砂男(上・下)/ラーシュ・ケプレル (著), 瑞木さやこ (翻訳), 鍋倉僚介 (翻訳)
ある激しい雪の夜、一人の男がストックホルム郊外の鉄道線路沿いで保護された。それは、ベストセラー作家レイダルの13年前に行方不明になった息子ミカエルだった。彼は、自分と妹フェリシアを誘拐した人物を「砂男」と呼んだ――。当時、国家警察のヨーナ警部は捜査にあたったが、それがきっかけで彼の人生は一変していた。相棒サムエルとユレックという男を逮捕。判決後、ユレックは不吉な言葉を吐き、閉鎖病棟に収容される。そこへ妹の監禁場所を知るため、公安警察のサーガが潜入捜査を開始する!
最近北欧ミステリを中心に読んでいて、様々な名作・傑作に出会ってきたが、遂に出会ってしまいました、箸にも棒にも掛からない「駄作」北欧ミステリに!タイトルは『砂男』、スウェーデン作家ラーシュ・ケプレルによって書かれた作品だが、ページを繰る毎に「こりゃダメだろ」「こりゃダメだろ」「こりゃダメだろ」とオレの中でダメ出しの嵐だった。
物語は13年前に行方不明になっていた少年ミカエルがボロボロになって発見されるところから始まる。13年も経ったのでもう少年じゃなくて青年なんだが、とりあえずミカエルは譫妄状態で、「砂男が来るー!砂男が来るー!」とうなされるばかり。ここでタイトルにもなっている「砂男」とはなにかというとヨーロッパの民間伝承に伝わる「睡魔」のことで、夜更かしする子供の目に砂をかけて眠らせてしまうという存在。E・T・A・ホフマンの怪奇短篇にも登場している。
ミカエルは保護されたが、一緒に誘拐された妹のフェリシアがまだ見つかっていない。警察は拉致監禁殺人の容疑で精神病院に収監されているシリアルキラー、ユレックの犯罪との共通点を見つけ、ユレックに共犯者がいると睨み、フェリシア救出の為に女性捜査官を極秘に精神病院に送りユレックと接触させた……というのがストーリー。
で、何がダメだったかというと、ハッタリがましいホラー調のシリアルキラー像にまずうんざりさせられた。こいつがまた映画『セブン』の犯人ジョン・ドゥ―みたいに神の如き全能の犯罪者であるばかりでなく、ジェイソンやブギーマンみたいに殺しても死なず、どこでもドアでも持ってんのかと思わせるほどありとあらゆる場所にひょいひょい顔を出す。行う犯罪もとりあえず猟奇猟奇のオンパレード。まあ要するになんでもアリ過ぎて白けるだけでなく、一時流行った残虐クライムサスペンスから一歩も脱却していないありきたりな設定なんだよな。
そして捜査陣の作戦がまたお粗末。一言で言うならなんかこー、頭悪くておまけに抜けてる。共犯者を見つけるために隠密捜査官を精神病者と偽って病院内の犯罪者と接触させるというのも、それまで口を割らなかったユレックがそれごときで真実を漏らす確信は何もなく、そもそもユレックが共犯者であるという確証が何もない。さらに隠密捜査官は外部からサポートを何も受けられず、案の定危険な目に遭ってしまう。もう作戦がグズグズ。一方病院職員がボケ倒した連中ばかりで病院内で起こる暴力行為を軒並み見過ごすばかりか、若干一名変態がいて隠密捜査官の女性に性的暴行まで働いちゃう始末。おーい責任者出てこーい!
登場人物の感情表現がまたお粗末極まりない。なにしろなにかあったらとりあえず泣く!誰も彼もみんな泣いてばかりいる!何度も何度も馬鹿の一つ覚えみたいに「泣いた」「涙を流した」という描写がしつこいぐらい現れて、どうやら作者は「泣く=感情を揺さ振る効果的な表現」だとすっかり思い込んでいるらしいのだが、単に表現力の無さを露呈しているだけだろ。
プロットも無茶苦茶だが、どうやら思い付きだけで書いているようで、文字数稼ぎなのか読者サービスだと思い込んでいるのか無駄な展開や不必要なアクション、効果を何も上げていない描写が雨あられ、本自体は上下巻二分冊だが内容がスカスカなので飛ぶように読めてしまった。ある意味リーダビリティーが高いページターナーぶり(一回言ってみたかった)。
あまりのダメさに気圧されて最後まできちんと読んだが、実にヒドイ内容なもんだから「こんなだったらオレでも書けるわ!」と思ってしまったほど。書かないけど。とはいえこれで「スウェーデンで年間最も売れたクライム・ノベル」だったり「9カ国でベストセラー1位を達成」とかするらしいので世の中分からない。世の中が間違っているのか、オレが間違っているのか!?
逆に言うなら、「神の如き万能のシリアルキラー」を登場させ、「理解不能の猟奇的な犯罪」を羅列し、「女性捜査官の貞操の危機」を盛り込み、登場人物誰も彼もが「泣いた泣いた涙を流した」を連呼し、「辻褄は合わないがとりあえず派手なアクションと思わぬ展開」を盛り込めばベストセラーの1作も書けてしまうのか!?とすら思えてしまった。これでいいのか?いや、いいわけないだろ!