映画『TENET テネット』は小難しいことは考えずにシンプルなSF諜報活劇として観るといいのだと思う

■TENET テネット (監督:クリストファー・ノーラン 2010年アメリカ映画)

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オレはクリストファー・ノーラン監督作が少々苦手である。殆どの作品で絶賛される監督ではあるが、オレ自身は好き嫌いが激しい。全部観ているわけではないが、一番好きなのは『ダークナイト』だな。ただし後半は駄目だ。『インセプション』は初見時嫌いだったが、二回目に観て好きになった。他の「バットマン」シリーズ、あと『ダンケルク』はまあまあ。『インターステラー』はおもんない映画だったな。総じて滅茶苦茶評価している監督というわけではない。

そんなオレなのでノーラン最新作『TENET テネット(以下:テネット)』はたいした期待もせず半ば惰性で観に行ったのではあるが、これがなんと、相当に楽しめた作品だったのだ。順位で言うなら『ダークナイト』の次くらい、『インセプション』や『ダンケルク』よりも面白かったと言っていい程だ。しかしこれは『テネット』が高い完成度を誇る映画だからという事ではない。むしろ、『インセプション』の残り滓のアイディアで作ったような作品だし、『インターステラー』の半分の構成力も無い作品でもあると思う。

ではなぜそんな作品が楽しめたのか?それは、この作品が、「思い付きと勢いだけで作ったような」「結構インチキな映画」だからである。しかしそれは逆に言えば、「こんなアイディア(スパイ映画+SF時間逆行)の映画を作りたい!ボクは作りたいんだああ!」という熱意のもと、理屈をほとんど無視し、しかし持てる技量はたっぷり振り絞り、その勢いでもって作り上げられた映画の様に感じたからだ。すなわち、小難しそうに見えて結構おバカな作品であり(意味ありげに見えてフィルム逆回ししただけの映像や後ろ向きに走る演者の姿とか実は可笑しいことこの上ない)、その適度なユルさが心地よかったのである。バカなことを生真面目にやっている部分が好印象だったのだ。

映画『テネット』はある秘密諜報部員が「時間逆行テクノロジー」を使って未来からやって来た侵略者と対峙する、というSFスパイ活劇である。説明するならそれだけのシンプルな話である。しかし観た人の多くは「難解であり一回観ただけでは訳が分からない」と言う。それはそもそも「時間逆行」というギミックの扱い方が複雑で分かり難く、説明に乏しいという部分にあると思う。しかし理解の仕方としては整合感など求めず、「時々時間が遡りますよー」程度のザツさでいいのではないかと思う。

この作品でも従来のノーラン作品の様に「ややこしい小理屈(設定)」はこねまわされているが、今作においてはそれが殆どザルであり、量子論がどうとか物理学がどうとか言う以前に設定が破綻しまくっている。そもそも台詞の中で「時間パラドクスは無視」みたいなことすら言っている(世界がもしあのクライマックスで消滅するなら未来からの侵略ってどういうことだ?それと逆行・巡行した同一人物が触れ合うと対消滅を起こすと説明していたのに「あの場面」はなんなんだ?)。

しかし、そんなことはどうでもいいのだ。要は「嘘八百並べてでもこのアイディア(スパイ映画+SF時間逆行)の映像化は面白いはず」という監督の直感と熱気が先行する作品であるという事だ。そして確かに、映像面で見るならこの作品はあちこちで変なことをやっていて面白いし、「時間逆行」のギミックにより生成されるパズル的な物語の在り方は十分に楽しむことが出来た。この作品においては「考えるな、感じろ!」という言葉が取り沙汰されるが、「よくわかんないけどなんだか面白い事やってんなあ」という部分でオレは楽しめたという事なのだ。

