バンドデシネ2作読んだ / 『バウンサー』『ウィカ―オベロンの怒り』

■バウンサー / アレハンドロ・ホドロフスキー、フランソワ・ブック

バウンサー

南北戦争直後のアメリカ。少年セトは、牧師の父ブレイクとネイティブ・アメリカンの母に育てられ、慎ましやかながら幸せな生活を送っている。ある日、散策に出かけた彼は、とある峡谷でミイラ化した女性の遺体とその脇に置かれた2丁の拳銃を見つける。それはいわくつきのダイヤ“カインの目”とともにブレイクの家族をバラバラにした呪われた拳銃だった。まもなくブレイクは“カインの目”奪取を画策する実の弟ラルトンに惨殺される。父の遺言に従い、セトはバロ・シティのバウンサー(用心棒)のもとに向かう。実はブレイクたちの兄弟だった彼は、セトに“カインの目”と死神の拳銃の来歴を語る―。『エル・トポ』の監督ホドロフスキーが贈るマカロニ・ウエスタンBD!

バンドデシネウェスタン、というとメビウスことジャン・ジロー『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』を思い出すが、こちらはメビウスの盟友であるアレハンドロ・ホドロフスキーが原作を務め、フランソワ・ブックがグラフィックを担当したウェスタン・ストーリーとなる。そしてホドロフスキーウェスタン、とくればこれはもう必然的にホドロフスキーの代表作『エル・トポ』を思い出さずにはいられないではないか。この段階で既にバンドデシネ『バウンサー』は"買い"でしかない、と断言できるが、とりあえずつらつらと感想などを書いてその素晴らしさをここで喧伝したい。
ホドロフスキーの『バウンサー』は呪われた運命を背負う3人の兄弟と、その中に一人に両親を惨たらしく屠られた少年の、凄まじい復讐の物語なのである。少年の名はセト、牧師の父ブレイクとネイティブ・アメリカンの母に育てられ、アメリカ西部の荒野ですくすくと育った彼の生活はしかし、南北戦争終了後もいまだ南軍の勝利を信じて狼藉を働き続ける群盗の長、ラルトンの襲撃によって脆くも崩れ去る。ラルトン一味にその命を奪われる直前、父ブレイクはセトにバロ・シティのバウンサー(用心棒)に会え、と告げる。この隻腕の用心棒こそ実はセトの叔父であり、さらに父を殺めたブレイクとの腹違いの3兄弟の一人だったのだ。セトはバウンサーに"殺し"の極意を伝授され、そして血を分けた兄弟同士の憎しみに彩られた運命の歯車が回り始めるのである。
無法のならず者たちが跋扈する西部の大地を舞台に、血塗られた出生の秘密、呪いに満ちた財宝、血縁同士の怨念、虚無と哄笑に塗れた死が次々と描かれ、その無情の中で復讐だけがただ一つの理由となった生が鬼火のごとく赤々と燃え上がる。アレハンドロ・ホドロフスキーの『バウンサー』はホドロフスキーがこれまで描いてきたおぞましい運命のただ中にある激烈なる情念をここで再び展開しながら、その地獄巡りの如き運命の道程はこれまで語られたホドロフスキーのどのような物語よりも鮮烈な暴虐に溢れ返っている。ここには烙印の如き原罪と逃れられぬ悲劇が存在し、物語に登場する誰もが血と屍の海に飲み込まれ、狂気を宿した目をしばたたかせながら悶えあがきまわるのだ。
これまでホドロフスキー原作のバンドデシネ作品はSF世界を舞台にし、その荒唐無稽な世界の中であり得ることのない暴力と破壊を描き切っていたが、この『バウンサー』では西部開拓時代のアメリカという現実的な舞台装置を得ることで物語の持つ暴虐さと陰惨さは生々しいほどに突出することになる。その情念の発露はどこまでも迫真に満ち、狂おしいまでに昏く輝き渡たる。それはある意味次元の違う世界で展開されるもう一つの『エル・トポ』ではないかとすら思わせる。アレハンドロ・ホドロフスキーの『バウンサー』はこれまで日本で訳出されたホドロフスキー作品の中でも白眉といっていい傑作かもしれない。

バウンサー

バウンサー

■ウィカ―オベロンの怒り / トマス・デイ、オリヴィエ・ルドロワ

ウィカ (Euromanga collection)

遠い昔、人間たちの世界から遙か遠く離れた妖精王国。美しき妖精女王タイタニアは、妖精王国を統べるオーディンの息子オベロンに憎まれ、夫である公爵クレイモア・グリムとともに命を狙われる。2人の間にはウィカという名の娘がいた。彼女もまた狼女ロウェナに襲われるが、忠臣ハギスの働きで、一命を取りとめ、強力な妖精の力を封印したまま、ある農夫に育てられることになる。やがて、妖精王国は、オベロンの統治のもと、狂気と闇の時代に突入することになる。13年後、成長したウィカが、王都アヴァロンに辿りつく。その地で、彼女は自らの生い立ちを知り、運命に翻弄されるまま、オベロンの軍勢と立ち向かうことになる―フランスが誇るダークファンタジーの帝王オリヴィエ・ルドロワ見参!目眩く人工楽園で繰り広げられる、真夏の夜の“悪”夢。機械仕掛けの暗黒妖精譚。妖精物語×スチームパンク

ケバい。トマス・デイ原作、オリヴィエ・ルドロワ絵のファンタジー・バンドデシネ、『ウィカ―オベロンの怒り』はその表紙からうかがえるように内容もまたどこまでもケバいグラフィックで綴られた物語である。絢爛豪華、という言い方もあるかもしれない。いや、しかし、やっぱり、「ケバい」のほうが当たっているような気がする。そのセンスは一昔前の日本の少女漫画と通じるところがあるかもしれない。しかし同じ妖精物語を描いた山岸涼子の傑作コミック『妖精王』の淡白な絵柄と比べると、水墨画と油絵ぐらいに濃厚さが違う。おまけにオリヴィエ・ルドロワのグラフィックは時として不安定であり、書き込んであるというよりはごちゃごちゃとした煩さがある。そしてケバい。やはり肉食ってる奴はこうも違うものかとすら思わせる。肉食ってる奴ならではのネチっこさ、血圧の高さは物語にも反映されており、それは適度に暴虐的かつ扇情的である。作者は「自分の娘にも読める物語を」と思って描いたらしいが、ホントかよ?と思ってしまう毒々しい作品だ。この物語はまだ続くらしいのだが、続巻が出たら読むか?と言われると、う〜んでも怖いもの見たさでもう一巻ぐらい見守ってもいいかな、という気はする。それよりも下のビデオで紹介している『レクイエム』という作品のほうがよりスチームパンク的だし面白そうなのだが。


ウィカ (Euromanga collection)

ウィカ (Euromanga collection)