、そして物語をより迷走させ、さらに奇ッ怪な印象をもたらすことになる。これらは、「脳髄」と「狂気」について述べられた、真偽の定かではない論文であり記事である。曰く「キチガイ地獄外道祭文」、曰く「地球表面上は狂人の一大開放治療場」、曰く「脳髄はモノを考える処に非ず」、曰く「胎児の夢」。

これらはふざけた調子で書かれているがゆえにインチキ極まりないもののように思えるが、実は書かれた当時でここまで脳科学と精神医学、さらには精神病院の問題に切り込んでいるのは慧眼だったのではないか。そして並べられる論旨と推論の狭間に少しづつ怪しげな虚構が混ぜ込まれ、読者の認識を次第に揺さぶってゆく。特に「胎児の夢」における「胎児は胎内で生育するにつれ生命進化の過程のあらゆる生物の記憶を悪夢という形で体験してゆく」という着想は驚くほど素晴らしい。

物語はメタフィクション的構成を取りながらユング集合的無意識にフィクショナルな妄想を加え、最終的に認識論的な問題に肉薄してゆく。これら非常に知的なバックボーンを持ちつつ、描かれる内容は薄暗く湿った情念の発露であり、殺人事件であり狂気と狂人なのである。様々な事象が入れ子になった構造や時制の恣意的な攪乱など、実は結構読み難く分かり難い物語なのだが、正直「まあよくこんなもん書いたわ」という感想は確かに持った。オレは探偵小説的構成にあまり興味のない人間なので、その部分で面白かったかどうかはまた別の話ではあるが、なにしろ「ドグラ・マグラ読了だぜイエィ」というのが今の心境である。

ドグラ・マグラ

ドグラ・マグラ

 
ドグラ・マグラ(上) (角川文庫)

ドグラ・マグラ(上) (角川文庫)

  • 作者:夢野 久作
  • 発売日: 1976/10/13
  • メディア: 文庫
 
ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)

ドグラ・マグラ(下) (角川文庫)

 

 

内戦下のシリアで少女が見たものとは/グラフィックノベル『ZENOBIA ゼノビア』

ZENOBIA ゼノビア/モーテン・デュアー、ラース・ホーネマン

ZENOBIA ゼノビア

2011年から続くというシリア内戦の実情は複雑すぎて自分には理解出来ているとは言い難い。長期化したアサド軍事政権への反体制派による民主化運動が切っ掛けとは言うが、そこに様々な国家・人種・主義・宗教の思惑が絡み合い、あたかも百鬼夜行の如き様相を呈しているからである。荒廃した国家、無慈悲な虐殺、多数の死者、膨大な難民、それによる近隣他国への影響など、暗澹たる出来事の、細々な事実ばかりが伝えられてくる。

その中でオレが最もショックだったのは、シリアという、それまで殆ど知らなかった国が、この荒廃以前は、実は非常に美しい国であり、豊かな国民性を持つ人々の住む土地だったということだ。これら全てが破壊され、灰燼に帰し、恐怖と悲嘆によって塗り潰されてしまうとは。なぜ、こんな事になってしまったのだろう、なぜ、こんな事が必要だったのだろう。

デンマーク人作家モーテン・デュアーとイラストレーター、ラース・ホーネマンによって描かれたグラフィックノベルZENOBIA ゼノビア』は、シリア内戦の戦禍に飲み込まれた一人の少女を描いた物語である。それは難民船でどことも知れぬ洋上を漂う少女の回想と言った形で描かれてゆく。彼女の生まれた国シリア、そこには優しい母がおり、平和な日々があり、美味しい食べ物が満ちていた。そこははるか昔、ゼノビアという名の気高く美しい女王の収めた土地だった。そんなシリアにある日突然破壊と殺戮の嵐が吹き荒れる。少女は自らを女王ゼノビアと重ね合わせ、健気に生き延びようとするのだ。

