■Detective Byomkesh Bakshy ! (監督:ディバーカル・バナルジー 2015年インド映画)
映画『Detective Byomkesh Bakshy !』は第2次世界大戦中のインド・カルカッタ(現コルカタ)を舞台に、一人の探偵が失踪した男を捜索するうちに出遭った巨大な陰謀を描く、今年2015年にインドで公開されたミステリー・スリラーだ。タイトルは主人公探偵「ビヨムケーシュ・バクシー」の名前となる。
《物語》1942年、第2次世界大戦の最中、インド西部の都市カルカッタも日本軍による空襲に見舞われていた。そんな中、大学生であるビヨムケーシュ・バクシー(スシャント・シン・ラージプート)はその推理の腕を買われ、同じ大学の学生アジート(アーナンド・ティワーリー)に2ヶ月間行方不明になっている父親ブヴァンの捜査を依頼される。そしてブヴァンが務めていたという工場を見つけ出し、現在閉鎖されているその工場に忍び込んだビヨムケーシュが目にしたものは、ブヴァンの腐乱死体だった。ブヴァンは何故、誰に殺されたのか?捜査を続けるビヨムケーシュが辿り着いたのは、巨大な闇の世界と、日本軍の関わるきな臭い陰謀だったのだ。
最初に言い訳をさせてもらうが、実は自分は「探偵モノ」が基本的に苦手である。楽しめないわけではなく、「探偵モノ」の物語をきちんと追えないのだ。まず人の名前が憶えられない(…スマン情けない理由で)。それもあってか、様々な登場人物が現れ、錯綜した人間関係の中、あれやこれやの伏線が貼られたりしても、全然頭に入ってないのである。ハリウッドの探偵映画はもとより、翻訳モノの探偵小説でも同じような状況に至るのである。英語の苦手なオレがこの作品みたいな英語字幕の映画なんぞ観た日にゃあなおさらチンプンカンプンになってしまうのは火を見るより明らかだ。そんなわけでこの作品をきちんと理解したとは口が裂けても言えないし、ラストの種明かしについても「なんで?」ということはなかったが「そう説明されているんならそれで正しいんだろうなあ」という実におぼつかない納得の仕方で観終わったわけである。
そんなオレではあるが、ではこの物語が楽しめなかったのかというと、実は大いに楽しんで観ていたのである。確かに推理物らしい錯綜した人物関係と謎に満ちた物語構成があり、それら様々に入り組んだ迷宮を主人公探偵が彷徨い歩いてゆくという展開は、注意深く観ることができなければ付いていけなくなってしまうのは確かだ。しかし一方、この物語は非常に「探偵物語」のセオリーに則った展開を見せているがゆえに、物語に入ってゆきやすく、そのセオリーに鑑みて物語を追うなら理解不能というほどのことも無いのだ。例えば頼りない相棒がいてコメディリリーフ役を務めたりとか(この物語では依頼主のアジート)、謎の美女が現れて主人公を翻弄してみたりその美女が実は…だったりとか、主人公は取り敢えず暗闇で一発ぶん殴られて気絶したりとか、あとはネタバレになるから書かないけれどもアレとかコレとか真犯人はナニとかなんかも実に丁寧に探偵モノのセオリーをなぞってるなあ、という気にさせてくれた。最初はありふれた事件だと思われたものが最後に巨大な陰謀に繋がってゆく、なんていうのもそうだろう。
しかしセオリー通りの展開ばかりだと凡庸になってしまう物語を非凡なものに変えているのは、なんといっても「戦時下のカルカッタ」という時代背景とそのロケーションにあるだろう。「戦時下のカルカッタ」が実際どんなものだったのかは知らないし、この映画で再現されたそれがどれだけ現実に忠実なのかあるいは脚色されたものなのかも分からないけれども、「戦時下」にあるどこかきな臭く荒んだ雰囲気は十分にあり、また、もとからインド有数の大都市ということもあって混沌とした空気感がそこら中に満ち溢れているのだ。そして探偵物語はやはり大都市が似合う。主人公がトレンチコート着てマティーニ飲んだりこそはしないけれども(なんだこのステレオタイプな発想は)、アメリカのハードボイルド小説が描いた都市の頽廃がこの映画におけるカルカッタからも伝わってくるのだ。そしてこの頽廃こそが事件の中心的な理由とも言えるのだ。こういった部分も見所になる映画だろう。
さて映画を観るまで知らなかったことをあれこれ。舞台となるカルカッタでは日本軍による空襲が描かれる。時代設定である1942年はインドがまだ英国からの独立前の「イギリス領インド帝国」であることから、当然連合国側の国として日本と戦闘状態にあったわけだ。普通に考えれば分かりそうなことなのだが、この映画を観るまで「日本とインドが戦争していた」ということがピンと来なくて、なんだか「アメリカと日本が戦争していたことを知らない知識の足りない子供」になったような気分だった。だから「日本軍に空襲されるインドの町」という光景がとても不思議なものに見えてしまった。もとよりカルカッタはイギリスのインド支配の中心地であり、だからこそ反英思想も強かったらしいのだが、この「連合国側ではあるが反英でもある」という部分がこの物語の背景にも透けて見えているような気がした。