『この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選』を読んだ

この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選 / J・J・アダムズ (著), 中原 尚哉 (翻訳)

この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選 (創元SF文庫)

異星種族との戦いの最前線で、いつ果てるともしれない激戦を続けている小隊。そこへ司令官のマクドゥーガル将軍が前線視察にやってきて……(この地獄の片隅に)偵察任務中に攻撃を受け、深刻な傷を負って外傷ポッドに収容された兵士マイク。医師アナベルが遠隔通信により彼を救おうとするが……(外傷ポッド)パワードスーツ、パワードアーマー、巨大二足歩行メカ――ジャック・キャンベル、アレステア・レナルズら豪華執筆陣が、古今のSFを華やかに彩ってきたコンセプトをテーマに描く、全12編が初邦訳の傑作書き下ろしSFアンソロジー

「パワードスーツ」といえば異星人やら敵軍団やらと熾烈な戦闘を繰り広げるために身にまとう、多数の火器を装備し先端科学で機械化されたゴツい金属製の軍事アーマーのことでだいたい間違いあるまい。古くはハインラインのSF長編『宇宙の戦士』に登場し、加藤直之氏が描いた表紙や口絵のパワードスーツ絵にオレを含む多くのSFファンが鼻血たらし気味に大興奮したアレである。ガンダムやアイアンマンなんかもその範疇に入るんではなかろうか。いわゆる「男の子ってこういうの好きでしょ」が凝縮した夢のようなマッシーンなのである。

そのパワードスーツの登場するSF短編ばかりを集めたのがアンソロジー『この地獄の片隅に』である。『この世界の片隅に』みたいなタイトルだが軍事アーマーが主体であるから地獄も地獄、大いに地獄なパワードスーツ・ストーリーが網羅されているのではないかと期待が高まりまくりではないか。もう中二の魂百までと言いたくなるほどにドリームな企画である。もともとはJ・J・アダムスの編纂した『Armored』という短編集収録の23篇から日本版は12篇を選んで書籍化したものだという。

とはいえ、収録された12篇全部が「パワードスーツでドッカンドッカン宇宙戦争!」というのも芸がないので、そこはそれぞれにパワードスーツを解釈し宇宙戦争物語に止まらない幅の広いパワードスーツ物語となっている。また、「パワードスーツを駆る人間」の物語であると同時に、「パワードスーツAIと人間の関係性の物語」を描く作品も目立ち、広義でAIテーマSFとしても読めるのだ。

例えば冒頭「この地獄の片隅に」ジャック・キャンベルなどは見事に宇宙戦争が舞台となるが、「深海採集船コッペリア号」ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタインでは異星の海を探索する潜水服であったり、「ケリー盗賊団の最期」デイヴィッド・D・レヴァインでは19世紀末のオーストラリアを、ドン・キホーテ」キャリー・ヴォーンでは20世紀初頭のスペイン内戦を舞台にしたスチーム・パンクなパワードスーツが登場したりする。

パワードスーツが登場するから宇宙戦争とは限らない。ノマド」カリン・ロワチーは未来ギャングの兵器として登場し、AI精神との融合の様はホモセクシャルな雰囲気を漂わす。「アーマーの恋の物語」デヴィッド・バー・カートリーは謎の大富豪は常にパワードスーツを身に着けていた!?というお話だが、これはちょっと見方を変えるとバットマンみたいだよね。「N体問題」ショーン・ウィリアムズは銀河最果ての星系を舞台に、ある男とメカスーツを着た女との奇妙な愛の物語で、ハードボイルドな展開がなかなかいい。

もちろん戦闘を扱った作品もきちんとあるが、そこはまた一ひねりした設定が光る作品ばかりだ。「外傷ポッド」アレステア・レナルズでは負傷した軍人がアーマータイプの医療ポッドに乗せられ治療を受けるが……という物語だが、ミステリアスな展開に引きこまれる。「密猟者」ウェンディ・N・ワグナー&ジャック・ワグナーは人類が太陽系の他のコロニーに移住し無人となった地球を保護する取締官アーマーの物語だ。「天国と地獄の星」サイモン・R・グリーンでは蠢き回る狂暴な植物が生い茂る地獄の惑星に派遣された建設要員アーマーが出会う地獄また地獄!が描かれる。「所有権の移転」クリスティ・ヤントは掌編ながらピリッと辛いアーマーストーリー。

