[MOVIE」ウォーズとオレ

DVDスター・ウォーズ・トリロジー購入。
実はSWエピソード4〜6のビデオを2本ずつ所有している。最初に出た通常版3本、それに映像をトリートメントした《特別篇》の3本だ。そして今回のDVD。合計9本。もちろんEP1〜2のDVDも持ってるのでSWの映像は11本もあったりする。オレは極端なSW原理主義者ではないが、やはりオレの映画体験の中ではこの映画は断然別格な物であるのは確かだ。
EP4のアメリカ公開は今から27年前、1977年だった。当時オレはまだ中学生だったと思う。その頃から映画が好きで、洋画雑誌なんか取っていたオレは、海外新作映画特集の記事で初めてSWのことを知った。でもその時の仮題が「星間大戦争」ですよ、アナタ(泣)。ダサすぎですよ(号泣)。それでもたった一枚の白黒の小さな写真に写っていた、宇宙空間で戦いを繰り広げる戦闘機のカッコよさには痺れまくりましたよ。思えばあれは、X‐ウィングとタイ・ファイターのドッグファイトのシーンでしたね。
それから矢継ぎ早に、あらゆるメディアでこの映画が化け物のようにアメリカ中の映画館を席巻し、映画ファンを熱狂の渦に巻き込んでいる、情報が入ってくるんですよ。今で言うリピーターと呼ばれる人たちが、この映画を何度も何度も見ては「サイコー!」と絶叫している。興行成績は記録的で、映画のエイリアンや戦闘員の格好をした人、つまりコスプレーヤーが映画館に出没し、まるで遊園地のアトラクションを楽しむようにこの映画を満喫し、そして映画のクライマックスでは観客の誰もが大喝采の拍手を投げかけると言う。その映画の名は、「スター・ウォーズ」!
映画史上に残る、最高のSF映画!!
もうね、もうね、オレは取り付かれてしまいましたよ。その頃角川書店が雑誌「バラエティ」を刊行してね、角川映画スターウォーズの2大記事でガンガン攻めてくるんですよ。勿論取ってましたよ。そして、コカ・コーラコカ・コーラ・SWエディションを出すんですよ。あの頃コーラってのはビンが主流でしてね、その王冠の裏の丸いプラスチックフィルムを剥がすとSWの名シーンの写真が見られるんですよ。これが沢山種類があってね、オレも集めたもんですよ。それらに限らず、日本でも様々なものにタイアップされて、SWは宣伝活動を繰り広げるんですね。
でもね、でもですよ。1977年にアメリカ公開されたSWは、日本で公開されるまで丸1年待たなければならなったんですよ!これだけ煽っておいて1年ですよ1年!
当時日本ではそんなにSF映画が一般的じゃなかった事もあるんでしょう。前宣伝をしっかりやらなければ、アメリカ並みに売り上げる事は出来ないし、ロイヤリティに見合うだけの売り上げが期待できるかどうかも判断できなかったのかもしれません。しかし、この日本の配給会社の及び腰で保守的な姿勢は、1つの映画史に名を残す大傑作を、みすみす生殺しにしてしまったんですよ。
1年の販売促進期間には、映画SWのありとあらゆる情報が微細漏らさず垂れ流されているんですよ。公開時まで関心と興味を持続させようと情報漬けにしてね。だから、公開されたその時、映画を見た人たちは、画面で起っているあらゆることを既に知ってしまっているんですよ!なにも驚きも興奮もありゃしませんよ。そこには「宣伝どうりに面白く展開するSW」があり、観に行く人はそれが話題どうりだったと「確認するだけ」の話なんですからね。確かに、予習しなければ感動する事も出来ない連中ってのはいるでしょうが、あの当時メディアと配給会社の宣伝部がやっていたのは、「ガキしか見ないSFを大人も騙して売り付ける方法」だったとしか思えません。あの当時のあの連中が行った事は一つの文化の芽を摘んだことと同じ様に思えます。結局、オレも、SWを劇場で観たとき、少しも面白くなくて、なんだか凄く悲しかったよ。
確かにオレの中学生頃なんてSFっていうのはちょっとマイナーでね、オレがSFマガジン買おうとして「SMマガジンは子供には売れないのよ」と書店のオバチャンに言われたと言う、冗談やネタとしか思えないことが本当にあったりしたんですよ。
それとさあ、この「空白の1年」の間に日本の映画会社が「この程度の特撮なら日本のお家芸だ、こんな映画よりもっと面白い映画を、この映画の公開前に作っちゃえ!」とか言って本当に作ってるんですよ。深作欣二監督「宇宙からのメッセージ」がそれ。SFファンの神経を逆なでする舐めきった内容(酸素ボンベ一つで犬掻きして宇宙空間を遊泳する)と完成度(里見八犬伝が元ネタだとか…)そしてダサいデザイン(戦隊ヒーロー物並み)で、模倣以下の出来に仕上がってました。丹波哲郎も出てるよ。
でも、そんなことはあったにしても、結局いいもの、素晴らしいものは生き残ってしまうわけで、その後のSWがどのように世界中のファンやマニアやもっとコアな人々を満足させてきたかはオレが語るまでもないでしょう。
まあそれはそれとして、あの当時のSW宣伝担当だったヤツ。あの当時の恨みは忘れてないからね。