ノーラン監督は器用に見えて実は不器用だし、賢いように見えて頑固で偏屈だし、人間描写はベタで平凡だが、そういったバイアスを自ら認知したうえでそれを跳ね返す形でこれまで傑作とされる作品を作ってきたのだと思う。しかしそれらは小理屈で煙に巻いているだけのように思えて、オレには鼻についていた部分があった。ただ今作『テネット』は本質にある「映画大好き映画バカ」の顔を覗かせ、妙なプライド高さ(高尚ぶり)が後退したように思う。そこがよかった。もしもう一度観る機会があったら今度は「バカやってんなあ」と笑いながら観てみたいな。 

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最近聴いたエレクトリック・ミュージックその他

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Duval Timothy

■Help / Duval Timothy

Help [日本限定CD]

Help [日本限定CD]

  • アーティスト:Duval Timothy
  • 発売日: 2020/08/07
  • メディア: CD
 

Duval TimothyはUK/シエラレオネを拠点に活動するマルチアーティストだという。この『Help』は彼の4枚目のアルバムとなるが、一聴してその繊細なピアノワークと電子音楽との見事な融合振りに聴き入ってしまった。ジャンル的にはエレクトリック・コンテンポラリー・ポップということになるのだろうか。全体的にメランコリックであり、殆どにおいてナイーブなピアノ演奏がリードし、幾つかの曲でたおやかなヴォーカルが聴こえる。そして時折巧みなサウンドコラージュが顔を覗かせ、ごく稀に力強いエレキギターの音が響く。技巧的でありつつ心に訴え掛けようとするソウルを感じる。非常にユニークなアーチスト精神によって製作された好アルバムだということが出来るだろう。

■Wrong Way Up [Expanded Edition] / Eno/Cale

Wrong Way Up (Expanded Edition) (Deluxe)

Wrong Way Up (Expanded Edition) (Deluxe)

 

ブライアン・イーノジョン・ケールがコラボした1990年のアルバム『Wrong Way Up』に2曲のボーナス・トラックを加えてリイシュー。イーノといえばアンビエント作品を連想してしまうが、この作品では初期イーノを髣髴させる稚気溢れるヴォーカル・ポップ・サウンドを聴かせ、豊かで楽しいアルバムとなっている。イーノのヴォーカルって意外といいんだ(ジョン・ケールの歌う曲もあり)。国内盤は高品質UHQCD仕様になっており、これがオレの安物ステレオでも驚くほどにイイ音で響いてくれてびっくりした。

■Spinner [Expanded Edition] / Eno/Wobble

ブライアン・イーノとパブリック・イメージ・リミテッドのベーシストとして知られるジャー・ウォブルがコラボした1995年のアルバム『Spinner』に2曲のボーナス・トラックを加えてリイシュー。国内盤は高品質UHQCD仕様。もともとイーノ製作による故デレク・ジャーマンの映画作品『グリッターバグ/デレク・ジャーマン1970-1986』のサントラをウォブルが再構築したアルバムとなっている。さらにCANのヤキ・リーベツァイトがドラムで参加。イーノの静謐なアンビエントをウォブルの重いベースが歪ませリーベツァイトのドラムでドライブが掛けられる、ユニークな作品となっている。

 

■Soest Live / Kraftwerk

Soest Live

Soest Live

  • アーティスト:Kraftwerk
  • 発売日: 2020/08/21
  • メディア: CD
 

クラフトワーク、デビュー直後の1970年にTV収録されたライヴ音源をリマスターしたアルバム。アコースティック楽器と特殊なオルガンを使った演奏はシンセサイザー中心の現在のセットとはまるで異なり、いかにクラウト・ロックした音。マニア向け。

■Music For 18 Musicians (Steve Reich) / Erik Hall

Music For 18 Musicians (Steve Reich)

Music For 18 Musicians (Steve Reich)

  • アーティスト:Erik Hall
  • 発売日: 2020/06/05
  • メディア: LP Record
 

現代音楽家スティーブ・ライヒが1976年に作曲した『18人の音楽家のための音楽』をミシガンの音楽家Erik Hallが再構築した作品。「18人の音楽家のための音楽」をたった一人でオーバーダブ録音したところがミソ。54分間にわたってひたすらミニマルにループしながらじわじわと位相を変えてゆく音世界は法悦の極地。聴いていると、【永遠】が見えてきそうになる。