そしてなんといっても最後の1篇「猫のパジャマ」ジャック・マクデヴィット! 事故に見舞われた宇宙ステーションへ救助に向かった男が発見したのは1匹の猫!しかしアーマーは着ている1着のみ、猫をアーマーに入れる余地はない……。そこから始まる猫救出ドラマがなにしろ熱い!猫好き必読だ!あと、それぞれの作品の冒頭には加藤直之氏によるカッコいいパワードスーツのカラーイラストが添えられていてKindle版)、『宇宙の戦士』再び!と盛り上がること請け合い!パワードスーツ縛りということでやはり若干自由さがない部分もあるが、中二病魂は大いに満足させられることだろう。

フィリピン旅行で犯罪捜査!?韓国アクション・コメディ『国際捜査!』を観た!

国際捜査! (監督:キム・ボンハン 2020年韓国映画

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みみっちさが染みついたしょうもない韓国人刑事が、フィリピンへと家族旅行に行ったところとんでもない事件に巻き込まれ、涙目になりながら捜査に乗り出しちゃう!?というアクション・コメディです。主演に『哭声 コクソン』『KCIA 南山の部長たち』のおっさん俳優クァク・ドウォン、監督は『ありふれた悪事』のキム・ボンハン

《物語》冴えない田舎刑事のビョンス(クァク・ドウォン)は借金だらけの上ちょっとした収賄がバレかかり、うんざりするような毎日を送っていた。気分一新と結婚10周年を兼ねて家族を連れフィリピン旅行に出かけたビョンスだが、そこで数年前彼を騙し大金を奪ってフィリピンに逃げた男ヨンベ(キム・サンホー)が刑務所に服役していることを知る。ビョンスはかつての後輩マンチョルと共にヨンベと面会するが、ある危険な陰謀に巻き込まれてしまう。さらにビョンスは殺人の濡れ衣を着せられ、殺し屋に追われ、フィリピンの街を逃げ惑うことになるが!?

この『国際捜査!』、フィリピン・マニラの風光明媚なリゾート風景と、それと裏腹な猥雑極まりない街並みが目を引く作品です。韓国映画ではありますがフィリピンが舞台という事でより怪しげな雰囲気に包まれているんですね。そんなフィリピンのちょっと気を抜いたらケツの毛までむしられちゃう治安の悪さ、あちこちに転がっている犯罪の温床、闇で目を光らす犯罪者たちの影が、映画冒頭から主人公ビョンスをとことん追い詰めてゆくんですね。ビョンスは初っ端から金を奪われ荷物を奪われスマホを奪われ、出会う者は誰もが信用できない連中ばかりで、もう情けないほどにボロボロにされちゃいます。

これだけ嫌な目に遭ったらさっさと帰国しようよ、とは思うんですが、ビョンスと大きな因縁のある男ヨンベの存在が彼を引き留めます。このヨンベ、実はビョンスと幼馴染の腐れ縁だったんですが、実の所全く信用できない男。このヨンベに対するビョンスの友情とも恨みともつかない複雑な心境が物語の軸の一つとなります。さらにビョンスはしょうもないなりに警官の矜持を持ち、同時に元ボクサーというチート要素を兼ね備えているので「俺を誰だと思ってる!?ふざけんなああ!」と果敢というか無謀にも事件に挑んでゆくんですね!

なにしろこの作品、とことんイイ顔をした韓国の「おっさん俳優」の顔を拝めるといった部分に最大の魅力があります。そう、韓国映画といえば涼しげな顔した韓流アイドルではなくおっさん俳優!主演のクァク・ドウォンのみならず出てくる俳優出てくる俳優誰も彼もがくさやの漬け汁に10年ぐらい漬け込んだような味わい深いイイ顔したおっさんばかり!じっとりと脂ぎってだらしない体型とだらしない性格をしたおっさんがこれでもかとばかりに大挙して登場し目を楽しませてくれます!好きだあ!好きだ韓国おっさん俳優~~ッ!!

