奇界遺産 3 / 佐藤健寿
『奇界遺産』七年ぶりの集大成・奇妙な世界をめぐる、狂気の旅
2010年に刊行され、現在も版を重ねるヒット作『奇界遺産』シリーズ、7年ぶりの続編。今作では北朝鮮のマスゲーム、アメリカのバーニング・マン、北極の少数民族ネネツ、日本の軍艦島をはじめ、幅広いジャンルの世界各地の奇妙な文化を収録。イラストには大友克洋の名作『AKIRA』をフィーチャーした、シリーズ過去最高傑作となった。
オレにとって佐藤健寿といえばかつてはUFOを始めとした怪現象を扱うマニアックなウェブサイト「X51.ORG」の人だったが、いつしか世界の奇観・奇習を収めた写真集『奇界遺産』をヒットさせ知る人ぞ知る人となり、さらにTV番組『クレイジージャーニー』で人気者のお兄さんとなってしまい、隔世の感を覚えてしまった。
そんな佐藤の『奇界遺産』の第3集が発売だという。オレも大好きな写真集で1,2集とも持っているのだが、まさか3集目が発売されるとは思わなかった。単純に「まだネタがあるのか?」と思ったからなのだが、好奇心旺盛な佐藤にとって世界の奇観を巡る旅に終わりはないのらしい。
しかし「旅に終わりはない」とは書いたが、この全世界的なコロナ禍により佐藤の旅は一旦休止を余儀なくされたという。その休止期間を利用して製作されたのが永らくご無沙汰だったこの第3集だというから、佐藤が本書の前書きでも書いていたように「皮肉」としか言いようがない。
さてこの『奇界遺産 3』、例によって佐藤ならではの審美眼と情報収集によって集められた世界中の「奇界遺産」を集めたものとなっている。また、これまで口絵として漫☆画太郎、諸星大二郎の作品を使用していたが、今回はなんと大友克洋の『AKIRA』が使用されていることも注目だろう。本書はこれまでの『奇界遺産』と同様「奇態」「奇矯」「奇傑」「奇物」「奇習」「奇怪」の6つのパートに分けられ、それぞれに目を奪う、唖然とする光景/風景が眼前に表出する。
それは北朝鮮・平壌の市街地というポップでダークな「桃源郷」であったり、ベトナムの鍾乳洞に作られた地獄巡りのテーマパークであったり、墓から出された死体を担ぎまわるマダガスガルの奇習であったり、高熱火災によりレンガが溶け出したサンクトペテルブルグの要塞であったり、研究のため死体が野ざらしにされたアメリカの「死体農場」であったりする。
いずれも強烈な印象を残す写真ばかりで「ネタ切れ」なんて杞憂のまた杞憂だった。また第2集から第3集の間に佐藤の『クレイジージャーニー』出演があったため、同番組で取り上げられた写真も多く、ついこの間の『クレイジージャーニー』暫定復活の際取り上げられたアメリカ・ネバダ州の砂漠に蜃気楼のように出現する祭り「バーニングマン」の写真があったのは嬉しかった。
とはいえ、この第3集はこれまでの1,2集と若干トーンが違っているように思えたのだ。これまでは、人間の精神活動の過剰さ奇怪さが現実の事象に滲みだし圧倒してしまう、「尋常ならざる奇観」を取り上げていた。それは善きにつけ悪しきにつけ人間の想念がもたらす狂気と紙一重のパワフルさだった。確かにこの第3集でもそういった「奇観」は取り上げられるが、むしろこの第3集ではそのパワフルさの先にある虚無、どこか涅槃めいた「静謐なる”無”」が広がっているように感じたのだ。
それは例えば、青森県のイタコが取り上げられていたり、19世紀末アメリカの開拓団が大量遭難したドナー・パス峠が取り上げられている部分に顕著だ。それらは写真の持つ見た目の訴求力というよりは事象の説明としての写真があるのだ。これらに限らず、この第3集には濃厚な「死」の匂いがする。そしてそれが「静謐なる”無”」ということなのだ。
これらは佐藤の趣旨替えとか変節とかいうことではなく、単に年齢を経て佐藤が「枯れてきた」からなのではないかと思う。これまでの1,2集ではグロテスクで賑やかな人間の精神活動の生み出すものに注視していた部分が、それら生み出されたものが終焉へ無へと還ってゆくことに注視し始めたのがこの第3集だったのではないか。いずれにしても佐藤の好奇心はまだまだ枯野を駆け巡るのだろう。コロナ禍が収束し再始動する佐藤が次に何を「視る」のか、オレもまた好奇心を持って待ち続けたい。