Air Texture Volume VI / Steffi/Martyn/VariousNYを拠点とするAir Textureレーベルのコンピレーション第6弾。 今作ではDisc1を女性テックハウス・プロデューサーSteffiが、Disc2をダブステップ/テクノ・プロデューサーMartynが担当。全体的にアンビエント風味の楽曲が並ぶが、Disc1:Steffi編では中盤から硬質なテクノ・チューンが顔を覗かせ、またDisc:2:Martyn編ではデトロイト・テクノ愛も伺える驚くべき選曲となっている。

■Seeing Through Sound: Pentimento Volume Two / Jon Hassell

現代音楽/ワールドミュージック的アプローチによるトランペット演奏でブライアン・イーノデヴィッド・バーンらに支持されるJon Hassell、2019年にリリースされた『Seeing Through Sound』の続編。今作でも油彩の如きサウンドコラージュにより構築された幽玄な音世界を創出している。

■Infinite Moment / The Field

INFINITE MOMENT

INFINITE MOMENT

  • アーティスト:THE FIELD
  • 発売日: 2018/09/21
  • メディア: CD
 

Kompaktレーベルの人気アーチストThe Fieldによる6枚目のアルバム。永遠にループしながら天の高みに上ってゆくような音はそのままに、今作では時折影が差すように暗さやメランコリイの風合いが持ち込まれる。それにしてもこのユニット、毎回アルバムジャケットが似ていてどれ買ったんだか分かんなくなる。

 

■Pop Ambient 2020 / Various Artists

Pop Ambient 2020

Pop Ambient 2020

  • アーティスト:Various Artists
  • 発売日: 2019/11/22
  • メディア: CD
 

ケルンの人気テクノ・レーベルKompaktの定番コンピレーション「Pop Ambient」の20作目。 「Pop Ambient」といいつつ多大にドローンな音で占められてるな。

■The Weight / Weval

WEIGHT

WEIGHT

  • アーティスト:WEVAL
  • 発売日: 2019/03/19
  • メディア: CD
 

アムステルダムのデュオ、Wevalによる2年ぶりのセカンド・アルバム。気だるくセンチメンタルなエレクトロニック・ポップ。


最近ダラ観した韓国映画あれこれ

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■ブラザー (監督:チャン・ユジョン 2017年韓国映画

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ドンソク兄貴主演!親父の葬式のため堅ッ苦しい親族の待つド田舎に出向いた兄弟が出遭うとんでもない事件を描いたドタバタコメディ『ブラザー』を観た!クソな田舎といがみ合う兄弟を面白可笑しく描きつつ彼らが次第に心通わせる様子が胸熱くさせ二人にまとわりつく謎の女の真相が泣かせまくる佳作だ!それにしたってなにしろマブリーがマブい!マブすぎる!ヒヨコのプリントされたパーカー着たマブリーとかもう反則だろ!?卑怯すぎるだろ!?こんなマブリーをラグの上に寝っ転がせて心ゆくまでモフッってみたい!?視聴はNetflixで。

 グッバイ・シングル (監督:キム・テゴン 2016年韓国映画

グッバイ・シングル [DVD]

グッバイ・シングル [DVD]

  • 発売日: 2018/08/02
  • メディア: DVD
 

ドンソク兄貴出演作のコメディ。お話は落ち目の女優の妊娠偽装を描くが、これが10代少女の望まぬ妊娠の子を秘密裏にもらい受けるというものだった。 軽率な女優と苦悩する少女の間でドンソク兄貴はおおわらわ、というものだが、整合感に乏しく時にリアリティを見失うシナリオは推敲の余地大いにアリとはいえ、ラストはなんとかうまくまとめてあり、結構嫌いじゃない。それにしたってドンソク兄貴、スタイリスト役なのに全然違和感がない!?

