ディグりまくる音楽ジャンキーの為のクライム・サスペンス映画『ベイビー・ドライバー』

ベイビー・ドライバー (監督:エドガー・ライト 2017年イギリス・アメリカ映画)

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■監督エドガー・ライトの新たなる傑作

エドガー・ライト監督による新作映画『ベイビー・ドライバー』を観た。最高に興奮させられる映画だった。白熱のカーチェイス&カーバトル、全ての動きにシンクロする驚くべき楽曲チョイス、どこまでも非情で残忍な悪役、その中で無口にクールに立ち回る主人公、その主人公が恋する可憐な女、二人の愛、夢、希望、それら全てが混然一体となりながら圧倒的な緊張感で突き進む物語展開、そして迎える怒涛のクライマックス、エドガー・ライトのこれまでのフィルモグラフィを刷新するかのような新たな傑作の誕生だった。

個人的には最初、主人公のキャラクターが掴めなくて若干戸惑った。彼の無口さの理由がよく分からなかった。態度の素っ気なさとは裏腹に音楽にはいつもノリノリになってしまうのが滑稽に見えたし、「過去のある悲しい事件により耳鳴りが止まらず音楽を聴くことで集中力を高め抜群のドライブテクニックを発揮する主人公」という設定がとってつけたような理由にしか思えなかった。そもそも「ベイビー」って名前に「なんぞこれ?」と思ったし、こんな何考えてるんだか分かんない主人公に可愛い娘が惚れちゃうのが納得いかなかった。いやこれはオレのやっかみだ。まあそれはそれとして、物語の中盤までは主人公にあまり魅力を感じなかったのは確かだ。

しかしだ。物語がこじれにこじれ、のっぴきならない状況となり、恐るべき危機が主人公の目の前に立ちふさがったその時、彼は遂にクールな仮面をかなぐり捨てて、危険極まりない戦いにその身を投じる。それは彼自身の危機であると同時に、彼の愛する者たちの危機でもあったからだ。そしてここからがいい。これにより彼は「運転の上手い音楽好きでとっぽい兄ちゃん」から「やむにやまれぬ理由から命を賭けて戦うことを誓った男」にジョブチェンジし、それまで才能に頼って無自覚に生きていた主人公に強烈な行動の動機が生まれる。それにより彼に凄みと確固たる存在感がもたらされるのだ。

■最高のBGMに相応しい最高の映像と物語

とはいえ、そんな物語の在り方よりまず、この映画は音楽が無ければ始まらない。音楽とアクションとの密接な関係、そのシンクロ率100%な演出の得も言われぬ快感、それを抜きにしては『ベイビー・ドライバー』は語れない。その壮絶さも興奮も全て音楽があればこそだ。というよりこの作品は音楽とアクションとの華麗なシンクロを第一義に置いて構成されている。この構成により映画『ベイビー・ドライバー』はロック・オペラ化した『マッドマックス』とでもいうべき異様なテンションの作品として完成したのだ。まあ車がブンブン唸ってる以外はあんまり『マッドマックス』関係ないけどとりあえず『マッドマックス』って言いたかっただけなんだ許せ。

音楽が主人公のひとつのアイデンティティとなり、音楽が物語に豊かさを与え、そしてその音楽が物語をドライブさせてゆくといった展開はもともと監督エドガー・ライトの真骨頂だった。エドガー・ライトは自身のそういった資質と趣向を120%活かした映画を撮りたいとかねてから願っていたに違いない。この『ベイビー・ドライバー』は銀行強盗を中心に据えたクライム・サスペンスの形を取っているが、むしろ「最高のBGMに相応しい最高の映像と物語」を追及した時、それがクライム・サスペンスに行きついたという事ではないのだろうか。

■暗黒街のディグラー

主人公ベイビーが音楽を聴くために常に携帯しているのがAppleiPod Classicだ。iPod Classicはハードディスクドライブ内蔵型デジタルオーディオプレーヤーであり、昨今のフラッシュメモリを使用したデジタルオーディオプレーヤーと違って圧倒的なデータストレージを誇っていた。残念なことに現在は生産終了となってしまったが、2009年に発売された第6世代の容量は160GBもあり、ファイル形式にもよるがそれだけあれば数千曲が記録できた。映画の主人公ベイビーはこのiPod Classicを幾つも持ち歩きそれをとっかえひっかえして聴き、あまつさえどのiPodのどの曲が入っているのかすら記憶していた。その音楽ファイルの数は万単位になるのかもしれない。

オレもこのプレイヤーのファンだった。膨大な音楽が記録されたiPod Classicを持ち歩いていると、どんな場所のどんな気分の時でも、その瞬間にぴったりとフィットする音楽が選択できた。目の前の情景と音楽とがピタッとハマッた時の、あたかも自分自身が音楽になったような高揚した気分は、誰もが体験したことがあるだろう。それは情景だけでも音楽だけでもなく、その二つが混然一体となったある種の【ストーリー】めいたものだ。同時に音楽はその時の気分を刷新しノリを変え新鮮な空気を流し自分にマッチした居場所を作る。音楽の"ムード"が自分に味方しツキを呼ぶ。そしてそんな高揚とラックを再び得たいが為に、常にあらゆる音楽を"ディグ"しまくるのだ。

確かに優れたサウンドトラックを持つ映画作品は幾らでもある。しかし、映画『ベイビー・ドライバー』は、それが実際に物語の中で鳴り響いていることが重要なのだ。主人公が能動的に自らの状況に相応しい音楽を選び、そして鳴らすのだ。映画『ベイビー・ドライバー』はiPod Classicを持つ主人公が、自らの危機的な状況の時でさえそこにピッタリフィットする音楽を貧欲にディグり続け、音楽による高揚とそれが呼び込むラックにより確信的にその危機を乗り越えようとする、筋金入りの音楽ジャンキーの映画だったのである。 

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