『イット・フォローズ』監督によるLA地獄巡り/映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』

アンダー・ザ・シルバーレイク (監督:デヴィッド・ロバート・ミッチェル 2018年アメリカ映画)

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ロサンゼルス在住の冴えない青年が忽然と消えたアパート隣人の美女の行方を追ううち、街に巣食う名状しがたい秘密を知ってしまう、というサスペンス・スリラー映画である。主演は『ハクソー・リッジ』『アメイジングスパイダーマン』シリーズのアンドリュー・ガーフィールド、ヒロインに『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』のライリー・キーオ。監督は『イット・フォローズ』のデヴィッド・ロバート・ミッチェル

(というか『アンダー・ザ・……』と聞くとオレはどうしてもプリンスの『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』を思い出しちゃうんだよね)

物語には幾つかの要素が含まれている。

  • まずメインとなる「失踪した女の捜査」という探偵スリラー的な要素。
  • 次に虚栄と背徳の街ロサンゼルスに蠢く人々の姿を描写する「ロサンゼルス地獄巡り」。
  • そして調査の段階でぶち当たる数字や文字に隠された本当の意味、サブリミナル操作と陰謀論、それらをひっくるめた「都市伝説」。
  • アメリカのアンダーグラウンドに連綿と存在する「カルト」。
  • これらに通底するデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督のホラーテイスト。

 「失踪した女の捜査」においては主人公サムのグダグダなひ弱さ、ダメ男ぶり、女好きがなかなかいい味を出している。LAで探偵の真似事をするわりには往年のハードボイルド探偵の如きタフさなど微塵も存在しないのだ。これは演じるアンドリュー・ガーフィールドの味という事もできるだろう。また、この作品は「デヴィッド・リンチ的」「裏『ラ・ラ・ランド』」という形容がされているが、むしろオレはデヴィッド・クローネンバーグの『マップ・トゥ・ザ・スターズ』を思い出した。

「ロサンゼルス地獄巡り」においては映画産業や性風俗に関わっているのだろう得体の知れない男女が数多く登場する。虚栄と背徳の街に蠢く彼らはただそれだけで亡霊の如き実体のない存在にすら思える。そして主人公ですら何を生業としてこの街で生活しているのか全く描かれない。キャンプだのヒップだのクールだのと、そういった浮ついた言葉で言い表されるのであろう彼らのライフスタイルはそれだけで物語の非現実感を煽っている。

物語では冒頭から幾つかの「都市伝説」が提示される。それは後に捜査に行き詰まった主人公を浸食し、いつしか彼は「数字や文字に隠された本当の意味」から捜査の糸口を掴もうとし、あろうことがそれが真実への突破口となるのだ。正直な所サブリミナルや陰謀論への言及は映画『陰謀のセオリー』や『ゼイリブ』、TVドラマ『Xファイル』などのほうが遥かに洗練された切り口を見せるのだが、この作品においてはむしろ主人公の錯綜した心理が都市伝説への傾倒を生み出した、と見る事が出来る。さらに言えばLAという街の非現実性の生む歪んだ時空の形が「都市伝説」へと結びついたのだ。

そして「カルト」だ。アメリカはカルト教団、新キリスト教団が百花揺籃な印象があるが、ここにはピューリタンによるアメリカ建国、新宗教運動、それによるナショナリズムとヒッピー・ムーブメントに代表される反ナショナリズムといった歴史がある。多様化が飽和したアメリカおいてカルトはそれら小さなセクトの受け皿として機能するのだ。そしてアメリカンドリームと自由を謳歌する楽園世界とも言えるLAで、そのカルトがじっくりと息づく環境は既に出来上がっていたのだ。

この作品はホラーではないが、今作においてもデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督のホラーテイストはそこここに見え隠れする。明るい陽光の輝くLAの街並みですら、ミッチェル監督の手になると出世作『イット・フォローズ』の如きもの寂しい荒廃したデトロイトの情景とどこか重なってしまうのだ。これは意識したものというよりもミッチェル監督の皮膚感覚がそうさせてしまうのだろう。

しかしこれらの物語を通してミッチェル監督は何を描き出したかったのか。物語それ自体は緩くダルく続いてゆき、奇矯な人々の様子も非現実的なLAの街並みもそれはそれで目を引くにせよ、特別に強烈な印象を残すようなものではない。「都市伝説」はどこか唐突で牽強付会に感じるし「カルト」の描かれ方も特に新しい訳でもない。むしろこの作品は、斜陽の工業都市デトロイトから陽光溢れる歓楽都市LAに移り住んだミッチェル監督の、LAそれ自体の印象を、その異様と思われる体験を描こうとしたものだったのではないか。それにミッチェル監督自身の個人的趣向を加えて味付けしたのが今作だったのではないか。今作『アンダー・ザ・シルバーレイク』はミッチェル監督自身の心理的LA地獄巡りの様を描いた作品だったのではないか。


『イット・フォローズ』監督の新作『アンダー・ザ・シルバーレイク』日本版予告編