■ミッドナイトランナー (監督:キム・ジュファン 2017年韓国映画

主人公は警察学校に学ぶ凸凹コンビ、ある日彼らは誘拐事件に遭遇し、たった二人で事件解決のため奔走する!?というアクション映画。一般人以上警察官未満という二人の微妙な立場と微妙なスキルが危なっかしさとドタバタの面白さを加味し、一本気な若々しさは物語にストレートな熱さを醸し出す。なかなかの佳作だしハリウッドでリメイクしても意外と盛り上がるかも。 

 ■スウィング・キッズ (監督:カン・ヒョンチョル 2018年韓国映画

スウィング・キッズ デラックス版 [Blu-ray]
 

朝鮮戦争中の捕虜収容所で結成されたタップダンスチームを描く韓国映画『スィング・キッズ』、ダンスシーン始めいい場面もあるんだが、いろんな要素盛り込み過ぎで物語の交通整理が出来てないのと、ダンサーたちが主人公という楽しげな雰囲気とは裏腹の酷い展開と胸糞悪いラストで、もうちょっとどうにかなんなかったかなあと思ったなあ。

■王と道化師たち (監督:キム・ジュホ 2019年韓国映画

王と道化師たち [DVD]

王と道化師たち [DVD]

  • 発売日: 2020/04/24
  • メディア: DVD
 

SFXの如き巧みな視覚効果で詐欺を働く“道化師たち”が王室官僚の命により「王様マンセー大作戦」に挑むが?!という韓国時代劇『王の道化師たち』、奇想天外な特殊効果の面白さだけでなく官僚に裏切られた彼らの報復作戦の様子が実に楽しい、悲劇に持っていかず生き延びる方法を模索させる部分がいい。

■神の一手 (監督:チョ・ボムグ 2014年韓国映画

神の一手 [Blu-ray]

神の一手 [Blu-ray]

  • 発売日: 2015/11/04
  • メディア: Blu-ray
 

韓国映画『鬼手』があまりに面白かったのでその大元となった映画『神の一手』も観てみたのだがこれがまたとてつもなく面白い。『鬼手』ほどのトンデモ展開は無いにせよ、「囲碁+格闘」という悪魔合体の奇想天外振りは十分発揮していた!

■哀しき獣 (監督:ナ・ホンジン 2010年韓国映画

哀しき獣 ディレクターズ・エディション [DVD]

哀しき獣 ディレクターズ・エディション [DVD]

  • 発売日: 2012/06/02
  • メディア: DVD
 

嫁に逃げられ借金塗れのおっさんが殺人を引き受け裏社会の奥の奥まで追い詰められてゆくという韓国映画『哀しき獣』観たッ!陰謀と罠と化け物のような殺戮者が徘徊する闇の世界を満身創痍で逃げ回るおっさんの背後には死体の山と血の海が溢れ返るという地獄の深淵を覗くが如き凄まじいノワールだった!

■8番目の男 (監督:ホン・スンワン 2019年韓国映画

8番目の男 [DVD]

8番目の男 [DVD]

  • 発売日: 2020/02/05
  • メディア: DVD
 

『8番目の男』は韓国初の陪審員制度を描く法廷ドラマ。コミカルな味付けをしつつ次々に覆る状況や次第に真相に迫ってゆく様子には十分釘付けになったぞ。だが、そもそも立件の段階で捜査が相当ザル過ぎたからこんなに簡単に覆されたんじゃないかとも思ったな。キャラ設定や情と法のバランスも少々甘く感じたのも惜しい。

■風水師 王の運命を決めた男 (監督:パク・ヒゴン 2018年韓国映画)

風水師 王の運命を決めた男 [DVD]

風水師 王の運命を決めた男 [DVD]

