マスター/先生が来る! (監督:ローケーシュ・カナガラージ 2021年インド映画)
畳みかけるような超絶パワーに満ち満ちたインド映画『RRR』の大ヒットは皆さんご存じだろう。『RRR』を観てインド映画の凄まじさ、面白さをとことん味わうことができただろうが、そんな中で「インド映画ってよく知らないけれど、『RRR』みたいな面白い映画って他にあるのかな?」と思われた方も多いのではないだろうか。そんな方々に朗報だ。今現在ロードショー公開されているインド映画『マスター/先生が来る!』こそが「おもしろインド映画ロス」に悩まされている皆さんが今観るべき映画、そして観て決して後悔しない映画なのだ!
【物語】名門大学教授のJDは、腕っぷしの強さと行動力で学生たちに人気だったが、彼が実施を主張した学生会長選挙で暴動が起こったため、責任をとることに。教授職を辞し、新たに地方都市の少年院に赴任したJDだったが、その少年院は地元ギャングのバワーニに支配され、少年たちが犯罪と暴力に染まる劣悪な場所だった。JDは少年たちの更生のために立ち上がる。
主役であるJDを演じるのはインド:タミル語映画界のスーパースター、”大将”ことヴィジャイ。単に「スーパースター」と書いても伝わらないかもしれないが、現地での彼への熱狂は神懸かりと言っていいぐらい凄まじい。日本でも何作か主演作が公開され、DVDやオンデマンドで観ることができる(筈)。ヴィジャイの敵役バワーニ役を演じるのがこれまた「タミル民の宝」と評される個性派俳優ヴィジャイ・セードゥパティ。監督は先頃日本でも公開された『囚人ディリ』のローケーシュ・カナガラージが務める。
さて今作の主人公となるJD、これがもうなにからなにまで破天荒な大学教授。頭はよく腕っぷしも強い優男だが、酒好きでアル中気味なのが玉に瑕。今日も今日とて酔い潰れて学校に行けない所を、生徒たちが賑々しく歌と踊りで鼓舞し、自分も気持ちよくなって踊りながら出勤だ!なんなんだね君は!?ところがすわ暴力沙汰ともなればたった一人で暴漢どもをちぎっては投げちぎっては投げ、魔人の如き無敵さを見せつける!いったいどんな大学教授なんだね君は!?物語はそんなヤンチャで破天荒過ぎる教師が少年院に赴任させられる所から始まるのだ。
一方、暴力と殺人を繰り返して暗黒街を牛耳り、悪逆の限りを尽くす男が登場する。奴の名はバワーニ。奴は少年たちを酒と薬漬けにして手足として操り、非道な行為に手を染めさせる卑劣漢だった。JDの赴任する少年院は、実はそんなバワーニの魔の手に陥っていたのだ。それを知ったJDはバワーニを叩き潰すために闘志を燃やすんだ。こうして冷酷極まりない暴力団ボスとヤンチャな剛腕教授との血で血を洗う抗争を描いたバイオレンス・ストーリーの始まり始まり!というわけなんだね。
ローケーシュ・カナガラージ監督の前作『囚人ディリ』でもその暴力描写は凄まじいものがあったが、この『マスター/先生が来る!』における暴力シーンもまた情け容赦ない。カナガラージ監督の描くバイオレンスは重く、熱く、暗い。こってりとしつこく、そしてじわじわと暴力の興奮をスクリーンに叩き付けてゆくのだ。冒頭にJDが演じる見栄えのいいアクションなんて実はおふざけみたいなもの、後半に行くほど展開するアクションは重量級となり、相手を叩き潰す快感が、観る者の脳髄に痺れるように響き渡るのだ。カナガラージ監督の映画は恐るべきことに、観ている者に暴力衝動を誘引するのである。
また、この作品がこれまでのヴィジャイ主演作品とは一味違う仕上がりになっている部分も注目すべきだろう。実のところ、オレがこれまで観たヴィジャイ主演作品は「完全無欠のカリスマスーパースターが快刀乱麻にトラブルを解決する」という、ある意味ジャニーズタレントが水戸黄門をやっているような予定調和に満ちたものだった。しかし今作において、主人公JDはアル中というメンタルの弱さを持ち、それによって失敗し、その後も決して万能ではないことによる危機に陥れられる。そういった、「決して万能はない、弱さを持つ主人公」を演じたことにより、ヴィジャイ主演作として画期的な作りとなっているのもまたこの作品なのだ。