ロアルド・ダール原作のファンタジー映画『魔女がいっぱい』がとっても楽しかった。

魔女がいっぱい (監督:ロバート・ゼメキス 2020年アメリカ映画)

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アン・ハサウェイという女優が結構好きで、この『魔女がいっぱい』も彼女が主演のなにやら可笑しな映画だろうと思い観に行くことにした。監督は最近『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのリバイバルで盛り上がっているロバート・ゼメキスというのもなんだか楽しみだ。しかし、割と軽い気持ちで観に入ったにもかかわらず、これが大層楽しめる、非常にキュートな娯楽作だった。

1969年のアメリカ南部。主人公は交通事故で両親を亡くした一人の少年(ジャジール・ブルーノ)。彼はおばあちゃん(オクタビア・スペンサー)と共に暮らす事になるが、ある日怪し気な女と出会ってしまう。シャーマンの気質のあるおばあちゃんはそれが魔女であることを見抜き、邪気から逃れるため瀟洒なリゾーツホテルに逃げ込むことになる。しかしなんとそのホテルで、魔女たちの会合が開かれていたのだ!彼女たちが大嫌いな子供をネズミに変えてしまう計略がそこでは練られていた。そしてそれを目撃した主人公もネズミに姿を変えられてしまうが!?

原作は映画『チャーリーとチョコレート工場』『ファンタスティック Mr.FOX』を始め様々な映画化作品でも知られるイギリスの小説家ロアルド・ダール。しかし児童文学専門というわけではなく、『あなたに似た人』『キス・キス』といった不気味な作風を持つ短編集も上梓しており、オレもこちらのほうで名前を知っていた。もちろん映画化作品も好きだよ!また、ギレルモ・デル・トロアルフォンソ・キュアロンが製作に名を連ねているのにも興味が沸いてくる。

さてこの『魔女がいっぱい』、ダールの児童文学が原作、面妖な魔女が登場し、主人公がネズミに姿を変えられて、という物語から、子供向けなのかな?と一瞬思ってしまいそうだが、確かに子供向けファンタジーの要素を持ちつつ、映画それ自体は決して子供騙しではない、ゼメキス印の特殊効果が躍る、驚異と冒険の魔法物語として完成していたではないか。そしてそのファンタジー要素も、ホラー一歩手前のダークな味わいのあるものなのだ。

まず魔女たちの造形、これが怖い。とても怖い。予告編やスチールでは「口の横になにか裂け目のようなものがある」程度しかわからないのだが、映画で彼女たちが本性を現した時のその姿は、もはや普通にホラーである。詳しく書かないからこれは是非劇場で確認して欲しい。まあしかし怖い事は怖いのだが、どこか滑稽でもある部分に「ダークな部分はありますがあくまで主軸はファンタジーですよ」といった作品のコンセプトがうかがえてくる。

そのオソロシイ魔女をアン・ハサウェイがまさに怪演といった風情で演じまくる。いやだってバケモノなんだもん!喋り方も動き方も人外のもので、ときどき「これがアン・ハサウェイであるはずがない!?」と思っちゃうほど不気味で醜怪。一番近いのは『マーズ・アタック!』に出てくる「タコ踊りする火星人美女」か。そしてこの「変なアン・ハサウェイ」がまた楽しい。

しかしこの映画の本当に楽しい部分はネズミに変えられてしまった少年の冒険譚にある。同じくネズミになってしまった少年少女たちを仲間にし、舞台となるホテルを魔女たちを倒すために縦横無尽に駆け回るのだ。ネズミだから当然身体が小さく、その小ささを生かして身を隠したり狭い所を走り抜けたり、逆に身体の小ささゆえに困難が生じたり危機に至ったりもする。この辺りの特殊効果、小さなものを追い掛けるカメラの動きも楽しさを倍加させ、アニマル・アドベンチャーな面白さを醸し出すのだ。

そんなネズミ化した主人公にも人間の助っ人がいる。それは主人公のおばあちゃんだ。彼女はヴードゥーの巫女のようなシャーマニックな知識を持っており、魔法を使えるわけではないが、魔女たちのことを熟知し、ネズミ化少年たちと共に魔女撃退作戦を発動する。ある意味アメリカ版「のんのんばあ」みたいな人なのだ。このおばあちゃんをオクタビア・スペンサーが演じるわけだが、なにしろ彼女の存在感が凄い。そして彼女の存在感が「ネズミv.s.魔女」の絵空事に地に足の着いた現実味をもたらしている。正直この映画、主演はオクタビア・スペンサーだと言ってもいいぐらいだ。

主人公の少年は両親を亡くしてしまった子供だ。彼はその喪失感から現実世界に足を一歩出すことが出来ずにいた。そしておばあちゃんも小さな我が子を亡くしている身だ。しかしおばあちゃんはそんな不幸がありながらも前を見て現実を逞しく生きてきた人だ。そこに現れた魔女たちとはなんなのだろう。まずそれは「死」の象徴とも取れる。「死」を身近なものにしてしまった少年とおばあちゃんが、その「死」と再び相まみえるのがこの物語とも言える。

同時に魔女たちは「酷薄で不条理な現実社会」ということもできる。現実に足を踏み出すことが出来ずにいた少年は、魔女と対峙することにより現実の酷薄さと戦うことになる。それに助け舟を出すのが現実を知り抜いたおばあちゃんなのだ。ではあのラストは?それは決して思うがままにいかなくとも、生きようとする気概があればどうとでも生きていけるということなのか。映画『魔女がいっぱい』は、子供たちにどう生きるべきかを説きながら、大人たちにも生き方の指標を垣間見せてくれる。驚異と冒険に満ちたこの物語は、楽しさの中にもそんな含蓄が込められているような気がした。 


映画『魔女がいっぱい』本予告 2020年12月4日(金)公開