国家を失うことの悲しみ、とはいうが、国家など概念に過ぎない。少女が失ったもの、それは彼女の育った家でありそこで過ごした日々であり、優しい両親でありその思い出であり、楽しかったこと嬉しかったこと全ての記憶である。少女が失ったもの、それは彼女を彼女たらしめていた時間と空間と経験の全てなのである。国を失う、ということはそういうことなのだ。

この過酷な状況の中にある少女の悲哀を、 原作者モーテン・デュアーは少ない台詞とシンプルな構成でもって描き切る。そしてラース・ホーネマンのグラフィックは美しく素朴であり、説得力のある画で描くべきものを的確に描き出してゆく。100ページに満たない短い物語なのにも関わらず、ここには内戦下のシリアの悲劇が濃厚に凝縮され、その恐ろしさを、その悲嘆を、まざまざと読む者の心に叩き付ける。そしてやはり、こう思わざる得ないのだ、なぜ、こんな事になってしまったのだろう、なぜ、こんな事が必要だったのだろう、と。

ZENOBIA ゼノビア

ZENOBIA ゼノビア

 

 

今年は中東料理

先日は相方さんのお誕生日ということで、ささやかながら食事会を開きました。本当は相方さんの誕生日は数週間前だったのですが、例によって彼女の仕事が忙しすぎてなかなか時間がとれず、遅れに遅れて今回やっと開催することが出来たんです。というか実は去年も多忙すぎて都合が付かず、お誕生日会をちゃんとやってなかったんですよ。

毎年いろんなお店でいろんな料理を食べていましたが、今年は「中東料理」ということにしてみました。特に相方さんからリクエストがあったわけではないんですが、オレが食べてみたかったという理由からなんですが(スマン)。いや実はオレと相方さん、「フムス」というひよこまめペーストの料理が好きでしてね、これを出すお店に行ってみたかったんですよ。

そんな訳で選んだお店は銀座にある「ミシュミシュ」という中東料理のお店。コースで予約しました。

まずはチュニジアやトルコの珍しいビールで乾杯。お誕生日おめでとうございます!f:id:globalhead:20200719165350j:plain f:id:globalhead:20200719165402j:plain
そして前菜からフムス含めいろんなペースト、サラダってのが嬉しいですね。他にファラフェル、チーズサモサ、ピタパンなどなど。f:id:globalhead:20200719165542j:plain
海老とムール貝のタジン。この辺りからワイン頼んで飲んでました。中東料理、ワインと合いますね。f:id:globalhead:20200719165621j:plain
メインはケバブ料理、お肉の下にあるのは長粒種のお米を炊いたものかな?f:id:globalhead:20200719165635j:plain
髑髏のラベルが気になってズックムというトルコのビールを注文したらグラスまで髑髏でした!

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中東な置物が可愛らしかった。

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というわけで料理とお酒を楽しみながら2時間半ぐらいお店で過ごしていたオレと相方さんでした。出てきた料理もお酒もどれもとても美味しくて、相方さんも喜んでくれたようです。二人で銀座に出かけるのも久しぶりだった。たまに行く銀座はいいですね。相方さん、また一年よろしくお願いします。 

縦横に広がる異様な脳内世界の光景/映画『アンチグラビティ』

■アンチグラビティ (監督:ニキータ・アルグノフ 2019年ロシア映画

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ちょっと前に「ロシアのSF映画には意外と拾い物がある!」とこのブログで書いたばかりだが*1、またまたロシア製SF映画の登場である。こうして立て続けにロシア製SFをロードショー劇場で観られるというのも結構珍しい事かもしれない。タイトルは『アンチグラビティ』、本国では2019年に公開されたばかりの作品である。

物語は謎めいたシーンの連続で始まる。壮麗な超未来的建造物群が画面に現れたと思ったらそれは次第に腐食してゆき、次にその建造物が何者かの部屋に作られたミニチュアであることが分かる。その部屋である男が目覚めるが、その男の目の前で様々なものが腐食し形を失ってゆく。恐怖に囚われ表に飛び出した男が見たのは、やはり腐食した街並みと重力を無視し縦横に浮遊する建造物の群れだった。呆然とする男を黒く忌まわしい形をした怪物が襲うが、そんな彼を武装した男女の一団が救い出すのだ。

