恒星間移民船で起こった密室大量殺人事件の謎を追え /『六つの航跡』

■六つの航跡(上)(下) / ムア・ラファティ 

六つの航跡〈上〉 (創元SF文庫)六つの航跡〈下〉 (創元SF文庫)

新しいクローンの体で蘇った6人が最初に目にしたのは、自らの他殺死体だった──。2000人分の冷凍睡眠者と500人分以上の人格データを乗せた恒星間移民船で、唯一目覚めていた乗組員6人が全員死亡。彼らは再生したものの、何者かによって地球出発後25年間の記憶をすべて消されていた。しかも船の管理AIも改竄されていて、もはやクローン再生は不可能に。他人に明かせない秘密をそれぞれ抱える彼らは、自分自身さえも疑いつつ、事態の真相を突きとめようとするが……。キャンベル新人賞受賞の新鋭が放つ、ヒューゴー賞ネビュラ賞候補の傑作!

6人のクローンがクローン再生から目覚めた時、そこで見たものは自らのクローン体の惨殺死体だった—―。

時は25世紀末、そこはくじら座タウ星系を目指す恒星間移民船ドルミーレ号。 その船には2000人のコールドスリープ者と「マインドマップ」と呼ばれる500人分の意識記憶が保管され到着地を待っていた。6人のクローンは乗務員としてその船を数十年に渡り管理する役目を負っていたが、突然の事件が彼らを襲ったのだ。クローン再生した彼らには直前までの記憶がない。また、船内コンピューターは破壊され、彼らが再びクローン再生するのは不可能に近かった。いったい、誰が、なぜ、どのようにして、このような犯行に及んだのか。記憶を失った6人は疑心暗鬼のまま捜査を始める。

アメリカのSF作家ムア・ラファティによる長編SF小説『六つの航跡』である。物語は恒星間移民船という密室の中で起こった大量殺人事件を描き、その中で犯人捜しとその理由を追ってゆくことになる。なにより面白いのは「自分のクローンを殺した相手を探す」という事、しかし「全員が事件直前までの25年間の記憶(データ)を消失しているため自分が真犯人であったとしても分からない」という状況である。しかしプロットは一見密室ミステリ的ではあるが、決してトリック云々等本格ミステリ的なものに拘泥するのではなくそこにはあくまでSF的な展開が待っている。

(※クローン体の意識と記憶は「マインドマップ」と呼ばれる外部記憶装置に常に記録され、クローン再生されるたびにそれがクローンの脳に再インストールされるが、今回の事件では25年前宇宙船に乗り込む時までのそれぞれの記憶しか保存されておらず、乗船後の「マインドマップ」が消失しているがため、再生されたクローン体は自らが誰かは知りつつ事件当時の記憶はおろか宇宙船乗船後の記憶が無い、という設定なのだ)

もうひとつ、この物語を一筋縄にしていないのは冒頭に挙げられる「クローン法」の存在である。物語世界では既にクローンは一般的技術ではあるが、過去に人間とクローンとの軋轢が暴動を生み大惨事まで発展した歴史があり、これによりクローン培養に関して厳しい規定が設けられているのだ。クローンになることの利点は多くあるが、この「クローン法」が様々な形でクローンたちの足枷になっている。そしてこの規定の在り方が後々まで物語に大きな影を落とすことになる。

さらに物語は移民船におけるクローンたちの行動だけではなく、彼らの数百年に渡る生涯のいちエピソードがそれぞれ語られることになる。タイトルにある『六つの航跡』とはクローン体6人のそれぞれの人生の航跡であるともいえるだろう。これら宇宙船内における現在とクローン体たちの過去という構成が地球におけるクローンの歴史を立体的に提示することを可能にしている。読者はそれを読み進むことにより6人のクローンの生涯にある共通項があることを知ることになるが、物語内のクローンたちはその共通項を後々まで気付かない。この、読者だけが知るパズルのコマの合致が、物語内でやっと全貌を現す時の醍醐味はこの作品ならではだろう。

