ウエスト・サイド・ストーリー (監督:スティーヴン・スピルバーグ 2021年アメリカ映画)
スティーブン・スピルバーグがブロードウェイミュージカル「ウエスト・サイド物語」を映画化したのだという。「ウエスト・サイド物語」、有名なのは知ってるけど、ちょっと古典的過ぎてあまり興味が無く、そもそも1961年のロバート・ワイズ監督による映画化作品も観ていない。とはいえ、スピルバーグならなにかやってくれるだろう、という漠然とした期待と、それにしてもなぜ「ウエスト・サイド物語」なんだ?という疑問から、劇場に足を運んでみることにしたのだ。
【物語】1950年代のニューヨーク。マンハッタンのウエスト・サイドには、夢や成功を求めて世界中から多くの移民が集まっていた。社会の分断の中で差別や貧困に直面した若者たちは同胞の仲間と集団をつくり、各グループは対立しあう。特にポーランド系移民の「ジェッツ」とプエルトリコ系移民の「シャークス」は激しく敵対していた。そんな中、ジェッツの元リーダーであるトニーは、シャークスのリーダーの妹マリアと運命的な恋に落ちる。ふたりの禁断の愛は、多くの人々の運命を変えていく。
最初に書いてしまうと、これがもう、最高に素晴らしい作品だった。もはやスタンダードナンバーでもある有名楽曲、洗練されたダンス・パフォーマンス、悲劇的なストーリー、若々しい配役、50年代ニューヨークの情景をこれでもかと再現した美術、そのどれもが素晴らしかったが、なにより、スピルバーグ監督による映像表現手腕が冴えわたっており、それは鬼気迫るものすら感じた。
それは、ダンスのリズム、音楽のリズムが、映像のリズムとなるべく、様々な映画技術・撮影技術が駆使され、そして見事に成果を上げているという事だ。特に冒頭、物語の主役となるシャークス、ジェッツのチンピラ集団が登場し、歌を口ずさみながら、踊りともパフォーマンスとも付かない体の動きを見せつつ街を練り歩くシーンの、一つ一つのショットの連続、音楽と動きのシンクロ、それら全体のリズミカルに躍動する映像が、圧倒的なばかりに眼前に表出するのだ。オレはもうこの冒頭だけでガツンとぶん殴られたような衝撃だった。
これら音楽と踊りと映像の妙味は、それから2時間半に渡って延々と続くことになる。それは時に高揚と愉悦に満ち、時に緊張と恐怖に溢れ、崇高なる愛と、陰鬱なる運命とに彩られながら、なにもかもが決定的となってしまうラストまで、弓矢の弦のようにキリキリと引き絞られてゆくのだ。その全てが観る者の感情を湧き立て、揺さ振り、叩きのめす。この驚くべき映像体験はまさにマジックであり、名匠スピルバーグだからこそ生み出すことのできた極上のミュージカル作品だと言えるだろう。
しかしいくら名作ミュージカルとはいえ50年代に生み出された作品を今再映画化するのはなぜかと思うだろう。しかし人種的対立が悲劇を生むその物語は、21世紀となった今ですら古惚けることはなく、むしろ分断と格差が明確化した現代アメリカにとってより一層生々しいものとなっているのではないか。とはいえ、これは悲劇だけにクローズアップした物語では決してない。それは、対立の中にあっても芽生える愛の物語であり、その愛の崇高さ尊さを高らかに謳い上げた物語でもあるからだ。そう、この物語が真に素晴らしいのは、そこにかけがえの愛が描かれているからこそなのだ。