こうして異様なビジュアルとミステリアスな展開が畳みかけられた後に明らかになるのは、この世界が「現実世界で昏睡した人々の記憶の情景が混じり合った脳内世界」であり、「黒い怪物」は「脳死した人間の残存思念が他人の昏睡記憶に襲い掛かり現実の死をもたらすリーパー(死神)」であるということだった。主人公はこの世界に囚われた人々と協力し合い、リーパーが襲い掛かってこない安全な土地を探し出すため危険なミッションに挑むのだ。

なんと言ってもこの作品の最大の見所は「様々な街並みが重力を無視して上下左右に浮遊し細い通路で繋げられた世界のビジュアル」だろう。それはエッシャーの騙し絵のようにも見えるが、むしろ脳内神経細胞の構造に似ているように思う。「脳内世界」を描くこの物語の情景は、脳内神経細胞を模したものだったのだ。

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『アンチグラビティ』の脳内世界

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脳内神経細胞

描かれる世界は複数の人間の脳内記憶が繋がったものであり、それを「ヴァーチャル世界」ととらえるなら映画『マトリックス』であるし「夢」であるととらえるなら映画『インセプション』だということができる。いずれにせよ現実世界の決まり事が無視された世界であるということだ。しかしその世界はなにもかも登場人物の思いのままのことが出来るわけではなく、あくまでこの脳内世界の法則の中で生きるしかない。しかもこの世界は記憶の欠落の如くそれぞれの情景が腐食し痘痕だらけになっている。これら「退行してゆく記憶の情景」からは『ブレードランナー』原作でも知られるSF作家、P・K・ディックの問題作『ユービック』を彷彿させるものがある。

物語の登場人物たちは皆サイバーパンクテイストのコスチュームをまとい朽ちかけ赤錆びた建造物に立て籠もり、リーパー粉砕のための特殊武器を身に着けている。この辺の小道具の扱いもまたカッコいいのだ。さらにそれぞれが超能力めいた特殊能力を持っており、探索や戦闘のおいて発動させる。脳内世界だからなんでもアリ、ということなのだろうが、「異様な異世界を探索しながら敵と戦う超能力者たち」という物語からはどこかコンピューターゲームっぽい世界観を感じたりする。天地や前後左右で重力が異なりそれを利用しながらの行動、なんて部分はゲーム『GRAVITY DAZE』そのままじゃないか。

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GRAVITY DAZE

そう、この作品、脳内神経細胞構造の如き世界を舞台に『マトリックス』『インセプション』『ユービック』『GRAVITY DAZE』を悪魔合体させたさせたような実にユニークな作品として完成しているのだ。

ただしビジュアルイメージ先行型の作品によくあることなのだが、この『アンチグラビティ』はストーリーの膨らませ方に難があり、中盤若干退屈になる部分があるのは否めない。異様なビジュアルも最初こそ驚かされるが、物語が進行してゆくにつれ慣れてしまい、その後は最初の驚き以上のものが存在しなくなってしまう。言ってみれば10分程度のイメージムービーやゲームのムービーシーンを無理矢理2時間余りの物語に水増ししたように見えてしまうのだ。

しかしそういったマイナス面は後半、「この世界が存在する真相」が明らかにされることで新たなサスペンスを生み出し、ようやく物語らしい輪郭を獲得することになる。こういった点で、全体的には物足りない面もある、必ずしも完成度の高い作品とは言えないのだが、様々な既存作品をミックスしながら特殊な映像表現で一点突破した、気概のある作品だという事は出来るだろう。少なくともオレは嫌いじゃないし、これからも記憶に残るであろうSF作品だった。


インセプションのような世界観!ロシア発のSFアクション『アンチグラビティ』予告編

ユービック

ユービック

 

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