それとこの物語、アプローチの仕方を変えると相当陰惨極まりない物語にも容易くできてしまうんですね。フィリピン闇社会に関わってしまった男の決死の逃避行と血塗れの暗黒復讐劇!ってな韓国ノワールに簡単に様変わりさせることができてしまうんですよ。そこをあえてコメディを基軸として描くところにこの作品のよさがあります。かつては韓国映画ノワール作品が目立ちましたが、最近はこんな具合に様変わりしつつあるのでしょうか。実の所陰惨なノワールがあんまり得意じゃなく、むしろコメディ作品のほうが好きなオレとしては願ったり叶ったりなんですが。

映画としてはエピソードをもうちょっと整理してほしかったのと、少々展開がユルくご都合主義な部分が散見したのが残念だったのですが、逆に予想以上にアクションが多かった(しかも笑っちゃう)のがみっけものでしたね。なんといってもビョンスに雇われたボディガード二人!なんだか頼りない風体だなあ、と思ってたら驚くべき大活躍で、っていうかそもそもあいつら何者だったの!? なにしろこのボディガード二人に時々物語が持っていかれちゃう、という恐るべき脇役でしたね!

ジョニー・トー映画を観まくった!(後編)

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さて前編ではノワール/アクション系を中心に書いたが、この後編ではワイ・カーファイ共同監督作を中心にあれこれ紹介してみる。

ワイ・カーファイとの共同監督作『マッスルモンク (2003)にはなにしろ驚かされた。ムキムキの男性ストリッパーは実は人の「カルマ」を見ることの出来る元僧侶だった、という設定だけで頭がクラクラしそうだが、アクションと笑いをマリアージュさせた軽快なテンポの作品で、「ジョニー・トー、コメディもイケるのか!?」と思わせた。しかしそれよりもクライマックスの韓国ノワールすら凌駕する凄惨な展開に「ここまでやるのか!?」と頭が真っ白になった。

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とはいえ『マッスル・モンク』のコメディ展開部分は実際は共同監督ワイ・カーファイのセンスのように思う。寡黙なジョニー・トー演出に足りない饒舌さをワイ・カーファイが補っていたのではないか。二人の共同監督作は結構多く、前回紹介した『MAD探偵』もそうだったが、同じ共同監督作『ヒーロー・ネバー・ダイ』(1998)がまた”トンデモ展開”を迎える作品だった。対立する組織の殺し屋同士の確執を描いた作品だが、後半から「両足を失い”いざり車”で復讐を誓う男」という根本敬特殊漫画の如き展開を見せるのだ。この作品も前半の躁的な描写はワイ・カーファイのものなのだろうと感じた。

トー/カーファイ共同監督のよるクライムアクション『フルタイム・キラー  (2001)は香港俳優・アンディ・ラウと日本人俳優・反町隆史が主演を務める作品だ。対立する二人の殺し屋とその狭間に揺れる女の恋を描くが、アンディ・ラウ演じる殺し屋の素っ頓狂さはまさにカーファイのもの、そして熾烈な銃撃戦はトーのものなのだろう。殺し屋を巡る一人の女といった物語はエキセントリックだが、基本的に「男同士の壮絶なじゃれ合い」を描いたものなのだと思う。ジョニー・トー映画でよく言われる「男臭さ」とは、実は男たちの濃密極まりないホモソーシャルな関係の発露ではないのか。

トー/カーファイ共同監督作『アンディ・ラウの 麻雀大将』 (2002)はギャンブルコメディとなるが、「凄腕のギャンブラー」というより「単なるツキ」でありそれが「カノジョのもたらした運」という謎設定が例によってトンデモな怪作だった。そもそもトー/カーファイ共同監督作って、怪作か怪作の一歩手前の作品が多いじゃないか!?

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しかし共同監督作で最も心に残ったのはラブコメ作品『Needing You』 (2000)だ。ヤヴァい、これはひょっとしてオレが今まで観た最高のラブコメかもしれない。ロマンチックさとは真逆なドライさでガンガン笑わせながら、最後にきっちり「Love」で〆るハードボイルドなラブコメだったのだ。ラブロマンス作品にこういったテイストを持ち込めるセンスは稀有なのではないか。主演のアンディ・ラウとサミー・チェンも良かったが、吹き替えの声優もまた良くて、誰だろうと調べたらヒロイン役が林原めぐみ様!!オレのジョニー・トー映画ベスト作品の一つとなった。

