アストリアス『大統領閣下/グアテマラ伝説集』を読んだ(ラテンアメリカ文学)

■大統領閣下 グアテマラ伝説集/アストリアス

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先日読んだイサベル・アジェンデの『精霊たちの家』がたいそう面白かったのでもう少しラテンアメリカ文学を読んでみるべえかと思い手にしたのがグアテマラの作家、ミゲル・アンヘル・アストリアスによる『大統領閣下/グアテマラ伝説集』。集英社ラテンアメリカの文学」第2巻として刊行されたもので長編『大統領閣下』と短編集『グアテマラ伝説集』の二つが収録されている。

ちなみに集英社ラテンアメリカの文学」は1975~1983年に全18巻で販売された全集で、結構な名作が集められている。オレが読んだこのアストリアス作品は8年ほど前に古本で購入し、例によって永らく積読していたものだ。どうやら『精霊たちの家』と同じ時期に購入したらしく、あの当時何かの理由でラテンアメリカ文学フィーバーがオレの中に訪れていたのだろう。この作品自体はどこからも復刊されておらず、現在古本は結構な高値で取引されてるようだ。

物語はラテンアメリカのある国の恐怖政治を描いたものだ。物語冒頭で、ある大佐が狂犬病の乞食に殺害される事件が起き、大統領がこの事件を利用して自らと政治的対立にある軍人、カナレス将軍に罪をなすりつけ抹殺しようとするのが最初のあらましである。そんな中主人公である大統領側近ミゲル・カラ・デ・アンヘルは人間的良心からカナレス将軍を救うことを決意し、さらに将軍の娘カミラに恋してしまう。しかし秘密警察はカナレス将軍亡命計画を察知し、次第にアンヘルへの包囲網が狭まってゆくのだ。

作品内では言及されないがこの「ある国」とはアストリアスが生まれたグアテマラのことであり、作中の恐怖政治とは1898年から1920年まで22年間続いたマヌエル・エストラーダ・カブレーラ大統領独裁政権を指したものだ。アストリアスはこの作品をカブレーラ大統領失脚後10年の歳月を掛けて書き上げたという。しかし大統領失脚後も政情不安と社会的荒廃は続き、グアテマラにようやく春が訪れるのは1944年のことになる。

というのが長編『大統領閣下』の粗筋と背景なのだが、実際のところ、読んでいて少々キツかった。まず訳文のせいなのか10年に渡る推敲が裏目に出たのか、文書のトーンが一致せず、読んでいて戸惑わされるのだ。

独裁政権がもたらす不条理な逮捕・投獄・拷問の生々しい恐怖、将軍亡命の為に命を掛けた綱渡りを演じるアンヘルの緊張感、これらは「ラテンアメリカ独裁政権小説」とも呼ぶべき政治小説的な側面として迫真的だ。他方、要所要所で挿入されるマジックリアリズム的な幻惑性に満ちた文章は登場人物たちの揺れ動く感情の様を描き出す。同時に、貧困と無知に塗れた庶民たちの肥溜めのような生活振りを描く場面はどうにもグロテスクで嫌悪感を催させる。

これらが渾然一体となりラテンアメリカの熾烈な現実とそこに陰鬱な幻想性を持ち込んだことが小説『大統領閣下』をラテンアメリカ十大小説とまで呼ばせるまでにしたのだろう。とはいえオレ個人としてはそれぞれの描写が水と油のようにちぐはぐに感じてしまい、読んでいてリズムというかテンポを乱されてしまうのだ。ガチガチなリアリズムに固められた描写の後にポエティックで非現実的な文章が入り、その後下品な連中が馬鹿騒ぎを始め、どうもこういう断章化された構成が煩雑で落ち着かない読書にさせてしまう。

それと併せ、物語の息苦しいばかりの救いの無さと絶望感もちょっと苦手に感じた。もちろん恐怖政治を描いたからにはそこに恐怖と絶望しかないのも理解は出来るが、「それだけ」ってぇのもちょっとキツかあないか。そして物語だけ取り出すなら「それだけ」の小説だしな。あとあまりにも下劣な登場人物ばかりなのもげんなりさせられたなあ。それが当時のありのままの社会の様子だったって言われりゃそれまでなんだがな。

なお同時収録の『グアテマラ伝説集』については以前個別にまとめられた書籍を読んでたので割愛。感想はこちら。こっちの短編集のほうも読んでて戸惑ったみたい。 

大統領閣下 (ラテンアメリカの文学 (2))

大統領閣下 (ラテンアメリカの文学 (2))