フランス文学探訪:その7/ラクロ『危険な関係』

危険な関係/ピエール・ショデルロ・ド・ラクロ (著)、竹村 猛 (訳) 

十八世紀、頽廃のパリ。名うてのプレイボーイの子爵が、貞淑な夫人に仕掛けたのは、巧妙な愛と性の遊戯。一途な想いか、一夜の愉悦か―。子爵を慕う清純な美少女と妖艶な貴婦人、幾つもの思惑と密約が潜み、幾重にもからまった運命の糸が、やがてすべてを悲劇の結末へと導いていく。華麗な社交界を舞台に繰り広げられる駆け引きを、卓抜した心理描写と息詰まるほどの緊張感で描ききる永遠の名作。

1782年にフランス作家ラクロによって書かれた『危険な関係』は、複数の人物による175通もの往復書簡で構成された「書簡体小説」である。そしてそれは陰謀と奸計、欺瞞と謀略に満ち満ちた恐るべき心理戦小説なのだ。

まず悪玉としてメルトイユ侯爵夫人という人物が登場する。彼女は自分を捨て15歳の少女セシルと婚約したジェルクール伯爵への復讐を考えていた。そしてメルトイユと以前から関係のあったヴァルモン子爵にセシルを誘惑し、堕落させるように依頼する。このヴァルモン子爵が第2の悪玉だ。この悪玉二人がセシルとジェルクールに書簡でもってありとあらゆる甘言蜜語を用い、虚偽を忍び込ませ、誤解を誘発し、時には恫喝し、そうしてじわじわと心理操作を施しながら転落への道を歩ませようとするのである。

このような物語が18世紀貴族社会らしいへりくだった丁寧語に塗れた書簡体文章で延々と描かれてゆくのだ。しかしいかに言葉が丁寧でもその背後にあるのは相手をいかに陥れるかを虎視眈々と狙う計算高く冷酷な心理だけだ。そして謙譲語で書かれた侮蔑、皮肉、冷笑も読んでいてうすら寒い気持ちにさせる。こうした構成は綿密であり隙が無く、読んでいてずっと息苦しい気持ちにさせられたほどだ。

こうして暗い陰謀に満ち満ちながらキリキリとした緊張感がどこまでも続くこの作品、最後に待つものは何か、ということがずっと気になりながら読んでいた。フランス文学の名作と呼ばれる本作ではあるが、ある意味上質なサスペンス小説として、今読んでも十分通用する作品なのだ。書簡小説としても凄まじい完成度だろう。その完成度の高さから現代においても数度にわたり映画化されており、様々に時代や舞台を変えながらフランスやハリウッドのみならず、日本や韓国、中国にも映画化作品が存在する。

ラクロ,ピエール・ショデルロ・ド 1741‐1803。