ジャズ・ドキュメンタリー映画『オスカー・ピーターソン:ジャズ界の革命児』を観た

オスカー・ピーターソン:ジャズ界の革命児 (監督:バリー・アブリッチ 2020年カナダ映画

ジャズ・ピアニスト、オスカー・ピーターソン(1925 - 2007)といえば88鍵をフルに使いこなす超絶技巧を誇り、「鍵盤の皇帝」とまで呼ばれたジャズメンである。オレはそれほど多くのアルバムを聴いたわけではないのだが、例えば彼の名盤中の名盤と謳われるアルバム『We Get Requests』などは、明るくて賑やかで楽しい、まるでオスカー・ピーターソンその人の人柄の様なノリノリなジャズナンバーを聴くことができる。

We Get Requests

We Get Requests

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スタンダードナンバーや美しいバラードを聴くことのできる『Night Train』も名盤の一つだろう。

『The Trio』『Oscar Peterson Trio +1, Clark Terry』もいいアルバムだよなあ!

映画『オスカー・ピーターソン:ジャズ界の革命児』はそのオスカー・ピーターソンの半生を描くドキュメンタリーだ。ちなみに日本における劇場公開時のタイトルは『オスカー・ピーターソン』だったが、配信・放送時のタイトルは『オスカー・ピーターソン:ジャズ界の革命児』に変わっている。それと現在ソフト化はされておらず、Amazon Prime Videoのみで配信されている。

《作品案内》ジャズ史上最も偉大で人気のピアニストのひとり、オスカー・ピーターソン。陽気なキャラクター、聴く者をハッピーにするリズムとハーモニー、そして誰もが憧れる明快で魅力的な音質と超絶技巧――かのルイ・アームストロングは彼のことを「4本の手を持つ男」と呼んだという。本作では、差別との闘い、病気と復活までの困難な道のり、家族愛について、多数の本人インタビューを収録。

映画『オスカー・ピーターソン』

最初に無知を告白しておこう。映画を観るまでオスカー・ピーターソンがカナダ出身だったという事を知らなかったのだ。映画の途中でやけにフランス語を話しているなあ……と思っていたら、そういうことだった。ジャズ素人なりにポツポツとジャズを聴いていると、頭の中にマイルス・デイヴィスを中心としたミュージシャン系統図が出来上がってくるものなのだが、どうもその中にオスカー・ピーターソンが入らないことをぼんやりと感じていて、その理由がやっとわかったという訳である。

しかしこの「カナダ出身」という出自に、アメリカで活躍していた他のジャズメンと大きく違う部分が現れることになる。それはカナダでその才能を開花させ絶大な人気を勝ち得たオスカー・ピーターソンアメリカで公演を行った時、カナダでは有り得なかった黒人差別をひしひしと感じたという証言だ。彼はその時の心情を「人生で最悪の体験」と語っていたほどである。その衝撃は1962年発表のアルバム『Night Train』に収録された「Hymn To Freedom(自由への賛歌)」という曲を生み出すことになる。これは60年代アメリ公民権運動で先鋒を切っていたキング牧師に触発されて書かれた曲であり、近年でも「ブラック・ライヴズ・マター」に関わるムーブメントで盛んに取り上げられたのだという。


これまでマイルス・デイヴィスビル・エヴァンスジョン・コルトレーンといったジャズメンのドキュメンタリー映画を観てきたけれど、それらと比べるならオスカー・ピーターソンの人生はなんと順風満帆なのだろうと思わせるドキュメンタリーだった。早くからピアノ演奏の神童として頭角を現し、華々しい音楽活動を経て多くの音楽関係者から注目を浴び、数度の結婚の後に真の伴侶との幸福な生活を勝ち得たオスカー・ピーターソン。68歳の時に脳梗塞を発症して活動が危ぶまれながら見事にカムバックを果たし、82歳で亡くなるまで精力的に活動を続けていたのだ。これは音楽家としてのみならず人として幸福な一生だったのではないかと思う。

映画では幾度かオスカー・ピーターソン・トリビュートの楽曲演奏が挟まれる構成となっており、ビリー・ジョエルクインシー・ジョーンズハービー・ハンコック、ジョン・バティステらが登場してオスカー・ピーターソン愛を告白する。なんとクリント・イーストウッドまで登場するから吃驚だ。ジャズ・ミュージック、ジャズ・ミュージシャンへの尊敬がそれだけ高いという事なのだろう。カナダにおいてはオスカー・ピーターソン記念日やら記念硬貨やら名を冠した学校やらが作られて名誉市民状態だ。優れたミュージシャンであることは十分にわかっていたが、ここまで敬愛されていたとは。まさに神に愛でられし音楽家、それがオスカー・ピーターソンなのだ。