ジェームズ・ガン監督が描く新生スーパーマン/ 映画『スーパーマン』

スーパーマン (監督:ジェームズ・ガン 2025年アメリカ映画)

ジェームズ・ガンが描く新生『スーパーマン

DCコミックの象徴的なヒーロー、スーパーマンの映画はどれも心惹かれるものがあります。1978年のリチャード・ドナー監督版『スーパーマン』、2006年のブライアン・シンガー監督による『スーパーマン リターンズ』、そして2013年のザック・スナイダー監督版『マン・オブ・スティール』。そんな系譜に、MCU映画でその名を馳せたジェームズ・ガン監督による新生『スーパーマン』が加わりました。

スーパーマンクラーク・ケントを演じるのは『Pearl パール』『ツイスターズ』のデビッド・コレンスウェット。ロイス・レイン役にTVシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』のレイチェル・ブロズナハン。宿敵レックス・ルーサーを『「マッドマックス 怒りのデス・ロード』のニコラス・ホルトが扮しています。

【STORY】大手メディアの新聞記者クラーク・ケントとして正体を隠すヒーロー、スーパーマン。超人的な力で人々を救い絶大な信望を集めていた彼はしかし、国境を越える活動が問題視され、その使命に葛藤を抱き始める。 一方、スーパーマンを脅威と見なす天才科学者レックス・ルーサーは、世界を巻き込む巨大な計画を進行。ルーサーと彼の生み出した超巨大生物KAIJUがスーパーマンの前に立ちはだかる。非難され、傷つきながらも、スーパーマンは再び立ち上がるのだ!

傷つき、成長するヒーロー

正直なところ、ジェームズ・ガンが『スーパーマン』をリブートすると知った時、期待よりも「またリブートか……」という程度の感想でした。ジェームズ・ガン監督の作品は嫌いではないものの、「スーパーマン」のような王道スーパーヒーロー映画が撮れるのか、疑問に感じていたのです。しかし! 仕上がった作品を観てみると、これがもう最高の出来で、今年のベストテン作品に入れてもいいくらい気に入ってしまいました!

今回の『スーパーマン』でまず潔いと感じたのは、スーパーマンの誕生の来歴を大胆に省略している点です。しかしそれ以上に、スーパーマンが徹底的にやられ、終始ボロボロになりながら戦いを続ける姿に、ものすごく新鮮さを覚えました。そもそもスーパーマンは宇宙最強の男。クリプトナイトくらいしか弱点のない、完全無欠のヒーローです。しかし、最強で完全無欠、おまけに清廉潔白で聖人君子なキャラクターは、実のところ面白みに欠けるという一面もありました。

これまでのスーパーマン映画は、その完全無欠さをどう切り崩してドラマを生み出すかに腐心していたように思います。しかし、今回のジェームズ・ガン版では、「完全無欠ではない」ところから物語が始まるのです。南極で血を流し、ボロボロになって倒れているスーパーマンの姿から。本来、鋼鉄の男であるスーパーマンは血を流したり、傷を負ったりするはずがありません。しかし、あえてその設定を曲げることで、傷つき、迷い、悩みながら成長していくヒーロー像を付加することに成功しています。今回のスーパーマンは、ものすごく人間臭い。そして、この人間臭さがジェームズ・ガン監督ならではの作劇スタイルと見事に合致しているのです。

「チーム」で戦うスーパーマン

今回のスーパーマンは完全無欠ではないからこそ、一人ではすべてを解決できません。だからこそ、多くの登場人物たちの協力が必要となります。それは作品に登場する多くのスーパーヒーローたちであり、ロイス・レインであり、デイリープラネット紙の同僚たちです。スーパーマンと彼らの関係は、ある意味でチームを思わせます。

実のところスーパーマンがチーム参加した『ジャスティス・リーグ』という作品もありますが、スーパーマンが強すぎてバランスが悪かった。その点このジェームズ・ガン版はそれぞれが適材適所に配され、立場も対等で、バランスが良いんですよ。これは、ジェームズ・ガン監督の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』に通じるものがあり、監督ならではの作劇スタイルが色濃く出ている部分だと感じました。

多くの仲間たちと共闘することで、思いもよらぬ突破口が生まれ、多くのドラマが派生し、逆に新たな緊張も生まれます。同時に、仲間たちと気の置けない関係を築き、賑やかでコミカルなシーンも生まれています。今回の『スーパーマン』が明るく楽しさに溢れているのは、こういったキャラクター同士の密な信頼関係が描かれたからではないでしょうか。そして、そこが今回の『スーパーマン』の新しさと面白さに繋がっているのだと思います。

「今の時代」におけるスーパーヒーローの存在意義

もう一つ、本作では「今の時代にスーパーヒーローとは何か」という問いが丁寧に描かれています。これはMCU映画、特に『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』あたりから描かれ始めたテーマですが、『シビル・ウォー』が政治とシステムの物語であったのに対し、今作ではスーパーマンクラーク・ケントの内面の問題、個人の意思決定の問題として扱われているため、より感情移入できる部分が大きいのです。

さらに物語には、大企業の覇権争いや侵略戦争SNSの負の側面、移民問題といった今日的なテーマが盛り込まれています。そういった現実を踏まえつつも、「それでもあえてスーパーヒーローを描くことの意義は」と一石を投じています。もちろん、娯楽映画ごときで世界は変わりません。しかし、映画を観ることで夢を見ることはできる。その夢の先に、映画『スーパーマン』はあるのだと私は思います。