  • 発売日: 2020/02/05
  • メディア: DVD
 

『風水師 王の運命を決めた男』は強大な権勢の得られる風水の卦を巡り朝廷内に血みどろの争いが起こるという歴史劇だ。占いに踊らされる者たちのドラマは視点を変えれば目に見えぬ世界を信奉するオカルトについての物語という事もでき、韓国版『帝都物語』と言えなくもないとちと思った。

ローランド・エメリッヒが描く熾烈なる日米大海戦/映画『ミッドウェイ』

■ミッドウェイ (監督:ローランド・エメリッヒ 2019年アメリカ・中国・香港・カナダ映画

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1941年12月8日、ハワイのアメリカ軍事拠点である真珠湾を日本軍が奇襲攻撃し、これに併せ日本軍は連合軍に宣戦布告、太平洋戦争が開戦されることとなる。緒戦に敗退を喫したアメリカ軍は劣勢となり、この機に乗じて日本軍は軍事拠点を拡充するため多数の戦艦をアメリカの牙城へと送り込んだ。それは太平洋戦争の雌雄を決することになる戦い、ミッドウェイ海戦であった。

映画『ミッドウェイ』はこのミッドウェイ海戦を描く戦争映画だ。しかし、『ミッドウェイ』といえば、おっさんのオレからするとチャールトン・ヘストン三船敏郎らが出演した1976年公開の戦争映画をどうしても思い出してしまう、そのミッドウェイ海戦をテーマにした映画がそのまま『ミッドウェイ』のタイトルで再度制作され公開されるというから「なんで今しかもミッドウェイ?」と思ったのだ。だが、監督がなんとあのローランド・エメリッヒ。『インデペンデンス・デイ』や『2012』のディザスター・ムービーがお得意な監督ではないか。いやこりゃいったどんなことになるの?と思いオレは劇場に駆け込んだのである。

エメリッヒ映画『ミッドウェイ』は真珠湾攻撃から始まりミッドウェイ海戦へと至る日米軍の戦況の行方を、正確な戦時記録をもとにあくまで正攻法に描いた戦争映画となる。どっかの監督みたいに米兵同士の三角関係を持ち込んだ映画とは訳が違うのである(とか言って観てないんだけどね『パール・ハーバー』)(おい)(今度観ときます……)。登場する軍人たちも全て実名であり、その日米軍人たちをエド・スクラインパトリック・ウィルソンルーク・エヴァンスアーロン・エッカート、日本からは豊川悦司浅野忠信、國村準らが演じることになる。

このように配役はそうそうたるメンツだが、主要人物が多い分、ドラマ展開は大変慌ただしい。なにしろ上映時間138分の中で、太平洋戦争開戦前夜から真珠湾攻撃アメリカ初の日本本土攻撃であるドーリットル空襲、米諜報機関による日本軍暗号解読作戦、1942年6月5日のミッドウェイ海戦までみっちりと描くことになるからだ。しかも史実を並べるだけではなく、迫力に満ちた戦闘シーンを余すところなく描き、エンターテインメント作品としても申し分ない。これがアクション映画なら「全篇クライマックス!」ということになるが、史実を元にした作品でよくもここまで詰め込んだものだと思う(ただちょっと分からなくなった場面もあるのでもう一度観たい)。

徹底的に詰め込まれた膨大な史実と、リアリティを増す為の細かなエピソードの数々と、エンタメ作品としての説得力のあるアクションの全てを盛り込むため、その編集の様は鬼気迫るものになっている。情報量が多くカット割りも目まぐるしく、凄まじい戦闘シーンが海に空にドカンドカンと炸裂する。さらに人間ドラマも御座なりになることなくきちんと描かれているのだ。にもかかわらず映画を観ていても置いてけぼりにさせることなく、何かのダイジェストを見せられている気にもさせない。全てのものが過不足なく見せるべきものは徹底的に見せ集中力を持って描かれる。この驚くべき編集と製作ぶりはローランド・エメリッヒ監督の職人技が炸裂したものなのではないか。

