ヴァイパーズ・ドリーム / ジェイク・ラマー (著), 加賀山 卓朗 (翻訳)
1961年、ニューヨーク。ジャズ全盛のハーレムで最も怖れられる麻薬密売人クライドはその日、自身が犯した殺人を後悔していた。殺しは今夜で3度目だが、悔いたのははじめてだった。自責の念に沈むさなか、ジャズ界の庇護者パノニカから「3つの願い」を訊かれ、因縁を探る彼の思索は遠い過去へと跳ぶ。1936年にトランペッターを志し田舎からひとり大都会に出てきてからの日々、そして愛する歌姫に出会ってからの日々へと……。
1936年、アラバマからハーレムにやってきたクライド・"ザ・ヴァイパー"・モートンはジャズ・トランペッターになる夢を抱いたが才能の壁に阻まれ、マリファナの密売で成り上がる。そして時が経ち1961年、殺人容疑で追われる彼がジャズの庇護者バロネス・ニカの家で過去を振り返る中で、野心、裏切り、殺し、そして歌手ヨランダとの激しく破滅的な恋が追想されてゆく……。
1930年代から1960年代のハーレムを舞台にしたジャズ・ノワール小説『ヴァイパーズ・ドリーム』は、在仏アメリカ人作家ジェイク・ラマーの作品だ。日本では2024年に扶桑社から翻訳刊行され、CWA歴史ミステリー賞も受賞している。
まずテーマのひとつとなるのはアメリカン・ドリームの暗部だ。才能だけでは這い上がれない現実と成功の代償を黒人青年の視点から鋭く暴き出す。ジャズと麻薬の共生と対立も大きなテーマだろう。マリファナを聖なる草として位置づけつつヘロインの蔓延を拒絶するヴァイパーの姿勢は、ヘロインで多くのジャズメンが倒れていったことへの抗議とも受け取れる。
読みどころとなるのはその圧倒的な時代の空気感だろう。スウィング時代からビバップ、1960年代初頭までのハーレムの変遷を背景に、社会と文化の移り変わりが迫真的に描かれてゆく。ハーレムのジャズクラブの熱気、マリファナの煙、汗と音楽が溶け合う臨場感が文体に宿り、リズミカルに再現されてゆく。冷徹でありながら人間味あふれるヴァイパーというアンチヒーローの魅力、過去と現在の巧みな交錯によるサスペンスも物語を支える大きな柱となっている。
物語の真の核心となるのは、主人公クライドのファム・ファタールとして登場し、彼の人生を嵐のように翻弄してゆく女ヨランダの存在だろう。二人の恋とその致命的なすれ違いの様は物語の感情的な核となっており、情熱的でありつつも常に悲劇の影をまとい、呪われた運命の如く物語を暗い深淵へと引きずり込んでゆくのだ。
注目すべきはこれがジャズ・ノワールであるという点だ。タイトル自体がジャズ・シーンで使われたマリファナ関連のスラングに由来し、実在のジャズ・ミュージシャンであるマイルス・デイヴィス、セロニアス・モンク、チャーリー・パーカーらが自然に登場するリアリティも見逃せない。作者の音楽愛と時代考証の正確さが光り、読後には自然とジャズを聴きたくなる。ジャズファンにとって単なる犯罪小説ではなく、音楽小説としての側面も極めて強い。
ジャズを愛する人、ハードボイルドやノワール小説のファン、古き時代のハーレムに興味のある方には特におすすめだ。凶暴な野心と破滅的な恋、時代の波に翻弄される人間ドラマを求める人にも強く響く。『ヴァイパーズ・ドリーム』は、ジャズの即興性と人生の切なさを融合させた稀有な一冊だ。
