キング・オブ・ロックンロール、エルヴィス・プレスリーの半生を鮮烈に描く音楽映画『エルヴィス』

エルヴィス (監督:バズ・ラーマン 2022年アメリカ映画)

【目次】

オレとバズ・ラーマン、そしてエルヴィス・プレスリー

バズ・ラーマンはオレの敬愛してやまない映画監督の一人である。寡作な監督ではあるが、その作品はどれもグリッターでグラマラスな美意識に溢れ、心憎いほどに絶妙なサウンド・トラックを配し、その目くるめくような映画手腕から、あたかも宗教画を思わせる法悦感を導き出す監督なのだ。『ムーラン・ルージュ』(01)も好きだが、トドメとなるのは『華麗なるギャツビー』(13)だろう。この作品はバズ・ラーマンの集大成と言っても過言ではない、あまりに素晴らしい作品だった。

そのバズ・ラーマンが『華麗なるギャツビー』以来久々に映画作品に取り組んだのがこの『エルヴィス』となる。エルヴィス、そう、あの「キング・オブ・ロックンロール」、「史上最も成功したソロ・アーチスト」、エルヴィス・プレスリーの半生を描いた作品なのだ。

とはいえオレ自身は特に熱心なエルヴィス・リスナーではないし、「肥満が原因で死去した」という下世話な部分でしか彼の人生を知らない。ヒット曲を幾つか知っている程度だし、大昔TVでライブ・ドキュメンタリー映画『エルヴィス・オン・ステージ』(70)を観たときは「なんだかとてもパワフルでゴージャスな音楽を演る人だな」と感嘆したものだが、オレのエルヴィス体験はそれ止まりである。しかし映画『エルヴィス』は何と言ってもバズ・ラーマン映画。これは観なければならないではないか。そして劇場で目撃した映画『エルヴィス』は、間違いなく最高にイカシたロック映画だった。

不世出の大スター、エルヴィス・プレスリーの光と影

物語はエルヴィスのマネージャーであるトム・パーカー大佐の目を通して描かれる。それはエルヴィスがその才能を発掘され、世界のミュージック・シーンを塗り替える「キング」となるが、パーカー大佐の奸計により絶望に堕とされ、やがて悲劇的な死を迎えるまでを描いたものとなる。

【物語】メンフィスの貧しい家庭で少年時代を過ごしたエルヴィスはスラムに住む黒人たちの音楽に慣れ親しみ、自らもロックロールシンガーを志す。黒人音楽に影響された彼の優れた歌唱力と激しいパフォーマンスは大衆に熱狂的に受け入れられ、一躍時代の寵児となる。しかしある意味「セクシャルな」そのパフォーマンスと黒人音楽にルーツを持つサウンドは当時の保守層からの大反発を招き、TV放送やコンサートに不条理な規制が掛けられてしまう。一時は「穏健な」活動に甘んじることになったエルヴィスだが、彼のアーチスト魂は、さらなる至上のロックを目指して爆発することになるのだ。

まずなにより、バズ・ラーマン監督の映画手腕、映像表現に目を奪われた。彼の十八番となる、なまめかしいほどにグリッターでグラマラスな映像、エルヴィスの原曲のみならず、それをヒップホップなど現代風なアレンジを施したサウンドトラック、まるでシェイクスピア悲劇の如く運命の綾に弄ばれてゆくドラマ構成、そのどれもが、「キング・オブ・ロックンロール」エルヴィスの人生の光と影を、強烈なコントラストで描くことに成功しているのだ。

キング・オブ・ロックンロール

ここで登場するエルヴィスは、単なる「パワフルでゴージャスなロックンローラー」ではない。彼は自らの音楽と常に真摯に対峙し、その可能性をどこまでも追い求め続けた、誠実極まりないアーチストとして登場する。そこには彼のルーツとなる黒人音楽、そしてそれを演奏する黒人たちへの強烈なリスペクトが描かれていることも忘れてはならない。そして自らの音楽に誠実であろうとするからこそ、彼は苦悩し、壁にぶち当たり、ついには絶望へと堕とされることになるのだ。

そんな彼を演じ、劇中でエルヴィス・ソングを自ら歌った主演のオースティン・バトラーは、エルヴィスが憑依したかの如きセクシーさとパワフルさ、同時にナイーブさを体現した、素晴らしいアクトを見せてくれた。この1作で要注目男優となる事は間違いないだろう。

