最期の言葉 / ヘンリー・スレッサー

最期の言葉 (ダーク・ファンタジー・コレクション)

最期の言葉 (ダーク・ファンタジー・コレクション)

論創社ダーク・ファンタジー・コレクション》第6巻はヘンリー・スレッサーのショート・ショート・ミステリ集。ヘンリー・スレッサーのいかにもNY生まれといった都会的でピリッと小粋な作風は、O・ヘンリーや星新一あたりの系譜に連なるものがあるだろう。シンプルで嫌味が無く洒落ていて、水をふくむみたいさらっと読めるところがいい。ちなみに"ダーク・ファンタジー・コレクション"の一冊であるのに全然ダークでもファンタジーでもないのは御愛嬌。むしろ、この選集の一冊だったからこそこうして馴染みの薄かった作家の作品を読むことができるのが嬉しい。
作品を幾つか紹介してみる。まず「被害者は誰だ」は妻の嫌な部分をメモに書き出しいつか殺人を…と思っていた男がある日発見したものとは。にやりとさせられるラスト。「大佐の家」は老境を向かた一人住まいの大佐とその召使との心温まるお話。「最期の言葉」では自殺を決意し睡眠薬を飲んだ男が妻に電話で"最後の言葉"伝えようとするが…というもの。オチがいい。「恐喝者」は家柄を理由に婚約破棄された娘の為に母親がある計略をする。「七年遅れの死」では保険金詐欺を働く為死亡に見せかけ南米に7年間隠れ住んでいた男がいよいよ保険金の下りる日に妻に連絡する。ロアルド・ダール風のじとっと暗い作品。「拝啓、ミセス・フェンウィック」は書簡形式のミステリ。製品のクレームを処理していた男が手紙の主の人妻と次第に親しくなって…という話。「私の秘密」は人気TV番組"私の秘密"に「自分は殺人者だ」と告げる男から出演依頼があり、出演者と警察とが虚々実々の駆け引きをする。
さらにこのヘンリー・スレッサーは、知る人ぞ知る日本映画『快盗ルビイ』(1988)の原作者でもある。和田誠監督・小泉今日子主演で製作されたこの映画についてはご存知の方もいらっしゃるかもしれない。映画と違って原作では"ルビイ"は青年であり、この短編集の中でも4作のルビイ・シリーズを読むことが出来る。何かあるとすぐに他愛のない"完全犯罪"を思いつき、そんな己の才能に酔っては昂奮している青年ルビイ・マーチンスンと、そんな彼に振り回され、結局はいつも実行犯をやらされる破目になる臆病者の友人とのドタバタ・ミステリは、どこか微笑ましくて牧歌的な味わいがある。

タイムマシンの殺人 / アントニー バウチャー

タイムマシンの殺人 (ダーク・ファンタジー・コレクション)

タイムマシンの殺人 (ダーク・ファンタジー・コレクション)

論創社ダーク・ファンタジー・コレクション》第3巻はSF・ミステリの評論や新人発掘で有名だったというアントニー・バウチャー。ただ、自分は名前を聞くのは初めて。全体的に見ると評論家の書いた小説作品の悲しさか、小ぶりで地味、こう書くのもなんだが殆どが凡作だったなあ。発表年代から考えれば古いのも当たり前なんだが、古き善きというより単に古臭い…。表題作「タイムマシンの殺人」からしてそうなんだけど、SFともミステリともとれるが結局は中途半端な作品ばかりだしホラーや"奇妙な味"風味の作品もアイディアに膨らみがなくてちょっと退屈。
そんな中で割と面白かったのは一日にひとつ罪を働かないと魂を奪われる、という呪いを掛けられた男と悪魔との物語「悪魔の陥穽」。最初は嫌々ながら軽犯罪っぽいことを犯していた主人公はそれにも罪悪感を覚え、悪魔を出し抜こうと"罪とは何か?"についての解釈を巡らせる…というもの。
「スナルバグ」は大金を手にしたいが為に悪魔を呼び出し明日の朝刊を手に入れた男の物語。しかし折角手に入れた新聞も悪魔も何の役にも立たず、結局八方ふさがりの男はあることを思いつくが…。
「たぐいなき人狼」はタイトル通り狼男のお話なのだが、これが狼男のくせに善人(?)であり、さらに他人に呪文を唱えてもらわなければ狼から人間に戻れないという設定がコミカルさ生み、後半は派手なアクションまで登場して思いもよらない展開をみせる。
この「悪魔の陥穽」と「たぐいなき人狼」の両作品に登場する魔術師オジマンディアスがなかなかキャラが立っており、さらに魔術師のくせに両作品では最期には何の役にも立っていないというところが楽しい。このオジマンディアスでシリーズでも作ってくれればよかったかもしれないな。