このように、表層的には密室ミステリの如く始まる物語は後に、人類対クローンの長年に渡る抗争という物語を垣間見せることになる。細かな部分で若干の乱暴さも目に付くし、ラストはもっと突っ込んでほしかったが、非常に意欲的であり手堅くまとめられた良作であり、十分満足できる作品だった。

六つの航跡〈上〉 (創元SF文庫)

六つの航跡〈上〉 (創元SF文庫)

 
六つの航跡〈下〉 (創元SF文庫)

六つの航跡〈下〉 (創元SF文庫)

 

 

水曜どうでしょうDVD第28弾「ヨーロッパ20ヵ国完全制覇 完結編」を観たッ!

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随分前から出たら必ず購入して観ている「水曜どうでしょうDVD」、第28弾となる今回は『ヨーロッパ20か国完全制覇 完結編』です。かつてどうでしょうチームは『ヨーロッパ21ヵ国完全制覇』『ヨーロッパ・リベンジ』でヨーロッパ諸国縦断の旅を敢行しましたが、結局全部回れておらず、今回再々チャレンジとなったわけなんですな。

ところで「あれ?最初の企画が『ヨーロッパ21ヵ国完全制覇』なのになんでこの完結編は『20ヵ国』になってんの?」と思われた方もいるでしょう。なぜならそれはその1ヵ国が距離的に遠かったので、今回ナシということにしておこう、というズボラ極まるインチキな理由からです(その1ヵ国というのはアイルランド。確かに遠い……)。

今回の目標はバチカン市国、サン・マリノ、ポルトガルの3ヵ国を回ること。当然途中イタリア、フランス、スペインを通過してゆきます。ローマを起点として出発し、最終到着目標はポルトガルにあるユーラシア大陸最西端のロカ岬。要するにローマからひたすら西を目指せば辿り着く単純なコースなんですが、なにしろやってるのがどうでしょうチームなので寄り道・脱線・コース間違いを繰り返し、すんなり進むことが全くできません!

おまけにやることなすこと行き当たりばったりの無計画、ろくに調べもしないで現地に着いたら想定外の事態となり唖然呆然を繰り返しまくってます!ヨーロッパ3度目だっちゅうのになんだこの学習能力の無さは!?後半流石に懲りたのか(多分疲れてグウの音も出なくなったんでしょう)宿に予約入れたり道を慎重に選んだりもするようになりますが、それにもかかわらずクライマックスでは相当テキトーというかインチキぶっこいてくれて「ああ、これがどうでしょうなんだよなあ……」と胸に熱いものがこみ上げてきます。

とはいえ広大極まりないヨーロッパのメチャクチャに入り組んだ道を地図や標識と睨めっこしつつ、ああでもないこうでもないと言いながらとりあえずGO!GO!とばかりに突き進んじゃうどうでしょうチーム、この出たとこ勝負のお気楽な楽天性が実にいいんですよ。

確かに目的地がはっきりしているなら事前に詳細にロードマップを精査しベストな道順をあらかじめ決めその通り進むというのが一番迅速かつ効率的でしょう。でもね。旅は効率じゃない。最初から決まったコースだけ走るのは、それは旅というよりもロードマップのトレースに過ぎない。そこに冗長性を持たせて旅それ自体の自由さを楽しむ、というのが実にどうでしょうらしいし、ある意味それこそが旅なのかもしれない。

もちろんそれはイレギュラーな困った事態を繰り返しちゃう、というリスクもあるんですが、どうでしょうチームは自由さのためにそのリスクをあえて冒しちゃう。オレ、今回のDVD観ながら、オレなら限りなくゼロリスク目指しちゃうからこんな旅絶対できないなあ、そして限りなくゼロリスク目指しちゃうと、予め下調べしまくったコースだけしか行かないことになっちゃうし、そういうのって「情報」の「確認」だけに終始するから味気ないものだし、それってつまんないよなあ、などといろんなことを考えちゃいました。要するにね、どうでしょうチーム、実はスゴイんじゃないかとね。

