『ダウントン・アビー』のジュリアン・フェロウズ脚本によるドラマ『ギルデッド・エイジ -ニューヨーク黄金時代-』を観た

ギルデッド・エイジ -ニューヨーク黄金時代- (監督:マイケル・エングラー 2022年アメリカ製作)

ダウントン・アビー』製作者による新たなるドラマ

オレは20世紀初頭のイギリス貴族の生活を描くドラマ『ダウントン・アビー』がとても好きで、当然全シーズン観たし2本の映画版は劇場で観たし、それだけで飽き足らずドラマ版Blu-rayBOXを購入し映画版もBlu-rayで揃え再度観ているほどである。イギリス貴族なんぞシャラクセエ、と思われるかもしれないが、『ダウントン・アビー』で描かれるのは時代の変遷により没落しつつある貴族たちの姿であり、変化しつつある庶民たちの暮らしであり、その両者がどのように歩み寄り新しい世界に対応してゆくのかという物語だったのだ。とはいえ、貴族たちの豪奢な邸宅や衣装、その生活ぶりが眼福の極みであったことは付け加えておこう。

その『ダウントン・アビー』を製作し、脚本も書いたジュリアン・フェロウズが、『ダウントン・アビー』終了後の2022年に製作したドラマがこの『ギルデッド・エイジ -ニューヨーク黄金時代-』となる。物語の舞台は19世紀末のアメリカ・ニューヨーク、そこで暮らす上流階級たちの姿を描くのがこのドラマだ。20世紀初頭のイギリス貴族を描いた『ダウントン・アビー』、19世紀末のアメリカ上流階級を描く『ギルデッド・エイジ』、近い時代の同様な社会階級を描きながら、イギリスとアメリカとではどのように物語が違ってくるのか?『ダウントン・アビー』ファンのオレとしてはそういった部分に注視してドラマを見始めた。

【STORY】1882年、父が亡くなり独りになったマリアン・ブルックは、ペンシルベニアの田舎からニューヨークへ移り住み、マンハッタンの高級住宅街に住むおばの元で暮らすことになる。おばのアグネス・ヴァン・ラインとエイダ・ブルックの向かいの豪華な邸に、ビジネスで成功した金持ちジョージ・ラッセルの一家が越してくる。妻のバーサは新参者を受け入れないニューヨークの町で、地位を確立しようと野心を燃やすも、アグネスや他の上流階級の人々に相手にされず、悔しい思いをする。保守的なアグネスの考えに反発を覚えながらも、何か役に立てることをしたいと考え、おばの認めるチャリティー活動をはじめるマリアンは、社交界の争いに巻き込まれていくー。

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アメリカ金ピカ時代”

さてここで”ギルデッド・エイジ”とは何か?というと、繁栄に沸くアメリカ19世紀末の金持ちたちが湯水のように金を蕩尽する”金ピカな生活”を皮肉った言葉なのらしい。

Gilded Age 南北戦争終結から1870年代にかけてのアメリカ社会の呼び名。工業化の進展と物質的繁栄を謳歌するなか,政財界の癒着と道徳的腐敗がはびこり,多くの疑獄事件を生んだ。思想的には自由放任主義社会進化論が流行。金ぴか時代,金めっき時代などとも訳され,この時代を風刺的に描いたM.トウェインとC.D.ウォーナーの同名の小説『ザ・ギルデッド・エイジ』(1873年)に由来

ギルデッド・エイジ|Historist(ヒストリスト)

すなわち、ドラマ『ギルデッド・エイジ』は予め”金持ちたちへの皮肉”をその主眼として製作されたドラマだということもできるのだ。これはイギリス貴族を高慢な上流階級ではなく限りなく人間的に描こうとしたダウントン・アビー』とは真逆のコンセプトとなる。まずここが面白い。逆に言うなら、『ギルデッド・エイジ』に『ダウントン・アビー』を期待するな、ということでもある。

物語の内容をざっくり要約するならアメリカ開拓時代から連綿と続いている古い上流階級(オールド・マネー)の世界に、工業的発展を切っ掛けにのし上がってきた新参者の成金(ニュー・マネー)が乱入し、両者の間で緊張と対立が起こってしまう」ということになる。上流階級同士がなぜ対立しなければならないのか?というと、和を貴び格式を重んじ保守的なオールド・マネーに対し、何かというと金にモノを言わせ派手でガサツで格式なんぞ気にしないニュー・マネーが目障りで仕方がないということなのだ。日本で言うなら財閥系の大企業の世界に新参ベンチャーがのし上がってきて、既得権益を理由にハブられる構造とちょっと似ているかもしれない。

オールド・マネーとニュー・マネーの対立

ドラマではこのオールド・マネーとニュー・マネーの視覚的対比が分かり易い。主人公が身を寄せるオールド・マネーの叔母の屋敷と暮らしぶりは贅沢で金が掛かっているなりに落ち着いた雰囲気を見せるが、その屋敷の真向かいに新たに建ったニュー・マネー一家、ラッセル家の豪邸は豪華絢爛な金ピカぶりで、その衣装も派手で見ようによっては下品、おまけにその派手さを事あるごとに見せびらかし見せつけようとするから始末に負えない。これは両者の考え方や言動にも表れ、なにしろラッセル家の連中ときたらガツガツしている上に見栄っ張りはなはだしく、強烈な上昇志向でもって他者を組み伏せようとするなんともイヤ~ンな連中なのだ。

しかしだ。このドラマは別にオールド・マネー=善、ニュー・マネー=悪として描いたものでは全くない。アメリカの超富裕層はただそのようにして代変わりしてきたということを描いているだけなのだ。なにしろ”強烈な上昇志向”なんて今のアメリカ社会そのものではないか。そして物語を見守っているうち、ニュー・マネーであるラッセル家の連中の悪辣な企みや裏工作や強烈な嫉妬心や克己心に、次第に面白さを感じてくるのである。だいたいオールド・マネーの連中なんてただ保守的なばかりで新しいことには常に抵抗を示して仲間内で目くばせばかりしているつまらない連中で、そんな彼らがラッセル家にやり込められる姿が段々痛快に感じてくるのである。

他にも、 『ダウントン・アビー』そのままの“主人と使用人たちが繰り広げるドタバタ“は楽しかったし、当時の黒人中流階級の生活を描いている部分が興味深かった。とはいえ、”成金の強烈な上昇志向”という物語それ自体にはあまり興味が湧かなかったのも正直なところだ。また『ダウントン・アビー』と同じように豪華な生活や贅沢な衣装を描いていつつ、『ダウントン・アビー』には確かな歴史性と格調の高さを感じたのに比べ、『ギルデッド・エイジ』はただただ見栄っ張りでイケイケドンドンな連中の薄っぺらな金満生活を眺めさせられる、といった部分で興味が続かなかった。といった理由でシーズン1は全部観たけれども、シーズン2はもう観なくていいかなあと思っている。