あれこれ書いたがやはり注目すべきなのは迫真の戦闘シーンだろう。爆発、爆炎、死の弾幕、燃え盛る炎、もうもうと立ち上る黒煙、吹き飛ばされる兵士、墜落する戦闘機、沈んでゆく戦艦。これらの熾烈な描写の数々は破壊神ローランド・エメリッヒの面目躍如と言っていいだろう。特に恐るべき弾幕をかいくぐりながら日本軍空母に急降下爆撃をしかける米戦闘機のシーンの迫力は特筆すべきだ(なぜか『スター・ウォーズEP4』クライマックスにおける反乱軍によるデススター強襲シーンをちょっと思い浮かべてしまった)。

それにしても、歴史に疎いオレは真珠湾攻撃によってここまでアメリカが兵力を失い逼迫し、日本の攻撃に戦慄していたのだとは思わなかった。真珠湾の後は豊富な兵力で反撃していたと思っていたのである。しかし現実では日本の電撃攻撃によりアメリカは敗戦の瀬戸際まで追い込まれていたのだ。その雌雄を決する戦いがミッドウェイ海戦だったのだ。こうした太平洋戦争の真実と併せ、日米海戦の様をドイツ人監督が映画として撮ったというのもポイントだろう。この作品では日本を「敵役」ではなく公平な視点で描くこととなる(そういった部分で日本人としてちょっと面映ゆく感じた部分もあるが)。なんとなれば、本当に憎むべきものは「戦争」そのものであるのだから。

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僕らはもう負け犬なんかじゃない / 映画『きっと、またあえる』

■きっと、またあえる (監督:ニテーシュ・ティワーリー 2019年インド映画)

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■人生にとって本当に大事なもの

「人生にとって本当に大事なものってなんなのだろう」。あるショッキングな事件に見舞われた別居中の夫婦の元に、二人の学生時代の友人たちが集まります。楽しかったこと、悔しかったこと、彼らは学生時代の様々なエピソードを振り返りながら、この今、失くしてしまったものをもう一度手に入れようとするのです。インド映画『きっと、またあえる』は過去と現在を行き来しながら、笑いと涙の一大ロマンを描く作品です。監督は『ダンガル きっと、つよくなる』で世界的大ヒットを飛ばしたニテーシュ・ティワーリー。主演は『pk』のスシャント・シン・ラージプート、『サーホー』のシュラッダー・カプール

【物語】アニ(スシャント・シン・ラージプート)は妻マヤ(シュラッダー・カプール)と現在別居中、息子のラーガヴ(ムハンマド・サマド)を引き取り父子二人きりで生活していました。しかしそのラーガヴが生死にかかわる怪我で病院に担ぎ込まれ、アニの心は千々に乱れます。アニはラーガヴに生きる気力を与えるため、妻マヤと共に、懐かしい大学時代の旧友たちを呼び寄せます。そして彼らはラーガヴに輝きに満ちた青春時代の思い出を語り始めるのです。そこは1992年のボンベイ工科大学。エリートばかりのはずのその大学に、「負け犬」と呼ばれた連中がいたのでした。

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■現在と過去の二つの時間軸

物語は、現在と過去の二つの時間軸を行き来しながら描かれてゆきます。それは、エリートコースの人生を生き、悠々自適の生活を送っていたはずなのに、愛し合っていた妻とは別居し、息子にも思いやりのある父として接してあげられず、悔恨の中に沈む主人公アニの現在。そして、夢と希望を抱いて難関大学に入学し、変り者ながら気さくな連中と友情を育み、校内一の美女に心ときめかせていた学生時代の過去のアニです。お気楽な学生生活を送っていたアニと友人たちでしたが、彼らは校内で「負け犬」と呼ばれていました。それは、彼らが寮対抗で行われる競技大会で万年ビリッケツだったからでした。

まずこの、二つの時間軸を行き来しながら描かれる展開が非常に巧みであり、そしてスムースであることに驚かされる物語です。アニは病床のラーガヴに青春時代の物語を語りますが、そこで登場人物が一人増えるたびに、その本人が現在の姿で病床に現れ、青春時代の姿とオッサンになった現在の姿のギャップでいちいち笑わせてくれるんです(全然変わんないヤツもいるけどそれはそれでまた可笑しい)。でも彼らが一人また一人と現れるその様子は、なんだか『七人の侍』で猛者たちが一人一人登場してくるみたいで、とてもワクワクさせられるんですよ!