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「怪作」といえば『柔道龍虎房』(2004)もオレは「堂々たる怪作」と言いたい。辺り構わず柔道対戦を申し込む男が主要人物、という段階で訳が分からないのだが、それに酔いどれダメ男とスターになりたいのに誰にも相手にされない女が絡む。そして物語それ自体は「姿三四郎」のオマージュなのだという。劇中でも「三四郎」のテーマが何度も歌われカオス度がいやましてゆく。でもこれも基本は男同士の息苦しいばかりの濃密な「愛」の物語なんじゃないかとオレには思えたな。

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奪命金 (2011)も変わり種だがなかなかに優れた作品だった。マネーゲームに翻弄される人々の生き様を描いた金融サスペンス、というテーマも珍しく感じたが、拝金主義的な香港のリアルを抉り出したものかもしれない。そしてトー映画としては珍しく、登場人物たちの行動が非常に生臭くドロドロと描かれ、ある意味異色な作品ともとれるが、その緊迫感は圧倒的であった。

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スリ』 (2008)はスリ集団の苛烈な犯罪事件を描くものではなく、主人公らスリ集団が謎の美女を救出すべく画策するというもの。シリアスなサスペンスと思わせてスリ集団のじゃれ合うが如き和気あいあいとした関係になぜか和み、同じ女に騙され翻弄されるトホホな状況にちょっと笑わされる。さらにスリ集団はいつもやられっぱなしで妙に情けない。なにか学園のバカ男子集団とマドンナとの叶わぬ思いを描いた物語にすら見えてしまう。そういった物語とは別に、画面に映し出される香港の街並み(しかも珍しく昼間が多い)の美しさに驚かされる。しかし、トー映画に登場する香港の街の活気と生活感は、中国併合と国家安全法が施行された現在、その輝きを過去のものとしてしまったのではないか。そう考えると、トーが描く自由闊達な香港は、もはや映画の中だけの存在する幻想の光景のように思え、奇妙な寂しさを覚えてしまった。そういった部分に於いても価値のある作品なのではないだろうか。

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さて、ざっとジョニー・トー映画を追い掛けてきたのだが、ここでオレのジョニー・トー映画ベスト5を挙げておこう。

1位:Needing You

2位:ドラッグ・ウォー 毒戦

3位:PTU

4位:スリ

5位:エグザイル/絆

 ……となる。う~ん、さすがオレが選ぶだけあって偏ってるね!ファンの方怒らないでくれ!『Needing You』のひたすらドライなラブコメ描写、『ドラッグ・ウォー 毒戦』のファナティックな興奮、『PTU』の夜の香港の街の美しさ、『スリ』の昼の香港の街の美しさ、そして『エグザイル/絆』の訳の分からないカッコよさ、そういった部分がよかった。総論するなら、ジョニー・トーはオレにとって香港ノワールの監督というよりも、型にはまることなくエキセントリックな作品を率先的に撮ろうとする異能のアジア監督という印象だった。

という訳で2回に分けてお送りした【ジョニー・トー映画を観まくった!】でありました!どうもお粗末さま!

ジョニー・トー映画を観まくった!(前編)

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ジョニー・トー、香港映画を代表する監督の一人であり、数々のノワール作品で絶大な人気を誇る監督でもある。オレのTwitterのフォロワーさんにもプロフィールにジョニー・トー好きを公言する方が結構いらっしゃったりする。

そんなジョニー・トー映画、オレは殆ど観ていなかった。以前Twitterでお勧めされて 『MAD探偵 7人の容疑者』(2007)を観た時は「これは凝ったシナリオだなあ」と感心したものだが、その後観た『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』(2009)が自分には今一つで、それほど興味を持てなかったのである。

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しかし最近韓国映画をよく観るようになり、その中で『毒戦 BELIEVER』(監督:イ・ヘヨン 2018年韓国映画)に衝撃を受けた。そしてそのオリジナル作品がジョニー・トー監督作『ドラッグ・ウォー 毒戦』(2012)だと知り、観てみるとこれがまたとんでもなく面白い作品だったのだ。説明を最小限にとどめた無駄のないシナリオとそこから生まれるスピーディーな展開、余計な情緒を削ぎ落したハードボイルドさ、次々と虫けらのように死んでゆく登場人物の命の軽さ、時折顔をのぞかせる唖然とさせられる描写(警察車の箱乗りってなんなんだ!?)、どれもこれもが「監督それ自身の文脈」でもって構成された優れた娯楽作だったのである。

