人類滅亡の日まであと2年。/『七人のイヴ Ⅰ』

■七人のイヴ Ⅰ / ニール・スティーヴンスン

七人のイヴ ? (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

突如、月が七つに分裂した!原因は不明だったが、その月のかけらがやがて指数関数的に衝突を繰り返し、二年後には無数の隕石となって地球に落ちると判明する。その結果、数千年続く灼熱地獄“ハード・レイン”が起こり、地球上のすべてが不毛の地となるだろう、と。人類という種を残すため人々は宇宙に活路を求め、各国政府が協調して、国際宇宙ステーションを核とした「宇宙の箱舟」をつくることになるが…。新作が次々とベストセラーリスト入りする、アメリカ・エンターテインメント界を代表する作家ニール・スティーヴンスンの、人類の未来を俯瞰する破滅パニック大作、開幕!

「人類滅亡テーマ」はSFストーリーの醍醐味であり真骨頂であると思う。なにしろ自分がSF小説に興味を抱いたのも「人類滅亡テーマ」の作品からだった。小松左京の『復活の日』、筒井康隆の『霊長類南へ』、あるいは『幻想の未来』。トマス・M・ディッシュの『人類皆殺し』、グレッグ・ベアの『天空の劫火』。どれも完膚なきまで人類を滅ぼし去るトラウマ級のSF小説だった。

映画化作品でも『地球最後の日』『渚にて』『博士の異常な愛情』『猿の惑星』と枚挙にいとまがない。近年で言うと、『ハルマゲドン』や『2012』、『デイ・アフター・トゥモロー』あたりも、実はそんなに嫌いな映画作品ではない。あと『ノストラダムスの大予言』とかね!アニメの『宇宙戦艦ヤマト』もある意味人類滅亡テーマだったなあ。

とはいえ、「人類滅亡テーマ」の作品はあまりに多過ぎて、食傷してしまいやすいのも確かだ。一時映画館に行くと「人類の危機!」「地球の危機!」ばかり連呼された予告編だらけで笑っちゃったこともあった。

というわけで今回紹介するSF小説『七人のイヴ』である。人類滅亡テーマである。ある日謎の理由により月が破壊され7つの巨大な岩石塊と化す。科学者たちが計算したところその7つの塊は衝突を繰り返し次第に細かく破砕され、その全てが隕石となって地球に降り注ぐことが判明する。そしてそれは数千年続き、地球は壊滅し、人類は滅亡するだろうというのだ。その猶予はたった2年。各国政府は人類生存の鍵として国際宇宙ステーションに目を付けるが……というもの。

作者はニール・スティーヴンスン。邦訳作品に『スノウ・クラッシュ』『ダイヤモンド・エイジ』『クリプトノミコン』がある。なんとなく全部読んでいるのだが、実はどうも描写が冗漫かつ散漫で、それほど高く評価していなかった。おまけに大部のページ数の作品ばかり、『クリプトノミコン』なんて全4巻だし、今回の『七人のイヴ』も全3巻で刊行の予定だ(だから今回の感想文は現在刊行されている第1巻の感想となる)。おまけに物語は「人類滅亡テーマ」ときた。

こりゃパスかなあ、と思っていたのだが、在任中だったオバマ大統領やかのビル・ゲイツが本国刊行時に「今年読むべき本ベスト5」に挙げていたというから、いったいどうなってんだ?と興味を持ち、とりあえず読むことにしたのだ。

で、結論から言うと、「結構面白い」。全3巻のうちの1巻目なのだが、「非常に興味深い」。正直、冗漫さと散漫さが払拭されているという点で、これまで読んだニール・スティーヴンスン小説の中でも一番よく出来ているのではないか。

ありがちな「人類滅亡テーマ」の小説である本作が、なぜどのように面白いのか。これは本書巻末の解説に書かれているのだが、作者が本作を執筆するにあたって決めていたという3つの項目に由来すると思う。それはこうだ。

1.地球近傍、せいぜい太陽系内を舞台とする

2.既知の科学知識を超えるテクノロジーを導入しない

3.エイリアンを登場させない

 つまりどういうことかというと、まずこの物語がほぼ現代に近い近未来の設定であり、すなわち「人類救済」の為の方策が既知のテクノロジーしか存在せず、さらにエイリアン等の「デウスエクスマキナ」が唐突に登場して人類に手を差し伸べるようなことは決して無い、ということなのだ。SF特有の奇想天外なアイディアを全て廃し、既知のテクノロジーのみで、地球壊滅からどう人類を救うのか、救うことが可能なのか。それが本作を読む醍醐味なのである。どうです、面白そうでしょ?

既知のテクノロジーのみであるのなら、当然ではあるが、人類70億人全てを救うのは不可能である。さらに言えばその10万分の1も救えないし、100万分の1すらも怪しいのだ。しかし、その100万分の1か、1000万分の1の生存に賭けて、人類全てが、たった2年の猶予の中、考え得る最良の方策を決行しようとするのだ。そして、そのカギとなるのが国際宇宙ステーション「イズィ」なのである。

人類は「イズィ」を拡張することにより乗員を増やし、その中に選ばれた人類を送り込もうとする。しかし、その「イズィ」、あるいは拡張された宇宙ステーションの中で、人類は今後数千年生活しなければならない。地球に戻ることは数千年敵わないからだ。ただ避難して終わりではない、人類を存続させなければならないのだ。では、どうすればいいのか。そしてそれを、既知のテクノロジーのみで実行しようとするのである。ね、さらに面白そうでしょ!?

まだ第1巻のみなのでなんとも言えないのだが、この物語にはもう一つの特色が存在する。それは、人類滅亡という絶望を目の前にした人間たちの愁嘆場、自暴自棄、虚無的な行為を全く描かないという部分だ。人類滅亡テーマにありがちな破壊的な黙示録的情景をあえて物語に導入していないのである。つまり前述の「既知のテクノロジーのみで人類滅亡にどこまで対処できるのか」というシミュレーションのみに徹底的に特化した作品構成を取っており、そこが逆に既存の「人類滅亡テーマ」作品と根本的に違う作品となっているのである。そこが実に潔い。

こうした、徹底的絶望の中におけるアメリカ的・科学的オプティミズムの物語からは、かの傑作サバイバルSF『火星の人』を想起させた。言うなればこの『七人のイヴ』は、全人類版の『火星の人』とも表現できる。実は第2巻の粗筋を読むと、物語は人類滅亡のさらにその先を描いているらしく、この感想ももっと化けるだろうとは思う。どちらにしろ、今後刊行される第2、第3巻が楽しみである。

七人のイヴ ? (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

七人のイヴ ? (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)