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■手に汗握る(そして笑わせる)ゼネラル・チャンピオンシップ

大学時代の彼らの楽しくお気楽な毎日は、いかにも青春ドラマしていて非常に和ませ、また笑わせます。あまりに下らないバカばっかりやっているもんですから、「名門大学の学生のくせしていったいいつ勉強してんだよ!」と突っ込みたくなるほどです。物語は彼らが寄宿する大学寮を中心として描かれますが、ここで思い出すのは同じく名門大学寮を舞台にしたインド映画の大名作『きっと、うまくいく』でしょう。しかし一見似通って見えるこの二つの作品は、『きっと、うまくいく』がランチョーという名の謎めいたカリスマの本質に迫る物語であったのに対し、『きっと、またあえる』ではイーブンな関係にある者同士の気の置けない友情ぶりが描かれてゆくことになるんです。

物語の核心となるのは寮対抗の競技大会、ゼネラル・チャンピオンシップです。「負け犬」とそしられる主人公たちが、この汚名をどう返上しチャンピオンと返り咲くことが出来るのかが描かれるんです。ここからは重いコンダラを曳く主人公たちのスポコン展開が……と思っていたら、おーいなんじゃその作戦はーーッ!?とズッコケさせられまくること必至です。ここからは笑いも加速し、同時にラストスパートへの緊張感もいや増してゆくんです。オチャラケも交えながらここまで緊張感を高められたのは、『ダンガル きっと、つよくなる』において手に汗握るレスリング試合の攻防を描いたニテーシュ・ティワーリー監督ならではの手腕でしょう。試合の駆け引きの巧みな描写と併せ、緩急自在な物語の駆け引きにも巧みなものを感じました。

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■”負け犬”たちの再生の物語

エリート校に入学し将来を約束された主人公らが、たかだか寮対抗試合ごときで「負け犬」だなどと気に病み憤慨するのはお門違いかもしれません。しかし、人にはそれぞれの「生きてゆく場所」があり、その定められた場所で「どう生きてゆくか」を選択してゆくしかないのだと思います。そしてその「どう生きてゆくか」がその場所で生きる人間の価値を左右するのではないでしょうか。エリートでありながら家庭の瓦解したアニは「どう生きてゆくか」を見失っていたのだと思います。あまつさえ、息子にすら「どう生きてゆくか」を伝える事ができませんでした。しかし物語ラストにおいて、過去と現在両方にその再生と赦免が描かれることになるのです。これは驚くべきシナリオ構成と言えるでしょう。

こうして物語は過去から現在に連綿として続く篤い友情を描きながら、その友情の物語を通して病床のラーガヴに生きることの大切さ、生きることの楽しさを伝えてゆくんです。それは同時に、エリートコースの中でアニが忘れかけていた、人生において本当に大事なものを思い出させる物語でもあったのでした。次々と語られるエピソードはどれもたおやかなほどに繊細かつエモーショナルであり、あるいは突拍子もない程とぼけていて、憎たらしくなるぐらい盛り上げ方と泣かせ方が巧みです。観ている間中、あたかも温かく心地よい感情の波のまにまを漂っているかのように心が豊かな気持ちになってゆく作品でした。この瑞々しい情感の在り方は、ある意味インド映画ならではなのではないでしょうか。映画『きっと、またあえる』は、長く記憶に残り語られ続けるだろう作品であることは間違いないでしょう。


映画『きっと、またあえる』予告編