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いやこれはジョニー・トー作品をちゃんと観てみるしかあるまい、オレはそう思い、例によってネットでジョニー・トー作品の人気作を調べ、気になった作品を虱潰しに観てみることにした。「ジョニー・トー祭」の始まりである。

しかしオレの「ジョニー・トー祭」が始まって最初に観た『エグザイル/絆』 (2006)がまた”トンデモ”な作品だった。殺し屋たちの漂泊を描くこの作品、銃撃シーンのスタイリッシュさは恍惚とさせられるほどで伝統芸の域に達していたが、あって無いようなストーリー展開に唖然とさせられた。後で調べるとシナリオも無くその日その日のフィーリングで撮影したのだという。なんだこの自由さは!?そんな一見イージーに撮影された作品なのにも関わらず引き込ませる作品に仕上げる才覚に驚いた。

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ジョニー・トー映画には単なる「戦闘/抗争」を描くのではなく特徴的なエピソードでピンポイントに牽引してゆく部分にユニークさがある。例えば『エレクション ~黒社会~』 (2005)は黒社会での跡目取り抗争を描くが、ただ単にヤクザ同士の殺し合いを描くのではなく、会長になった者だけが手にできる「竜頭棍」なるアイテムの争奪戦を中心として描かれることになる。これはハメット『マルタの鷹』の如きマクガフィンを巡る攻防であり、「竜頭棍」という「モノ」が中心となる事により、憤怒や憎悪といった情緒性ではなくスポーツの如き奇妙なドライさが全編を覆う作品となっているのだ。ただしこの作品の続編である『エレクション 死の報復』(2006)はそのままヤクザ抗争の物語になってしまっており、これは平凡な作品に感じた。あ、木箱に人間入れて何度も坂から転げ落とすイカれた拷問は斬新だったけどね!

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『ブレイキング・ニュース』 (2004)では団地に立て籠もった強盗団と警察との攻防を描くことになるが、さらにここに警察によるメディアを使った印象操作というエピソードが加味される。これにより単なるアクションのみに留まらない、一捻りした面白さを味わう事ができる。勿論団地の構造を使ったアクションも醍醐味たっぷりだが、それよりも冷徹な女警官の登場が目を引く。男たちが戦いの興奮に忘我している最中にただ女だけが冷静なリアリストを押し通す。戦いという名のじゃれ合いにうつつを抜かす男と白けた表情で現実に帰ってゆく女、これもまたジョニー・トー映画の特徴的な側面だ。

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一方『ホワイト・バレット』(2016)は入院中の強盗団首領とそれを警護する警察、首領奪還を狙う強盗団との戦いを描くが、病院内が舞台の密室的なクライム・サスペンスという部分で斬新だ。特にバレットタイムを使った病院内銃撃シーンが秀逸。また、警察側は強盗団首領を闇に葬ろうと画策しており、この戦いが正義と不義の戦いではなく体制側と反体制側との闘争であることが浮かび上がる。このようにジョニー・トー映画には単純な正義が存在せず、異なる既得権益者同士の潰し合いといった形で戦いが描かれるのだ。つまり「警官=正義」では決して無いのだ。

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これをもっと押し進めたのが『PTU』 (2003)だろう。「PTU」とは「香港警察行動部の警察機動部隊」の略だが、物語は夜警をする警官たちのある夜の出来事を描いたものとなる。ここで警官たちはある不祥事をもみ消す為に行動し、はからずもある事件と遭遇する。『ホワイト・バレット』と同じく警官は決して正義の側として立ち回るのではなく、ただ自らのシステムを侵犯する者と闘争を繰り広げるのみなのだ。ここにやたら善悪を喧伝しないジョニー・トー映画の冷めた視点がある。それにしてもこの作品、たった一夜のみの時間帯を舞台に延々香港の夜の街並みを映していくのだが、この冷え冷えとした映像がひたすらクールで美しい。トー映画の描く夜の美しさは格別だが、特にこの『PTU』の美しさと迫真性は群を抜いていた。

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そんな中『暗戦 デッドエンド (1999) は余命幾ばくもない男が完全犯罪を企み警察に挑戦状をたたきつけるという娯楽作。これも他のトー作品と同様に正義と不義の確執を描くものではなく、主人公たる犯罪者と警官は対立した者同士のように見せかけながらホモソーシャルな恍惚の中でねっとりと喘ぎ絡み合う。もうお前ら付き合っちゃえよ!軽快なテンポで描かれた快作だろう。

