追憶のハルマゲドン / カート・ヴォネガット

追憶のハルマゲドン

追憶のハルマゲドン

昨年亡くなったカート・ヴォネガットの没後1周年を記念して出版された未発表作品集。フィクションのほかにもヴォネガット自身によるスケッチ、ヴォネガットの息子であるマーク・ヴォネガット氏による序文や、ヴォネガットが死の直前出席するはずだった講演会原稿も収録されている。ちなみにヴォネガットが急逝した為、この講演会で原稿を代読したのは息子のマーク氏だったという。
その他のフィクションに関してはヴォネガットの戦争体験をもとにしたと思われる内容のものが多く、『スローターハウス5』でも描かれているドレスデン無差別爆撃を題材にした作品も収められている。その中には捕虜収容所での出来事や終戦後の引き上げにまつわる話もあり、創作ではあってもヴォネガットがヨーロッパ戦線で何を体験し何を考えていたのかを想像することの出来る作品ばかりだ。
作品の中では唯一戦争物ではない表題作「追憶のハルマゲドン」が秀逸。悪魔の存在について描いたこの作品はヴォネガットらしいブラックユーモアの生きる作品だ。しかし決して退屈な作品集ということでは無いけれども、単行本の性格上ファン向けというかヴォネガットの落ち穂拾い的な作品集になっているので、ヴォネガットに興味をもたれたばかりの方は既に多く出版されている代表的な長編を手にとられることをお勧めする。
そういった中でやはり最も注目したいのは講演会原稿「二〇〇七年四月二十七日、インディアナポリス、バトラー大学のクラウズ・ホールにおけるカート・ヴォネガット」だろう。死の直前であり、さらにあのヴォネガットは講演会という場所でいったいどんなことを語るのだろう興味津々で読み始めたが、驚くなかれ、ヴォネガットは何一つまともなことを語っていないのだ!
いや、むしろ、ヴォネガットは、講演会という場所で要求されるような鹿爪らしい話を嫌ったのかも知れない。ここで読むことが出来るのは、生前「笑いをとるためなら何でもする」とまで言われたヴォネガットの、風刺と皮肉に溢れたユーモアだ。その中にはヴォネガットらしいきらりと光るアフォリズムも存在するが、ヴォネガットがここでやりたかったのはあくまで聴衆を笑わせ喜ばせることだったのだろう。
人類に対する憂いと絶望を抱え、”心優しきニヒリスト”なんて呼ばれ方をしていた作家ヴォネガットは、実は人を喜ばせたくてたまらないサービス精神満点のおじいちゃんでもあったのだ。陰鬱な現実は確かに存在し続けるけれども、それを笑い飛ばせるような気概とパワーも必要なんだ、負けてばかりもいられないんだ、ヴォネガットは案外そう感じていたのかもしれない。