さらに今回の「どうでしょう」、爆笑ポイントが多過ぎます。「糸ようじ」「いとこのみっちゃん」なんて思い出しただけでも吹き出しそうですが、何がどう可笑しかったか説明するのも難しいのでもう観てもらうしかないです!さらに後半の「最強日焼け止め事件」、DVDジャケットにある大泉君のなんだか蒼白な顔見てもらうと分かるますが、あれ日焼け止め剤がスゴ過ぎて塗ると顔が真っ白になっちゃう!しかし大泉君、旅の後半それで押し通しちゃうもんだから画面にはいつも異様に白い顔の大泉君が写し出されて可笑しくてしょうがない!さらに鈴井さんまで悪乗りして一緒に日焼け止めを顔に塗りたくり、もはや阿鼻叫喚! 

購入はこちらのHTBオンラインショップで。

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壊して、殺して、喰う。/映画『ヴェノム』

■ヴェノム (監督:ルーベン・フライシャー 2018年アメリカ映画)

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宇宙からやってきたグチャグチャヌチョヌチョしたナニカと合体したら凶悪強大なモンスターになっちゃったよ!というマーベル映画『ヴェノム』です。一応書いとくと主演が『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『ダンケルク』のトム・ハーディ、監督は『ゾンビランド』『ピザボーイ 史上最凶のご注文』のルーベン・フライシャーということになってます。

しかしこのヴェノム、「宇宙からやってきたナニカと合体」という部分で『寄生獣』を思わせるし、なにやら『デッドリー・スポーン』みたいに歯並びの悲惨過ぎるこわーい顔してるもんですから、最初は「ホラー展開なマーベル映画なのか!?」とちょっと思っちゃいますよね。

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歯並び悪すぎ。
寄生獣(1) (アフタヌーンコミックス)

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デッドリースポーン [DVD]

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確かにダーク展開っちゃあダーク展開なんですが、このヴェノムと憑りつかれたエディ(トム・ハーディ)との掛け合いがなんだか可笑しいもんですから、ネットでは町山さん辺りが「ど根性ガエル」を引き合いに出して「ちょっとお茶目な二人羽織映画」的な評価もされてるようですね。

しかしオレとしては「宇宙からやってきたグチャグチャヌチョヌチョしたナニカと合体したら凶悪強大」って部分でまず平井和正SF小説『死霊狩り【ゾンビー・ハンター】』と桑田次郎によるその漫画化作品『デスハンター』を思い出しちゃったな(どちらもトラウマ級の名作なんで是非ご一読を)。 

死霊狩り【ゾンビー・ハンター】〔全〕 (ハヤカワ文庫JA)

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デスハンター(上) (マンガショップシリーズ)

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デスハンター(下) (マンガショップシリーズ)

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あと「宇宙からやってきたグチャグチャヌチョヌチョしたナニカ」というと深作欣二監督がオール外国人キャストで製作した日米合作SF映画『ガンマー第3号 宇宙大作戦』をどうしても思い出しちゃうなあ!

ガンマー第3号 宇宙大作戦 [DVD]

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そして「宇宙グチャヌチョ」といえば忘れてはならないのは『マックイーン絶対の危機』 でも知られる『人食いアメーバの恐怖』、さらにそのリメイク版『ブロブ/宇宙からの不明物体』でありましょう!

マックィーンの絶対の危機(ピンチ)-デジタルリマスター版- [DVD]

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ブロブ/宇宙からの不明物体 [DVD]

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 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』で名を馳せたジェームズ・ガン監督の初期作品『スリザー』なんかもこの「宇宙グチャヌチョ」路線ですね!

