『グリーンブック』は【限界中年】の心の旅路を描く映画だった・・・・・・ッ!?

■グリーンブック (監督:ピーター・ファレリー 2018年アメリカ映画)

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映画『グリーンブック』、黒人差別が今よりずっとあからさまだった60年代アメリカを舞台にして、イタリア系チンピラ白人が天才黒人ピアニストのツアードライバーをしちゃう、てなお話でアリマス。

チンピラ白人トニー(ビゴ・モーテンセン)は「黒人?ナニソレ」な差別的な人間でしたが、賃金目当てで黒人ジャズピアニストであるドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)のアメリカ南部を巡るツアーの運転手として雇われます。粗野な俗物でしかないトニーでしたが、しかし旅の途中で出遭う様々な事件からドクター・シャーリーへ心を通わせてゆく、というのがこの物語。

ま、テーマは「黒人差別」と「それを乗り越え理解し合える心」という実に判りやすいもの。要するに「イイ話」で、実のところ「イイ話」以上のものでは無いし、予告編で想像できる以上のことも描かれないんですが、下手に斜に構えず素直に観るなら、これはこれで安心して楽しめる人間ドラマでありロードムービーなんじゃないですか。オレ個人は「いいんじゃないこれで?」と思って観終わりましたけど。

興味を抱いたのはトニーが黒人差別的な行動をするにもかかわらず黒人音楽が好きでとても詳しかった、という部分ですね。そしてその黒人音楽好きが端緒となってドクター・シャーリーへの理解へと繋がってゆく、という粗筋でもあるんですよ。黒人音楽が黒人それ自体へのリスペクトを高めたということはあると思うんですが、トニーの場合それがないんですよ。60年代アメリカ白人の黒人忌避の在り方をオレは全て把握しているわけではないんですが、少なくともこの映画におけるトニーの描かれ方は「なんかまわりも”エンガチョ”って言ってるから俺も”エンガチョ”って言っとこ」といった無邪気な残酷さを持ち合わせた程度の人物像なんですね。

でも彼は仕事となれば「黒人嫌い!」なんて言ってらんないことは知ってるし、実際無理解ではあるにせよドクター・シャーリーに差別的だったり失礼だったりはしないんですよ。丁寧にはしているけど心の中では蔑んだり下に見ている、なんてぇ心理描写もありません。ここから考えられるのはまず一つ、トニーはビジネスについてはきっちりやる頭の切り替えの早い男だったこと、二つ目、差別的な男だったけど差別のことばかりで頭が凝り固まってしまうような無体な人間ではなかったということですね。

ですから、これはあくまでストーリーテリングの話だけで言いますと、「相反する主義主張を持ち対立する二人が旅を続けるうちにお互いへの理解と尊敬を深めてゆく」というバディであったりロードムービーであったりするドラマとしてみるとちょっと弱い、ということになってしまうんですよ。それはトニーが特に憎ったらしい奴に描かれてないからなんですね。

「お前の事ホント嫌い死ね死ねこのクソ野郎!」だったのが「俺が間違ってた。あんた最高。惚れた。クリスマスには絶対カード贈る」に至る落差のカタルシスがこういったドラマのテーゼとは思いますが、実話というくびきもあってか、「差別よくない。ダメ絶対」という意識の高いマイルドさが足を引っ張ったのか、結局前述の「実のところ「イイ話」以上のものでは無い」ということになっちゃったんじゃないかな、とは思えましたね。とはいえ、実話ならではのよさというのもあり、そのプラマイゼロという部分で「(でも)いいんじゃないこれで?」という感想だったんですけどね。

まあしかしですね。いろいろデリケートでムツカシイテーマを扱っていることもあり、ある方面ではなにかとすっきり評価し難い側面を持つ作品とはいえ、そんな部分よりも、「ゴリゴリの【限界中年】なおっさんと、世界に対してヤマアラシみたいにツンツンしているもう一人のおっさん」の、心の旅路を描く物語として、あえてシンプルに観たほうがこの作品は素直に楽しめるんじゃないかなあ。

「そんなのは皮相的な矮小化だ!総括だ!自己批判しろ!」とどこかの方面からはイロイロ怒られそうですが、オレが言いたいのは、差別とか社会問題とかそういう「大きな物語」として捉えるんじゃなく、一個人対一個人の「小さな物語」として捉えるほうがこの作品のチャーミングさが伝わるんじゃないかな、ということですね。そしてそんな「小さな物語」の積み重ねが、いつか「大きな物語」へと成長してゆくことのほうが、オレには健全なことなんじゃないかと思うんですけどね。

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※ジャズ・ピアニスト、ドクター・ドナルド・シャーリーことドン・シャーリーのことは全然知らなかったのですが、この映画を観てちょっとどんな音楽をやっていたのか聴きたくなってきますよね。劇中言及されていた『Orpheus in the Underworld』の音源もありました。 

Don Shirley's Point of View

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Orpheus in the Underworld / Im

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Golden Classics

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グリーンブック~オリジナル・サウンドトラック

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