サイレントヒル f (PlayStation 5、Xbox Series X/S、PC)

加藤小夏さんのゲーム配信が楽しすぎて『サイレントヒル f』をプレイしてみた
ジャパニーズ・ホラーゲームの最新作『サイレントヒル f』をクリアした。クリア時間は約11時間である。
私はゲームは好きだが、プレイ時間を確保するのが難しく、今年も結局クリアできたのは本作を含めて4本に過ぎない。実を言うと、去年の暮れからある大作FPSゲームを細々とプレイし続けているが、150時間ほど経ってもまだ終わらず、さすがに飽きてきた。そこで気分転換に選んだのが、この『サイレントヒル f』だった。
発売前から注目していたものの、「敵が固くて難易度が高い」という噂を聞き、購入をためらっていたのだ。ところが先日、主人公のモーションキャプチャーを担当した女優、加藤小夏さんが、「自分の演じたゲーム主人公を自分でプレイする」という、ゲーム史上でも異例の動画配信を開始し、SNSを大いに賑わせていた。その配信があまりにも面白く、これが決定的な購入の決め手となった。

物語とゲーム内容:美しくもグロテスクな世界観
物語の舞台は1960年代の日本、山間に位置する小さな町だ。主人公の女子高生、深水雛子は家族との諍いに耐えきれず家を飛び出し友人たちと落ち合うが、そこで突然の異変に遭遇する。町は怪しい霧に包まれ、不気味な赤い植物が地面を覆い始め、逃げ惑う雛子に異形の化け物どもが襲い掛かるという展開である。
率直な感想を述べると、このゲームは私の想像を超えた素晴らしい作品だった。60年代日本の田舎町というレトロなロケーション、旧弊な伝統文化と宗教性が交差するシチュエーション、 グロテスクかつ悪夢的なビジュアル、そして主人公の悲しく残酷な運命。これらが渾然一体となり、第1級のホラーゲームとして完成している。
ゲームシステム自体に特筆すべき斬新さはない。探索、戦闘、パズル、アイテム収集によるレベルアップといった要素で構成された内容は、サバイバルホラーゲームとしてはお馴染みだ。クリア時間の短さについては、複数エンディングを持つ本作において、真エンドに辿り着くには最低3回のクリアが必要となる、再プレイを前提としたシナリオ構成になっているためだろう。これは、制作コストを抑えつつ、長くプレイヤーを惹きつけるための戦略とも言える。
しかし、やはりこのゲームが一歩抜きん出ているのは、その独特の世界観と、「和製ホラー」ならではの暗く湿り気のあるまとわりつくような恐怖演出、そして根幹にある強烈なテーマ性である。では、そのテーマ性とは何か。

根幹にある強烈なテーマ性:ミソジニーと性的成長の拒絶
本作のネタバレになるが、ゲーム世界で起こる「怪異」の全ては、主人公・雛子の内面世界の崩壊が具現化したものである。ここで描かれる血塗れの地獄巡りは、そのまま雛子の精神が辿る地獄巡りなのだ。では、雛子の心に地獄を生み出したものの正体は何なのか。
それは、1960年代の日本、特に地方社会における女性へのミソジニー、すなわち「女の幸福は結婚である」という社会的強制だ。物語を追ううちに、雛子には既に親の決めた結婚相手がおり、それが父親の経済的な打算で決められた相手だったことが判明する。雛子はこの強制に抗い、心理的遁走状態へと至る。雛子の心で巻き起こるこの身を割くようなジレンマこそが、「グロテスクに変容した町並みと襲い掛かるおぞましい化け物の群れ」という形で、『サイレントヒル f』の世界に具現化したのである。
もうひとつの重要なテーマは、雛子自身の性的成長への拒否と、性的なことそのものに対する強い忌避である。幻想の儀式で、雛子は毛むくじゃらの腕を接合され、背中に血塗れの烙印を押されるが、これは第二次性徴における陰毛の発生や初経を暗喩したものと読み取れる。それがこれほどグロテスクに描かれるのは、雛子自身が性的成長そのものをグロテスクに捉えているからではないか。「大人の女になること」が強制的な婚姻と結びつくことで、雛子の忌避感は絶対的なものへと変わってしまうのだ。

自らに性的な成長を意識させる忌まわしい存在
そして、「高校時代の友人たち」が重要なキーパーソンとなっているのは、彼らが**「子供時代」の最終段階**、すなわち最後の防波堤であるからだ。子供の頃から男女の別なく遊んできた友人たちが、いつしか男女を意識し始めるこの時期、雛子にとってのかつての友人たちは、「自らに性的な成長を意識させる忌まわしい存在」へと変貌してしまう。だからこそ、物語が進むにつれて全ての友人たちは怪物化し、雛子は彼らを抹殺せざるを得なくなるのである。
こうして考察してみると、『サイレントヒル f』の物語は、あまりに悲痛であり、同時に醜く歪んだものであることが分かる。しかし、その醜さは、10代の少年少女が心の裡に生み出してしまう混乱と葛藤ゆえのものである。その中で「自分とは何か」という問いを胸に戦い続ける雛子の姿は、ただただ美しく、そして愛おしい。
一個のホラーゲームの中にこれだけの透徹したシナリオとテーマ性を内包させた製作陣に、心から敬意を表したい。


