17の鍵 (刑事トム・バビロン シリーズ) / マルク・ラーベ (著), 酒寄 進一 (翻訳)
早朝のベルリン大聖堂に、深紅の血が降り注いでいた。丸天井の下、頭上10メートルほどの位置に、女性牧師が吊り下げられていたのだ。通報を受けて殺人現場に駆けつけたトム・バビロン刑事は、信じがたいものを目撃する。被害者の首には、カバーに「17」と刻まれた鍵がかけられていた。それはかつて、トムが少年の頃に川で見つけた死体のそばにあった物と同じだった。鍵は10歳で失踪した妹が持ちだしていたのだが、なぜ今、ここに現れたのか。謎を追ううちに、トムは恐るべき真相を暴きだす。
ドイツ生まれの作家マルク・ラーベによる〈刑事トム・バビロン〉シリーズの第1作である(現在4作まで続いているようだ)。物語は、ベルリン大聖堂の丸天井から流血した女性の死体が吊るされていたという衝撃的な光景から幕を開ける。現場に急行した刑事トム・バビロンは、死体の首に下げられた「17」という刻印のある鍵を目にし、それが自身の暗い記憶と直結することで、彼の行動は捜査の枠を超えた遁走へと転じ始める。
本国ドイツではシリーズ累計43万部を突破するベストセラーとなり、日本での評価も比較的高いようだが、私個人としては期待していたほどの感銘を受けるには至らなかった。以下にその主な理由を述べる。
まず、主人公である刑事トム・バビロンのキャラクター造形が、捜査官として看過できないほどの精神的な問題を抱えている点だ。彼は幼少期の妹ヴィーの失踪というトラウマから、現在もヴィーの声や姿が見え、彼女と会話するという妄想性障害を抱えている。悲痛な過去は同情できるとしても、このような極度の精神的脆さを抱えた人物が凶悪犯罪の最前線で捜査を担うという設定には、不安と疑問を感じずにはいられない。
また、トムが子供の頃に友人たちと川底で死体を発見した経緯も、受け入れがたい要素となっている。彼らは「冒険」と称して死体発見を警察にすぐに通報しなかったばかりか、トムは死体が首から下げていた「17」の刻印がある鍵を持ち去ってしまう。さらに妹ヴィーは、それが死体から回収されたものと知りながらその鍵を強く欲しがり、最終的にこの鍵を持ったまま失踪する。一連の少年たちの行動は、極めて未熟で無責任な行動原理に基づいていると言わざるを得ず、読者としては彼らの倫理観に強い疑問符を付けざるを得なかった。
しかも、この過去の出来事が現在の事件の真相と全面的に関わってくるというプロットは、構成上の作為性を強く感じさせ、物語への没入感を削いでしまう。刑事トムは、この関連性を警察組織に隠し、極秘裏に個人的な捜査を開始する。この身勝手な行動は、実際の捜査を難航させるだけでなく、次の被害者を生み出す要因にさえなっている。これはもはや刑事失格というレベルを超え、捜査の妨害者、さらには害悪と評価すべきだろう。しかも彼の個人的な捜索は終始、右往左往しているに過ぎず、実質的な事件の解決は、署の情報分析担当者による過去のデータ洗い出しによってなされているという点も皮肉だ。
このように、極度のトラウマに囚われた主人公が、公私の区別なく感情的に突き進む姿が物語の主軸となっており、読んでいて疲弊を覚えた。事件の背景に旧東ドイツの暗部が関わっているという着眼点など、見どころは確かに存在するものの、主人公の持つ強烈な負の印象が、作品全体を楽しむ妨げとなってしまったというのが、率直な読後感である。