スリザー [Blu-ray]
 

最近公開された 「宇宙グチャヌチョ」ですと『ライフ』 がありますが、ちょっと待って、今回の「ヴェノム」が生み出された切っ掛けが「ライフ財団」という後ろ暗い企業のせいだったんですが、ひょっとして映画『ライフ』と地続きになってるのか!?(違う)

まあこうして見ると、宇宙ってェのはグチャグチャヌチョヌチョしたものだらけってことなんですかね!?

 さてこの「宇宙グチャヌチョ」が人間と合体すると「ヴェノム」になるんですが、なんかトッド・マクファーレンの創造したダーク・ヒーロー「スポーン」と似てない事もないなあ、と思ってたら、「ヴェノム」を生み出したのがマクファーレンだったことを映画観て初めて知りました。

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スポーン ディレクターズカット [Blu-ray]

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 そしてこのヴェノムが変幻自在な「グチャヌチョ」ぶりを活かして戦う様は、残虐すぎて日本で発売されなかったゲーム『Prototype』そのものなんですよ!(ゲームは後発なのでヴェノムの影響なのかも)

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グチャヌチョをチュドーン!
PROTOTYPE (輸入版) - PS3

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とまあそんな『ヴェノム』なんですが、映画としては割と順当というか想像から殆ど外れることの無い展開で、良い意味で言うなら「安心して観られる娯楽作」の範疇に留まった、といった所でしょうか。とはいえ正義の超人たちが「正義!正義!正義!」とかまびすしいほど連呼してうんざりさせられる昨今のヒーロー映画と比べるなら、「壊して、殺して、喰う」ことを基本動作としているこの『ヴェノム』は清々しいほど自己中心的で自分に正直なヒーロー(?)として大いに楽しむことが出来ましたね。

そういや「清々しいほど自己中心的で自分に正直なヒーロー」ってもう一人いましたね。そう。「オレチャン」こと『デッドプール』ですよ!やっぱこれからのヒーローは「正義なんか知らない」「自己中」なヤツが「来る」ってことなんでしょうか!?ってェことはモラルゼロで自己中なオレの時代もこれからやって来るってことなんでしょうかッ!?(いや来ない)

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いや、「シザーハンズ」ちゃうて


ヴェノム - 映画予告編

ヴェノム:リーサル・プロテクター (ShoPro Books)

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リー・ペリーのインスト3部作と他にあれこれ紹介してみる

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リー・ペリーのインスト3部作(正確には「アップセッターズのインスト3部作」)である。「え、ダブとインストってどう違うの?」と聞かれると返答に困ってしまう音楽的知識の乏しいオレではあるが、ダブ・ミュージックがオリジナル音源をダブ処理した作品だとするとインストはヴォーカル無し演奏のみの音源として最初から製作されたもの……という当たり前すぎる説明でいいだろうか。ま、最初からオリジナル音源無しにダブ・ミュージックを製作することもあるようだが。

今回はリー・ペリーのインスト3部作『Musical Bones』『Kung Fu Meets the Dragon』『Return of Wax』、それとは別にリー・ペリー、ないしはアップセッターズ名義のオリジナルアルバムを幾つか紹介する。

■Musical Bones / Lee Perry
Musical Bones

Musical Bones

 

「3部作」の中で最も完成度が高く、リー・ペリー作品としても非常に評価が高いのがこの『Musical Bones』だ。全編に渡りドン・ドラモンドJr.のトロンボーンがフィーチャーされており、リー・ペリー作品から離れても「トロンボーン・レゲエ」として楽しめる。というよりあまりリー・ペリー作品の印象がしないほどだ。演奏は泥臭くジャズ・ミュージックのそれとは全く味わいが違うが、逆にこの泥臭さ、武骨さが当時のレゲエの雰囲気をきっちりとパッキングしているのだ。それにしてもこのアルバム、プレミア値が付いてて購入には相当思い切ってしまった、という余談がある。 

■Kung Fu Meets the Dragon / Lee Perry
Kung Fu Meets the Dragon

Kung Fu Meets the Dragon

 

