イングランド・イングランド / ジュリアン・バーンズ (著), 古草 秀子 (翻訳)
ブッカー賞受賞作家が描くテーマパーク・イングランド。そこにはウェストミンスター寺院、ガーデニング、ロビン・フッド、紅茶、シェイクスピア、生ぬるいビール、ハロッズ、王室までもがある。そんなプロジェクトに参加したマーサだったが。レプリカが本物を凌駕するのか。アイロニーと風刺に満ちた傑作!
無知を晒すようでお恥ずかしいが、オレはイイ歳になってもずっとイングランドのことをイコールイギリスそのものだと思っていた。さらに言うならアイルランド島全体もイギリスだと思っていたという現地の方に叱られてもしょうがない思い違いをしていたほどだ。この辺実際ややこしいのだが、イングランドとは”グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリス)を構成する4つの「国」の一つ”というのが正解となる。ちなみに残る3つの国とはウェールズ、スコットランド、北アイルランドとなる。
ジュリアン・バーンズによる長編小説『イングランド・イングランド』は、このイングランドに存在する名所旧跡のレプリカをイギリスに存在する小さな島、ワイト島に集め、一大テーマパークを作っちゃえ!という空想的な物語である。しかし物語はそれだけにとどまらず、小イングランド=「イングランド・イングランド」と名付けられたそのテーマパークは独立を宣言し、なんとイギリス王室まで招聘して大いに活況を呈し、本家のイングランドが衰退してしまう、というイギリス流のアイロニーに満ちた物語となっているのだ。この物語構造はある意味SF的な着想を持つ小説ということもできるだろう(未読だが井上ひさしの長編小説『吉里吉里人』に近いものがあるかもしれない)。
「イングランド・イングランド」に設えられたのはイングランドの名所旧跡レプリカだけではない。ここに住み着いたイギリス国王が朝の挨拶を行い、ロビンフッドと陽気な仲間たちがアトラクションを開催し、流通する通貨はイングランド古来の貨幣で、集められた役者が古き善きイングランドの田舎生活を演じているのである。観光客たちは本当のイングランドに点在する本物の名所旧跡を駆けずり回るよりはコンパクトにまとまった「イングランド・イングランド」に遊びに行ったほうがましと判断してテーマパークは大成功、一方本当のイングランドのほうは誰からも顧みられない土地と化し経済が崩壊、100年以上前の生活にまで後退してしまうのだ。
「イングランド・イングランド」を設立したのは大企業CEOであり大富豪でもあるジャック・ピットマンことサー・ジャック。こいつが大いに曲者で、強欲で強引、強権的で独裁的、独善に満ちた行動と思いつきのような命令で全てのものを思うがままに操る因業爺なのである。それはあたかも現トランプ・アメリカ合衆国大統領を思わすものがあり、本を読んでいる間中あの大統領の顔がよぎって仕方なかったが、作品自体は1998年出版のものとなる。また王室への皮肉は作品最大級で、徹底的に下品で愚鈍に描かれたイギリス国王の姿にはさすがイギリス人の書いたイギリス小説だと思わせた。
しかし実際の主人公となるのは「イングランド・イングランド」企画室の一人、マーサ・コクランとなる。物語は彼女の常識的で一般的な視点から物語られることになるが、その彼女にしても現実から一歩引いたような奇妙に傍観者的な側面と、どこか醒めたような現実認識を持っていて、こんな彼女がなぜ主人公なのかを考えることが作品理解のカギとなる。スラップスティックを気取ったアイロニカルな物語であるこの作品が、その喧騒と混乱の果てに「では偽物でも代用品でもない真のイングランドとはどこにあるのか」を指し示すラストの光景にそれは現れる。そこでマーサが体験するものこそが、イギリス人にとって何物にも代え難いイギリスの姿なのだろう。
