冬の夢 / スコット・フィッツジェラルド(作)、村上春樹(翻訳)
天衣無縫に、鮮やかに、そして痛切に-八十年の時を越えて今も読む者の心を打つ、二十代の天才的作家の瑞々しい筆致。フィッツジェラルドのベスト短篇の一つに訳者が挙げる表題作ほか、来るべき長篇小説の原型を成す「プレ・ギャツビー」期の五篇をセレクトした"若き日の名作集"。
なんとなく唐突にスコット・フィッツジェラルドの短篇を、それも村上春樹の翻訳で読みたくなり、1ヶ月ほどかけて5冊の短篇集を読んだ。オレは大昔村上春樹の著作をよく読んでいたが、現在はそれほど興味を持っていない。とはいえ「村上春樹翻訳ライブラリー」の装丁の佇まいが気に入ったのと、村上のフィッツジェラルドへの思い入れをちょっとだけ確かめてみたかったという部分もあり、この版で読んでみようと思ったのである。というわけで今日は5冊のうち『冬の夢』を紹介。
『冬の夢』はフィッツジェラルドが1920年から25年にかけて書いた5つの短篇を収録している。フィッツジェラルドの代表作『グレート・ギャツビー』が1925年の作であることから、いわば最も脂の乗った時期の短篇集だと言えるかもしれない。
まずは『冬の夢』、これは類まれな美少女にひたすら心を弄ばれる青年の不憫な話。あたかも女王のように振舞う美少女の傍若無人ぶりと、セイレーンの歌声に魅せられた船乗りのように破滅に突き進む青年の恋の描写にニマニマさせられる。もうオレも60にもなると逃れられない恋の運命(”さだめ”とお読みください)とか言われてもジュラ紀の時代の話のように感じてしまうが、性的トランス状態にがんじがらめにされてしまう男の悲しさ遣る瀬無さはトラウマの如く黒歴史に刻まれているので、あーなんかわかるわーとかなんとか言いながら楽しく読めた。
続く『メイデー』は1919年の反社会主義暴動と豪華極まりないダンスパーティーを軸としながら、のっぴきならないトラブルを抱えた一人の青年とパーティーに訪れた華やかな美少女の一瞬が交差するという構成だ。ここにはフィッツジェラルド自身が抱える失意や劣等感、焦燥や貧困が隠されているのだろうが、同時に無知蒙昧さや暴力的なものに対するあからさまな嫌悪も見て取ることができる。混沌として得体のしれない熱気の籠った物語展開は異様であり、中篇と言ってもいい長さと複雑なプロットを持つ作品で、かなりな力作ではないだろうか。
一方『グレート・ギャツビー』のいちエピソードとして計画されながら放棄された『罪の赦し』は少々観念的過ぎてオレにはピンとこなかったな。
『リッツくらい大きなダイヤモンド』はタイトル通りの巨大ダイヤモンドが登場する”奇想小説”。これはフィッツジェラルドには珍しい作風なのではないか。人里離れた山奥に贅の限りを尽くした富豪一家が密かに住んでいる、という設定もどこかしら御伽噺チックであり、ある意味SF的な面白さもある。クライマックスの素っ頓狂極まりないドタバタもまた可笑しい。らしくないといえばらしくない作品ではあるが、こういったものも書けるんだ、と認識を新たにさせられる。
『ベイビー・パーティー』もある意味所帯じみた話で、こういった地に足の着いた描写が飛び出す部分に作者の多彩さを感じた。