「カンフーとドラゴンの出会い」である。 お馬鹿なジャケットがなにしろ楽しくてしょうがない。このグラフィックを使ったTシャツの購入を一時考えてしまったぐらいだ。それにしてもカンフーとリー・ペリー、非常にお似合いではないか。内容もジャケット同様とぼけていてリラックスしたものであり、時折リー・ペリーが変な音を出したりブルース・リー怪鳥音を真似た奇声を発しまくったりしていて、「ああ、変だ、変なアルバムだ」としみじみ楽しむ事が出来る。

■Return of Wax / Lee Perry
Return of Wax

Return of Wax

 

「帰ってきたワックス」ではあるが、ワックスが何の隠語なのか分からないので知ってる方は教えてください。しかし今作もまたふざけたジャケットだ。上半身裸のマッチョなペリーにドラゴンにタイガー。よく分からない。よく分からないがこれでいいんだと思う。だってリー・ペリーだし。内容は 『Kung Fu Meets the Dragon』同様ダブというよりも確かにインスト曲集で、実際地味ではあるが落ち着いたユルイ演奏をユルく堪能できる作りになっている。そしてこのユルさがまた心地よいのだ。

■Double Seven / Lee Perry
Double Seven

Double Seven

 

「俺はシャウトしまくるぜ!」というヤル気満々なジャケットのアルバムである。今作における特色はペリーには珍しいピョーンピョーンとした妙なムーグ音が多数フィーチャーされていることだろうか。ムーグは珍しくとも「妙な」という部分でペリーらしくなっている。ブラック・アーク期直前直後ということでまだまだ尖がったペリー・サウンドという訳ではないが、生き生きとした曲が多く、ヴォーカル曲も多彩だ。後にコンピレーションに収められるようなイイ演奏が結構収められていて、これは意外と隠れた良盤かもしれない。

■Revolution Dub / Lee Perry & the Upsetters
Revolution Dub

Revolution Dub

 

「インスト3部作」と同時期にリリースされたダブ。『スーパー・エイプ』のような変幻自在の妖しさはないが、じっくりじわじわ確実に聴かせるシブ目のダブが展開する。レコード回転数が落ちてるんじゃないか、と思っちゃうぐらいユッタリでスカスカ、でも時々ゲップなのかエズキなのかよく分からない変なヴォイスが入っている所で「ああ、ペリーさんだ」としみじみ感動できる。同じアルバムだがいろんなジャケットで出ているので注意が必要。

■14 Dub Blackboard Jungle / Upsetters

そう、これが「史上最初のダブ・アルバム」とも呼ばれる(諸説あり)歴史的記念盤であり名盤『14 Dub Blackboard Jungle』である。リー・ペリー・アルバムも数あるがその中でも筆頭で聴かねばならないアルバムの一つである。古いダブ作品とはいえここで展開するアイディアは決して古びておらず、曲調はタフでストロング、そのスリリングで高いテンションの曲の数々は聴き応え十分だ。音質の悪いクロックタワー盤もリリースされているが今回紹介しているヴァージョンこそが正解だろう。また今作はもう一人のダブ・ミュージックの雄、キング・タビーとのコラボ作でもある。曲調の分厚いドープさはタビーのものではないかと若干推測する。ブラックアーク期と前後する音源なので例のペリー節はまだ片鱗しかないが、それでも妙な雄叫びは存分にフィーチャーされており、「ああ、ペリーさんだなあ」とこれもしみじみ堪能できる。必聴。