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そして『ザ・ミッション 非情の掟』(2000)。ジョニー・トー映画ランキングでは1位になる事も多いこの映画、いやこれは視聴するのに苦労した。中古品は高値で取引されネットレンタル店でも延々貸し出し中で、2週間待ってやっとレンタルできた。5人の殺し屋たちが何者かに狙われている暗黒街のボスを警護するという話なんだが、対立する組織同士の戦いというよくある話ではなく、敵の正体がようとして知れない部分に特色がある。そういった部分に不気味な面白さがある。そしてジョニー・トー映画を観てよく思うのは、時代を感じさせない撮影のモダンさときっちりキマッたアングルの美しさだが、この作品などはその真骨頂だろう。銃撃戦の演出などももはや「ジョニー・トー節」とでも言いたくなるような独特さで魅力がある。登場する5人の殺し屋を演じた俳優たちは後に『エグザイル/絆』で結集しその怪しげな魅力をたっぷり披露することになる。ただ、先に『エグザイル/絆』を観ていたのと期待値を上げ過ぎていたせいか、少々印象が薄く感じてしまったんだよなあ。その辺が残念。

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 (後編に続く)

日本でアステカ暗黒神の幻影が跋扈する強烈な犯罪小説『テスカトリポカ』

テスカトリポカ / 佐藤 究

テスカトリポカ (角川書店単行本)

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国〈アステカ〉の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。心臓密売人の恐怖がやってくる。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。

Twitterで日本人作家による恐ろしく血生臭いスーパーバイオレンスなノワール小説があると知り、ちょっと読んでみることにした。なにやらマジックリアリズムの匂いもあるという。作者の名前は佐藤究(さとうきわむ)、タイトルは『テスカトリポカ』 。

物語はメキシコの麻薬カルテルに君臨する男・バルミロが対立組織に一族郎党皆殺しにされ、復讐を誓いながら日本に潜入、そこで臓器売買ビジネスを展開しながら強大な軍団を形成してゆくというもの。メキシコの麻薬密売人がなぜ日本に?と思うかもしれないがそこもきちんと説明されていて説得力がある。

物語の中心となるバルミラは麻薬カルテルの長として名を成しただけあって残忍かつ狡猾、用心深く世を渡りながら好機を見つけると金と暴力にものを言わせ少しずつ彼自身の王国を成長させてゆくのだ。このバルミラの元に一人また一人と反社会的人格の連中が集ってゆき、それぞれのドラマを物語ってゆくことで裏社会群像劇を形作るという構成になっている。

この作品をユニークにしているのはタイトル『テスカトリポカ』に表れているように、古代アステカの神話と喪われた栄華の歴史が物語の背景として持ち込まれていることだろう。太古の昔、アステカでは神殿において日々生贄の儀式が行われ、それは生きたまま生贄の心臓を抜き出し神に献上するものであったという。

その血生臭さ、近代の倫理が一切通用しない異質な思考形態、神への強烈な信仰と死をも恐れぬ精神、それらがバルミラの強烈なアイデンティティと行動原則を形成し、物語それ自体を単なるノワールに止まらない一種神話的で幻想的な暗黒の寓話として成り立たせているのである。

面白いのは、こうした「古代アステカの神話」がなぜか日本を舞台に展開するといった部分だろう。バルミラのもとに集った戦闘員らは暗黒神テスカポリトカに仕えるアステカの狂戦士のように戦い、強烈な残虐性をあからさまにする。闇ビジネスの根幹となる心臓の臓器売買は、そのまま神に捧げる生贄の心臓に重ね合わされる。

殆どの登場人物は他人の生命などゴミのようにしか思っておらず、その暴力はどこまでも凄惨であり、麻薬取引や臓器売買が行われる裏社会の生態はひたすら暗鬱で、こうした人間性皆無の描写の数々が冷え冷えとした衝撃となって物語を覆う。多少資料に頼り過ぎている窮屈さはあるし、個人的にはクライマックスに不満を感じるが、総体として非常に読み応えのある暗黒小説として完成していると思う。今年の日本ミステリベスト10には入るのではないか。

テスカトリポカ (角川書店単行本)

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