同時に描かれるのは、エルヴィスが活躍した当時のアメリカの、その時代性だ。60年代アメリカの風俗と空気感を余すところなく再現した映像は鬼気迫るものがあったが、それと併せ、当時のアメリカが抱える不穏な社会性をも浮き彫りにすることとなるのだ。それは黒人人種差別問題であり、マーティン・ルーサー・キングJr牧師、並びにロバート・F・ケネディ上院議員暗殺事件であり、ベトナム戦争の影である。エルヴィスに絶叫する女性たちの姿は、そのまま彼女らの社会的抑圧を表していたのだともとれるのだ。こうして物語は、エルヴィス・プレスリーがこれらアメリカの差別と抑圧に、いかに風穴を開けようとした存在だったのかを描いてゆくのだ。

”トム・パーカー大佐”

「エルヴィス」の名を冠した映画作品であるが、この物語の影の主役はエルヴィスのマネージャーであるトム・パーカー大佐だ。そしてこのトム・パーカー大佐というのが、後ろ暗い経歴を持つ興行師であり、守銭奴であり、端的に言って山師なのだ。確かにプロモーターとしての才能は余り有るものがあり、彼の手腕によってエルヴィスはキングの称号をほしいままにするが、同時にエルヴィスの絶望と死の切っ掛けとなったのもこの男の奸計によるものだ。

こうしてエルヴィスはメフィストフェレスに魅入られたファウスト博士の如く、その魂を担保にこの世の栄華を体験する。即ち映画『エルヴィス』は凡俗な小者サリエリの目を通して世紀の才能モーツァルトの姿を描いたミロス・フォアマン監督作品『アマデウス』の如く、凡俗な小悪党パーカー大佐の目を通して描かれた世紀の才能エルヴィス・プレスリーの姿を描いた作品となるのだ。このトム・パーカー大佐をアカデミー賞俳優トム・ハンクスが演じるが、そのヒューマンな俳優イメージを覆し、毒虫の如き愚劣な男を演じ切っており、これも必見だろう。

アンチェインド・メロディ

正直、観る前は「プレスリーなんて、ちょっと古臭くないか?」と思っていた。ところが実際は、劇中に流れてくるどの曲もどの曲も聴いたことのある曲ばかり、その中にはプレスリーによるカヴァーソングもあるのだろうけれども、ここまでド直球にスタンダード・ナンバーの王道を歌っていたシンガーだと知り驚愕した。また、劇中使われる楽曲は主演であるオースティン・バトラーが歌った曲とエルヴィス自身のヴォーカルのものとが混在しており、さらにゴスペル、R&B、ソウル、ロックンロール、ヒップホップと百花繚乱で楽しい事この上ない。

オレが劇場で観たときにはエルヴィス世代なのであろう年配の方の観客が多く思えたが、この作品はむしろ若い世代の方に観て欲しいと思った。例えエルヴィスを知らなくとも、「音楽の歴史が変わる瞬間」を、その熱狂と興奮の様を、是非体験してもらいたいのだ。音楽への熱狂、それはたとえどんな時代のものであろうとも、きっと理解してもらえるのではないか。

音楽映画と言えばクイーンのフレディー・マーキュリーの半生を描いた『ボヘミアン・ラプソディ』(18)、エルトン・ジョンを描く『ロケットマン』(19)など優れた作品があるが、そういった音楽映画の好きな方にもお勧めしたい作品だ。さらにこの『エルヴィス』には、ジェームズ・ブラウンを描いた映画『ジェームス・ブラウン ~最高の魂(ソウル)を持つ男~』(14)を思わせるソウルフルなパワーも存在する。そしてこの映画はなんといってもバズ・ラーマン久々の監督作だ。これは観なきゃ損というものだろう。

悪魔メフィストフェレスとの契約によりこの世の栄華を体験したファウスト博士は、死してその魂を地獄へ引き渡されそうになるが、かつての恋人グレートヒェンの祈りによって救済された。パーカー大佐との契約により栄華と絶望を体験したエルヴィスの魂は、果たして救われたのだろうか。でもそれはきっと、今も世界のどこかで流れているであろうエルヴィスの曲を愛する多くの者たちによって、天上へと導かれたに違いない。