Depeche Modeのニューアルバム『Memento Mori』を聴いた

Memento Mori / Depeche Mode

Memento Mori

昨年5月の、Depeche Modeメンバー・アンディ・フレッチャーの死には本当に驚かされた。享年60歳とはまだまだ若過ぎるではないか。70・80の年季の入ったロッカーならまだしも、60歳とは。しかもこれはオレと同じ年だ。年を取っていればいいという話なのではなくて、ほぼ同年代の、それもオレが若かりし頃に愛聴していたバンドのメンバーが亡くなったことに衝撃を受けたのだ。これは例えばNew OrderPet Shop Boysのメンバーが亡くなったかのような衝撃だったのだ。

Depeche Modeは1986年リリースのアルバム『Black Celebration』に大いにハマり、それから彼らの前後するアルバムをよく聴くようになった。オレは当時いわゆるシンセ・ポップ/エレクトリック・ロックと呼ばれるジャンルの音が好きで、前述のNew OrderPet Shop Boysと並んで非常に愛聴していたのだ。一番好きなアルバムは『101(Live)』だった。その後彼らのアルバムはあまり聴かなくなってしまっていたが、アンディ・フレッチャーの死を知ってから、この『101』を引っ張り出してよく聴いていた。

そんな彼らの新しいアルバムのタイトルは『Memento Mori』、「死を想え」という意味だ。ここにはアンディ・フレッチャーの死が大きく関わっているのだろう。そしてアルバムの内容そのものも、あたかも「死」に憑りつかれたかのような、どんよりと暗く陰鬱で、そして鎮魂と沈痛に満ちたものだ。残されたメンバーであるデイヴ・ガーンとマーティン・ゴアの最近の写真を見ても、やはり往時よりは老けたな、とは思う。こうして誰もが老い、死に近づいてゆくのだ。

「死を想え」というのは、死んだ者の事を想うのだけではなく、今生きている自らの、いつか待つ死を想う事でもあるのだろう。Depeche Modeのニューアルバム『Memento Mori』は、聴いていて否が応でも「死を想う」ことを余儀なくさせる作品だ。それは確かに、決して気分の高揚するような音ではないにせよ、人というものに待つ確実な運命について思いを馳せさせる音であることは間違いない。そして同時に、「死」までに続くであろうこの今の「生」についても考えさせてくれる。死を想いながら生についても想わせてくれる。そんな部分で、奇妙に繰り返し聴いてしまう、そんなアルバムなのだ。

Memento Mori
101 (Live)

101 (Live)

  • BMG Rights Management / Mute Records Ltd.
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