最近読んだ本/『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』『中二階』

■こうしてイギリスから熊がいなくなりました/ミック・ジャクソン

こうしてイギリスから熊がいなくなりました

これは、イギリスで絶滅してしまった熊に捧げる、大人のための寓話です。電灯もオイル・ランプもなかった時代、夜中に森を徘徊する悪魔だと恐れられた「精霊熊」。死者のための供物を食べたせいで、故人の罪を引き受けてしまった「罪食い熊」。サーカスが流行した時代、人間の服を着て綱渡りをさせられた「サーカスの熊」。19世紀、ロンドンの下水道に閉じ込められ、町の汚物や溜まった雨水を川まで流す労役につかされていた「下水熊」。―ブッカー賞最終候補作家が、皮肉とユーモアを交えて独特の筆致で描く8つの奇妙な熊の物語。

オレは相方から「熊」と呼ばれている。熊のように体形がドデッとして動きもノッソリしているからなのだそうである。愛玩されているのかからかわれているのかよくわからないが、豚とか鼠とか言われるよりまだましなので甘んじて愛称として捉えることにしている。そんな熊なオレが書店で見つけたのがこの『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』である。同じ熊としてこれは読まねばならないと思ったのだ。内容はというと「かつてイギリスに住んでいた熊たちが迫害され弾圧され、流浪の未にイギリスから姿を消してしまう」という寓話集である。実際、イギリスにおいて野生熊は絶滅種であり、生息していないのらしい。乱獲が理由だそうだ。しかしこの作品集では熊の消滅した理由を8編の短編による寓話的なファンタジイ仕立てで描くこととなる。ファンタジイというかなにしろイギリス作家の書いたものなのでどことなく陰鬱で寒々しくて貧乏臭くて笑えない笑いに満ちた作品ばかりだ。挿絵も相当数挿入されてはいるがこれがまた陰鬱で寒々しくて可愛げのない挿絵ばかりで、なんかこう読んでいて段々気が滅入ってくるというか物悲しい気分に苛まれてしまう作品集ではある。一番面白かったのは訳者あとがきで、イギリスでは熊以外にも多数の動物が絶滅や虐待されていることが書いていて、その理由がいちいち面白かった。イギリスでは狼も絶滅種だが、他では「狐を乱獲したばかりに今度は兎が増え草木を食い荒らし木すら生えなくなった」のだという。イギリスアホやん……。

こうしてイギリスから熊がいなくなりました

こうしてイギリスから熊がいなくなりました

 

 ■中二階/ニコルソン・ベイカー

中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

中二階のオフィスへエスカレーターで戻る途中のサラリーマンがめぐらす超ミクロ的考察。靴紐が左右同時期に切れるのはなぜか。牛乳の容器が瓶からカートンに変わったときの素敵な衝撃。ミシン目を発明した人間への熱狂的賛辞等々、これまで誰も書こうとしなかった愉快ですごーく細かい小説。

ニコルソン・ベイカーによる長編小説『中二階』 はいわゆる「ミニマル小説」とも呼ぶべきお話である。なんとこの物語、「一人の男がエスカレーターに乗って中二階で降りるまでの数十秒の間に男の心に去来すること」を延々全180ぺージ余りに渡って書き連ねている「だけ」なのである。数十秒の間に考えることなどたかが知れているが、この物語では連想が連想を呼び最初の想起点からは果てしなく逸脱してゆきそしてそれが膨大な量の言葉=文章となって横溢することになるのだ。それだけではない。連想に対する連想はそこに脚注を生み、その脚注ですらまたもや膨大な量の言葉を連ねる結果となってしまうのである。そんなわけだからこの作品には実は「物語」が存在しない。「物語」を存在させず連想だけをバトンリレーさせながらどのように長編小説としてまとめるかかこの作品の目的なのだ。そういった部分で、連想の中で語られる平凡なアメリ中流階級の20代のビジネスマンの生活や彼がたどったであろうやはり平凡な人生の様子を垣間見ることは面白く読める方もいらっしゃるのだろうが、「物語」が存在しない、ということそれ自体によりオレはひたすら退屈して読むことになってしまった。試みとしては面白いがいわゆるパフォーマンスアートみたいなもんで概要さえ分かっちゃえばわざわざ最後まで読み通すような作品でもないと感じちゃったなあ。

中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)